東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5877号 判決 1959年6月20日
原告 杉浦確 外一二名
被告 破産者株式会社萩野電機商会破産管財人 緒方鉄次
主文
被告は原告らに対し別紙目録記載の金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
原告らは
「主文第一項同旨」
の判決と仮執行の宣言を求め、
被告は
「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」
との判決を求めた。
第二、原告らの請求原因
一 原告らはラジオの製造、販売を営業目的とする株式会社萩野電機商会(以下会社という。)に雇用されていたところ、会社は昭和三三年七月一日原告らに対し予告なく、また予告手当の支払をしないまま解雇の意思表示をした。
二 会社の右解雇は労働基準法第二〇条に違反したものであるから、会社は同法第一一四条により右解雇時に原告らに支給さるべき別紙記載の金額の予告手当と同一額の附加金の支払をなすべきところ、会社は昭和三三年一一月二九日午前一〇時東京地方裁判所より破産の宣告を受け被告がその管財人に選任されたから、被告に右金員の支払を求める。
第三、被告の答弁
一 原告らの請求原因第一項の事実は認める。
二 同第二項の事実のうち、原告らが解雇時に会社に対して別紙記載の金額の予告手当請求権を有していたことおよび会社が破産宣告を受け被告がその管財人に選任されたことは認める。
第四、被告の抗弁
一 労働基準法第一一四条が労働者に対し裁判所に附加金の支払を請求させ、裁判所がその認定に基き附加金を課することとしたのは、附加金は単に予告手当等について支払の遅延があつたというだけで課せられるのではなく、右支払、遅延について使用者に相当の帰責事由がある場合にはじめて課せられるとするにあるからである。
従つて、会社に附加金を課するにはそれだけの帰責事由が存することが必要である。
会社は昭和三三年六月末日約二〇〇〇万円の負債を生じて倒産し、やむなく全従業員を解雇したものであるが、会社は当時極端に資金が欠乏し、同年七月上旬その債権者によつて会社が僅かに確保した現金約五万円と額面合計四〇万円の小切手、約束手形を保管されてしまい、原告らに予告手当を支払いたくとも支払うことができない窮状におち入つた。
そこで会社代理者は同月一二日会社債権者代表静野精一、従業員代表原告斎川義弘らと協議した結果、会社が原告らに支払うべき予告手当は前記会社債権者によつて保管された現金等のうちから支払うことに協議が成立した。
ところが会社債権者は会社の再三にわたる要請にもかかわらず右保管にかかる現金等を会社に引き渡さず、そのため会社は同年七月三一日にいたるまで原告らに予告手当の支払をすることができなかつたものである。
以上のように会社が予告手当支払のため誠意をもつて努力したのにかかわらず、第三者の行為によりその支払をすることができなかつたのであるから、会社の予告手当支払遅延については会社を責めることのできない事情があり、かかる場合には裁判所は附加金の支払を命じ得ないものである。
二 会社は昭和三三年七月三一日原告らに対しその主張の予告手当全額を支払つた。
従つて労働基準法第二〇条違反の状態が消滅したから、附加金の支払を命ずべき要件もまた存在せざるに至つたものである。
第五、被告の抗弁に対する原告らの認否、主張
一 第四の一の事実は争う。
会社は、原告らを申請人、会社を被申請人とする予告手当の支払を命ずる仮処分の執行として会社所有の有体動産が競売されんとするまで原告らに対する予告手当の支払について何の努力もしなかつた。
二 第四の二の弁済の事実は認める。
しかし附加金は義務違反の使用者より被害労働者に対して支払われるのであるから、その実質は、義務違反に対する制裁というよりも、予告手当等の未払によつて受ける労働者の損害の補填の性格が強いものである。そして法は予告手当なしに解雇される労働者の生活上の損害を一率に予告手当と同額のものと規定し、使用者にその支払義務を課することによつて労働者を保護したものであるが、ただ予告手当の未払のある場合に附加金まで請求するかどうかは労働者の自由に委ね、労働者の裁判所に対する請求をまつてはじめて使用者にその支払義務が発生することとしたものである。
従つて、原告らが本訴において附加金の支払の請求をし、従つて会社に附加金支払義務が発生したのちに、会社が予告手当を弁済しても附加金支払義務が消滅する筋合ではない。
第六、立証<省略>
理由
一 原告らがラジオの製造、販売を営業目的とする会社に雇用されていたところ、会社は昭和三三年七月一日原告らに対し予告手当を支給すべき場合であるのにかかわらずその支給をしないで即時解雇の意思表示をしたことは当事者間に争がない。
以上の事実によれば、会社は労働基準法第二〇条に違反したものというべきである。
二 被告は、会社が予告手当を支払うことができなかつたことについては、会社にその責を帰せしめることのできない事情があるから、同法第一一四条の附加金の支払を命じ得ないものであると主張する。
しかし、労働基準法第一一四条によれば、附加金の支払を命すべき要件の一つである同法第二〇条違反については、単に同条等違反があれば足り、その外に特に被告主張のような違反をした使用者に対し特別の帰責事由の存することを要件とするものでないことは明白である。
ただ使用者が天災事変等の不可抗力によつて予告手当等を支払うことができなかつたような例外の場合には、裁判所も附加金の支払を命じ得ないものと解されるが、被告主張の原告らの解雇当時の事情は、結局経営不振のため予告手当支払の資金が意の如くならなかつたというに帰着するから、労働基準法第一一四条による附加金の支払を命じ得ない不可抗力にあたる事情とならないことは明白である。
被告は更に原告らの解雇の後である昭和三三年七月上旬会社債権者により会社の資産を管理されたため予告手当を支払うことができなかつたというが、弁論の全趣旨によれば、会社の債権者がその会社の資産を管理したのも会社の意思に反したものではないと認められるから、そのため予告手当の支払が遅れたからといつて、右管理に関係したという主張、立証のない原告らに対し予告手当の支払を遅滞した責を免れるわけにいかないことは当然であつて、被告主張の右の事情は労働基準法第一一四条の附加金の制裁を課することのできない事情とは認められない。
三 原告らが予告手当と附加金の支払を求める本訴を提起したのは昭和三三年七月二四日であることは本件記録上明白であつて、その後である同月三一日に会社が原告らに予告手当を支払つたことは当事者間に争がない。
被告は予告手当弁済後は附加金の支払を命ずべき要件が存しなくなつたから、裁判所は最早附加金の支払を命ずることができなくなつたものであると主張する。
しかし、労働基準法第一一四条が予告手当等の未払があつた場合に使用者に対し附加金の制裁を課することにより使用者の同法第二〇条等違反を予防し、しかも裁判所が労働者の請求により予告手当等の支給を受けなかつた労働者のためにその未払額と同額の附加金の支払を命ずることとした制度から見れば、同法第二〇条等違反の使用者が附加金の制裁を免れるためには遅くとも労働者が裁判所にその支払を請求するまでに予告手当等を弁済せねばならないと解するのが相当と思われる。
蓋し、労働者が附加金の請求をしてから、使用者が予告手当等の弁済をしても、なお附加金の制裁を免れるものとすれば、使用者は附加金請求が裁判所に係属しても、その事実審の口頭弁論終結時までに予告手当等の支払をすれば特段の不利益を受けない結果になるのに反し、労働者側は予告手当等の支払の遅滞を受けているにもかかわらず、附加金請求の点について敗訴を免れない結果になるから、労働基準法第一一四条が使用者に制裁を課することにより自発的に予告手当等を支払わせ、同法第二〇条等違反を予防し、あわせて予告手当等の支払遅延を受けた労働者の利益をも計らんとした立法趣旨は達せられないからである。
従つて本訴提起時までに会社に労働基準法第二〇条違反があり、かつその時に会社が原告らに支払うべきであつた予告手当の額が別紙記載の金額であつたこと、会社が昭和三三年一一月二九日午前一〇時破産宣告を受け、被告がその破産管財人に選任されたことは当事者間に争ないところであるから、当裁判所は被告に対しこれと同一金額の附加金の支払を命ずべきものである。
四 よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九五条、仮執行宣言について同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 半谷恭一)
(別紙)
目録
原告氏名 請求金額 原告氏名 請求金額
杉浦確 三二、五六五円 五伝木文作 九、八二二円
斎川義弘 二二、三五九円 菊地博一 九、〇七八円
桑本延枝 一六、〇二〇円 田中邦男 九、〇三〇円
宮内延晃 九、九四八円 三浦正美 九、八七三円
青柳保 一〇、一二八円 小林正己 八、一三〇円
浅野正宏 八、八八〇円 堀江康夫 七、七九一円
黒木邦友 九、二一二円