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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6097号 判決 1962年5月07日

原告 稲積豊二

被告 日本ガス圧接株式会社

主文

被告は原告に対し金二、八一七、七二七円八二銭およびこれに対する昭和三三年九月一三日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は第一項に限り原告が金一〇〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人らは、「被告は特許番号第二一五五〇四号鉄筋コンクリート構築物の構築法という特許発明を実施してはならない。被告は原告に対し金五、二七六、九九七円六銭およびこれに対する昭和三三年九月一三日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人らは、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告の主位的請求の原因

(一)、特許番号第二一五五〇四号「鉄筋コンクリート構築物の構築法」という特許発明(以下本件特許発明という)は、原告、大井一郎、槇田博臣の三名が共同で発明したものであり、右三名は昭和二七年六月一四日共同でその特許出願をし、昭和二九年六月一日その出願公告がされた後、昭和三〇年八月一五日その登録を完了し、各自その特許権の三分の一の持分権者となつた。原告は、その後の昭和三一年八月二〇日大井の同意を得て、槇田から同人の本件特許権の三分の一の持分権を譲り受け、同年一〇月一日その移転登録を経由し、本件特許権の三分の二の持分権者となつた。

(二)、原告は昭和三二年四月二〇日被告との間に、本件特許発明の実施権を被告に与え、その実施期間は昭和三一年五月一日から昭和三二年四月三〇日まで、実施料は鉄筋ガス圧接工事代金の二・五パーセントとする旨の「特許実施許諾契約」を締結したが、被告の右実施権は右三〇日の経過とともに当然に消滅している。

しかるに、被告の代表取締役中原寿一郎は、昭和三二年五月一日以降被告に本件特許発明を実施する権原がないことを知りながら、引きつづき同日以降現在に至るまで被告の営業として鉄筋構築工事につき本件特許発明を実施して原告の本件特許権を侵害している。

(三)、被告の代表取締役中原寿一郎がその職務を行うにつき加えた右不法行為によつて、原告は本件特許発明の客観的に正当な実施料相当額の損害を蒙つたが、そのうち昭和三二年五月一日から昭和三三年四月三〇日までの間に蒙つた損害は、次のとおりである。

(1) 、被告が右の期間に本件特許発明を実施して完成した工事の請負代金は、合計金一三八、八三〇、二一八円であり、右工事に要した総費用は金一一九、〇四一、四七九円であつて、純利益は金一九、七八八、七三九円である。

(2) 、被告が得た右の利益は、資本力、営業能力、特許発明の三要素の比重に応じて資本提供者、営業実旅者、特許権者に配分されるべきである。本件特許発明は極めて小資本によつて簡単に実施することができる発明であるから、右の比重は、被告の資本力:被告の営業能力:原告らの本件特許権=2:4:4とするのが妥当である。

(3) 、したがつて、前記一年間における本件特許発明の客観的に正当な実施料相当額は、被告の前記利益の四〇パーセントであるから、本件特許権の三分の二の持分権者である原告が本件不法行為によつて右の一年間に蒙つた右実施料相当額の損害額は、金五、二七六、九九七円六銭(19,788,739円×4/(2+4+4×2/3)である。

(四)、よつて、原告は被告に対して、本件特許権の持分権にもとづいて、被告が本件特許発明を実施することの禁止を求めるとともに、前記不法行為により原告が昭和三二年五月一日から昭和三三年四月三〇日までの間に蒙つた財産上の損害賠償として、金五、二七六、九九七円六銭およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三三年九月一三日から右支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、原告の予備的請求の原因

(一)、仮りに、被告が大井(または原告)の同意を得て原告(または大井)から本件特許発明を実施することの許諾を得たとしても、右許諾または同意は、被告が本件特許発明を無償で実施することを許諾しまたは同意したものではなく、客観的に正当な実施料の支払いを受けることを内容とした趣旨のものと解すべきである。このことは、被告が原告に対し昭和三一年五月一日から翌年四月三〇日までの実施料として、昭和三二年四、五月の二回にわたり合計金二、二二一、六一四円を支払つていることによつても明らかである。

(二)、本件特許発明の客観的に正当な実施料の額は、前記のとおり、被告が行つた鉄筋コンクリート構築物の鉄筋のガス圧接工事によつて被告が得た利益の四〇パーセントであり、被告が昭和三二年五月一日から昭和三三年四月三〇日までの間に右工事によつて得た利益は、前記のとおり金一九、七八八、七三九円であるから、本件特許権の三分の二の持分権者である原告に対して支払われるべき右期間における本件特許発明の実施料は金五、二七六、九九七円六銭である。

(三)、よつて、原告は被告に対して、昭和三二年五月一日から昭和三三年四月三〇日までの間の本件特許発明の実施料として、金五、二七六、九九七円六銭およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三三年九月一三日から右支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三、原告の主位的請求の原因に対する被告の答弁

(一)は認める。

(二)のうち、原告が昭和三二年四月二〇日被告との間に、本件特許発明につき「特許実施許諾契約」という名目の契約を締結したこと、被告の代表取締役中原寿一郎が昭和三二年五月一日以降も被告の営業として本件特許発明を実施したことがあることは認めるが、その余は否認する。後記のとおり、本件特許発明の実施権は、すでに被告設立の際被告のために設定されていたが、はじめ実施料を支払う約束はなかつた。しかし、被告は昭和三〇年ごろから次第に利益をあげうる見込みが生じたので、昭和三〇年五月一日、さらに一年後である昭和三一年五月一日の二回にわたつて本件特許権の共有者である大井、槇田との間に実施料支払いの契約を締結した。そこで被告は右両名とのつりあいから原告に対しても実施料を支払うことにしたため、右「特許実施許諾契約」を締結したのであるから、この契約はその文言にかかわらず、実施料の支払いを約束したものにすぎない。被告が昭和三二年五月一日から昭和三三年四月三〇日までの間に本件特許発明を実施して行つた工事は、鉄筋の直径が三六ミリメートル以上のものであり、第一有楽町橋下横断地下鉄工事のみであり、被告は現在被告が特許権を有する特許番号第二四九七六六号の構築法によつて工事を行つているのであつて、本件特許発明は実施していない。

(三)はすべて否認する。被告が昭和三二年五月一日から昭和三三年四月三〇日までの間に本件特許発明を実施して行つた工事の請負代金額は、金三五七、九六〇円にすぎない。本件特許権者に対する利益の分配率が四〇パーセントであるということは、本件特許発明が特許出願前に公知のものであることを理由に無効審判が提起されたこと、被告が右の期間に利益をあげたのは被告の役、職員、工員の努力、株主の信用、国鉄の協力等によること極めて大であること等を合わせ考えると、過大である。

四、原告の予備的請求の原因に対する被告の答弁

(一)のうち、被告が原告に対し本件特許発明の実施料の名目で金二、二二一、六一四円を支払つたことは認めるが、その余は否認する。右金員のうち七〇万円は貸金であり、残余は原告の被告設立以来の労苦に対する謝礼であるが、被告の大株主である鉄道弘済会等に対する関係上、実施料名目で支払つたのである。昭和三一年五月一日から昭和三二年四月三〇日までの一年間に関するもののほか、被告は原告に対し本件特許発明の実施料を支払う約束をしたことはない。

(二)は否認する。その詳細は、原告の主位的請求の原因(三)に対する被告の答弁のとおりである。

五、被告の抗弁

(一)、仮りに、原告主張のとおり被告が本件特許発明を実施しているとしても、次の理由で、被告は本件特許発明の実施権を有しているから、原告の本件特許権を侵害したことにはならない。

(1) 、鉄筋のガス圧接工法は、我国では、昭和二四年か二五年ごろから日本国有鉄道(以下国鉄という)の技術研究機関である鉄道技術研究所の熔接研究室技師大井一郎がその理論的研究を行い、その結果が昭和二六年秋に行われた右研究所の展示会に発表された。右展示会を参観した被告の現代表取締役中原寿一郎(もと右研究所長)、現財団法人研友社理事長小林修二(もと右研究所第三部長)、当時の右研究所長大塚誠之らの間で、前記の鉄筋、鉄管類のガス圧接器を簡易なものに改良する等の工夫をし、鉄筋構築物の鉄筋の熔接に応用すれば、十分企業化する価値があると考えたところから、国鉄に関係のある部外者に、その実用化に当らせることに意見が一致した。

(2) 、原告はもと右研究所企画課長の職にあつたが、辞職後事業に失敗し、当時不遇な境遇にあつたので、その境遇に同情した前記大塚が原告にすすめてガス圧接用機具の製作、鉄筋耐久試験等について大井および当時の右研究所工場長であつた技師槇田博臣の両名と協力して、その実用化に当らせることになつた。

(3) 、そして、原告、大井、槇田の三名の共同研究の結果、昭和二七年六月には、本件特許発明の出願をすることになつた。国鉄としては、発明者のうち大井、槇田の両名が国鉄職員であり、本件特許発明が右研究所の研究題目から派生した研究にもとづくものであるが、本件特許発明が鉄道用レールのガス圧接以外の考案にもとづき、かつ会社設立により工業化できる見とおしがあつたことなどから、本件特許権を発明者三名に共有させることとし、右三名が共同で出願をすることを許したのである。

(4) 、このようにして、発見され特許を受けた本件特許発明を独占的に工業化、企業化するため、国鉄の外郭団体である鉄道弘済会、研友社および原告がかつて就職したことのある明治工業株式会社が出資し、国鉄退職者が役員となつて、昭和二八年一月二八日被告が設立されたのであり、共同発明者のうち大井、槇田の両名は現職公務員であつたので、被告の発起人、役員等の職には就かず、原告のみが発起人となり被告設立後はその専務取締役の職に就いて、本件特許発明の企業化に従事してきた。

(5) 、以上のような、本件特許発明が発明されるに至つたいきさつ、本件特許発明を企業化しようという被告設立の目的、被告の資本構成、被告の設立以来原告が被告経営に果してきた中心的役割りなどから明らかなとおり、原告は本件特許権の持分権者である大井、槇田とともに、被告の設立に際し、被告に対して、当時特許出願中であつた本件特許発明の独占的な実施を包括的に許諾したのである。

したがつて、被告は本件特許発明の実施権を有しているのであるから、原告主張のとおり被告が本件特許発明を実施したとしても、原告の本件特許権を侵害したことにはならない。

(二)、仮りに、右の主張が認められないとしても、被告は昭和三一年五月一日、本件特許権の持分権者である原告および槇田の同意を得たうえ、同じく本件特許権の持分権者である大井との間で、被告が本件特許発明を実施することを許諾し、実施期間は本件特許権の存続期間満了まで、実施区域は本件特許権の及ぶ地域とする旨の特許発明実施契約を結んだのである。

したがつて、被告は本件特許発明の実施権を有しているのであるから、原告主張のとおり被告が本件特許発明を実施したとしても、原告の本件特許権を侵害したことにはならない。

(三)、被告が昭和三二年五月一日以後も本件特許発明の実施権を有するに至つたのは、右(一)、(二)の右権利取得原因事実にもとづくのであり、これらの事実は、さらに次の事情によつても裏付けられる。

すなわち、原告は大井とともに、(イ)株式会社石井組が大昭和製紙株式会社富士工場新築工事において本件特許発明を実施して原告らの本件特許権を侵害していることを理由として、右石井組および有限会社松永瓦斯圧接工業を相手方とし、昭和三二年五月九日静岡地方裁判所吉原支部に対して工事禁止の仮処分の申請をし、(ロ)西本工業株式会社が桜木工機製作所ビル新築工事において同じく本件特許権を侵害していることを理由として、右西本工業および東亜鉄筋圧接工業株式会社を相手方とし、昭和三三年九月一二日大阪地方裁判所に対して、工事禁止等の仮処分の申請をした。これらの申請において、原告は、被告が本件特許発明の独占的な実施権を有する、と主張したのであり、右(イ)に関する東京高等裁判所昭和三二年(ネ)第一五五九号特別事情にもとづく仮処分命令取消請求控訴事件において同様の主張をしている。また、右の各申請が実質的には被告の右実施権に対する侵害の排除のために行われるものであることを理由として、右申請に関する費用は一切被告が負担し、訴訟の遂行についての実質的手続も被告が行つた。これらのことからも、被告が昭和三二年五月一日以降も本件特許発明の実施権を有していたことが判明するのである。

六、被告の抗弁に対する原告の答弁

(一)の(1) のうち、我国では昭和二四年か二五年ごろから国鉄の技術研究機関である鉄道技術研究所でガス圧接工法一般について研究が行われ、その結果が右研究所の展示会に発表されたことは認めるが、鉄筋のガス圧接工法の研究が行われていたことは否認する。その余は知らない。原告は昭和二七年二月一七日鉄道技術研究所の展示会を参観し、大塚誠之の依頼によつて出品作品のうちからガス圧接工法が事業化できる可能性のあることを指摘したことがあり、鉄筋のガス圧接工法は原告が昭和二七年に明治工業株式会社に在職中はじめて研究したものである。

(一)の(2) は否認する。

(一)の(3) のうち、本件特許発明が原告、大井、槇田の三名が共同で研究し発明したものであり右三名が本件特許発明の共同出願をしたことは認めるが、その余は否認する。

(一)の(4) のうち、被告に対する出資者が被告主張のとおりであり、原告が被告の発起人、専務取締役となつたことは認めるが、その余は否認する。

(一)の(5) のうち、原告が大井、槇田とともに被告の設立に際し、被告に対して当時特許出願中であつた本件特許発明の独占的な実施を包括的に許諾したことは否認する。

(二)のうち、被告が大井との間で、被告主張のとおりの契約を締結したことは認めるが、原告、槇田がこれに同意したことは否認する。

(三)のうち、原告が(イ)、(ロ)のとおり仮処分の申請をし、その申請およびこれに関連する控訴事件において、被告に本件特許発明の実施を許諾していることを主張したこと、申立費用の一部を被告が負担したことは認めるが、その余は否認する。原告が右のとおりの主張をし、被告が右申立費用の一部を負担したのは、当時原告と被告との間で、原告が被告に対し本件特許発明を許諾する契約を締結するための交渉が行われており、かつ交渉が成立する可能性があつたため双方とも了解のうえでしたことである。

第三、当事者双方の証拠関係<省略>

理由

第一、原告の主位的請求について

一、本件特許発明は、原告、大井、槇田の三名が共同で発明したものである。右三名は、昭和二七年六月一四日共同でその特許出願をし、昭和二九年六月一日その出願公告がされた後、昭和三〇年八月一五日その登録を完了し、各自本件特許権の三分の一の持分権者となつた。原告は、その後の昭和三一年八月二〇日大井の同意を得て、槇田から同人の持分権を譲り受け、同年一〇月一日その移転登録を経由し、本件特許権の三分の二の持分権者となつた。そして、被告は昭和三二年五月一日から昭和三三年四月三〇日までの間に本件特許発明を実施したことがある。

以上は当事者間に争いのない事実である。

二、よつて、被告が昭和三二年五月一日以降本件特許発明の実施権を有していたかどうかについて判断する。

昭和二四年か二五年ごろから、国鉄の技術研究機関である鉄道技術研究室技師大井一郎がガス圧接工法の理論的研究を行い、その結果が右研究所の展示会に発表されたこと、被告は国鉄の外郭団体である鉄道弘済会、研友社のほか原告がかつて就職したことのある明治工業株式会社が出資して原告も発起人の一人となり昭和二八年一月二八日設立され、設立後原告がその専務取締役に就いたことは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、甲第二号証、乙第二八ないし第三〇号証(いずれも真正にできたことに争いがない)と証人槇田博臣、同大塚誠之、同大井一郎、同狩野秀雄、同長井一男の各証言、被告代表者中原寿一郎本人尋問の結果とを合わせ考えると、次のとおり認められる。

ガス圧接工法を鉄道用レールの熔接に使用することは、鉄道技術研究所の研究題目の一つであり、同研究所技師大井によつて行われた右ガス圧接工法の理論的研究結果は昭和二七年に同研究所の展示会で発表された。原告は右展示会を参観して、このガス圧接工法に注目し、これを鉄筋構築物の鉄筋熔接に使用して事業化することを考えた。当時、槇田は右研究所の試作工場長をしていたので、原告は大井とともに槇田の協力も得て鉄筋を立てたままガス圧接で熔接する組立工法を研究し、三名共同の研究が総合された結果、本件特許発明として結実するに至つた。右発明について原告、大井、槇田三名が特許出願をし特許査定が通過する見とおしのでたころ、当時の右研究所長大塚誠之、国鉄副総裁天坊裕彦は、右国鉄関係者(原告はもと右研究所企画課長)の研究結果である本件特許発明を企業化することに賛成し、その配慮によつて国鉄の外郭団体から出資金が集められ、中原寿一郎、原告を含む国鉄関係者が発起人となり、昭和二八年一月二八日、当時出願中であつた本件特許発明の実施を主たる事業目的として被告が設立され、原告は被告の専務取締役として右目的の遂行に中心的役割りを果すようになつた。大井、槇田はいずれも国鉄の現職にとどまつたので、被告の役員には入らなかつたが、被告の右設立の趣旨、したがつて被告が本件特許発明を独占的に実施することについては、原告と同様に賛成していた。被告は、このようにして設立され、本件特許発明を独占的に実施するに至つたが、本件特許権者である原告、大井、槇田は、被告が当分の間利益をあげることはできないであろうと考え、その間実施料を支払つてもらう意思がなく、また被告が将来長期にわたり本件特許発明を実施することを当然のこととして、実施料についても実施期間についてもなんら明示の定めをしなかつた。

以上のとおり認められる。

原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は信用することができないし、後記三に説明するとおり、他に右認定をくつがえすに足りる証拠もない。

してみると、被告の設立に際し、原告、大井、槇田は被告との間に、本件特許権が効力を発生した場合、原告ら右三名は本件特許権の存続期間中被告の営業する地域で本件特許発明を独占的に実施する権利を被告に許諾する旨の默示の実施権許諾契約を締結したものと認めるのが相当である。

三、ところで、原告が昭和三二年四月一〇日被告との間に、本件特許発明につき「特許実施許諾契約」という名目の契約を締結したことは、当事者間に争いがなく、右契約の契約書である甲第三号証(真正にできたことに争いない)には、「実施許諾期間は昭和三一年五月一日から昭和三二年四月三〇日まで、実施料は鉄筋ガス圧接工事高の二・五パーセント」と記載されている。

しかし、原告が昭和三二年五月一日以降被告の抗弁の(三)のとおり、株式会社石井組その他に対し仮処分の申請をし、その申請およびその関連する控訴事件において、本件特許発明の実施を被告に許諾していることを主張し、また申立費用の一部を被告が負担したことは、当事者間に争いがなく、このことと、右契約がその「実施期間」の終期よりわずか一〇日前に締結されていること、乙第三一号証、乙第三三号証の一(いずれも証人長井一男の証言によつて真正にできたものと認められる)、および証人狩野秀雄、同長井一男の各証言、被告代表者中原寿一郎本人尋問の結果とを合わせ考えると、次のとおり認められる。

被告は設立当初利益があがらず、原告、大井、槇田の誰れにも実施料を支払わなかつた。しかし、被告は昭和三〇年ごろから少しづつ利益をあげるようになつた昭和三〇年五月一日大井、槇田の本件特許の持分権を管理していた研友社との間に、同日から一年間、さらに昭和三一年五月一日、当時大井の右持分権を管理していた研友社との間に、同日から一年間被告の支払い可能の金額から逆算した結果、鉄筋構築物のガス圧接工事高の〇・五パーセントを実施料として支払うことを約束した。そこで、被告は原告に対しても実施料(功労金をも含めて)を支払うべく、昭和三二年四月二〇日原告との間に前記「特許実施許諾契約」という名目の契約を締結し、昭和三一年五月一日から昭和三二年四月三〇日までの実施料(功労金をも含めて)として右と同じ工事高の二・五パーセントを支払うことを約束した。これらの各契約はいずれも実施権の存続期間を設定した趣旨ではなく、実施料支払期間とその間の実施料額とを定めたものである。

以上のとおり認められる。

右認定に反する原告本人の供述は信用することができないし、他に右認定をくつがえすに足りる証拠もない。

四、以上のとおり、被告は本件特許発明を実施する権利を有するのであるから、その余の点を判断するまでもなく、被告が本件特許発明を実施することの禁止を求める請求および本件特許権侵害の不法行為による損害賠償請求は、いずれも理由がない。

第二、原告の予備的請求について

一、前記第一の二で認定された事実から考えると、被告の設立に際し、原告、大井、槇田と被告との間に默示的に締結された本件特許発明の独占的実施許諾契約は、被告が利益をあげるようになつたときには、当事者間の協議で実施料額が決定しない限り、被告は客観的に正当な額の実施料を支払う趣旨を含んでいるものと解するのが相当である。

二、前記甲第二号証、乙第四五号証(真正にできたことに争いがない)、甲第六号証(証人中松潤之助の証言によつて真正にできたものと認められる)と証人大野晋、同中松潤之助の各証言、被告代表者中原寿一郎本人尋問の結果を合わせ考えると、次のとおり認められる。

特許発明を独占的に実施してあげた事実上の年間利益金は資金力(a)、営業力(b)、特許権(c)の三要素の相乗的効果にもとづくものであり、その比重に応じて資本提供者、営業実施者、特許権者に配分されるべきである。独占的実施料をL、年間工事利益金をG、修正係数をHとして、右の関係を算式で表わすと、

L=G×c/(a+b+c)×(1-H)となる。

本件特許発見はきわめて小資本によつて簡単に実施することができる発明であるから、a:b:c=2:4:4とするのが妥当である。ただ、本件特許発明はオイルジヤツキを用いることを必須の条件としており比較的巾の狭い権利であつて、次第に各種ガス圧接機が発明され、ある程度競業者の出現が予想されるから、修正係数は〇・二とするのが適当である。

以上のとおり認められる。

右と異なる方法による乙第四七号証の算式を採用せず、右認定に反する原告本人の供述部分は信用することができない。他に右認定をくつがえすに足りる証拠もない。

三、昭和三二年五月一日から昭和三三年四月三〇日まで、被告が本件特許発明を実施した年間工事利益金について、甲第四、五号証(いずれも原本が存在することおよびそれが真正にできたことに争いがない)、乙第四七号証(真正にできたことに争いがない)と証人長井一男の証言、被告代表者中原寿一郎本人尋問の結果とを合わせ考えると、被告は昭和三二年五月一日以前から本件特許発明のほか本件特許の範囲外であるスクリユージヤツキ(加圧機)を使用して鉄筋の圧接工事をし、その他レールの圧接工事をも行つているが、昭和三二年五月一日から昭和三三年四月三〇日までの一年間本件特許発明を実施した鉄筋の圧接工事高は、全工事高である金一三八、八三〇、二一八円の八〇パーセント、したがつてまた特別の事情の認められない本件では、右の期間本件特許発明を実施した鉄筋の圧接工事による年間利益金は、全営業利益金一六、五一〇、一二四円(甲第五号証中「損益計算書」のうち「一般管理費」の項の「租税公課三、二七八、六一五円」は、特許実施料を算定する基礎となる利益に含めず、同号証中「工事原価明細書」のうち「特許料二、〇二一、一四七円」は右利益に含めるのが相当である。したがつて、右利益は「損益計算書」の「営業利益一四、四八八、九七七円」に右「特許料二、〇二一、一四七円」を加えた額となる)の八〇パーセント、すなわち金一三、二〇八、〇九九円二〇銭であることが認められる。

右認定に反する証人長井一男の証言、被告代表者中原寿一郎本人の供述部分は、いずれも信用することができないし、他に右認定をくつがえすに足りる証拠もない。

四、右三で認定した利益を前記二の算式にあてはめて計算すると、昭和三二年五月一日から昭和三三年四月三〇日までの一年間における本件特許発明の客観的に正当な独占的実施料額は、金四、二二六、五九一円七七銭となる。前記第一の一のとおり、右の当時、原告は本件特許権の三分の二の持分権者であるから、本件特許発明の独占的実施権者である被告は原告に対して右一年間の実施料として金二、八一七、七二七円八二銭およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること本件記録上明らかな昭和三三年九月一三日から右支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第三、結論

以上の次第で、原告の請求のうち、主位的各請求(本件特許発明の実施の禁止を求める請求および不法行為による損害賠償請求)は、すべて失当であるから、これらの請求をいずれも棄却し、予備的請求(実施料支払請求)は、前記第二の四に判示した限度で正当であるから、この限度で右請求を認容し、その余は失当であるから、これを棄却する。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 井田友吉 猪瀬慎一郎)

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