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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)7787号 判決 1963年12月02日

理由

一  (証拠)を綜合すれば、本件手形は、いずれも、受取人である広野建材株式会社から睦床板協同組合についで、同組合から原告に、それぞれ白地裏書の方法により譲渡されていることが認められるところ(この認定に反する乙第六号証の二の記載部分は信用できない)、右組合から原告に譲渡されたのが、本件各手形の期限後である昭和三一年二月一五日であることは原告の自認するところである。

二  被告は、本件手形(甲第一、二号証)は、いずれも、手形振出権限のない訴外西野雄佐武が、擅に振出した偽造手形であると主張し、本件各手形は、右西野が、被告会社代表取締役の印鑑を使用し、被告会社名義で振出したことが認められる(甲第一、二号証中被告会社名下の印影が被告会社の印鑑の印影であることは被告に争いはない)。そこで、右西野が、本件手形を振出す権限を有していたか否かについて審按してみるに、西野雄佐武は、昭和二九年末頃から昭和三四年頃まで被告会社の取締役であつたが、総務部長として経理事務を担当していたこと(本件手形振出当時同人が被告会社の取締役総務部長の地位にあつたことは被告もこれを自認するところである)、ところが、昭和三〇年四月頃から被告会社の代表取締役である遠藤武勝が、津上製作所長岡工場の工場長として勤務するようになり(この点も被告に争いがない)、同月以降同年九月頃まで、長岡市に赴き、被告会社を留守にすることが多く、毎月二回(第二、第四金曜日)程度被告会社に出勤して、直接業務をみる以外は、代表取締役の印鑑を西野に保管させ、不在中の通常の業務一切を同人に処理させていたもので、もとより、その間被告会社名義の手形を振出す権限も同人に委譲していたことを認めることができる。証人池田誓喜知の証言並びに被告会社代表者本人の供述中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。なお、被告は、本件手形は、西野が、被告会社のためでなく自己の経営する株式会社富士商事の営業資金に充てるため振出したもので、同人には、このような目的のため、被告会社名義の手形を振出す権限はなかつた趣旨のことをいうようであるが、西野が富士商事を経営していたということの外右のような事実を認めるに足る証拠はないのみならず、手形振出の権限を有する代理人が、自己の利益を図る目的で本人名義の手形を振出したとしても、本人と代理人間の義務違背、または、手形当事者間に人的抗弁の問題が生ずることはあつても、当該手形を直ちに偽造手形ということはできないから、本件手形は、手形振出しの代理権限を有する前記西野によつて正当に振出された有効な手形というべきである。

三  そこで、本件手形がいわゆる交換手形であり、被告に本件手形の支払義務がないという抗弁について判断する。

(一)  (証拠)を綜合すれば、前記西野は、被告会社に勤務して業務を担当する傍ら、訴外株式会社富士商事を経営し、広野建材から資材を購入してこれを被告会社に納品し、また、広野建材と被告会社間にも多少の取引があつたという関係から、右西野と広野建材代表者広野英雄は、従前から、被告会社または富士商事振出の手形と、広野建材振出しの手形を互いに融通手形として交換し合い、金融を得ていたものであるところ、本件各手形も、右のような目的から、広野建材振出しの額面金二七六、〇〇〇円および額面金三三五、〇〇〇円の約束手形と、それぞれ、交換的に振出されたものであること、そして、右両者間の交換手形については、双方が割引により金融を得た場合は互に手形を決済し、もし、一方が割引により金融を得られなかつた場合には、割引をした他の一方において手形決済の責を負い、割引できなかつた者は手形上の義務を負わないことなどの特約がなされていたこと、ところが、広野建材振出しの前記二通の手形は、結局割引くことができなかつたのに反し、本件手形は満期前睦床板組合において割引かれ、前認定のように同組合に裏書譲渡されたことが認められ、以上の認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  ところで、右のようないわゆる交換手形において、一方が手形割引を受けられなかつたというような事由は、手形を交換した当事者間において請求を拒絶し得る人的抗弁たるにとどまり、右以外の手形所持人に対しては、当該所持人が悪意であつたという特別の事情でもない限り、右抗弁を以て対抗することができず、また、このような人的抗弁が期限前一旦切断された以上は、たとえ手形所持人が期限後裏書によつて手形を取得した場合においても、手形の被裏書人は、少くとも期限前裏書人の有した手形上の権利はこれを取得するものというべきであるから、振出人は、期限前裏書人に対抗し得なかつた事由を以て、手形所持人の請求を拒絶し得ないものと解するので、被告が本件において、広野建材に対する抗弁を、期限後手形債権の譲渡を受けた原告に対し直接対抗し得るとの主張は、右の諸点をさらに検討したうえでなければ、直ちに採用することはできない。

(三)  (イ)、被告は、本件手形は、支払期日に不渡りになつた後睦床板組合から一旦広野建材に返還されたものを、原告が広野から取立を委任されて取得したというような趣旨の主張をし、証人池田誓喜知および乙第六号証の二中には、一部右主張に沿うような部分があるが信用できず、他に、右のような事実を認めるに足る証拠はない。

(ロ)、つぎに、被告は、睦床板組合および原告は、本件手形が、前記のような交換手形で、被告に本件手形債務のないことを知つていた、悪意の取得者であり、原告は右組合から取立委任を受けている旨主張する。しかしながら、被告の全立証によつても、睦床板組合が割引きのため広野建材から本件手形の裏書譲渡を受ける当時において、被告主張のような点につき悪意であつたことを確認するに足る証拠はなく、かえつて、証人早川清、同広野英雄、同西野雄佐武の各証言(いずれも一部)によれば、西野と広野は従前から相当多くの融通手形を相互に交換し合い、広野は主として睦床板組合から割引を受けていたが、本件手形を交換して振出すについては、銀行筋などに疑われないように極力工作を施していることを窺うことができる。もつとも、本件手形のうちの一通が不渡りとなつた後においては、本件手形が被告主張のような交換手形であることが判明し、被告会社および広野建材が共に倒産状態となつたため、広野建材に多額の債権を有していた睦床板組合は、その整理上本件手形を含め、広野建材に対する債権を原告に譲渡することとなり、原告において、本件手形につき、被告会社および広野建材等に問合せをしたような事実は、前記証人早川清、同広野英雄、同西野雄佐武の各証言並びに原告および被告会社代表者本人の各供述によつてこれを認めるに難くないが、睦床板組合が本件手形を取得した当時被告主張のような点につき悪意であつたことが立証されず、他に同組合に対する抗弁の存在につき主張立証はないから、本件手形についての抗弁は一応切断されたというのは外はなく、被告は、期限後であるとはいえ、同組合から本件手形の譲渡を受けた原告に対し、仮りに原告が、悪意であり、単に取立を委任されているにすぎないとしても、被告主張のような抗弁のみを理由として原告の請求を拒絶し得ないものといわざるを得ない。

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