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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)7862号 判決 1962年5月29日

原告 東京急行電鉄株式会社

被告 荏原興業株式会社

主文

被告は、原告に対し金一〇一万九六八六円及びこれに対する昭和三二年三月一一日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分にかぎり金二〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金一〇四万四九九七円及びこれに対する昭和三二年三月一一日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のように述べた。

一、原告は、地方鉄道業軌道業自動車による一般自動車運輸業を主たる目的とする会社であり、被告は旅客自動車運送業を目的とする会社であるが、原告の経営する東横線二四運行上り第五五二列車(第三六一一、三六一二、三七八一号車輛による三輛編成、以下本件電車という)は、運転手小西鼎の運転により昭和三二年三月一一日午前一〇時〇一分頃田園調布駅から発車して自由ケ丘駅に向う途中東京都世田ケ谷区玉川奥沢町二丁目二八九番地先の自由ケ丘第二号踏切(以下本件踏切という)を通過しようとしたところ、その最前部第三六一一号車輛の左側(前面)部が折柄本件電車の進行方向左側(西側)から本件踏切を横断しようとした被告の被用者小沢実の運転する営業用中型乗用車(五六年型プリンス、自5き一四九五号)の右側前部と衝突し、これによつて右第三六一一号第三七八一号車輛及び枠本その他の本件踏切道施設竝びに生垣等に破損を生じた。

二、右事故は右乗用車の運転者である小沢の過失によつて惹起されたものである。すなわち、一般に自動車運転者たる者は、電車などの専用軌道上に設けられた踏切を横断しようとする場合にあつては、一旦軌道前で停車し左右を注視して電車が進行して来るかどうかを確かめ、踏切を横断するについての安全を確認してからこれを通過しなければならない注意義務を負うものというべきであるが、本件踏切には踏切柵、警標等の設備があつて、踏切を横断通過する者の注意を促すようになつておるのみでなく、本件踏切から南方田園調布駅寄り四一メートルのところには遮断機及び赤色点滅灯付き警報機の設置してある自由ケ丘第三号踏切、北方自由ケ丘駅寄り一〇八メートルのところには赤色点滅灯付き警報機の設置してある自由ケ丘第一号踏切があり、本件踏切を通過する上り電車が田園調布駅を発車すると間もなく右第三号及び第一号踏切の警報機が鳴り出し赤色灯が点滅し始め、第三号踏切では遮断機が下ろされるのであつて、本件踏切を上り綿側(西側、本件電車の進行方向左側)から下り線側(東側)へ横断する場合には、右自由ケ丘第三号及び第一号踏切の警報機の音が聞え、南方(右方)第三号踏切では遮断機が下ろされているのを、北方(左方)第一号踏切では赤色灯が点滅しているのを十分認めることができるから、これらによつて、直ちに上り電車が田園調布駅から本件踏切に接近しつつあるのを知ることができる状況にある。ところが、小沢は被告の業務に従事して客二名を乗せ本件踏切を西側から横断しようとしたところ、前記のような注意義務を怠り一旦停車することも左右の注視をして本件踏切横断の安全を確めることもしないで、本件電車が時速約四三キロメートルで警笛を鳴らしながら本件踏切手前約一四メートルの地点まで接近して来たのを無視し、そのまゝ時速約一〇キリメートルで上り線軌道内に進入したため、これを発見した本件電車の運転手小西が直ちに非常制動の措置をとつたが及ばず、遂に本件事故を見るに至つたのである。

このように、本件事故は小沢が被告の業務の遂行として乗用車を運転中、過失によつて惹起したものであるから、被告は右小沢の使用者としてこれによつて原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

三、すなわち、原告は本件事故によつて(一)第三六一一号車輛の補修費用として主制御器破損の補修に金八〇万円、メンフユーズ及びブスフユーズボツクスの破損修理に金一六万円、同車輛のメンスイツチボツクス、運転室昇降ステツプ竝びに同車輛及び第三七八一号車輛の空気管主回路配管連絡肘コツク等破損修理に金五万円合計金一〇一万円を支出し、(二)前記踏切道施設等の破損修理費用として金九六八六円を支出し、(三)また、本件事故により原告の経営する東横線は延二三六・一キロメートルの運転を休止するの止むなきに立至りこのため正常ダイヤにより運転したならば当然あげ得たであろう運賃収入金二万五三一一円(右運転休止キロ数に当時の一車輛キロ当り運賃収入平均金一〇七円二〇銭五厘を乗じた数)の得べかりし利益を失い、これらと同額の損失を受けた。

四、よつて、原告は被告に対し右損害額合計金一〇四万四九九七円とこれに対する本件事故発生の日である昭和三二年三月一一日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

五、被告の過失相殺の主張は、これを争う。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として次のように述べた。

一、原告主張の請求原因事実のうち、原被告双方が原告主張のような者であること、小西の運転する本件電車が原告主張の日時場所において被告の被用者である小沢の運転する営業用中型乗用車と衝突し、その衝突により右電車のうち第三六一一号、第三七八一号車輛及び本件踏切道施設等に破損を生じたこと、右小沢は乗用車に乗客二名を乗せ被告の業務に従事していたものであることはこれを認めるが、その余の事実は全部争う。

右小沢は、乗用車を運転して本件踏切西側にさしかゝつた際、軌道敷地直前で一旦停車し、特に進行方向右側(南方)の田園調布駅方面を注視したが、軌道敷地面が道路よりも高く、かつ軌道敷地に沿つて雑木板塀等があるため視野がさえぎられ見透しが困難であつたので、軌道敷地内に約四・五五メートルばかり前進したところ、右方から本件電車が進行して来るのを認めたので、急いで後退の措置をとつたのであり、踏切横断について自動車運転者としてなすべき注意義務に欠けるところはなかつたのである。

二、仮りに、被告の被用者である小沢に過失があつたとしても、本件電車を運転していた小西は、電車の運転手として運転中常に軌道の前方を注視して進行先の踏切を横断通過しようとする人車があるときは、警笛を鳴らして注意を促し、或いは速力を減じて何時でも急停車できるような措置をとつて衝突の危険を未然に防止しなければならないのに、前方注視義務を怠つたため、約二六一メートルも手前から本件踏切附近を見通すことができるにも拘わらず、自由ケ丘第三号踏切附近で子供が遊んでいるのに気をとられて本件踏切を横断しようとしていた被告の乗用車に気付かず、警笛吹鳴減速等の措置をとることもなく、漫然本件電車を進行せしめた結果その最前部第三六一一号車輛の左側前部を乗用車の右側前面部と衝突せしめたのであつて、本件事故は主として原告の被用者小西の重大な過失に基づくものというべきであるから、被告の損害賠償額を定めるについてこれを斟酌すべきである。<証拠省略>

理由

一  原被告双方がそれぞれ原告主張のような者であり、小沢が被告の被用者として本件事故当時その営業用乗用車の運転に従事していたものであること、原告の経営する東横線二四運行上りの本件電車が原告の被用者である小西の運転により昭和三二年三月一一日午前一〇時〇一分頃田園調布駅から発車して自由ケ丘駅に向う途中、東京都世田ケ谷区玉川奥沢町二丁目二八九番地先の本件踏切を通過しようとしたところ、その最前部第三六一一号車輛の左側前面部が、折柄右踏切を本件電車の進行方向左側(西方)から右側(東方)へ横断しようとした小沢の運転する原告主張の乗用車の右側前面部と衝突し、これによつて本件電車のうち第三六一一号第三七八一号車輛及び原告主張の本件踏切道施設、生垣等に破損を生じたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故が被告の被用者である小沢の過失によるものであるかどうかについて検討する。本件事故当時現場を撮影した写真であることが当事者間に争いがない乙第四号証、同第七号証、同第八号証、証人小西鼎、同小沢実、同村田貞市、同漆原実及び同市川晃の各証言並びに検証の結果に本件弁論の全趣旨をあわせると、次のような各事実が認められる。

(一)  本件踏切は、原告経営の東横線田園調布駅の北方に位する幅員二・三五メートル、長さ一〇・七〇メートルの踏切であつて、本件事故当時においては両側に踏切柵及び白地に黒文字で「電車注意」と書かれた警標が設けられていたが、その他の保安設備はなく、同踏切西側から約一メートル離れた道路上南側の地点に木製電柱が存在し、これから南方に原告の電車専用軌道上り北行路線西側に沿い高さ一・七〇メートル以上の板塀及び人家が連続して並立しかつ右軌道敷西側の線に接して高さ約一メートルの柾の生垣が存在していたため、本件踏切を西側から東側に横断する際には北方(左手)の見通しはよいが、南方(右手)は右電柱、板塀及び生垣等に妨げられてその見通しが悪く予め、田園調布駅から北進して来る電車を見通すことはできず、前示電柱から少し踏切に寄つた地点で漸く多少南方を見極わめることができる状況であり右軌道上から踏切西側に近づく人車を見通すことも同様に困難であること。しかし、本件踏切から南方四六・二〇メートルの地点には自由ケ丘第三号踏切があつて、その東側に午後九時まで踏切警手の勤務する番小屋、手動式踏切遮断機、東側架線柱上端にエツクス灯、赤色点滅灯付き警報機などが設備されており、北方一〇八メートルの地点には自由ケ丘第一号踏切があつて、赤色点滅灯付き警報機が設備されていて、電車が南方田園調布駅から北進し自由ケ丘駅に向つて来ると本件踏切にさしかゝる約四〇秒前に右第三号踏切の警報機が鳴り出し赤色灯が点滅し始め、さらに約五秒後踏切遮断機が下ろされるとともに番小屋上方架線柱上のエツクス灯が自動的に点燈し、これによつて軌道上を進行する電車に対し第三号踏切通過の安全であることが示され、さらにこれより約一五秒後には本件踏切を過ぎた北隣りの第一号踏切の警報機が鳴り出し、赤色灯も点滅をはじめ、その約二〇秒後に電車が本件踏切を通過するのであり、本件踏切の西側から見ると、丁度対角線の方向に当る右第三号踏切の東側で踏切遮断機が下ろされていること、架線柱上のエツクス灯が点燈していること及び警報機が鳴り赤色灯が点滅していること、また北方第一号踏切の両側で警報機が鳴り赤色灯が点滅していることを認めることができ、これらによつて本件踏切を西側から東側へ横断する際には、踏切に向い電車が進行して来ることを予知できるような状況にあること。

(二)  本件電車の運転手小西は、田園調布駅を発車して自由ケ丘駅に向つたが、およそ時速四五キロメートルで右第三号踏切から南方約四〇〇メートルの位置にある自由ケ丘第四号踏切を通過し、第四号踏切と第三号踏切とのほぼ中間附近から連続的に警笛を吹鳴しながら(警笛吹鳴標が第四号踏切と第三号踏切の中間より第三号踏切寄りの地点に存在する)進行し第三号踏切のエツクス灯が点燈しているのを認めたので、右踏切の通行が遮断されていて軌道上の進行が安全であることを確認し、さらに警笛を吹鳴しながら進行を続け本件踏切の約一二メートル手前まで来たところ、踏切の西側から突然小沢の運転する乗用車が本件踏切を横断しようとして軌道敷内に入つて来たのを発見したので、直ちに急制動の措置をとつたが、及ばず、本件電車の最前部第三六一一号車輛の左側前面部を右乗用車の右側前面部に衝突させ、右電車はさらに約七五メートル進行して停車したこと。

(三)  右乗用車を運転していた小沢は、被告方の従業員となつてから約三カ月ばかりで本件事故現場附近の地理にもさして通じていなかつたが、本件事故当日の午前一〇時頃本件踏切附近の道路上で客を拾いその客増田常次の指示で本件踏切の西側から約五メートル離れた道路北側の村田精米店前に至りそこでさらに同店の店員高野敏雄を乗せ、自分も小用を足したのち、自由ケ丘駅から田園調布駅方面に向う下り電車が本件踏切を通過するのを見送り直ちに横断しても危険はないと速断の上、停車していた位置から時速約一〇キロメートルで進行し、そのまゝ本件踏切を西側から東側へ横断しようとしたもので、その際本件踏切前で一時停車して左右を注視するような措置をとらす、本件踏切軌道敷内に車を乗り入れてはじめて右側(南方)間近に本件電車が接近して来るのを発見し、急拠後退の措置をとろとしたが、その瞬間に電車と衝突し、右乗用車は炎上するに至つたこと、

以上のように認められ、右認定に反する証人小沢実及び同市川晃の各証言部分はいずれも採用することができず、他に右認定を左右するような証拠はない。右認定の事実によつて考えると、一般に通行人又は自動車の運転者が本件のように電車の専用軌道上に存する踏切を横断するに当つては、その手前で一時停止し、踏切に向い進行して来る電車の有無を確め、電車が進行して来るような場合には電車の通過するのを待ち、通行の安全を確認してから踏切を横断する等危険を未然に回避すべき注意義務を負担するものと解すべきであるが、小沢実は乗用車の運転者として踏切の手前で一旦停車し、少しく注意すれば、障害物のため直接本件電車が進行して来るのを認めることができないにしても、本件電車の運転手である小西が鳴らして来た警笛及び電車の進行音、右方(南方)対角線の方向で第三号踏切の遮断機が下りていること、架線柱上のエツクス灯が点燈していること及び警報機の警音、赤色灯の点滅、左方(北方)第一号踏切における警報機の警音、赤色灯の点滅等に気付くことにより、電車が本件踏切に接近して来るのを容易に知り得た筈であるのに、本件踏切の僅か約五メートル手前で客を乗せ、下り電車が通過したのちもはや危険はないと考えて発車し、踏切前一時停車を怠り、電車進行の有無を十分見極わめないまゝ踏切を横断しようとしたため、本件電車の接近に気付かず、遂に本件電車と衝突するに至つたものであるから、結局本件事故は右乗用車の運転者である小沢の過失によつて惹起されたものというべく、被告は同人を使用する者として原告に対し本件事故によつて生じた損害を賠償する義務あるものといわなければならない。

三、ところで、被告は本件事故について本件電車を運転していた原告の被用者小西にも過失があると主張する(小西に過失がある場合には、これを民法第七二二条第二項にいわゆる被害者の過失と同視すべきものである)のであるが、証人市川晃の証言中小西は第三号踏切附近で子供が遊んでいるのに気をとられ、本件踏切を横断しようとしていた被告の乗用者に気付かなかつたとの証言部分は証人小西鼎の証言とくらべて措信することができず、他に右過失を積極的に認めるに足りるだけの措信すべき証拠はなく、むしろ前項認定の事実によると、本件踏切の西側は軌道上からも見通すことは困難であり、小西は本件電車を運転して警笛を吹鳴しつつ時速約四五キロメートルで本件踏切の約一二メートル手前まで進行して来たところ、突如右乗用車が本件踏切軌道内に進入して来たのであつて、それまでこれを認めることができなかつたのであり、小西は直ちに急制動の措置をとつたが、衝突を避けることができなかつたのであるから(証人漆原実の証言によると、進行中の電車が急制動によつて停車するのは、時速キロ数の自乗を二五で割つて得られた数をメートルであらわした距離を電車が進行してからであると認められるが、約一二メートルしか離れていない以上本件電車が急停車の措置をとつても、踏切上の乗用車に衝突するに至るべきは明白である)、同人には本件事故発生について過失があるとは認められない。もつとも本件踏切から南方上り線の見通しは必ずしもよくないのに、当時本件踏切には前示踏切柵及び「電車注意」の警標のほかには保安設備のなかつたことは前認定のとおりで、本件踏切に少くとも自動警報器ないし点滅灯等の設備があれば、あるいは本件事故は未然に防止し得たものといい得るかも知れない。しかし前認定のように電車が本件踏切を通過する相当以前からその左右に位する第三号及び第一号各踏切にある警報器点滅灯がはたらき、電車の通過を十分予知せしめるに足る関係にあることが明らかであるから、本件踏切道自体に保安設備を欠くことをもつて原告の過失とし、もしくは踏切としてのかしであるとすることは相当でない。本件事故後本件踏切に自動警報器が設置されたこと(弁論の全趣旨からこれを認める)はなんら右結論を左右するものではない。この点に関する被告の主張は失当である。

四、よつて、進んで原告が本件事故によつてこうむつた損害について判断する。

(一)  本件事故当時現場を撮影した写真であること当事者間に争いない乙第五号証、同第六号証、証人鈴木慶治の証言により成立を認め得る甲第一号証、証人磯田年の証言により成立を認め得る同第二号証に証人漆原実、同鈴木慶治、同磯田年の各証言をあわせると、本件事故により本件電車の最前部第三六一一号車輛の主制御器を大破し、その他メンフユーズ及びブスフユーズボツクス、メンスイツチボツクス、運転室昇降ステツプ、メンスイツチ、プススイツチ、メンフユーズ、プスフユーズの各取付金物等に破損を生じ、また右車輛と最後部の第三七八一号車輛にはその釣合空気溜取付部、空気管主回路配管連結肘コツク、尾燈配管及び配線、車輛正面及び側面塗装等に損傷を生じたこと、(1) 右第三六一一号車輛の主制御器は使用することが不可能であつたので、原告において新たに主制御器を購入して取り付け、その費用として金一三五万一九九〇円を要したが、大破した主制御器はなお金五五万一九九〇円の価格を残存していたので、右主制御器の大破により原告の損失に帰する支出はこれを差し引き金八〇万円であること、(2) 同車輛のメンフユーズ及びプスフユーズボツクスの破損を補修するため金一六万二六〇〇円を要したこと、(3) また、同車輛のメンスイツチボツクス、運転室昇降ステツプ等及び第三七八一号車輛の前記のような破損箇所を修理するため、金五万七五七〇円を支出したことが認められる。原告は、本件事故により右(1) につき金八〇万円、(2) につき金一六万円及び(3) につき金五万円に相当する損害をこうむつた旨主張しているのであるが、以上によつてみればその主張のような金額に相当する損害をこうむつたことは、これを十分肯認することができる。

(二)  次に、証人久保田修の証言及び同証言により成立を認め得る甲第四号証によると、本件事故により前示踏切道施設生垣等に損害を生じ、これを修理するため原告において金九六八六円を支出し、原告はこれと同額の損害を受けたものと認められる。

(三)  ところで、原告は本件事故によりその経営にかゝる東横線が一部運転休止の止むなきに至り、このため正常ダイヤによつて運転したならば当然得べかりし運賃収入金二万五三一一円に相当する利益を失い、これと同額の損害を受けた旨主張する。しかし、原告が右の立証として援用する証人田辺増蔵の証言並びに同証人の作成にかかる甲第三号証及び同第五号証によると、本件事故により原告の経営する東横線が当日の午前一〇時頃から午前一一時〇四分頃まで一部運転を休止しその運転休止キロ数は延二三六・一キロメートルとなること及び本件事故のあつた昭和三二年の一、二月における普通乗車券、定期乗車券、回数乗車券等の運賃収入が一車輛キロ当り平均金一〇七円二〇銭五厘であることはこれを認めることができるけれども、右の一車輛キロ当り平均運賃収入は、混雑時であるかどうかなど具体的な時間による乗客数の多寡をすべて無視し、昭和三二年一月及び二月における普通乗車券、定期乗車券券、回数乗車等の売上による総収入をもととして算出されたものであるから、これによつて直ちに具体的に本件事故の時間中において一車輛がキロ当り右平均運賃収入と同額の収入をあげ得たものと断定することはできないのみでなく、本任事故により右のような短期間の運転休止があつたからといつて、本来原告の経営する東横線を利用する乗客がすべて他の交通機関を利用したものと認められるような証拠はなく、むしろ日常の経験としては事故による短時間の運転休止の後には通常電車は非常に混雑するのが例であつて、そのことは休止期間内にすべての乗客が他に走るものではないことを示すものというべきである。従つて、運転休止による乗客の多少の減少は免れないものとしても、右の延運休キロ数、一車輛のキロ当り平均運賃収入及び車輛数の相乗積をもつてその得べかりし利益であると認めることはできず、そのいくばくが真に本件運休による減収であるかは結局本件においてこれを確定し得ないものというべきであるから、この点の原告の主張は採用できない。

従つて、本件事故により原告のこうむつた損害は右(一)(二)の合計金一〇一万九六八六円ということとなる。

五、以上の次第であるから、被告は原告に対し本件事故による損害賠償として金一〇一万九六八六円及びこれに対する右事故の当日である昭和三二年三月一一日から右支払ずみまで年五分の遅延損害金を交払うべき義務があるけれども、その余の義務はないものといわなければならない。よつて、原告の本訴請求を右の限度で正当として認容すべく、その余の部分を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条但書を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 石田実 鈴木醇一)

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