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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)9874号 判決 1960年12月21日

原告 佐藤勝康

被告 吉野寛一 外一名

主文

被告吉野寛一は原告に対し、別紙記載の建物部分二十四坪五合を明渡し、昭和三十三年一月十四日から右明渡しが終るまで一カ月一万五千円の割合による金員を支払え。

被告斉藤育三は原告に対し、別紙記載の建物部分十一坪五合を明渡し、昭和三十三年一月十四日から右明渡しが終るまで一カ月一万一千円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同じ仮執行宣言つきの判決を求め、

請求の原因として、

(一)、原告は、昭和三十三年一月十四日、別紙記載の建物(以下「本件建物」という)の所有権を取得した。

(二)、同日以前から、被告吉野は、別紙記載のとおりの二十四坪五合を、被告斎藤は、別紙記載のとおりの十一坪五合を、占有権原がないのに占有して原告の本件建物に対する所有権を侵害し、原告に賃料相当の損害を与えている。

(三)、本件建物についての相当賃料額は、被告吉野の占有部分について一カ月一万五千円、被告齊藤の占有部分について一カ月一万一千円である。

(四)、よつて、原告は所有権にもとずき、被告らに対し、その占有部分の明渡しと、原告が所有権を取得した日の昭和三十三年一月十四日から右明渡しが終るまで右相当賃料額に相当する損害金の支払いとを求める。

と述べ、

被告らの主張に対する答弁および主張として、

(一)、被告ら主張の事実は否認する。

(二)、かりに、被告らが主張する事実があつたとしても、塩原光雄が行使している留置権のもととなつた債権額は八十万円であり、塩原は次のとおり留置権を行使している本件建物から生じた果実二百五万三千円を取得して、右債権の弁済をうけているから、被告ら主張の留置権は消滅した。

(イ)、塩原は、昭和二十八年五月、被告齋藤に対し、同被告占有部分を、権利金十八万円、賃料一カ月一万一千円で賃貸し、右権利金十八万円と同月から昭和三十三年十二月までの賃料合計七十四万八千円との合計九十二万八千円を受領している。

(ロ)、塩原は、被告吉野を占有代理人として、昭和二十七年九月ごろから同被告占有部分を占有使用し、昭和三十三年十二月末日までに、同占有部分の賃料に相当する一カ月一万五千円の割合による合計百十二万五千円の利得をしている。

(三)、かりに、右主張が理由がないとしても、塩原は本件建物を建築した直後、工事代金を回収するため六年間は本件建物を占有すると主張していたものであり、右主張の六年間は昭和三十三年九月で満了したから、塩原の本件建物の占有権は消滅し、被告らの占有権原も消滅した。

と述べ、

証拠として、甲第一ないし第六号証を提出し、鑑定人川口長助の鑑定の結果を援用した。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」という判決を求め、

答弁として、

原告主張の(一)は知らない。同(二)のうち被告らが原告主張のとおりに本件建物を占有していることは認めるが、同占有が原告の所有権を侵害していることは否認する。

と述べ、

主張として、

(一)、昭和二十七年五月ごろ、本件建物の敷地の所有者水野善雄と塩原光雄、吉田栄一との間に、

(1)、水野は土地を提供し、同地上に水野名義で吉田栄一が本件建物を建築する。

(2)、竣工した建物は吉田が管理し、これを他に賃貸して、その収益は六年間吉田が取得し、建物工事代金に充当する。

(3)、本件建物の建築は塩原が請負う。

(4)、工事代金は百二十八万円とする。

という契約が成立し、塩原は、右契約にもとずいて昭和二十七年九月ごろ本件建物を完成したが、吉田から工事代金八十万円の支払いをうけなかつたので、本件建物の一部だけを吉田に引渡し、その余は右代金の支払をうけるまで留置し、被告らを代理人としてこれを占有しているものである。

右のように、被告らは塩原の留置権にもとずいて本件建物を占有しているものであり、右占有は原告にも対抗することができるものである。

(二)、留置権者は、留置物から生じる果実を取得することができるが、それは被担保債権の弁済に充当されるものではないから、原告が主張するように塩原が果実を取得したとしても、右工事代金残金八十万円の債権が消滅するものでない。

と述べ、

証拠として、証人水野善雄の証言に被告吉野本人尋問の結果を援用し、「甲第一号証の成立は認める。甲第二から第六号証までの成立は知らない。」と述べた。

理由

成立に争いがない甲第一号証によれば、原告は昭和三十三年一月十四日高峰森林株式会社から本件建物を買受けて、その所有権を取得したことを認めることができる。証人水野善雄の証言のうち、この認定に反する部分は措信しない。

被告両名が、前同日以前から、本件建物を原告が主張する坪数の割合で分割占有していることは、当事者間に争いがない。

そこで、被告らの占有権原について判断する。

被告吉野本人尋問の結果によれば、吉田栄一と塩原光雄との間で、吉田が本件建物を塩原に請負わせて建築するという約束ができて、塩原は、昭和二十七年四、五月ごろ、本件建物を建築完成させたが、吉田から工事代金のうち四十万円しか支払いをうけなかつたため、本件建物の二階六畳一室(別紙図面二階左下の部分)を吉田にひき渡しただけで、その余の部分は工事代金残金八十万円位の支払いをうけるまで留置しておき、そのころから二カ月位の間に被告吉野および被告斉藤を原告主張どおりの割合(被告吉野については前記一室を除く)で入室使用させ、これを占有していること、その後、前記吉田に対しひき渡した一室の返還をうけ、これも被告吉野に保管させていることを認めることができる。同本人尋問の結果のうち、本件建物の敷地所有者水野善雄も塩原と吉田との間の契約に関与したという部分は、証人水野善雄の証言と対比して信用することができない。

そうすると、塩原は、吉田に対する工事代金債権の担保として本件建物に対し留置権を有し、右権利にもとずいて占有を始め、被告両名を代理人として本件建物に入室させているものということができる。

原告は、塩原の右留置権は被担保債権が消滅したから消滅した、と主張する。

塩原が被告両名を占有代理人として本件建物を占有使用していることは、前に認めたとおりである(被告斉藤については、塩原が賃貸しているらしいと思われるが、確認することはできない)。そうすると、塩原は本件建物を使用することによつて、賃料相当額の利益を得ているものであり、右利得は塩原の債権と相殺されてさしつかえないものである。

被告らは、留置物から生じた果実は、被担保債権の弁済に充当されることなく、留置権者が取得することができる、と主張するが、右果実を留置権者が被担保債権の弁済に充当することができる旨規定した民法第二百九十七条からすると、右果実を留置権者が取得することができると解することはできないから、被担保債権の弁済にあてない限りこれを留置物所有者に返さなければならない。また、留置物を使用して得た利益も不当利得として返さなければならないものである。

鑑定人川口長助の鑑定の結果によると、本件建物の昭和三十三年一月当時の適正賃料は一カ月二万九千五百四十円であると認められ、この認定事実からすると、本件建物の昭和二十七年十月分(被告らが、本件建物の工事が完成し、塩原が留置権を行使し始めたと主張する時期の翌月)から昭和三十二年十二月分までの賃料合計は被告らが留置権行使の基本債権額と主張する八十万円を超過するものと推認することができる。

そうすると、塩原は、本件建物を使用することによつて、遅くも昭和三十二年十二月末日までに自分がもつている債権額を超える利益を得ているものということができる。

留置権の被担保債権と留置物を使用して得た利得とは、当事者によつて相殺の意思表示がされなければ、両方の債権が消滅したものということはできない。したがつて、相殺の意思表示がされたと認められない本件においても、塩原の吉田に対する本件建物の工事代金債権は、確定的には消滅しておらず、留置権もまた消滅していないものといわなければならない。

しかしながら、このように被担保債権が相殺適状になつている留置権は、第三者に対して主張することができないものと考える。このような留置権は一方の意思表示がありさえすればただちに消滅するものであり、また、留置権者が他人へ賃貸して得た賃料は果実として留置権者の債権の弁済にあてることができることと比べても、留置権者に不利益を与えないと考えられるからである。

そうなると、塩原の留置権は原告に対抗することができないものというべきであり、したがつて被告両名の占有はその権原がないものといわなければならない。よつて、被告らは、原告に対し、本件建物の各占有部分を明渡す義務があるものである。

右の事実によれば、被告らは原告が本件建物の所有権を取得した昭和三十三年一月十四日から後、本件建物を占有することによつて原告の本件建物に対する所有権を侵害し、賃料相当額の損害を原告に与えていることになるから、右損害を原告に賠償しなければならない。

鑑定人川口長助の鑑定の結果によれば、本件建物の相当賃料額は、昭和三十三年一月から後は、被告吉野の占有部分について一カ月一万五千円、被告斉藤の占有部分について一カ月一万一千円を下らないことを認めることができる。

よつて、原告に対し、昭和三十三年一月十四日から占有部分の明渡し済みに至るまで、被告吉野は一カ月一万五千円、被告斉藤は一カ月一万一千円の割合による損害を賠償する義務がある。

以上のとおりであるから、原告の請求は相当であるとして認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し、仮執行の宣言をする必要はないと認めるからそれをしないことにして、主文のとおり判決する。

(裁判官 西沢潔)

別紙

東京都渋谷区代々木二丁目四番地の一

家屋番号同町四番

一、木造モルタル塗亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗兼居宅 一棟

建坪 二十二坪

二階 十四坪

のうち

被告吉野の占有部分一階十坪五合(図面黒斜線部分)と二階全部

被告齊藤の占有部分一階十一坪五合(図面赤斜線(両斜線)部分)

表<省略>

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