東京地方裁判所 昭和33年(刑わ)1994号 判決 1959年2月18日
被告人 林泰吉 外一二名
主文
被告人林泰吉を懲役一年に
被告人林勇太郎を懲役一年六月に
被告人有馬正を懲役二年に
被告人中村操、同関口正、同重森直人を各懲役一年に
被告人佐々木庄蔵、同金子金吉を各懲役十月に
被告人馬見塚浜治、同野村利夫、同池田貞雄、同荒木完之、同稲垣富夫を各懲役八月に処する。
未決勾留日数中、被告人林泰吉に対し九十日、被告人林勇太郎に対し百三十日、被告人有馬正、同池田貞雄、同稲垣富夫に対し各百八十日、被告人中村操、同佐々木庄蔵、同金子金吉、同馬見塚浜治、同野村利夫、同荒木完之に対し各百五十日、被告人重森直人に対し百七十日、被告人関口正に対し百二十日をそれぞれ右本刑に算入する。
被告人林泰吉、同馬見塚浜治、同野村利夫、同池田貞雄、同荒木完之に対し、この裁判確定の日から各三年間右刑の執行を猶予する。
被告人馬見塚浜治、同野村利夫、同池田貞雄、同荒木完之を右執行猶予期間中保護観察に付する。
押収に係る登山ナイフ二挺及び白鞘日本刀二振(昭和三十三年証第一三一二号の2、3、5、7)はいずれも没収する。
訴訟費用中、証人馬場松雄、同金子平八郎、同中村哲夫、同浅川勝久に支給した部分は被告人有馬正の負担、証人山口哲夫、同雄井敬之に支給した部分は被告人荒木完之の負担、証人平川良三に支給した部分は被告人重森、同稲垣を除くその余の被告人全員の連帯負担とする。
本件公訴事実中、被告人林泰吉が被告人林勇太郎外九名と共謀の上砂岡庄一郎を不法に監禁したとの点は無罪。
理由
(罪となる事実)
被告人林泰吉は東京都内板橋区一帯に勢力を有する愚連隊林一家の首領であり、被告人林勇太郎は泰吉の実弟であり、同人を扶け副首領格の幹部として泰吉に代り事実上林一家を指導し、輩下を使つてパチンコの景品買等を行つていたもの、被告人林兄弟及び被告人稲垣富夫を除くその余の被告人等は林一家の乾児としてまた、被告人稲垣富夫は被告人林勇太郎の兄弟分に当る早川早苗の乾児としてそれぞれパチンコの景品買等に従事していたものであるが、
第一 被告人林勇太郎、有馬正、関口正、佐々木庄蔵、金子金吉、中村操、馬見塚浜治、野村利夫、池田貞雄、荒木完之は昭和三十三年五月二十四日午前零時過頃林一家の輩下である成田永行が赤羽のぐれん隊砂岡庄一郎一味に匕首で刺されたことを聞知して憤激し、砂岡に事情をただすと共に事の次第によつては暴力に訴えても報復しようと決意し、共謀の上、同日午前二時過頃黒鞘日本刀、軍刀各一振、登山ナイフ二挺を携え、東京都北区稲付町一丁目三百二十番地砂岡庄一郎方に到り、同人に会い事情をただした結果、成田の被害が暴行をうけたに過ぎなかつたと聞き、一旦その場を引揚ぎたのであるが、当時成田と行動を共にしていた島田儀雄から事の詳細を聴取し、さきの砂岡の言が事実と相違する誠意のない弁解であることを知るに及んで激昂し、砂岡を拉致して所期の目的を遂げようと企て、
(一) 同日午前三時三十分頃、一同は再び右砂岡方に押しかけ同家六畳の間において浴衣のままの砂岡を取囲み、交々「成田を刺したではないか、板橋に来い、ぐずぐずするな、早くしろ。」等と申向け、同人をして心ならずも着のみ着のまま即刻同行を肯んぜざるのやむなきに至らしめ、直ちに屋外に待機中の自動車に乗車せしめてこれを不法に逮捕し、
(二) 砂岡を同都板橋区本町二十六番地被告人林泰吉方に連行の上同人の協力を得て所期の目的を遂げる意図のもとに砂岡をそのまま右泰吉方に拉致し、被告人林勇太郎、同金子金吉等は砂岡に対し「指をつめろ」と申向け、金子は所携の軍刀を示して「つめる物がなければこの刀を貸してやる」と迫り、砂岡に応ずる気色が見えないところから被告人林勇太郎、同金子、同有馬、同中村、同佐々木、同関口等において同人を三回程同家裏口附近まで引きずり出し、引き倒し、小突く等の暴行を加え、果ては、その場の雰囲気に昂奮した被告人関口が突嗟に所携の登山ナイフ(昭和三十三年証第一三一二号2及び3のうちの一挺)を振つて同人に斬りつけ、中村もまた所携の登山ナイフ(同号証の他の一挺)で斬りつけようとして果さず因て同人に対し左上膊外側部二個所に長さ約九糎及び八糎全治約三箇月を要する知覚麻痺を伴う切創を負わせ、
第二 被告人林泰吉は、前記第一(二)の問責暴行が行われている間、終始その場にあつてその情況を現認し、事態の大事に進展すべきを知りながら、輩下である他の被告人の右暴行を黙認し、そのなすに委せ、わずかに他の被告人等が砂岡を屋外に引き出そうとするのを自ら阻止したに止まり、傷害の結果を未然に防止するに足る措置をとらず、因つて前記のとおり、傷害の結果を惹起するに至らしめ、
第三(一) 被告人有馬は右事件に関連し芝山一家の輩下矢崎寿男からその非を難詰されたのであるが、これを砂岡一味の援助依頼によるものと信じて激昂し、被告人重森と諮り再び砂岡方に殴り込みをかけることを決意し、両名共謀の上、同日午後二時過頃各自白鞘の日本刀一振宛(同号証5、7)を携行して前記砂岡方に到り、その場に居合せた森田友規(当三十年)福田清助(当二十一年)大橋長治(当二十二年)等に対し、それぞれ右日本刀を以て斬りつけ、よつて森田に対し全治三週間を要する左肩胛部から上膊に亘る長さ約二十三糎、深さ骨膜に達する切創福田に対し全治約一週間を要する巾一糎の前胸部刺傷、大橋に対し、その右手第二指に全治約一週間を要する長さ三糎に亘る切創を与え、
(二) 被告人稲垣は右日時頃、前記(一)記載のとおり、被告人有馬、同重森がそれぞれ日本刀をもつて砂岡方に殴り込みをかけることの情を知りながら、同都板橋区上板橋町一丁目十五番地林勇太郎方から前記砂岡方前道路上まで右被告人両名を後部客席に乗車させ自家用自動車トヨペットクラウン(崎五―す一三二四号)を運転し、以て前記(一)記載の犯行を容易ならしめてこれを幇助し、
(三) 被告人池田は右日時頃前記(一)記載の事情を知りながら、右林勇太郎方から砂岡方前路上まで前記自動車の助手台に乗車して道案内し、以て右(一)記載の犯行を容易ならしめてこれを幇助し、
第四 被告人有馬正は単独で
(一) 同年三月二十九日午後四時頃同都板橋区上板橋町三丁目六千三百八十六番地所在、貸自動車業常盤台観光有限会社に到り、ドライブ用乗用自動四輪車の貸与方を申込んだ際、たまたま空車がなかつたため、右会社代表取締役馬場松雄が、これを断つたところ、同人に対し「あれ程前から頼んであるのにないとは何事だ、最近図太くなつたな、俺を一般並に取扱う気か、馬鹿にするにも程度があるぞ」等と大声で怒号しつつ将に暴力に訴えるような気勢を示し、同人の身体、自由若しくは財産に害を加うべきことをもつて脅迫して畏怖させた末、同人をして修理中の同会社所有に係る乗用自動四輪車トヨペットマスター号の貸出を承認するのやむなきに至らしめ即時同所で右乗用自動車一台を被告人に交付させ、もつて馬場松雄をして義務なきことを行わしめ、
(二) 同年四月十五日午後四時四十分頃、同都千代田区霞ヶ関一丁目一番地東京地方裁判所内被疑者同行室において、警視庁刑事部総務課所属看守係巡査で右同行室に勤務する金子平八郎が暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件につき勾留状の執行をうけた被疑者森田重夫に対し、看守巡査の指示に従うよう注意を与えていたのを見るや、同巡査に対し「うるさいぞ生意気言うな」等と怒鳴りながら、いきなり同巡査の胸を突き、更に同巡査の上着の両襟を掴んで締めつける等の暴行を加え、よつて同巡査の公務の執行を妨害すると共に右暴行により同巡査に全治約一週間を要する右拇指打撲挫傷兼左示指及び拇指擦過傷を与え
たものである。
(証拠の証目)<省略>
(前科)<省略>
(法令の適用)
法律に照すと、判示第一の(一)の所為は刑法第二百二十条前段第六十条に、判示第一の(二)、第二第三の(一)の所為は、いずれも同法第二百四条第六十条に、判示第三の(二)及び(三)の所為は、いずれも同法第二百四条第六十二条第一項に、判示第四の(一)の所為は同法第二百二十三条第一項に判示第四の(二)の所為は同法第九十五条第一項第二百四条第五十四条第一項前段に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、被告人林勇太郎、同有馬正、同佐々木庄蔵、同中村操、同関口正、同重森直人、同稲垣富夫には前示のような前科があるので同法第五十六条第五十七条(被告人有馬、同中村については右のほか同法第五十九条)に則り累犯加重を為し、また、判示第三の(二)(三)については同法第六十三条、第六十八条に則り従犯減軽を為し被告人林泰吉、同重森直人、同稲垣富夫を除く爾余の被告人の判示所為は、いずれも併合罪に当るので同法第四十五条前段(被告人荒木についてはなおほかに同条後段)第四十七条第十条に則り最も重い判示第一(二)の罪の刑に同法第十四条の制限範囲内で法定の加重をなし各刑期範囲内で各被告人を主文掲記の刑に処し、刑法第二十一条に則り主文掲記のとおり未決勾留日数を各本刑に算入する。而して被告人林泰吉、馬見塚浜治、同野村利夫、同池田貞雄、同荒木完之に対しては諸般の情状を参酌し同法第二十五条に則りこの裁判確定の日から各三年間右刑の執行を猶予すると共に林泰吉を除く右被告人四名に対し同法第二十五条の二に則り執行猶予期間中これを保護観察に付する。なお押収に係る登山ナイフ二挺(昭和三十三年証第一三一二号の2及び3)は判示第一の(二)の犯罪行為に供しまたは供せんとした物であり、白鞘日本刀二振(同号証5及び7)は判示第三の(一)の犯罪行為に供した物で、いずれも被告人以外の者に属していないから同法第十九条によりこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項、第百八十二条に則り主文のとおり被告人等をして負担させる。
本件公訴事実中被告人林泰吉が他の被告人と共謀して砂岡庄一郎を不法に監禁したとの点は犯罪の証明がないので刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪を言渡す。
(附記)
判示第三、第四の点を除き本件公訴事実の原始訴因は被告人林泰吉外十名の共謀による逮捕監禁致傷の罪であるところ、証人山本吉之助の当公廷における供述その他の証拠に徴し、未だ不法監禁の事実を認めることは困難であり、他面また、林泰吉を除く被告人林勇太郎外九名の共謀による不法逮捕の事実は肯認し得るが、これと致傷の結果との間に直接的な因果関係を認めることができない。従つて、この点原始訴因について被告人等は有罪たり得ない。よつて予備的訴因につき判断し、判示のとおり判決する次第である。
なお、被告人林泰吉及び弁護人はこの点に関し被告人林泰吉は当時飲酒昂奮していた輩下被告人等の暴挙を制止し結果の発生を未然に防止することは到底能くし得ないところであり、従つてこの点につき被告人泰吉に刑責を問うことは困難であると主張するのであるが、判示のとおり同被告人が当時他の被告人等が再三に亘り砂岡を屋外に連れ出そうとしたのを排して自ら同人を連れ戻している事実に徴しても、被告人泰吉が傷害の結果を未然に防止し得るに拘らずこれを防止するに足る十全の措置に出なかつた事実を認めざるを得ず、結局判示刑責を免れることはできない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 正田満三郎)