東京地方裁判所 昭和33年(刑わ)2994号 判決 1958年10月20日
被告人 永田幸作
主文
被告人を懲役二月に処する。
未決勾留日数を右刑期に満つる迄本刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は酒好きであつて酒を五合以上飲むと屡々無銭乗車等の事故を起す癖があつたが
第一、昭和三三年七月二〇日も各所で飲酒した上翌二一日午前一時三〇分頃東京都足立区千住柳町附近に於て、既に飲酒に依り所持金は全部使用してしまつたので営業用のタクシーに乗つてもその料金を支払うことは出来ず又乗車後他から借金をして料金を支払うと云う確実な目当もなかつたので無銭乗車の結果を生ずることがわかつていたに拘らず、これを秘して恰も乗車後は直に料金の支払をする様に装つて折柄流し中の日日交通株式会社の営業用自動車の運転者牛島久夫に対し「町屋までやつてくれ」と申向け、同人をして乗車後は直ちに料金の支払を受けられるものと誤信させて乗車し同所から同都荒川区町屋一丁目八三〇番地先迄走行させ因つて右区間の料金百五十円に相当する財産上不法の利益を得
第二、同年八月一五日午前一時頃矢張り前同様相当飲酒した上同都荒川区町屋三丁目附近に於て折柄流し中の大洋自動車交通株式会社の営業用自動車の運転者須永勝己に対し「田端駅迄やつてくれ」と申向け乗車したが被告人は冒頭記載の様に五合以上酒を飲む時は無銭乗車する癖があることを自覚していたのであるから其の時も同様の結果を生ずる蓋然性が多いことを認識していたのに乗車を取止めることなく敢て料金は乗車後直ちに支払う様に装つて其の旨同人を誤信させ同所から同都北区田端町八〇六番地国電田端駅前迄走行させ結局料金の支払をせず因つて右区間の料金百五十円に相当する財産上不法の利益を得
たものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は被告人には無銭乗車の犯意はなかつたと主張するけれども第一の場合は被告人は所持金のないことを知り且つ借りて払うはつきりした宛もなかつたのにこれを秘して黙つて乗車したことは被告人が当公廷で述べているところであるから詐欺の犯意に於て欠くるところはないし第二の場合は所持金のない事を乗車後に気がついたと云うが被告人は酒を飲むと屡々無銭乗車をする癖があり既に度々警察の取調を受け(昭和三〇年四月二五日亀有署で、同年六月五日千住署で、同年一一月六日本所署で、昭和三一年一月二六日千住署で、同年三月一六日駒込署で、同年同月二二日久松署で、同年一二月一四日本富士署で、昭和三二年九月一七日浅草署でいづれも無銭乗車で取調を受けている)自らも五合以上飲酒すると斯様な事故を起す癖があることを自覚して居り此の時も同様の結果を生ずる蓋然性の多いことを認識していたものであるから犯罪を犯すことを防止する為には乗車を中止すべきであつたのに敢て乗車したわけで結局運転者を欺罔する結果となるかもしれないことを認容していたものとして詐欺罪の犯意(未必の故意)があつたものと認めるのが相当である。従つて弁護人のこの点の主張は採用しない。
尚弁護人は仮に犯意ありとするも被告人は当時いづれも相当に飲酒し酩酊していたのであるから責任がないと主張する。そこで考えて見るのに被告人が第一の場合に若干飲酒していたことは認められるが、被告人の自供に依る飲酒の適量が五合位である点から見て右の場合責任能力を欠く程度の酩酊があつたものとは考えられないし、第二の場合は相当多量に飲酒していたことが明らかであるけれども、責任能力を欠く程度に達していたことは明らかでない。而も被告人は五合以上の飲酒をする時は無銭乗車、傷害、暴行等の事故を起すことを自覚していたに拘らず敢て飲酒したのであるから所謂原因に於て自由な行為の理論から考えても、本件の様な場合に被告人に責任なしと云うことは出来ないものと云うべきである。従つて此の点に関する弁護人の主張も採用しない。
(執行猶予中の前科)
被告人は昭和三二年六月一七日東京北簡易裁判所に於て窃盗罪に因り懲役八月三年間執行猶予に処せられ現在猶予期間中にある者であることは前科調書の記載に依り明らかである。
(法令の適用)
法律に照すに判示各所為は刑法第二四六条第二項に該当し以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条を適用し犯情重い第一の罪の刑に併合罪加重した刑期範囲内で処断すべきところ情状を案ずるに被告人は前記の様に度々無銭乗車で取調を受け起訴猶予になつている外昭和三〇年三月より昭和三二年二月迄の間六回に亘り傷害、暴行等の罪に依りいづれも罰金刑の処罰を受けて居りいづれも飲酒した際の出来事であつたこと、被告人自身以前自動車運転者であつて無銭乗車された場合にはその責任を負わされ給料中から弁償させられることを知つていたこと今回の事件も第一の場合は最後は火葬場に乗入れて居り第二の場合はビール壜を振り廻したりして居り運転者に代金請求を断念せしむる意図があつたのでわないかと思われること等を綜合すると被害額は軽微だが再度の執行猶予は不適当であるから被告人を懲役二月に処し同法第二一条を適用して未決勾留日数中右刑期に満つる迄本刑に算入し、訴訟費用(国選弁護)は刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人に負担させないことにする。
よつて主文の通り判決する。
(裁判官 熊谷弘)