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東京地方裁判所 昭和33年(合わ)420号 判決 1958年12月26日

被告人 菅原昭隆 外一名

主文

被告人菅原昭隆、同児島友明をいずれも懲役五年及び罰金二千円に各処する。

未決勾留日数中各二十日を被告人等の右各懲役刑にそれぞれ算入する。

被告人等が右罰金を完納しないときは、金二百円を一日に換算した期間被告人等を労役場に留置する。

理由

被告人菅原昭隆は福島県立双葉商業高等学校を卒業後上京して商店の店員、バーテンダーなどをして昭和三十二年八月頃から渋谷区栄通り一丁目六番地バー「ルポ」にバーテンダーとして雇われていたものであるが、これより先昭和三十一年三月十七日かつての勤務先である中央区日本橋両国三十四番地装身具商水野弥太郎商店に勤務中普通自動車運転免許証を受けたが、不始末のため同店を退いた際運転免許証を主人に抑えられこれを所持していなかつたものであり、又被告人児島友明は福島県立若松商業高等学校を卒業後上京して商店の店員、バーの手伝いなどして昭和三十三年九月頃から世田ヶ谷区代田一丁目三百五十三番地東和螢光燈株式会社に自動車運転手として雇われており、同被告人もかつて前記バー「ルポ」に雇われていた関係から被告人両名は親しい間柄にあつたものであるが

第一  昭和三十三年十一月十一日午前三時四十分頃被告人児島は前記会社所有の小型四輪貨物自動車四―す第七二一七号を運転して右バー「ルポ」に被告人菅原を訪ね暫時飲酒雑談の後ドライブすることに話がきまり同日午前四時三十分頃同じく右「ルポ」のバーテンダー塙義男をも誘つて三名で附近に駐車してあつた前記小型四輪貨物自動車に乗り、三人交互に運転して渋谷区原宿方面を車を走らせたが、被告人菅原が運転し被告人児島がこれを指導して同日午前五時十分頃東京都渋谷区北谷町三十六番地先附近の曲角を徐行して差かかつた際、折からパトロールカー警視第百二十号に上司である警視庁巡査部長稲垣三郎と同乗して警邏中の警視庁警備部警邏課自動車警邏係警視庁巡査本岡栄太郎(当三十二年)が右自動車が左右に蛇行しつつ進行してくるのを不審と認め急遽下車して懐中電燈を振りつつ大声で停車を命じたのにもかかわらずそのまま進行をつづけたので右本岡巡査は前記自動車のステツプにとびのり運転手席側扉の硝子窓越しに車内に向けて更に懐中電燈を振りながら「止れ」と連呼して停車を命じたが被告人等は右連呼に応じて停車すればその際運転していた被告人菅原が運転免許証を持つていないうえに、多少酩酊しており、又被告人児島も被告人菅原に自動車を提供したことについて責任を追求され、刑事処分を受けることは必至であると直感し、被告人菅原の左隣りで同人の運転を指導していた被告人児島が被告人菅原に「やばい走れ」と言い、被告人菅原もこれに応じ、茲に被告人両名は右本岡巡査が進行中の前記自動車のステツプにとびのり停車を命じていることを認識しながら相互に意思を相通じ、同巡査を振り落してもこのまま逃走するに如かじと決意し、無謀にも直ちに速度を時速三、四十粁位に上げて疾走し、間もなく約百三十米疾走した地点で右巡査を同区同町四十九番地先路上に転落させ、前記自動車の右側後車輪で同人の身体を轢き、因て同人に頭蓋骨骨折、脳底損傷、右肋骨第一より第十二まで完全骨折並に右肺破裂創等の傷害を与え、以て同巡査の公務の執行を妨害し、その際右傷害によつて、同人をして前記路上において脳及び肺等の損傷のため即死するに至らしめ

第二  被告人菅原昭隆は前記のように昭和三十一年三月十七日普通自動車運転免許を受けたものであるが、昭和三十三年十一月十一日午前四時四十分頃から同日午前五時二十分頃までの間、運転免許証を携帯しないで渋谷区宇田川町七十五番地メトロパチンコ店前路上から同区北谷町三十番地先松野義雄方前路上まで及び同区穏田三丁目八十六番地先路上より同区原宿三丁目二百六十六番地まで、同地点より反転して同区神宮通り一丁目八番地先路上までの合計約三粁の区間、前記自動車を運転し

第三  被告人児島友明は

(一)  被告人菅原が運転免許証を携帯しないことを知つていながら、被告人菅原が前記第二の如く運転免許証を携帯しないで自動車を運転した際、自己が使用中の前記自動車を提供して、右菅原の犯行を容易ならしめて幇助し

(二)  塙義男が自動車運転免許をうけていないことを知りながら、同人が免許をうけないで昭和三十三年十一月十一日午前四時五十分頃、渋谷区北谷町三十番地先路上から同区穏田三丁目八十六番地先路上にいたる約三百米の区間、前記自動車を運転した際、自己が使用中の前記自動車を提供し、且つ同乗してその運転を指導し、以て塙の右無謀操縦を容易ならしめて幇助し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人等の判示第一の各所為中公務執行妨害の点は刑法第九十五条第一項第六十条に、傷害致死の点は同法第二百五条第一項第六十条に、被告人菅原の判示第二の所為は道路交通取締法第九条第三項、第二十九条第一号、罰金等臨時措置法第二条に、被告人児島の判示第三の(一)の所為は道路交通取締法第九条第三項、第二十九条第一号、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六十二条に、同判示第三の(二)の所為は道路交通取締法第七条第一項第二項第二号、第九条第一項、第二十八条第一号、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六十二条に、それぞれ該当するところ、被告人等の判示第一の公務執行妨害と傷害致死は一個の行為であつて二個の罪名に触れるから刑法第五十四条第一項前段第十条により重い傷害致死の刑で処断することとし、被告人菅原昭隆に対しては判示第二の罪については所定刑中罰金刑を選択し、右の罪と判示第一の罪とは刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十八条第一項本文を適用して前者の罰金刑と後者の懲役刑とを併科することとし、被告人児島友明に対しては、判示第三の(一)及び(二)の罪については所定刑中それぞれ罰金刑を選択し、これらは各従犯であるから刑法第六十三条、第六十八条第四号に従い、それぞれ法定の減軽をなし、右の各罪及び判示第一の罪とは刑法第四十五条前段の併合罪であるから、罰金刑については刑法第四十八条第二項に則り、罰金額の合算額以内で処断することとし、同法第四十八条第一項本文を適用して前者の罰金刑と後者の懲役刑とを併科することとするが、飜えつて本件の犯情について考えてみるに、被告人弁護人等は、被告人等は本岡巡査をその場に振り落してまでも逃走する意思はなかつたものである旨及び弁護人は本岡巡査が判示自動車のステツプにとびのつたことは無理な行為である(但し同巡査の死を悼み被告人の非はこれを認めている)旨主張するが、判示のように、被告人等は法規に違反して自動車を操縦していたところを警邏中の警察官等にあやしまれ、判示本岡巡査から停車を命ぜられたがこれを無視して進行をつづけようとしたため同巡査は即刻ステツプにとびのり更に懐中電燈を振りながら停車を命じたものであつて、しかも被告人等は右の事実を明確に認識していたにもかかわらず自分等の非違の追及されることをおそれ急拠そのまま逃走しようと決意し判示のように速度を急速に高めて疾走を続けたものであるから右のような事情からすれば被告人等は当時本岡巡査をその場に振り落しても逃走するに如かじと決意したものであると推断すべきは当然であり、当時被告人等が周章狼狽し一途に逃走を図つたものであるとしても潜在的意識として同巡査の生命身体の危険を犠牲にすることを意としなかつたものであるというべきであり、かつ、早朝法規に違反して危げな蛇行進行を続けてくる自動車に対し同巡査が不審を抱き停車を命じたにもかかわらずなおも逃走しようとする自動車のステツプにとびのり重ねて停車を命じた行為は、身を挺して危険を冒してまでも違反の嫌疑ある自動車を取調べようとしたものであつて道路交通取締法第五条第一項の規定の趣旨からしても同巡査の行為に非難を向ける筋合は全くないというべきであつて、かかる事態にたちいたつても停車を肯んぜず却つて速度を高めて疾走を続けた被告人等の行為こそ十分責められて然るべきである。しかして、当時の目撃者の供述(川島昭の司法警察員及び検察官に対する各供述調書)によれば、本岡巡査は疾走中の自動車の右側運転台にすがりついていて懐中電燈を振りながら何回も丁寧な調子で停車してくれと叫んでいたこと、自動車は止る気配もなく疾走をつづけまづ同巡査の帽子が落ち、ついで懐中電燈がとび遂に胴体が地上に落下したものであることが認められるから同巡査が難を避けるため自からとびおりたものでないことも亦明らかである。被告人等のかかる行為は忠実に正当な職務の執行に当る警察官の生命身体の危険を自分等の非行の隠蔽のため犠牲に供することを敢えて辞せざるものであり、その結果成績優秀な前途ある青年警察官(警部小森嘉重の報告書)を無残にも非業の死に致したものであつて、右のような犯情に鑑みれば検察官の刑の量定に関する意見は寛に失するというべく、前記所定刑期及び罰金額の範囲内で被告人両名を懲役五年及び罰金二千円にそれぞれ処し、なお、刑法第二十一条により未決勾留日数中各二十日は右各懲役刑に算入し、被告人等が右罰金を完納しない場合には同法第十八条により各金二百円を一日に換算した期間労役場に留置すべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岸盛一 目黒太郎 中谷敬吉)

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