東京地方裁判所 昭和33年(特わ)488号 判決 1958年12月27日
被告人 小島要み
主文
被告人を懲役三月に処する。
但し本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、補導処分に付する。
理由
(被告人の生立、経歴、思想)
被告人は長野県の堅実な中等教員の家に生れ、諏訪の二葉高校を卒業後東京教育大学理学部及び千葉大学の入試に失敗し一時名古屋で名城大学医学部進学コースに学んだこともあつたが其の後日本大学文学部心理学科又は明治大学文学部独文科等に席を置いているうち、その分裂病質に基く異常な着想によつて、法律、道徳等の社会規範に因り自己に加えられる社会的な圧力に抵抗する為には自己を売春婦の様な社会の最下層の地位に陥入れることにより弛緩した生活の中に惑溺するのが最も有効であるとの考の下に、街のいかがわしい結婚相談所を介して、結婚を前提としない性生活の相手方として専ら不特定のインテリ階級の人のみを選んで売春生活に入り、対価として一回数千円乃至一万数千円の報酬を得て気侭な生活を送り、昭和三三年八月一九日には東京簡易裁判所に於て売春防止法違反として罰金五千円に処せられたが、其の後は前記方法に依る相手方の選択に行きつまつたため街頭に立つことを始め
(罪となるべき事実)
昭和三三年九月八日午前二時二〇分頃東京都新宿区歌舞伎町六番地先道路上に於て売春する目的で同所をうろつき或は立ち止り、以て公衆の目にふれるような方法で客待ちをしたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
法律に照すに判示所為は売春防止法第五条第三号前段に該当するので所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内で被告人を懲役三月に処し、尚情状を按ずるに鑑定人竹山恒寿の鑑定の結果に依れば、被告人は自我が強く自己毀損体験には敏感で分裂病質人と呼ぶのが適当であり、精神分裂病の前段階状態或は潜在性分裂病として考えることも可能であつて、被告人は右の分裂病質に基く異常着想によつて本件の犯行を行つたものであり、その際の精神状態は正当な弁別や抑止を行う能力に著しい減弱があつたものと推定せられると云うのであり被告人に対しては適当な施設で矯正治療を長期にわたつて施さるべきものであるがその効果もあまり多くは期待出来ないが被告人の売春という現象型については矯正治療も或程度期待出来るものであると云うことであるから被告人に対しては刑法第二五条第一項を適用して一年間右刑の執行を猶予し尚売春防止法第一七条第一八条第二〇条に則り補導処分に付するのが適当と認める。
尚訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人には負担させない。
よつて主文の通り判決する。
(裁判官 熊谷弘)