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東京地方裁判所 昭和33年(特わ)604号 判決 1962年5月30日

判  決

被告人

労働組合役員、元郵政職員

外山彦一

外七名

右八名に対する各郵便法違反教唆被告事件につき、当裁判は検察官伊藤幸吉出席の上審理を逐げ、次のとおり判決する

主文

被告人等はいずれも無罪。

理由

第一、公訴事実

本件公訴事実は

「被告人外山彦一、同永島金八郎はそれぞれ郵政従業員をもつて組織する全逓信労働組合中央執行委員、被告人大沢三郎は同組合関東地方本部書記長、被告人佐々木勇は同組合東京地区執行委員、被告人菊地重悦は同組合東京地区青年部長、被告人井上章、同松本弘、同高沢健司はそれぞれ同組合東京中央郵便局支部執行委員であるが、他の組合役員十数名と共謀の上、同組合が昭和三十三年一月下旬頃より実施していわゆる春季闘争に際して同闘争を有利に展開せんがため東京都千代田区丸の内二丁目三番地所在東京中央郵便局に勤務し郵便物を取扱中の従業員等をして所属上司の許可なく当該職場から離脱させて郵便物の取扱いをさせないようにしようと企て、同年三月十日頃より旬日に亘り同郵便局普通郵便課、集配課その他数ケ所の事務室、休憩室等において別紙一覧表記載の石崎民次等三十八名を含む多数の郵便物取扱従業員等に対し、三月二十日の勤務時間内喰い込み職場大会には全員統一行動をとり必ず参加するよう説得を続けた上同月二十日午前二時頃に至るや前記各事務室において現に郵便物の区分、取揃、その他郵便物取扱中の右石崎等に対し前記職場大会参加のため直ちに仕事をやめ同郵便局外に退出して国鉄東京駅降車口附近に集合するよう説得して職場離脱による郵便物不取扱を教唆し、もつて右教唆により現に郵便業務に従事している別紙一覧表記載の石崎民次等三十八名をして同日午前二時三十分頃よりその職場を離脱させて、別紙一覧表中の郵便物不取扱時間欄記載の時間(同人等が職場を離脱していた間における各人の勤務時間―休憩時間はこれに含まれない―から、休憩時間を差し引いたものである。)中において甲種郵便物約一五、七〇〇通、乙種郵便物約四九、〇〇〇通、普通郵便物約一三八、〇〇〇通、普通速達郵便物九五三通、書留通常速達郵便物六〇九通、普通書留郵便物三、五八三通の取扱いをなさしめなかつたものである。」

というものである。

そして検察官は、右石崎等三八名が郵便物の取扱をしなかつた点は郵便法第七九条第一項前段の「郵便の業務に従事する者がことさら郵便の取扱をしない」罪を構成し、被告人等は自ら郵便業務に専従すべき業務を有する者ではないが、右石崎等の不取扱を教唆したのであるから刑法第六五条第一項第六一条第一項により、石郵便物不取扱罪の教唆犯の罪責を負担すべきものであると主張するのである。

第二、右公訴事実に対する当裁判所の判断

一、石崎等三八名の職場離脱とこれに伴う郵便物不取扱の事実

右公訴事実において郵便物不取扱罪の正犯とされている石崎民次等の三八名の職場離脱の事実、既ち、昭和三三年三月二〇日午前二時三〇分頃、東京中央郵便局普通郵便課伝送掛、集配達内務掛及び同配達外務掛において現に宿直勤務中もしくは休憩、仮眠中の石崎民次等別紙一覧表記載の従業員三八名が、同人等の加入している全逓信労働組合東京中央郵便局支部の開催する勧務時間内職場大会に参加するため所属上司の許可なく職場を離れて庁舎外に退出し、右三八名の内高野好次、福石礼造、宮内勘三郎の三名は同日午前八時五〇分頃まで、その余の者等は同人等の勧務時間の終了する同日午前九時ないし一〇時を過ぎた後まで職場に復帰せず、別紙一覧表中の郵便物不取扱時間欄記載の時間(右職場離脱時間中の各人の勤務時間――休憩時間はこれに含まれない――より、更に、現実に郵便物の取扱うべき職務上の義務を課せられていない休息時間を控除したものであつて、換言すれば同人等が現実に郵便物を取扱うべき義務を有する時間である。)中において、当時職場内に存在し各掛毎に共同して取扱うべきであつた郵便物――普通郵便課伝送掛において甲種郵便物約一五、七〇〇通、乙種郵便物約四九、〇〇〇通、集配課配達内務外務両掛においては合計普通郵便物約一三、八〇〇通、普通速達郵便物九五三通、書留通常速達郵便物六〇九通、普通書留郵便物三、五八三通――の取扱をしなかつたという現実は、諸般の証拠により明らかにこれを認めることができる。

二、右郵便物不取扱は争議行為(同盟罷業)としてなされたものであること

ところで、証拠によれば、右石崎等の職場離脱による郵便物不取扱は、同人等が加入している全逓信労働組合(以下全逓と略称する)の争議行為としてなされたものであることが明らかであつて、その経緯は大略次のとおりである。

全逓は昭和三二年五月栃木県日光市において開催された第九回全国大会(同組合の最高決議機関)において、翌昭和三三年の春季闘争(総評の闘争方針に従う統一行動の一環として行なつたもの、以下通称に従い春闘という)に際しては一律二、四〇〇の賃金値上げ等を要求項目として全国各地の郵便局で最高四時間の勤務時間内職場大会を行うこと等を内容とする運動方針を定め、右春闘に際しての職場大会戦術はその後昭和三三年一月の第一六回中央委員会(全国大会に次ぐ決議機関)、同年二月の第三回全国戦術委員会(前記第九回全国大会の決議により設置され、春闘戦術の具体的決定を委任された機関)の議を経て具体化され、賃金問題について公共企業体等労働委員会(以下公労委と略称する)の調停案提示の時期と予想される三月二〇日前後に全国の統轄郵便局(東京地区においては東京中央郵便局のほか、中央本部の指定する一局)において、一ないし三時間の勤務時間内職場大会を開催すること、その具体的時期、規模、方法等は中央本部に一任しその指令によること、管理者側では右職場大会戦術は公共企業等労働関係法(以下公労法と略記する)第一七条により禁止された争議行為であり違法行為であるとして極力阻止につとめることが予測されるので、これに対抗して闘争体制を強化すると共に、組合専従者でない支部役員が違法争議指導の責任を追及されて解雇等の行政処分を受けることを防止するため(もしそのような処分がなされるときは本人にとつて経済的にも精神的にも大きな打撃であるばかりでなく、これを救済するために組合財政にも大きな負担がかかることになるので)、職場大会実施支部には組合専従者である上部機関(中央本部、地方本部及び地区本部)役員を構成員に加えた臨時闘争委員会を設置し、これに支部執行委員会の権限を移譲させること、等が決定された。

一方前記二四〇〇円の賃上げ要求に関しては前年の二月以来団体交渉が行われたが、郵政省当局は右要求に応じられない旨回答し、その後紛争が公労委の調停に付され昭和三三年一月中旬以降数次にわたつて開かれた同委員会の事情聴取の際にも同様の態度を堅持したので全逓側はいよいよ既定のとおり実力行使を行う方針を固めるに至つた。

そこで東京中央郵便局支部(中部支部と略称する)では三月五日、七日の両日に亘つて支部委員会を開いて種々論議の末、支部委員長、小潟英二等職場大会実施を率先指導することに消極的であつた支部執行委員六名が辞任し、その余の支部執行委員である被告人井上章、同松本弘、同高沢健司、早川一美(支部書記長)、佐藤武雄、田村昭七、及び支部青年部副部長岡村和男の七名に、関東地方本部書記長被告人大沢三郎、東京地区本部委員長安田龍、中央本部執行委員被告人永島金八郎、東京地区本部執行委員米山亮一、同馬場喜重、同高木繁治、同被告人佐々木勇、同地区本部青年部長被告人菊池重悦、同地区本部婦人部長栗原よし子を加え、大沢を委員長、安田を副委員長とする臨時闘争委員会(以下臨闘と略称する)の設置が承認された。なお右大沢等上部機関出身の臨闘委員の人選は、予め中央本部と関東地方、東京地区両本部の間で協議決定されていたものであつた。

右臨闘成立後直ちに各臨闘委員は分担して中郵局内各職場を巡廻し、主として職員の休憩休息時間を利用して同支部所属の組合員に対し、春闘の意義、経過、公労委の調停の進行状況、この際強力な実力行使をしなければ全逓側の要求は殆んど認められない結果となろうとの見通し等を説明、報告するかたわら、三月二〇日の職場大会には必ず全員参加してもらいたい旨説得する等、いわゆるオルグ活動を開始した。三月一六日になると、中央執行委員である被告人外山彦一が、中郵支部における職場大会戦術の指導責任者(派遣中闘と呼ばれる者)として中央本部から同支部に派遣され、右オルグ活動に加わつた。

かくて三月一七日に至り中央本部は指令第三七号を発し、同支部ほか全国の五六郵便局支部を指定して三月二〇日午前八時三〇分より二時間の勤務時間内職場大会開催を正式に指令すると共に、全逓企第一〇〇号「闘争指令第三七号の具体的実践方法について」と題する文書により、右職場大会阻止のため警察官の介入が予想されるときは、紛争を避けて職場大会の完全実施を期するため、右介入前に職場大会参加の行動を起すべき旨指示し、その時期の決定権を派遣中闘(本件では外山被告人)に付与した。中郵支部の臨闘委員等は前記オルグ活動を続行し、その際、「右指令により職場大会は三月二〇日午前八時三〇分からと正式に決まつたが、情勢によつては職場を雑れる時間は若干早くなるかもしれない。職場を離れる時は合図に笛を吹くから、そうしたら一斉に局外に出て組合役員の指示に従つてもらいたい。必ず統一行動をとり一人の脱落者もなく全員参加してもらいたい。」旨指令及び指示の趣旨を伝え参加方を説得した。

一方中郵局側は局外者を交えての組合オルグ活動が熾烈になり右のような職場大会開催必至の情勢にかんがみ、あらかじめ従来全逓中郵支部に使用を許可して来た事務室につき組合側が当初の許可条件に違反し違法な争議行為を敢行せんとしている等の理由で、その明渡を求める場合あることを想定し明渡を求める通告の案文を用意しその時期につき午前一時三〇分と午前四時の二案を考えていたのであるが二〇日午前一時過ぎに至り諸般情勢を判断した上前案により同日午前一時三〇分限り右使用許可を取消すから、右事務室を午前三時までに明渡し、現に同局に勤務すべき者以外は局外に退去されたい旨を臨闘側に通告した。ここにおいて臨闘側は一方において右通告の不当を主張し当局側に対し直ちに団交を申し入れ折衝を重ねるとともにその善後処置について協議の末被告人外山に決断を求めたのに対し同人は、午前三時を過ぎれば当局側は警察官を導入して臨闘委員等を強制的に局外に連れ出すに違いない。かくては職場大会の開催は事実上不可能となると判断し、午前二時過ぎ頃、前記の全逓企第一〇〇号により与えられた権限に基づき、直ちに職場大会参加の行動を開始し、午前二時三〇分までに全組合員を局外に退出させることを決定し、各臨闘委員及び中郵支部職場委員等は直ちに右決定に従い分担して局内各事務室、寝室等に赴き、折から勤務中もしくは休憩仮眠中の組合員に対し、或いは笛を吹き或いは「今からすぐに仕事をやめて外に出てくれ」等と申し向けて前記被告人外山の決定を伝達して、職場離脱の行動開始を指示し、なお職場を離れることを躊躇浚巡する少数の者に対しては数名でその周囲を取り巻く等して「皆が出たんだから君も早く出てくれ。」「我々自身のことなんだから是非参加してくれ。」「仕事は課長等にやらせればよい。」「我々は処分は覚悟してやつている、責任は我々役員が負うから安心して出てくれ。」等と説得を繰り返した。既に役員の指示があれば何時でも職場を離れる心構えでいた大多数の組合員は右指示を受けるや直ちに職場離脱の行動を開始し、その余の者も僅か数名を除いては右説得の結果遂にこれに参加することを決意するに至つた。かくて、前認定の石崎等三八名を含む当夜勤務に服するため同局にいた殆ど全組合員三百数十名が職場を放棄して局外に退出し東京丸の内側前に集合しそこから帰局した二、三名を除いて臨闘委員の指示に従い臨闘が部外応援者の休息のためかねて用意しておいた本郷の真成館かつら旅館等の宿舎に赴き休憩の後同日午前七時頃から行動をはじめ皇居前広場日比谷公園等において開催された職場大会に参加したものである。

右に認定したところによれば、右石崎等の職場大会参加のための職場離脱及びこれに伴う郵便物不取扱は、全逓の正規の機関の決定、指令に基き、賃金値上げ等労働条件改善要求を実現する手段として行われたものであり、ここにいう勤務時間内の職場大会なるものは、それに参加することがとりも直さずその間勤務に服さないことを意味するにとどまらず、むしろ、まさに勤務に服さないというそのことを目的としてなされたるものと認められるから、公労法第一七条第一項にいう業務の正常な運営を阻害する争議行為であつて、これを実質的にみれば同盟罷業にほかならないものと認められる。

三、右郵便物不取扱は、郵便法第七九条の構成要件に該当するか

(一)  争議行為と郵便法第七九条との関係

被告人弁護人等は、郵便法は本来事業法たる性格を有し、労働関係を規律することを目的としていないばかりでなく、同法制定当時は郵便職員に対しては争議権が認められていたのである。してみれば、同法第法第七九第一項はもともと同盟罷業、怠業等の争議行為には適用されないというのがその法意であると解すべきであり、当時の国会における同法案審議の際政府委員も同旨の答弁をしている。同条の「ことさらに」なる文言は、単なる故意と同義ではなく、特定の郵便物に対する悪意をもつてする個々の事犯のみを対象とする反面、労働争議を処罰の対象から除外する趣旨を明らかにしたものである。故に争議行為としてなされた石崎等の本件郵便物不取扱は同条第一項に該当せず罪とならないと主張する。

なるほど石崎等の郵便物不取扱が争議行為としてなされたものであることは既に認定したとおりである。しかし事業法の罰則といえども、争議行為に対して全く適用がないこと一般的に断定することはできない。本来争議行為は使用者側にある程度の圧力を加え損害を与えることにより争議の目的を貫徹しようとするのが本質であつて、それによつて業務の執行、運営が現実に阻害されるおそれを生ずることあるは言うを俟たないところであるから、争議行為が単純な同盟罷業等国家法秩序や社会通念によつて是認される正当なものである限り、これにより業務の運営等を阻害したりそのおそれを生じた点が一応罰則の構成要件に該当しても労働組合法(以下労組法と略称する。)第一条第二項、刑法第三五条の法理に従つて違法性が阻却されるけども、争議行為がこの正当性の限界を逸脱しかつ事業法本来の目的とする保護法益を侵害する場合においては事業法の罰則により処罰されることがあるのは当然である。郵便法が事業法と呼ばれる範疇に属する法律であることは弁護人等の言うとおりであるが、およそ、事業法たる以上は当該事業の円滑な運営を確保することを主要な目的の一つとするものであることは言うまでもなく郵便職員が郵便の取扱をしないことは、それが争議行為としてなされたものであると否とに拘りなく、郵便業務の運行を阻害するのであるから本件における石崎等の所為は、郵便法第七九条第一項前段の「郵便の業務に従事する者が……郵便の取扱をせず」という要件に該当するものと言わざるを得ない。

次に現行郵便法制定当時郵便職員が争議権を有していたことも、その故をもつて当然に公労法第一七条により争議権をなくしている現在においても労働争議に対する郵便法の適用を全面的に排除する理由とはならない。前述したように、正当性の限界を逸脱した争議行為は同法その他事業法によつて処罰されることもあり得るのである。

また「ことさらに」という文言の文理から、弁護人等の主張するように、郵便法第七九条が労働争議をその適用範囲から除外していると解することも到底無理というほかはない。「ことさらに」というのは「故意に」というのと同義であつて過失を除くという以上に格別の意義を認め得ない無用の文言であるか、仮にそれ以上の意義を有するにしても、せいぜい未必的故意を除外する趣旨であろうかと思われるくらいのものである。

要するに争議行為が処罰されるか否かは専ら該行為が正当なものと認められるか否かによつて決せられるのであつて、ただ本件で問題になつている郵便法第七九条第一項前段の罪についていえば、郵便職員が争議権を有していた当時にあつては単純な同盟罷業は原則的には正当な争議行為であつて、郵便職員が同盟罷業を行い郵便の取扱をしなくても概ね違法性を欠き処罰されないため、結果において、同盟罷業は同条に該当しないかの如き観を呈していたに過ぎないのである。然るに現在郵便職員は公労法第一七条により争議行為を禁止されているので、同条との関係で同盟罷業の正当性が問題となるのであるが、本件同盟罷業の正当性に関しては後に項を改めて詳述することとする。

次に弁護人等は、本件における石崎等は全逓の職場大会に参加するため組合本部の指令ないしこれに基く組合役員の指示に従つて行動し職場を離れたため結果において郵便物を取扱うことができなかつたに過ぎず、郵便物を取扱わないこと自体を積極的に意慾して行動したのではないから「ことさらに」なる要件に該らないと主張する。

しかし、勤務時間中の職場大会なるものは前述のとおり、その間における不勤務――本件においては郵便物不取扱――を目的としているのであるから、石崎等が自己の意思により右職場大会に参加しようとして職場を離れるにおいては(同人等が他より強制され、自己の意に反して職場から連れ去られたものと認むべき証拠はない。)郵便不取扱の故意、更には不取扱に対する意慾を認めるに充分であり、不取扱罪の構成要件に欠けるところはないと言わねばならない。

(二)  郵便法第七九条違反罪の成立を認定するためには客体たる郵便物をどの程度特定することを要するか

更に弁護人等は、郵便物不取扱罪の成立を認定するには犯人の取扱うべくして取扱わなかつた郵便物を各人について具的かつ個別的に特定しなければならないところ、本件においては全証拠によつても右のような特定をなし得ないから、不取扱罪の成立は遂に認定し得ないと主張する。

しかし、不取扱罪は取扱うべき郵便業務があるにかかわらずこれをなさないことによつて既遂となるものであつて郵便物についてのその罪の成立を肯認するためには、犯人の取扱うべき郵便物が幾何か存在していたことが確認されればそれで充分であり、それ以上に、郵便物の通数、更に進んではその個々を識別するに足る特徴等までも明らかにすることは必ずしも必要ではないと解すべきである。本件においては集配課配達内務、外務両掛の全体と普通郵便課伝送掛全体についてそれぞれ当時存在した郵便物の種類別通数の概数が明らかにされたに過ぎないけれども、証拠によると右配達内務外務掛における郵便物はそのすべてが一方掛のみによつて存在したのではなく両掛に分存していたこと、又郵便業務の実態においては各掛の内部で更に細かい分担が一応定められてはいるけれども、自己の分担部分の処理を終り、もしくは自己本来の分担に従つて処理すべき郵便物のない者は、適宜或いは上司の指示により他人の分を手伝つて処理することになつており、結局一掛内に存する郵便物については常に掛員全員にその幾分かを取扱うべき義務があることが認められるので、石崎等三八名はいずれも本件職場離脱中における休息時間を除いた勤務時間内において、郵便物取扱の現実的具体的義務を負つていたものということができる。よつて、犯罪事実が不特定であるという弁護人等の右主張も採用できない。

以上考察したところによれば、この点に関する弁護人等の主張するところはこれを採用する理由がないので、東京中央郵便局において、郵便の業務に従事する石崎等が前に認定したようにその職場大会に参加するために職場を離れ郵便物の取扱をしなかつた点は郵便法第七九条第一項前段の犯罪構成要件に外形上一応該当するものとしなければならない。

四、本件石崎等の職場離脱従つて郵便物不取扱の行為は争議行為なるの故をもつて郵便法第七九条第一項前段の犯罪の成立を阻却するか

郵政職員たる石崎等の前に述べた職場離脱行為が争議行為としてなされたものであつて公労法第一七条第一項前段にあたるものであることは既に認定したとおりである、そこで以下この法案に関する本件当事者双方の主張について判断を加えることとする。

(一)  公労法第一七条の合憲性の有無及び同条違反行為と労組法第一条第二項適用の有無

弁護人等は、争議権は憲法第二八条の保障するところであつて、法律により制限したり剥奪したりすることはできない、仮に公共の福祉のため争議権を法律で制限することが許されるとしても、公労法が一切の争議行為を無差別、無条件に禁止しているのは、公共の福祉を維持するに必要な限度を超えたものであるから、同法第一七条は違憲無効である旨主張するけれども、同条が憲法に違反しないことは既に最高裁判所の判例の示すところである。そこで検察官は公労法の禁止に違反する争議行為はもとより正当なものということができないから、それが本件における郵便法第七九条のような公労法以外の刑罰法規に触れる場合においては労組法第一条第二項による違法性阻却を論ずる余地はなく、到底処罰を免れないとの見解のもとに本件公訴の提起していることが明瞭であるが、右見解は一見甚だ明快であつて間然するところがないように思われるかもしれない。しかしながら、公労法第一七条は違憲でないと言つても、憲法上保障された勤労者の権利に対し、公共の福祉を維持するために加えられるやむを得ない制限なのであるから、同条違反の効果としてどのような制裁が課せられるかは同法の明文に従つて慎重に制限的に解釈すべきものであつて、明文を離れてみだりに拡張的に解釈するようなことは厳に慎しまなければならないと考えられる今このような見地に立つて公労法の内容を仔細に検討して見ると、前述のように第一七条は一切の争議行為並びにその共謀等を禁止し、第一八条は右禁止に違反した職員は解雇されるものとすると規定しているけれども、第一七条違反に対しては処罰規定が存在せず、又第三条はいわゆる争議行為の民事免責に関する労組法第八条の適当用除外を明記しながら刑事免責に関する同法第一条第二項の適用の有無については何等言及していないのである。そこで第一七条違反の争議行為は正当でないから刑事上の免責を受け得ないのは特に規定するまでもなく、当然のことであるというなら、民事免責を受けないことも亦当為というべきではなからうか。

次に公共企業体等の職員について争議行為を禁止しながら処罰規定を置かなかつたのは、主として一般行政事務にたずさわる国家公務員や地方公務員についての国家公務員法第一一〇条第一項第一七号、地方公務員法第六一条第四号の罰則規定、一般私企業における特殊な分野における争議について争議権を奪わないで一定の手段方法を禁止又は制限している規定と著しく趣きを異にしている。惟うに、これは公共企業体等に属する職員は身分上は公務員とされている者もあるが一般行政事務に従事する公務員とその職務の性質内容が全く異なり、むしろ、労働関係調整法による規整は受けることがあつてもいわゆる労働三権を享受している私企業における一般勤労者とその職務の性質内容が殆んど同じであるという点と一般公務員について争議行為は職員全般について禁止しながら(国家公務員法第九八条第五項、地方公務員法第三七条第一項)、その処罰については違法な争議行為の逐行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者に限られている(国家公務員法第一一〇条第一項第一七号地方公務員法第六一条第四号)という点とを勘案するときは、公労法第一七条は、以上の各勤労者と段階的差別をつけ、争議行為そのものは事業の公共的性格並びに身分が公務員ないしはこれに準ずるものであるの故をもつてこれを禁止するも、その制裁としては刑事処罰にまで及ぼさないとする均衡的な意図が示されていると解される。

次に又公労法により規律される職員は、超憲法的法規である昭和二三年政令第二〇一号が制定されるまでいわゆる労働三権を享受していた者であるが、昭和二三年七月二二日付連合国最高司令官の書簡に基く臨時措置として右政令が発布され他の公務員とともに争議行為が禁止されその違反者に対しては刑罰が課せられることとなつた、そしてこの政令が廃止されるに当つてこれに代るものとして公労法が制定され第一七条において争議行為は依然禁止されたままであつたが、この違反に対する罰則は存置されず何らの規定も置かれていないこととなつた。これらの事実ないしはこの間の変遷もこれを見落してはならない注目すべき事柄である。

以上の諸点を彼之勘案すると公労法第一七条違反に対する制裁としては第一八条による解雇と民事免責の剥奪があるのみ(第一七条違反を理由に懲戒をなし得るか否かの点はここでは別論とする。)であつて、違反者を公労法自体が処罰しないのはもとより、右第一七条なかりせは本来は正当なものと認められる範囲内の争議行為、換言すれば、いわゆる単純な同盟罷業等、争議行為を禁止されていない一般私企業の勤労者が行う場合は正当なものとされるような行為は、それが形式的には他の刑罰法規に触れる場合においてもなお労組法等一条第二項、刑法第三五条の適用があり違法性を阻却する結果処罰することができないものと解するのが相当である。

一説によれば、公労法が罰則を設けなかつたのは第一七条違反の争議行為に対しては他の法律の罰則を適用すれば充分だからであり、又公労法第一条第二項の適用を排除しなかつたのは公共企業体等の職員にも団体交渉権が認められているので、その限度では刑事免責の適用があるからであつて、第一七条違反の争議行為についてまでも刑事免責の適用を認める趣旨ではないという。右反対の採るべからざるゆえんは、既に論じたところから自ら明らかであると信ずるが、なお試みに右の説に従つた場合どのような結果になるかを、本件事案に即し、最も基本的典型的な争議行為である同盟罷業を例にとつて考えて見よう。同盟罷業即ち単なる(暴力の行使等を伴わない)労務不提供それ自体が処罰の対象となる可能性があるものとしては、先づ刑第二三四条の威力業務妨害罪があるが、もし公共企業体等の職員の同盟罷業が威力業務妨害罪として処罰されるとすれば、争議に参加した者はすべて処罰の対象となり得ることとなる。ところが公労法の適用を受けず公務員法の全面的適用を受ける公務員の同盟罷業は、いわゆる「公務」が特殊な非権力的性格のものを除き刑法第二三四条にいう「業務」にあたらない故に、威力業務妨害罪を構成せず、その処罰は公務員法の罰則によるほかないわけであるが、公務員法が処罰するのは前述のとおり同盟罷業等争議行為の遂行を「共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」に限られた単に争議に参加し実行したに過ぎない者は処罰されない(わざわざ「遂行した者」を落しているところから見ても、ここにいう「共謀」とは事前の共同謀議のみを意味し、実行の際の単なる意思の連絡は含まないと解すべきである。労働争議は労働組合という団体の行動である以上、争議参加者相互間に何等の意思の連絡もない場合はあり得ないのであるからそういう解しなければ争議参加者のすべてを「共謀」で処罰できることになるが、それでは何故すなおに右罰条に争議行為を「遂行した者」を加えなかつたのかが説明できないであろう。)のである。

かくては、公務員法に比して労働基本権に対する制限を緩和することを目的として制定された公労法の基本的立法趣旨に全く相反する結果となることが明らかである。更には右に考察した刑法上の業務妨害罪のほかに、公共企業体等の職員の単純な同盟罷業を処罰の対象となし得ると考えられる法律としては本件における郵便法第七九条のほか、公衆電気通信法第一一〇条があるのみであつて、鉄道営業法第二五条は「旅客若ハ公衆ニ危害ヲ醸スノ虞アル」同盟罷業に限つて適用されるが、その他専売、林野、造弊、印刷等の事業に従事する職員については、単純な職務不履行を処罰する規定は見当らない。

従つて、郵便、電気通信の事業に従事する職員は如何に短時間、小規模の罷業を行つても処罰されることがあり得るのに対して、国鉄職員の罷業は旅客公衆に危険を及ぼすおそれのある場合に限り(そのような危険性を伴う争議行為はもともと正当とされないことが多いであろう。)処罰されるだけであり、その他の公共企業体等職員は如何に長時間大規模な罷業を行つても処罰されることはないことになる。郵便、電気通信事業における争議は専売林野等他の公共企業体等の事業における争議に比べて社会的影響が大きいということは一応言い得るにしても、それなら国鉄についても同様のことが云い得るのみならずこれらの企業間に、国家経済並びに公共の福祉に及ぼす影響につき本質的差異を見出すことは困難であつてそれだけの根拠からかかる不公平を是認することは到底できない。こような不公平を招来するような解釈はとるべきではない。又本来正当な団体交渉権の行使が脅迫罪の構成要件に該当する場合は殆んど想定できないのみならず、仮に公労法第三条の趣旨が論者の説くように団体交渉についてのみ労組法第一条第二項の適用を認め、争議行為についてはその適用を排するのであれば、無用の疑問を生ずることのないようその旨を明確に規定すべきが立法技術上当然であろう。右のようなわけであるから、前記反対説には賛同することができない。

(二)  違法な争議行為と可罰性

そもそも争議行為を制限ないし禁止すること、禁止に反して争議行為をした者に対して刑罰を課することは決して同列には論じられないのであつて、前者が合憲であるからといつて当然に後者も合憲であるということにはならないのである。労働者の争議権が社会的に承認されるに至つた歴史的過程を見ても、労働争議は先づ刑罰から解放され、次いで民事上の損害償責任を免ぜられ更に不当労働行為制度の確立により、労働契約上の不利益な取扱からも救済されるようになつたのである。そしてわが憲法は原則として勤労者の争議権を保障しているのみでなく、何人も意に反する苦役に服させられることがない旨を宣言している。もとより国民のこれらの権利は無制限のものではなく、公共の福祉のために制限され得るものであるし、勤労者はその職を退かない限り使用者に対し労務を提供すべき労働契約の債務を負つているのであるから、争議を禁止することが直ちに意に反する苦役を課することにはならないであろうけれども、憲法が右のような規定を設けている趣旨に徴すると単純な同盟罷業即ち労働契約上の債務の集団的不履行に対し、刑罰をもつてのぞむことが許されるのは、単なる禁止や民事上の制裁に比べてより一層高度の、真にやむを得ない公益上の必要性が認められる場合に限られると解すべきものである。公務員や公共企業体等の職員の同盟罷業を処罰することにつき右のような高度の必要性が認められるか否かは甚だしく疑問であつて、さればこそ公労法は第一七条違反に対する罰則を設けず、公務員法も単に争議に参加しこれを実行したに過ぎないものは処罰しないことにしているものと思われる。公労法第一七条が争議行為に対する刑事免責を剥奪しこれに違反する争議行為は単純な労務不提供であつても他の刑罰法規に該当する場合はこれによつて処罰する趣旨であると解するならば、かかる解釈は憲法の精神に違反する疑なしとしないのである。

次に公労法の禁止に違反する争議は、公労法上は違法であること論をまたない。しかし刑罰法はあらゆる違法行為をすべて処罰するものではなく、刑罰をもつてのぞむべき特別の公益上の必要性ある違法行為のみを処罰するのである。犯罪構成要件は右のような意味における可罰的違法性を類型化したものであるが、逆に右類型に該当する行為のすべてが可罰的違法性を帯びるわけではなく、一応類型にあたる行為であつても、更に具体的事情の如何によつては正当な業務行為、正当防衛行為、緊急避難行為等として違法性なしとされる場合もあるのである。従つて非刑罰法規上違法とされる行為も、その故に直ちに可罰的違法性を帯有すると即断することができないのはもとより、右行為が何等かの犯罪構成要件に形式上該当する場合においても、なお刑事上の違法性を欠くこともあり得ることは何等異とするに足りないのである。例えば民法上の緊急避難と刑法上の緊急避難とは要件を異にする結果、刑法上は違法性を欠く行為も、民法上は不法行為として損害賠償義務の発生原因となる場合があることを考えれば、このことはよく了解されるであろう。

(三)  本件同盟罷業の不可罰性

本件公訴事実において正犯とされている石崎等は何等暴力等を用いることなく多数が共同してその職場を放棄して立ち去りその結果郵便物の取扱をしなかつたものであつて、その行為は実質においてまさに同盟罷業それ自体にほかならないこと、右同盟罷業は公労法第一七条に違反するものであること、並びに公労法第一七条はこれに違反する争議行為に対し刑事上の違法性を附与するものではないことは前に述べたところである。それでは、右公労法違反の点のほかに本件同盟罷業を違法としこれに可罰性を附与するような理由、換言すれば本件同盟罷業が一般私企業において行われた場合においてもこれを刑罰法上違法とするような事由が存在するであろうか。この点について考えてみるに、暴力行使等を伴わない単純な同盟罷業それ自体が違法とされることは原則としてはあり得ないのであるが当初午前八時三〇分から二時間と予定されていた職場大会に参加するため、深夜の午前二時三〇分頃から突如として職場を離れたという前認定のような事情は或いは若干注目を惹くものであるかもしれない。しかしながら勤務時間内の職場大会に参加すること自体その実質は前述のとおり同盟罷業にほかならない(既に認定したように本件における石崎等三八名の中には勤務時間が三月二〇日午前八時三〇分以前に終了する者は一人もない)のであつて、右参加のため職場を離れた時期が午前八時三〇分であろうと午前二時三〇分であろうと、右職場離脱が単純な同盟罷業であることにいささかも変りないことはいうまでもない。従つて右の点は、罷業開始の時期が当局側に対する予告なしに早められ、かつ時間が延長されたというだけのことに過ぎないのである。単純な同盟罷業であつても、不法な目的をもつてなされる場合、目的は正当であつても手段としての罷業の規模態様が目的に比して著しく均衡を失するような場合等においては正当性を否定される場合もあり得るとも考えられるけれども、右のような程度に達しない単なる時間の長短によつてその正当性が左右されることはないと解すべきところ、本件における同盟罷業の時間の長さは、右のような観点から見て不当に長いとは到底言い得ないのみならず、午前八時三〇分から開始される職場大会に参加するため午前二時三〇分頃突如職場を離脱するに至つたのは前に認定したように当局側から午前一時過頃それまで全逓中郵支部が使用を許されていた事務室を午前一時三〇分までに明渡し部外者は退去するよう通告されたことに起因しこれに対抗するために臨闘における被告人外山の派遺中闘として付与された権限に基く決定に起因するものであり又本郷の旅館に多数組合員が一時休憩したことが予め計画的になされたのではないかとの疑いが生ずるかも知れないが、これは臨闘において偶々当日の職場大会に関し応援に来る部外者の休憩宿泊用に準備しておいた前記旅館を転用し組合員の休息の用に供したに過ぎないこと証拠上明らかであり、右認定に反し右石崎等三八名を含めて組合側が計画的にこの時刻に職場を脱することを強行した事実を窺うべき証拠は存在しない。従つてこれらの事実からこの時間からの職場離脱が必要以上の過度な不当性を帯びる離脱とは解されない。それ故本件石崎等の所為は労組法第一条第二項により正当性を与えられる範囲を逸脱していない単純な同盟罷業であつて、不可罰的性格を有するものと解するほかないものである。

五、結   論

以上のような次第で本件における石崎等の郵便物不取扱の所為は公労法第一七条第一項に違反するものであるが、結局争議行為として労組法第一条第二項の正当性を有するものであり刑事上の違法性を欠き、郵便法第七九条違反の罪は成立しないと断ぜざるを得ない。従つて右石崎等の所為に被告人等が教唆その他如何様の形態において加功したとしても、それは前記公労法第一七条第一項違反になり得ても、それだけに止まり、郵便法第七九条違反とされる本犯が犯罪を構成しない以上、被告人等についてその教唆等の罪を構成するに由なく、その教唆等の有無について審究するまでもなく罪とならないことが明らかである。

よつて刑事訴訟法第三三六条前段に則り、被告人全員に対し無罪の言渡をなすべきものとし、主文のおり判決する。

昭和三七年五月三〇日

東京地方裁判所刑事第二部

裁判長裁判官 江 碕 太 郎

裁判官 播 本 格 一

裁判官 藤井登葵夫

別紙<省略>

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