東京地方裁判所 昭和33年(行)109号 判決 1967年5月17日
東京都中央区日本橋蛎殻町三丁目一〇番地
原告
株式会社半沢エレガンス
右代表者代表取締役
半沢実
右訴訟代理人弁護士
中条政好
小川栄吉
上野忠義
被告
日本橋税務署長
溝口善次郎
右指定代理人
川村俊雄
長谷川謙二
広瀬正
坂井正夫
中田一男
主文
原告の昭和二八年一〇月一日より昭和二九年九月三〇日までの事業年度分法人税につき、被告が昭和三二年一一月二七日付でした更正決定を取り消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
当事者双方の申立、事実上及び法律上の主張は別紙のとおりである。証拠として原告訴訟代理人は甲第一号証乃至第五号証、第六号証の一乃至三、第七号証の一乃至五、第八号証、第九、一〇号証の各一乃至三、第一一号証の一、二、第一二号証乃至第一七号証、第一八、一九号証の各一乃至三、第二〇号証の一の一乃至三、第二〇号証の二乃至四、第二〇号証の五の一、二を提出し、証人大木林之助、同菅原金平、同花井清太郎の各証言を援用し、乙第一四号証の成立は不知、同第三号証第、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一、二の各原本の存在並びに成立、その余の乙号証の成立はいずれも認めると述べ、
被告指定代理人は乙第一号証の一乃至三、第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一、二(第三号証以下第六号証の二迄は写)、第七号証、第八号証の一、二、第九、一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証の一乃至六、第一三、一四号証を提出し、証人中山五郎の証言を援用し、甲第一号証乃至第三号証、第一三、一四号証、第一五号証の官署作成部分、第一六号証、第一九号証の一乃至三、第二〇号証の一の三、第二〇号証の二乃至四、第二〇号証の五の一、二の成立はいずれも認める、その余の甲号証の成立は不知と述べた。
理由
一、原告が原告の請求原因第一、二項記載の経過で被告から昭和二九事業年度分法人税の更正、決定、昭和三〇事業年度の所得税源泉徴収賦課決定をうけ、それぞれ再調査請求をしたところ、昭和二九事業年度の更正、決定に対するものは審査請求とみなされたうえ棄却裁決をうけ、昭和三〇事業年度の所得税源泉徴収賦課決定に対するものについては未だ決定がないことは当事者間にいずれも争いがない。そこで以下本件各争点について判断する。
二、昭和二九事業年度法人税更正、決定の理由附記について。
右事業年度において原告が青色申告法人であること、同事業年度の被告の更正、決定通知書の更正の理由欄には「売掛金計上洩三九〇、七五六、仕入否認一〇、〇〇〇、〇〇〇、借入金否認四、二五〇、〇〇〇、貸倒引当金否認一、二一〇、一一九、定期預金洩認容△四、〇〇〇、〇〇〇、棚卸洩△一五〇、九〇〇、事業税認定損△一五九、三九〇」と記載されているのみであることはいずれも当事者間に争いがない。そこで右の程度の記載が法人税法(昭和三七年法律第六七号による改正前のもの、以下「法」という。)三二条の定める理由附記の要件を充足するものであるか否かを検討する。
元来、青色申告の制度は、納税義務者に対し一定の帳簿書類の備付、記帳を義務付けており、その帳簿を無視して更正されることがないことを納税者に保障したものと解せられるから、同法三二条が青色申告の更正につき附記すべきものとしている理由には、特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすることを必要とすると解するのが相当である。すなわち、青色申告の場合において、若し、その帳簿の全体について真実を疑うに足りる不実の記載等があつて、青色申告の承認を取消す場合は格別、そのようなことのない以上、更正は、帳簿との関連において、いかなる理由によつて更正するかを明記することを要するものと解すべきであり、また更正の理由附記は、その理由を納税者が推知できると否とにかかわりのない問題といわなければならない(最高裁判所昭和三八年一二月二七日第二小法廷判決、民集一七巻一二号一八七一頁参照)。
これを本件についてみるのに、被告の更正通知書に附記された理由としては単に勘定科目とその金額が記載されているのみであつて、売掛金計上洩及び仕入否認については、原告の帳簿のどの部分にどのような誤りがあるか、及びその部分に何故誤りがあると認められるのかという更正の根拠を具体的に明らかにしたものとはいえず、又借入金否認についても、同様にその否認の根拠及び借入金相当額が何故に当該事業年度の所得計算上益金に加算されなければならないかという根拠についての具体的記載を欠くものというべく、更に貸倒引当金についてもどの点に算出上の誤りがあるかの指摘を欠くものであり、これらの記載は、いずれも理由として不備であつて、同法三二条の要求する理由を附記したものと解することはできない。
被告は、仕入否認について、原告がその帳簿上仕入勘定科目にその真実の仕入額の他に仕入額ではない一〇、〇〇〇、〇〇〇円を加算計上しているので「仕入否認一〇、〇〇〇、〇〇〇」と記載しただけでも原告としては充分更正の理由を知りうるものであり、また売掛金計上洩について、調査の際被告が原告に対し株式会社田原商店に対する当期の売掛金の決算書計上額に誤りがあると指摘したところ、原告もこれを認めたのでその提出の資料に基く再検算の結果の額を「売掛金計上洩三九〇、七五六」と記載したのであるから、同様に原告は更正の理由を知りうるものであり、借入金否認についても、被告の否認した借入金は原告の帳簿に記載されていない前年度以前の利益の留保である定期預金(その存在は原告が了知していた。)を正規の帳簿に組み入れるために原告が架空人からの借入と仮装したもので通常の会計慣行に反する特異のものであるから「借入金否認四、二五〇、〇〇〇、定期預金洩認容四、〇〇〇、〇〇〇」と記載しただけでも原告は更正の理由を知りえ、更に貸倒引当金否認は会計慣行の理解を前提とすれば当然の措置であつていずれもその理由の附記として違法の点はないと主張する。しかしながら更正理由の附記は、その理由を納税義務者が推知できると否とにかかわりのない問題であることは既に述べたとおりであるから、被告の右主張は採用できない。
よつて被告の行つた更正理由の附記は法三二条の要件を充たさない違法があり、このような理由附記により昭和二九事業年度の原告の法人税についてなされた本件更正、決定は、その余の争点について判断する迄もなく、違法であつて取り消しを免れない。
三、昭和三〇事業年度の所得税源泉徴収賦課決定について。
原告がその昭和二九事業年度の損益計算において仕入勘定に属さない一〇、〇〇〇、〇〇〇円を仕入金額に加算計上した事実は当事者間に争いがない。そこでこの点に関する原告の経理を検討するに、成立に争いのない乙第七号証、同第一三号証、証人大木林之助の証言によりその成立が認められる乙第一四号証に証人中山五郎の証言及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。
すなわち、原告の昭和二九事業年度の法人税の調査中において、原告の貸借対照表には未払金一四、二五八、九二八円の計上があるのに決算の附属明細書には未払金内訳として四〇〇何万円しか記載されていなかつたので、調査担当の宮本係官が仕入金額を計算したところ、これに一〇、〇〇〇、〇〇〇円の不足額があることが判明したうえ、期末の昭和二九年九月三〇日付で、いずれも架空の借方仕入一〇、〇〇〇、〇〇〇円及び貸方未払金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の仕訳がされていた。そして原告の経理によれば、翌期の昭和三〇事業年度中において、右未払金について二四一、〇七一円が原告の取締役である半沢房子に対して支払われたものとされ(この点は当事者間に争いがない。)、更にその残余の九、七五八、九二九円の大部分は昭和三〇年九月に確認債務に振り替えられており、これらはいずれも中条政好の指示に基づくものであることが認められる。
そして証人大木林之助の証言及びこれによりその成立が認められる甲第四号証、同第六号証の一乃至三、同第七号証の一乃至五、同第一七号証、前記乙第一四号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告がこのような経理をしたのは次のような事情によるものであること、すなわち原告は、半沢商店という商号を使用する半沢厳らの個人企業が昭和二五年に法人成したものであるが、その際に半沢商店の関係者であつた半沢厳、半沢実、大木林之助等から引き継がれた資産が必らずしも明確でない状態にあつたため、半沢厳が脳溢血で倒れてから役員間に紛争を生じ、結局原告は、昭和二九年一一月二八日の株主総会において、紛争を解決して会社の発展を図るため、右受入資産の帰属をはつきりさせてその値上りを約一千万円と見込む一方、旧半沢商店関係者である大木林之助、半沢実及び既に死亡していた半沢厳等が原告の役員として事業の発展に寄与し原告のため右金額相当の純益をもたらしたものであることを確認するとともに、当時原告の役員である右大木、半沢実及び半沢厳の相続人(半沢房子を含む)等に対し、原告の利益があつたことを機会に右の受入資産の値上り分に応じた金額を各々の寄与に応じて原告の資産から逐次支払つてゆくことを決定したためであることが認められる。右認定を覆すに足りる証拠はない。
原告は半沢房子に支払つたものとされた金員は現実に支払われていないと主張するけれども、前記乙第一三号証、第一四号証及び証人大木林之助の証言によればこれが現実に支払われたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
以上認定のとおり、原告の半沢房子に対する二四一、〇七一円の支払いは、架空未払金に対する支出であり、亡半沢厳の相続人でありかつ原告の役員である半沢房子に対して、前認定のように半沢厳から引き継がれた資産の値上り分に応じて会社の利益を分配するという趣旨のもとになされたものと認めることができるのであつて、結局これを賞与と解するのが相当であり、利益の配当ないし贈与に当るものと解することはできず、また、損金の性格をもつものとも解することができない。よつてこれを賞与と認定しこれに基づいてした被告の処分は適法であり、この点に関する原告の主張は理由がない。
四、以上のとおり原告の請求は昭和二九事業年度法人税の更正、決定の取り消しを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官中川幹郎、同前川鉄郎は転補のためいずれも署名捺印できない。裁判長裁判官 緒方節郎)
別紙第一、当事者双方の申立
一、原告
1、原告の昭和二八年一〇月一日より昭和二九年九月三〇日までの事業年度分法人税につき、被告が昭和三二年一一月二七日付でした更正、決定を取り消す。
2、原告の昭和二九年一〇月一日より昭和三〇年九月三〇日までの事業年度につき、被告が昭和三二年一〇月九日付でした認定賞与に対する所得税源泉徴収賦課決定を取り消す。
3、訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告
1、原告の請求をいずれも棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、原告の請求原因
一、原告は、昭和二八年一〇月一日より昭和二九年九月三〇日までの事業年度(以下昭和二九事業年度という。)分法人税につき、昭和二九年一一月三〇日被告に対し、青色申告書により所得金額三、〇三三、六四五円、留保金額七一〇、二〇〇円、法人税額一、三四五、一三〇円として確定申告したところ、被告は、昭和三二年一一月二七日付で、所得金額一四、五七四、二〇〇円、留保金額六、二三七、八〇〇円、法人税額六、七四四、九四〇円とし、過少申告加算税額二四四、五〇〇円、重加算税額五六、〇〇〇円とする更正、決定をした。
これに対する原告の再調査請求は、法人税法第三五条第三項第二号により審査の請求とみなされ、東京国税局長は、昭和三三年一〇月八日付で審査の請求を棄却する旨の裁決をした。
二、原告の昭和二九年一〇月一日より昭和三〇年九月三〇円までの事業年度(以下昭和三〇事業年度という。)につき、被告は、原告が役員の半沢房子に二四一、〇七一円の賞与を支払つたとして、昭和三二年一〇月九日原告に対し、所得税源泉徴収額七九、一〇〇円、源泉徴収加算税額一九、七五〇円の賦課決定をした。
これに対する原告の昭和三二年一一月一日付再調査請求については、未だ決定がない。
三、しかし、被告の各処分は、次に述べる理由により違法である。
1、昭和二九事業年度分法人税更正、決定の違法事由
(一) 原告は青色申告法人であるから、原告に対する更正処分については、その通知書に理由の附記を要するところ、被告の更正、決定通知書の「更正の理由」欄には「売掛金計上洩三九〇、七五六、仕入否認一〇、〇〇〇、〇〇〇、借入金否認四、二五〇、〇〇〇、貸倒引当金否認一、二一〇、一一九、定期預金洩認容△四、〇〇〇、〇〇〇、棚卸洩△一五〇、九〇〇、事業税認定損△一五九、三九〇」と記載されているだけで、その認定の根拠、理由等はなにも記載されておらず、法の求める附記理由として著しく不備であつて、違法である。
(二) 原告には、被告の認定したような所得はない。
2、昭和三〇事業年度所得税源泉徴収賦課決定の違法事由
原告は、被告の認定するように、半沢房子に対し賞与を支払つたことはない。
第三、被告の答弁
請求原因第一、第二項の事実及び第三項中更正、決定通知書に附記された理由が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。
第四、被告の主張
一、昭和二九事業年度法人税更正決定の理由附記について。
青色申告法人に対する更正において、附記すべき理由としては、如何なる理由によつてどれだけの金額が更正されたのであるかが納税義務者に知りうる程度に記載されねばならないことは、理由を附記すべしとする規定の最少限度の要件といえようが、この要件をみたす限り、資料の提示を欠いていても、これが直に取り消しうべき違法とはならない。
このような見解のもとに、本件更正通知書の記載が前記最少限度の要件をみたしているといえるか否かを検討してみる。
(1) 「仕入否認一〇、〇〇〇、〇〇〇円」
右について原告としては株主に対する債務の弁済にあてる負債科目を貸借対照表に組入れるために(その債務の存否は別としても)、原告の帳簿上、仕入勘定科目に通常の原材料の仕入額の他に仕入額ではない本件一、〇〇〇万円を加算計上し、しかもかかる経理が会計慣行上許されない異常な処理であることを認識したうえ、あえてなされたものであるから、「仕入否認一〇、〇〇〇、〇〇〇円」とのみ更正理由を記載してもその記載だけで原告としては、右の異常経理が税務計算において否認されたものであることを充分知りうるものであつたといわねばならない。
(2) 「売掛金計上洩三九〇、七五六円」
株式会社田原商店に対する当期の売掛金で原告決算書計上額(乙第一号証の三参照)と、被告が調査の際に右計上額は原告の計算に誤りのあることを指摘したところ、原告はこれを認めた結果、原告の資料に基き再検算のうえ被告に提出した売上明細を記載した書面(乙第二号証)計上額との差額、即ち決算書に計上洩となつた額であり原告作成の資料によつたものである。従つて前述(1)と同様充分知りうるものであつたというべきである。
(3) 「借入金否認四、二五〇、〇〇〇円」
「定期預金洩認容△四、〇〇〇、〇〇〇円」
計算の基礎となつた事実については、後に述べるとおりである。原告にとつて被告が利益金から減算した定期預金の存在が明白であつた事実については、別訴東京地方裁判所昭和三三年(行)第一三八号事件において、原告自身右預金の存在は昭和二七年頃より関係者の間に明らかであつたと主張しているところである。
被告の否認した借入金は右原告の帳簿に記載されていない前年度以前の原告の利益の留保である定期預金を正規の帳簿に組み入れるに当り架空人からの借入と仮装したものである。原告も仮名の事実を争わず、しかも債務の存在を主張しながら真実の債権者を明らかにすることなく、かえつて原告の利益金の留保であることを自認し、別途積立金に振替処理している。(乙第七号証)
以上述べたとおり本件借入金は原告の債務ではなく前期以前に被告が益金に加算した定期預金四、〇〇〇、〇〇〇円を含む原告の帳簿外益金を隠蔽するための姑息な会計処理の一環としてなされたもので通常の会計慣行に反する特異な経理である。
(4) その他「貸倒引当金否認一、二一〇、一一九円」「棚卸洩△一五〇、九〇〇円」「事業税認定損△一五九、三九〇円」はいずれも法令、会計慣行の理解を前提とすれば当然の措置であり、青色申告法人である原告が右の諸点について理解を欠いていたということは正常の状態でなく、理に反するものといえる。
本件更正通知に記載した更正理由は、いずれも原告としては、わけのわからぬ更正をうけたという筈のものではない。
よつて、本件附記理由はその記載のみで更正をうけた原告に了解しうるものであり、本件更正通知書には理由不備についての違法はない。
二、昭和二九事業年度法人税更正決定の所得金額について。
1、被告の認定した所得金額一四、五七四、二〇〇円は、原告の申告に係る所得金額三、〇三三、六四五円に次のとおり除加算したものである。
仕入否認(加算) 一〇、〇〇〇、〇〇〇円
売上計上洩(加算) 三九〇、七五六円
借入金否認(加算) 四、二五〇、〇〇〇円
貸倒引当金否認(加算) 一、二一〇、一一九円
前期加算定期預金計上洩損金認容(除算) 四、〇〇〇、〇〇〇円
前期加算棚卸計上洩損金認容(除算) 一五〇、九〇〇円
事業税認定損(除算) 一五九、三九〇円
このうち、原告の争わない前期加算棚卸計上洩損金認容及び前期所得更正に係る事業税認定損を除く、その余の各項目について、その算出根拠を明らかにする。
2、仕入否認一〇、〇〇〇、〇〇〇円加算
原告の帳簿によれば、昭和二九年九月三〇日に一〇、〇〇〇、〇〇〇円の仕入の計上があり、期末現在右仕入は未払になつている。しかし、被告の調査によれば、右仕入はその事実がなく架空のもので、未払も架空であるから、原告の決算書においては損金が一〇、〇〇〇、〇〇〇円過大に計上され、利益が一〇、〇〇〇、〇〇〇円過少に計算されていることになるので、否認のうえ、右金額を益金に加算した。
3、売上計上洩三九〇、七五六円加算
原告の売掛金勘定に株式会社田原商店に対する当期の売掛金三九〇、七五六円が計上洩れとなつているので、右金額を益金に加算した。
4、借入金否認四、二五〇、〇〇〇円加算
原告帳簿には、本事業年度末に次の借入金が計上されているが、原告は右借入金を翌期末の昭和三〇年九月三〇日別途積立金に振替えている。ところで別途積立金は利益の留保なのであるから、原告自ら右借入金が架空のもので、利益として計上すべきであつたものを、借入金(架空)として計上したので、翌期にこれを修正したものと認めざるを得ない。よつて、被告は、右借入金を帳簿に計上した日を含む本事業年度の益金に加算すると同時に、内四、〇〇〇、〇〇〇円については前期及び前々期において所得として計算しているので、後期6のとおり除算した。
借入先 金額 借入年月日
黒沢 二、五〇〇、〇〇〇円 二九・五・六
金井 一、五〇〇、〇〇〇円 二九・五・二六
黒沢 二五〇、〇〇〇円 二九・三・一二
5、貸倒引当金否認一、二一〇、一一九円加算
原告は、当期決算において貸倒繰入損として一、三五四、四二九円五〇銭を損金に計上しているが、このうち一、二一〇、一一九円は、法人税法第九条第七項、同施行規則第一四条各項の規定により認められないものである。繰入超過額の計算は次のとおりである。
(1) 原告損金計上額 一、三五四、四二九円
(2) 期末貸金額 一四、四三一、〇四九円
(3) 右(2)の10/1,000相当額 一四四、三一〇円
(4) 施行規則第一四条第一ないし第三項による所得金額 一四、七一八、五四〇円
(5) 右(4)の20/100相当額 二、九四三、七〇八円
(6) (3)又は(5)のうちいずれか低い方の金額 一四四、三一〇円
(7) 損金繰入超過額((1)から(6)を差し引く) 一、二一〇、一一九円
6、前期加算定期預金計上洩損金認容四、〇〇〇、〇〇〇円減算
被告は、原告の昭和二七事業年度に無記名定期預金計上洩二、五〇〇、〇〇〇円、同二八事業年度に同じく一、五〇〇、〇〇〇円をそれぞれ益金に加算して所得金額を計算したが、原告は、当期中に右預金を解約し、この入金を借入金と仮装して記帳しているので、被告は、右架空借入金を否認して益金に加算し(前記4参照)、先の期で所得に加算した金額を当期の所得金額から除算したものである。
三、昭和三〇事業年度の所得税源泉徴収賦課決定について。
原告は、前記二の2で述べた架空仕入による架空未払金について、昭和三〇事業年度中に半沢房子(原告の社員)二四一、〇七一円を支払つているが、右未払金は架空なものであるから、被告は右の支出は同人に対する賞与であると認定し、所得税法第四三条の規定により支払者である原告に対し所得税源泉額七九、一〇〇円、源泉徴収加算税一九、七〇〇円を決定したものである。
第五、被告の主張に対する原告の反駁
一、昭和二九年事業年度分法人所得について。
1、被告主張の加除算項目中、前期加算棚卸計上洩及び事業税認定損を認め、その余を争う。
2、仕入否認について。
(一) 原告が当期の収支計算(損益計算)において、仕入勘定に属さない一〇、〇〇〇、〇〇〇円を仕入金額に加算計上した事実は争わない。しかし、原告は、右仕入金額の加算と同時に、損益計算上、これと同額の一〇、〇〇〇、〇〇〇円を売上に計上し、また貸借対照表上は、貸方に未払金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を増額計上するとともに、借方の流動資産を同額増加計上しているのであるから、右帳簿処理によつて、原告の当期利益金の額は、なんらの変動を受けていないのである。
(二) 右に述べた帳簿処理が企業会計諸原則に照らし正常の経理でないことは事実であるが、原告がこのような処理を行つたのは、次のような事情によるものである。
原告は、昭和二五年一二月一日に設立し、旧半沢商店の営業を承継して業務を開始したが、設立決算書に、承継した営業財産の種類、価額、これに対する補償額等が明確に定められていなかつたため、昭和二七年八月一日全株主の協力の下に、旧半沢商店より承継した営業財産の種類(半沢厳個人名義の土地、建物、地上権及び商品、原材料、売掛代金請求権、出資金、金利等)、その評価、原告に対する融資を確定し、これにつき旧半沢商店の共同経営者であつた半沢厳に七八〇万円、大木林之助に三三〇万円、半沢実に一一〇万円合計一、二二〇万円を補償することにして、これを準消費貸借に更改して借用証(甲第七号証の一ないし三)を作成し、請求があつた場合に原告は右三名に対し六カ月以内に弁済し、全額を弁済したときは、承継した土地建物につき所有権移転登記手続をとることにした。ところが、右弁済が未済のうちに、昭和二九年六月一六日右半沢厳(原告会社初代社長)が死亡すると、取締役間に紛争が生じ、前記の補償につき、経理上の処理が会社帳簿上明らかにされていなかつたため、右補償金は、半沢厳ら三名が原告所得を隠匿分配したものとの誤解を招き、これについて告発沙汰を見るにいたつたが、その後右補償債務の存在が明らかとなつたので、昭和二九年一一月二八日の昭和二九事業年度株主総会において、原告は補償額を確認し、至急弁済すること、原告建直しのため役員、株主、社員全員協力することを申し合わせ、前記補償金額一、二二〇万円は、その後昭和二八年一〇月一七日までに半沢厳に一二〇万円弁済され、さらに昭和二九年四月一七日頃別に一二五万八、九二五円(手形五通による)の弁済がなされたものと信じ、当時残額を一、〇〇〇万円程度と概算し、右補償金一、〇〇〇万円を会社決算に計上するため、株主総会の承認の下に、前記のとおり、損益計算上仕入と売上にそれぞれ一、〇〇〇万円を加算し、貸借対照表上は、貸方未払金を一、〇〇〇万円増額するとともに、借方流動資産を同額増額して、決算報告書を作成したのであるが、右会計処理によつて、原告の昭和二九事業年度所得金額は、右処理前となんの相違もないのである。
(三) 仮りに、原告が損益計算上売上と仕入に一、〇〇〇万円をそれぞれ計上し、貸借対照表上未払金と流動資産をそれぞれ一、〇〇〇万円増額したとの原告主張の事実が認められなければ、仕入否認について被告の主張を争わない。
3、売上計上洩について。
被告主張の事実は不知。
4、借入金否認及び前記加算定期預金計上洩損金認容について。
(一) 被告主張の借入金四、二五〇、〇〇〇円は存在する。もつとも、原告が経理上債権者氏名に仮名を用いた事実は争わない。
(二) 原告のような法人の所得は、当該事業年度に発生したすべての収益(総益金)からこれに対応するすべての費用(総損金)を控除して算出されるものである。すなわち、総売上高から売上原価及び一般管理費、販売費を控除して営業利益を算定し、これに営業外収益を加算し、営業外費用を控除して、所得は算出されるのであるから、原告の所得の申告額が寡少又は脱洩があるというためには、売上または営業外収益に属する勘定科目について、右事実が明らかにされなければならない。しかるに、借入金及び定期預金等は、いずれも損益勘定外の資産勘定に属するものであるから、これらについて除加算して、所得を算出することはできず、この点の被告の主張は失当である。
(三) 被告は、別途積立金を利益の留保と誤解し、前記借入金が別途積立金に振替えられている事実をもつて、右借入金を所得に加算すべきものと主張する。
しかし、別途積立金は任意積立金の一種で、益金の留保でない場合もあり、原告が昭和三〇年九月三〇日に別途積立金に振替えたのは、前記の経緯により、昭和二九年一一月二八日の株主総会により、営業補償として旧半沢商店関係者に一、〇〇〇万円を支払うこととなつたため、この支払準備として別途積立金勘定を設け、四二五万円をこの勘定に振替えたのであるから、本件の別途積立金は、まさに益金の留保でない場合に該当するものであつて、これを益金の留保とする被告の主張は理由がない。なお、原告は、昭和三〇年九月二八日、昭和二五年一二月一日より昭和二九年九月三〇日までの期間の利益剰余金の訂正を行い、別途積立金勘定を設定し、一、〇八〇万円を増資にあてた事実もあるが、右積立金も益金に加算すべき性質のものではない。
5、貸倒引当金否認について。
被告は、原告が貸倒引当金として計上した一、三五四、四二九円五〇銭は、法人税法施行規則第一四条によつて算定されたものとして、原告の貸倒引当金計上額の一部を否認しているが、原告が貸倒引当金に計上したのは、法人税法施行規則第一四条によるものではなく、現実に債権を放棄した整理済の金額であるから、被告の否認は理由がない。すなわち、原告の取引先である旧株式会社東京デパートの解散により、当期の売掛代金二、二三五、〇二一円が回収不能となり、やむを得ず、一、四六三、二九〇円を免除して整理したが、結局これも満足に回収できず(甲第一一号証の一、二)、株式会社湘南百貨店も不渡りを生じ、解散して三〇六、一四八円の回収不能を生じ(甲第一〇号証の一ないし三)、いずれも当時再建の見込がなかつたため、株式会社丸陽に対する免除額五〇〇、〇〇〇円とともに(甲第一二号証)、これを貸倒れとして処理したものである。
二、昭和三〇事業年度の所得税源泉徴収賦課決定について。
原告の経理上、半沢房子に対し二四一、〇七一円が支払われたものとして整理されている事実は争わない。しかし半沢房子は、右金員を受領しておらず、仮りに受領していたとしても、同人に理由なく交付される筋合はないから、これを賞与と認定することは不当である。
第六、貸倒引当金否認に関する原告の主張に対する被告の反論
原告は、原告が損金として計上した金額は、現実に債権を放棄して整理済の金額であり、法人税法施行規則第一四条により設定した金額とは異ると主張する。しかし、
(一) 原告の決算書によれば、原告の会計処理は、売掛債権等から貸倒損失額を直接控除しておらず、損益計算書損失の部に貸倒繰入額を、貸借対照表負債の部に貸倒引当金を計上処理しており、将来の貸倒損失を見越して、引当てをなし、その引当額を損金に算入したものであること明白である。右の処理は、すなわち法人税法施行規則第一四条以下所定の貸倒準備金勘定への繰入れであるから、法令に従つて、その繰入れ範囲額を超過した金額について、損金算入を否認した被告の処分は正当である。
(二) 原告は、本件係争年度の翌事業年度(自昭和二九年一〇月 一日 至昭和三〇年 九月三〇日)において、原告が甲第一〇号証ないし第一二号証として主張するような売掛債権を別表のとおり貸倒損失として経理している。
すなわち、本件係争年度において積立てた貸倒引当金を取りくずして、別表一「<1>貸倒引当金を取りくずして補てんに充てたもの」欄記載のとおり貸倒損失の補てんに充て、さらに右引当金額を超える部分について別表一「<2>貸倒金」欄記載のとおり貸倒損失を計上している。
被告は右の計算を是認し、係争事業年度において否認した本件貸倒引当金は結局翌事業年度の損金として控除されているのである。
(三) 税務計算上、債権の貸倒損失は貸し倒れとなつた日の属する事業年度の損金とされるが、一般に貸し倒れになつたとは、損失を生ずべき事実が発生し、そのため債権の取立が不能となり、または債権を放棄したという事実が確定した時と解される。(徳島地裁昭和三一年二月八日判決参照)
ところで前記(二)において述べたとおり原告は翌事業年度において経理上の貸し倒れ損失の計上(貸倒引当金による補てん)を行なつているのであるから、原告自体翌事業年度において始めてその主張するような債権が回収不能となつた事実を認識したというべきであろう。
右のことは原告が本件貸倒引当金に計上した数額からも容易に推認される。
すなわち、原告が係争事業年度において貸し倒れ損失として経理したと主張する甲第一〇号証ないし第一二号証の金額は合計二、二六九、四四五円となり原告の引当金計上額とは一致しないし、しかも翌事業年度引当金取りくずし額とも符合していない。
これらの債権について原告が決算書に計上した本件係争事業年度末現在額、翌事業年度中貸倒損失計上額、(別表一を要約)同年度末現在額を一覧すれば別表二のとおりとなる。
原告主張の債権が、湘南デパートの分を除いて少くとも翌事業年度において発生したものを含んでいること明らかであつて、本件係争事業年度において貸倒れと確定したとは認められないのである。
別表1
<省略>
別表2
<省略>