大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(行)121号 判決 1960年10月31日

原告 理研コランダム株式会社

被告 東京都地方労働委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が都労委昭和三十二年不第二二号不当労働行為救済申立事件について昭和三十三年七月三十一日附でなした命令中、原告に対し懲戒処分の取消並びに賃金の支払を命じた部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

一  原告は昭和三十二年五月二十日その従業員たる熊谷勝及び田野英雄に対しそれぞれ同月二十一日から十日間の出勤停止、同じく稲垣衛に対し右同日から五日間の出勤停止、同じく藤波幸作に対し同月分給与から金千五百円の減給、同じく岩沢寛に対し戒告の各懲戒処分をなした。

ところが右五名が組合員として加入する理研コランダム労働組合(以下、組合という)は右処分が不当労働行為にあたるとして同年八月二十六日被告にこれが救済の申立をなし、被告は右申立を都労委昭和三十二年不第二二号事件として審査のうえ昭和三十三年七月三十一日附命令書を以て本判決末尾添付の右命令書写記載の理由に基き原告に右懲戒処分の取消並びに右熊谷、田野及び稲垣に対する出勤停止期間中の賃金の、右藤波に対する減給分の賃金の各支払を命じ、なお組合のその余の請求(いわゆるポスト・ノーテイスに関する申立)を棄却し、右命令書の写は同年八月七日原告に送達された。

二  しかしながら右懲戒処分は後記事由に基き原告会社の社内秩序維持のためなされたものであつて、もとより不当労働行為を構成するものではない。

三  右懲戒の事由並びにこれに関連する事情は次のとおりである。すなわち

1  (原告会社の経営状況)

原告は東京都中央区銀座に本店、同都北区及び群馬県沼田市に工場を設け従業員百八十余名(後記争議当時は二百三十余名)を擁して研磨布、紙の製造、販売(化学工業)を営む株式会社であるが、従業員の勤務秩序の著しい弛緩並びに企業能力を超える高額の給与(昭和二十八年九月末現在の平均賃金は従業員全体では金一万八千八百三十円、工員だけでは金一万九千七百八十二円)に災いされて昭和二十七年中その経営に行詰りを生じ自力では打開の途がなかつたので外部に援助を求めた結果昭和二十九年九月役員の一新をみるに至つた。しかして新役員はその後経営の健全化を図るべく責任制の確立、信賞、必罰、秩序の維持を当面の方針と定めて実施に移し鋭意、経営努力を尽したので原告会社は漸く経営上の危機を脱したうえ業績向上の見透さえ付いた。もちろん従業員の待遇については、その間賃下げを避け、むしろ適正な経理が許す範囲内においてできるだけの給与をなすべく従業員ないし組合に約し且つ実施した。現に原告会社の給与は同業の最高水準にある。

2  (組合の賃上要求とこれに伴う違法な争議行為)

組合は原告会社の従業員の内約百四十名(後記争議当時は百五十余名)で組織し王子工場に本部を、本社及び各工場に支部を有する労働組合であるが、昭和二十九年九月原告会社の役員交替後その経営方針の真意を理解しない一部組合員の指導により昭和三十年秋まで数回にわたり長期の争議を行い、そのたびに違法な行動をなした。しかして昭和三十二年一月十八日原告に対し実施期日を同年二月一日とする一律金千円の賃上を要求し、原告において、かねて同年一月一日附を以て大幅の定期昇給を実施すべく目ろみ、なお当時予定された給与体系の改定にあたつては賃金水準の引上をなすべく準備中であつたところから同月二十四日経営協議会の席上口頭を以て、又同月二十五日書面を以て右要求を拒否するとともに同月二十六日定期昇給を実施し、その結果組合員の賃金が一人当一箇月平均金八百八十円(従前の定期昇給においては平均金五百余円であつた)の増額をみたに拘らず、組合は、前記賃上要求を撤回するどころか、同年二月一日組合大会において争議権を確立したうえ同月二日原告に団体交渉を申入れ、原告が事態の円満解決のため特にこれに応じたところ、同月五日から同年三月十八日まで前後七回にわたる団体交渉において右賃上は生活維持のため絶対必要であつて、当然行わるべくして行われた定期昇給とは自ら性質の異る問題であると主張し原告会社の健全経営を度外視した不当な要求を固執して譲らず同月三十日紛争の解決をみるまでの間に、この要求を貫徹するため同年二月二十七日原告に斗争宣言を発し且つ早出、残業拒否の争議予告をなし同日午後四時十五分以降右予告に基く争議を行つたが、その他に原告会社王子工場内において左記のような違法行為に及んだ。

イ  (二月五日の残業拒否及び作業場不法占拠)

原告は昭和三十二年二月一日以降においても従前の例にならい組合の承認のもとに所定の就業時間(午前八時三十分から午後四時十五分まで、実働七時間)の外に一日一、二時間程度の残業を実施すべく予定し同年一月中右残業を以て賄うべき生産量を表示する作業予定表を作成して班長以下の従業員に伝達した。もつとも組合は従前有効期間三箇月の文書による残業協定を結んでいたところ同年二月一日以降の労働時間については前記賃上要求実現のため残業拒否の争議行為を決行する自由を留保する必要上右残業の承認につき文書の作成を拒否したとはいえ残業自体を拒否したものではなかつた。しかして争議行為については、その決行前相手方に予告すべきことが当時これを内容とする労働協約の失効後ではあつたが既に労使の慣行として確立していた。ところが組合は同月五日残業開始を僅か二時間位後に控える午後二時突如、中央斗争委員会編成を目的とする職場別懇談会開催を理由に王子支部組合員全員において残業を拒否する旨を原告に通告し、工場長の発した残業を実施すべき旨の業務命令が作業班長を通じて伝達されたに拘らず、同日午後四時十五分を期し右支部組合員約九十名をして一斉に作業を放棄、職場を離脱させたうえ、折柄原告所有施設たる仕上班作業場の二階で開催中の第一回団体交渉を有利に導くため、専ら原告会社交渉員に対する吊上げの効果を狙つて右作業場を前記懇談会の会場に選び、原告の許可もないのに組合員をして同所に侵入、集合させ、ことさらに喧騒にわたらせること約一時間三十分、その間原告の施設所有権を侵害するとともに団体交渉に当る原告会社役員等に不当な必理的圧迫を加えた。これがため原告は作業計画変更の暇がなく、いたずらに職場離脱の影響を蒙り著しく業務を阻害され、又正常な団体交渉の継続を妨げられた。

ロ  (二月二十六日の職場離脱及び友愛館不法占拠)

組合は同月二十六日午前十時突如、王子支部大会開催を理由に午後二時以降右支部組合員において就業しない旨を原告に通告し、工場長から作業を継続すべき旨の業務命令が発せられたに拘らず、就業時間中たる同日午後二時を期し右支部組合員約九十名をして作業を放棄、職場を離脱させたうえ、原告所有施設たる友愛館の施錠をみだりに外してその二階講堂に侵入、集合させ約七時間にわたり同所を不法占拠した。

ハ  (二月二十八日の友愛館使用条件違反及び工場事務室侵入)

組合は同月二十八日藤波幸作(組合王子支部長)を通じ原告から前記友愛館を、外部の者を入れないこと、午後五時三十分を超えないことという条件で借用したが、右条件に違背し組合員のほか上部団体たる関東化学労働組合傘下の組合員その他の外来者を友愛館に引入れて集会を開き、しかも借用時間を超えても散会せず、同日午後七時三十分に至り工場長が藤波に注意を与え無責任な応答に接したので責任者全員の同行を求めるや、これを口実に逆用して、組合員に外来者を混える約九十名をして「ワツシヨイ、ワツシヨイ」の掛声を発しスクラムを組んで同工場二階事務室に乱入のうえ、工場長等を取囲み四、五十分にわたり拍手、喚声のうちに原告の非を鳴らし労働歌を高唱して気勢を挙げさせた。

二 (三月十九日の汽罐操作妨害)

組合は同年三月十九日前記工場の汽罐操作を実力で妨害した。すなわち稲垣衛(組合教育宣伝部長)外五名の組合員は組合の指令に基き同日午前五時三十分頃原告会社の一級汽罐士高山義成(非組合員)が同工場汽罐室において二個のボイラーの片方に火を入れ火勢が正常な状態に達するのを待つて用便のため室外に赴き再び入室せんとしたところ、入口を扼してその入室を阻止し同日午前六時三十分頃同人の知らせを受けて馳付けた工場長から退去を求められても、これに応ぜず、やがて工場長等が折衝の末安藤、金子両課長と共に入室した機会に正門大戸のくぐり戸の桟を抜き放つて高山を入室させんとしたところ、その前面に立塞つて同人を押返し、結局同日午前八時二十九分頃まで汽罐室に入室させなかつた。元来ボイラーは水蒸気による高圧を生じるので、その操作に細心の注意を要しこれを缺くときは爆発等を起す虞があるものであつて、その操作担当者の資格並びに操作方法については法律上厳格な規制がある。これがため工場長等は自ら入室を果したもののボイラーに手を触れることができず、右工場は高山が入室するまでの間破壊の危険に曝された。しかして又、右工場では午前五時過ボイラーに火を入れ午前七時三十分頃には接着剤溶解に必要な蒸気を出さなければ、午前八時三十分から一般従業員に作業を始めさせることができない状態にあつたから、同日午前十一時三十分近くまで、つまり高山がボイラー操作を阻止された時間だけ一般従業員の始業が遅れ、原告は多大の損害を受けた。

ホ  (不法ビラ貼り)

組合は原告との間に工場内においては原告所定の組合掲示板以外にビラ等を掲示しない旨の申合せがあるに拘らず、これに違反して右掲示板以外の場所にビラ等を貼布した。すなわち前記稲垣は組合の指令に基き同年二月十四日工場正面その他の塀及び事務所外壁等に多数のビラを貼布し、同月二十六日組合員六名と共同して工場構築物前面に一斉にビラを貼布し、又工場正門に組合教育宣伝部名義の斗争宣言文を貼布し、次で同年三月一日友愛館内部に多数のビラを貼布したが、右所為は前記申合違反たることを承知のうえ原告がそのつど発した除去命令を無視し、ときにはこれに逆らつてなされたものである。

3  (個人別懲戒事由)

イ  (熊谷勝、田野英雄の場合)

熊谷は組合委員長、田野は組合書記長として前記2のイないしニの違法行為を企画、指導し、右ロの場合には自ら現場において組合員を指揮して参加、実行し、ハの場合にも工場事務室における紛騒の中心となり、ことに熊谷は「友愛館の使用を制限するのは筋が違う。千円上げればこんな事態にはならない」、「会社には誠意がない」と強弁して工場長等を責め立てた。

ロ  (稲垣衛の場合)

稲垣は、

a 組合の教育宣伝部長として前記2のニ、ホの違法行為を自ら指揮、実行し、ことに右ニの場合には工場長から汽罐士入室阻止の違法を咎められるや、「違法で結構だ」と放言し、あえて違法状態を継続したほか、

b 同年二月二十七日組合用務のため牛込義徳外一名の組合員の早退許可を願出で工場長の許可が得られなかつたに拘らず、あえて右両名を教唆して同日午後二時十五分早退を実行させた。

ハ  (藤波幸作の場合)

藤波は組合王子支部長兼本部統制副部長として前記2のイないしハの違法行為を現場において自ら指揮、実行した。

ニ  (岩沢寛の場合)

岩沢は組合副委員長として前記2のイないしホ及び3のロのbの違法行為の企画に関与し、又は少くとも情を知りながら、これを防止するため適当な措置をとらなかつた。

4  (就業規則の適用)

右熊谷以下五名各自の所為は、それぞれ原告の就業規則上懲戒事由として規定された「他人に対し暴行、脅迫を加え又その業務を妨げたとき」(第四十七条第十四号)及び「職務上の指示命令に不当に反抗し職場の秩序を紊したとき」(同条第十五号)、もしくはこれらに「準ずる行為のあつたとき」(同条第十九号)に該当し、これを個別的に取上げても原告会社の社内秩序を著しく破壊するものであつて当然懲戒解雇に値し、とうてい放置し得る性質のものではない。しかも従前、組合は前記のように違法行為を反覆し原告の警告に耳を藉さない有様であつたから、一般予防の意味でも適当な懲戒措置が必要であつた。しかしながら直ちに解雇を以て臨むならば本人の生活を脅すほか、組合の正常な運営にも影響を与えかねないので、特にこの点に留意し就業規則第四十六条の規定する懲戒処分の内、出勤停止以下の処分を選択し、その範囲内で前記懲戒に処したものである。

四  されば前記懲戒処分を以て不当労働行為と目されることは原告のとうてい忍び難いところであつて、被告が前記救済命令において示した判断には十分な理由付けを見出すことができない。以下に右判断の首肯し得ない点を指摘すると、

1  右命令はその理由中において結論として組合活動に若干のゆきすぎがあつたことを認めたうえ、一方では原告がそれらの行為を理由に、なんらかの懲戒的措置に出ることを肯認し得ないわけではないといいながら、他方では組合の重要な役職にあつた最も活動的分子を対象にした前記内容の懲戒処分は当然には肯認し難く、かえつて活溌な組合活動を忌避し、これを阻害するためになされたものと認めるのが相当であると判断した。しかしながら労働組合が違法な行動をなし、いやしくもこれに対する責任追及の措置が是認される場合ならば、その行動を企画、指導した労働組合の機関並びに実行に参加した行為者が懲戒の対象となるのは当然であつて、これらの者を除外しては懲戒の対象となるべきものは考えられないから、前記懲戒処分がその対象において肯認し難いという被告の判断は理解に苦しまざるを得ない。又右懲戒処分が組合活動を忌避しこれを阻害する意図に出たものであるという被告の判断の前提とされた被告認定の事実並びにその評価は後記のような誤りを蔵することもさることながら、それだけでは右判断の十分な説明にはならないし、他に右判断が生じた格別の根拠も示されていない。むしろ原告が特に解雇を避けて組合活動になんら影響のない懲戒処分を選択したことからしても不当労働行為の意図は否定されてしかるべきである。

2  次に前記命令はその理由中において前記のように組合活動のゆきすぎを認めたものの、あるいはその具体的事情の認定を回避し、あるいは僅かながらも事実を誤認し、結局組合活動のゆきすぎにつき違法性の評価を誤つた。すなわち

イ  (二月五日の件について)

被告は右命令の理由中で組合が文書による残業協定を結ばなかつた以上工場長の残業命令を拒否すると否とは組合の任意であつたというが、右判断は正当ではない。組合が文書による残業協定を拒否したのは前記のように口頭では残業を承認しながら残業拒否の争議行為を決行する自由を留保したにすぎないものであつて、もとより残業を承認しなかつたものではなく、又争議行為と認められないような単なる残業拒否の自由を留保したものでもない。しかるに組合は前記のように労使の慣行を無視し斗争宣言前なんらの予告なくして突如、残業を拒否し組合員をして職場を離脱させたものであるから、さような残業拒否は団体交渉を有利に導くため争議権確立後になされたものであるにしても正当な争議行為とは認め難く組合が留保した自由の範囲に属しない。従つて右残業拒否のため原告の生産が減少してもやむを得ないという被告の判断も首肯し得るものではない。次に又被告は組合の作業場不法占拠につき原告が直ちに組合に退去要求をなした事実がない以上後に至つて非難するのは当を得ないというが、およそ暴力行為が相手方から即座に抗議されなかつたからとて是認されるいわれはないのみならず、当時原告が組合に退去要求をなすが如きことは前記のような情勢上とうてい望み得べくもなかつたのである。被告の右判断は右情勢の認定を回避して組合の行動の違法性を過少評価し、かえつて原告がその違法性を主張した事実を以て原告に不利益な判断の材料に供したものといつて過言でない。

ロ  (二月二十六日の件について)

被告が前記命令の理由中で示した事実認定中、従来争議行為寸前には就業時間中の組合大会も原告から承認されていたという点並びに従来も、しばしば組合から原告に使用願を提出するだけで友愛館の使用を承認されていたという点は事実に反する。原告は休憩時間中に開かれた組合大会が就業時間に喰い込んだ場合それだけ終業を遅らせて組合のため便宜を計つた事例が一、二あるに止まり、争議寸前といえ就業時間中の組合大会を承認した事実はない。又原告は組合から友愛館の使用願が提出された場合差支ない限りこれを許可して組合の便宜を計つたため不許可の事例が皆無になつたとはいえ、友愛館使用につき許可制を廃した覚えはない。被告はその間の事情を曲解して事実を誤認したものである。従つて被告が示したように組合の行つた就業時間中の組合大会をあながち不当と解することはできないという判断並びに友愛館の使用については、たとえ原告の許可がなかつたとしてもこれを不法占拠であると非難するのは当らないという判断は根底から首肯し難い。のみならず被告は当時争議行為寸前のため情勢が「前段認定の通り」相当緊迫していたとなしこれを右判断の前提に加えたが、被告のいう情勢は右命令中のどこにも「前段認定」として示されていないし、又組合が斗争宣言を発し争議予告に基き争議行為をなしたのはその翌日になつてからのことであつて当時としては争議行為寸前という事態にあつたとはいえないから、被告の前記判断は架空の情勢を想定しその上に成立したものというべく、この点においても失当といわなければならない。なお右判断では就業時間中の組合大会開催を是認する根拠の一に原告の業務命令が右大会開催間近に発せられた事実を挙げるが、その考え方は二月五日の作業場占拠につき原告が直ちに退去を要求しなかつたことを挙げつらう考え方と相容れない。

ハ  (二月二十八日の件について)

被告が前記命令の理由中で示した事実認定中、藤波幸作が工場長の注意を受けて友愛館使用時間の超過を陳謝するとともに外来者の入室につきやむを得ない事情があつた旨を陳弁したという点及び藤波が工場長から同行を求められた責任者の範囲を大会出席者全員と解したという点は事実を誤認したものであつて、工場長が藤波に注意を与えその無責任な応答振りを不満として責任者全員の同行を求めたところ、これを組合が工場事務室侵入の口実に逆用した経緯を遂に捉えるに至らず、これがため行為の違法性を評価する上において寛厳の差を生じた。すなわち被告は多数の組合員が工場事務室に立入り気勢を挙げたことを以て若干組合のゆきすぎであつたとは判断したが、前記経緯に徴するときは組合のゆきすぎは被告のいうように若干の程度たるに止まらず既に許し難い違法性を具えたものというべく被告の見方は緩きにすぎたものである。

ニ  (三月十九日の件について)

被告が前記命令の理由中で示した事実認定中、稲垣衛外五名の組合員が工場長に通報される以前に汽罐士高山義成に対して行つたピケツチングの方法につき組合に協力するため汽罐を炊かないよう要請したという認定に止めた点、右組合員等が工場長等を汽罐室に入れたのは汽罐の危険の有無を点検させる意味であつたという点、右組合員等がくぐり戸の前で高山の入室を阻止したのは工場長等が高山を入室させんとした行動に誘われて、いきおい上そうなつたという点はいずれも事実に反する。組合員が高山に対して行つたピケツチングは工場長に通報される以前においても実力を以て高山の就労を妨害したものであつて、もとより平和的説得といわれるごときものではない。次に又被告は組合員がくぐり戸の前でなした高山の入室妨害を以て平和的説得の範囲を逸脱したものと認めながら、それが工場長等の行動に誘発された結果であることを理由にその違法性を軽視せんとするもののようであるけれども、工場長等が高山の入室を計つたのは工場管理上当然の措置であつてなんら非難すべきものではないから、仮に右違法ピケツチングを誘発したとしても、これを以て違法性を軽視する理由とはなし難い。のみならず高山に対する組合員のピケツチングが終始実力を伴つたのは、あに偶然ではなく当初から組合が計画したところである。被告はこの点を否定するけれども一人の汽罐士に数人の組合員が早朝を期して立向つた事実からも組合の計画は推認するに余りがある。仮にそうでないとしても、その実行行為者たる稲垣の責任は免れ難い。しかして被告は汽罐操作の妨害による危険の点につき原告の非難を排斥したが、それはたまたま事故が発生しなかつたことからする結果論であつて、とうてい首肯し難い。もつとも被告は右判断の根拠として問題が起つたのが汽罐に火が入つたばかりの時であつたこと、なお組合員が工場長等を汽罐の危険点検に入室させたことを掲げるが、いやしくも汽罐に火が入りその操作が開始された以上これを放置するときは、あるいは汽罐自体の安全装置その他の状態、あるいはこれに使用される空気、水、石炭の条件いかんによつては何時爆発を起すか計り知れないものであつて、もとより危険という外はなく、又組合員が工場長等を汽罐室に入れたのは、むしろ工場長等が汽罐操作の資格がないところから汽罐に手でも触れようものなら忽ち原告を攻撃する材料に供する下心で、その行動を試そうとしたものであつて、なんら危険防止に役立つものではなかつたから、被告の判断は全く根拠がないのに等しい。

ホ  (その他の件について)

被告は前記命令の理由中で稲垣衛がなした早退教唆は就業時間中就業することを以て第一義とすべき被用者の早退を教唆した面から妥当ではないと正当に判断しながら、結論として、その早退は組合が原告に斗争宣言を発した重大な日に行われたものであるから真に組合用務のためになされたものと認むべく、故意に会社業務を妨害するためになされたものとは認め難いとなしたのは早計といわなければならない。けだし斗争宣言があつたという一事だけで早退の理由を真に組合用務のためであつたと推論すべきいわれはないのみならず、牛込義徳外一名の早退者は原告が早退許可願を受けた際業務の都合上余人を以て代えるべきことを求めたのを無視して早退したものであつて、このことからかえつて原告の業務を故意に妨害したものと取られてもやむを得ないからである。

五  要するに被告のなした本件救済命令は原告の懲戒処分を以て不当労働行為と誤判しこれに基き発せられたものであつて違法たるを免れない。よつて、これが取消を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

一  原告主張事実中、一の事実は認め、二の事実は否認する。三の事実は被告が原告主張の救済命令の理由(別紙記載第一ないし第二)で示した認定事実に符合する限度においてこれを認める。

二  原告主張の懲戒処分は被告が右救済命令の理由(別紙記載第二)で示した判断を免れず、結局不当労働行為を構成するものであるから、右命令にはなんらの瑕疵がない。

と述べた。(立証省略)

理由

一、原告が昭和三十二年五月二十日その従業員たる熊谷勝、田野英雄、稲垣衛、藤波幸作及び岩沢寛に対し原告主張の前掲懲戒処分をなしたこと、被告が右処分につき組合の救済申立に基き同年不第二二号事件として審査し昭和三十三年七月三十一日附命令書を以て本判決末尾添付の右命令書写に記載のような理由を付して原告主張の前掲命令を発し右命令書の写が同年八月七日原告に送達されたことは当事者間に争がない。

二、原告は右懲戒処分を以て原告会社の社内秩序維持のため必要最少限の措置であつて熊谷勝以下五名の正当な組合活動の故になしたものではないとし、その点の判断を誤つた被告の右救済命令は違法であると主張するので、先ず右懲戒の事由をこれに関連する事情に触れつつ明らかにする。

1  (原告会社の経営状況)

原告会社が東京都中央区銀座に本店、同都北区及び群馬県沼田市に工場を設け研磨布、紙の製造、販売を営むものであつて後記争議当時二百三十余名の従業員を擁したことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第八十六号証(但し臼田寛次郎の陳述記録部分)、証人臼田寛次郎の証言によれば、原告会社は昭和二十七年中経営に破綻を生じ約一億円に上る負債のため倒産に瀕したので、これが打開策として安田系の会社から援助を受けることとなりその関係で昭和二十九年九月役員の一新をみるに至つたが、その後支出を抑制する等経営の健全化に努めた結果右争議当時には負債の整理を完了して業績上昇の萠が現われていたことが認められる。

2  (組合の賃上斗争)

組合が原告会社の従業員の一部で組織する労働組合であつて王子工場内に本部、本店及び各工場内にそれぞれ支部を有し当時組合員百五十余名を数えたこと、しかして組合が昭和三十二年一月十八日原告に同年二月一日を実施期日とする一律金千円の賃上を要求し、これに対し原告が同年一月二十五日右要求を拒否するとともに翌二十六日組合員一人当一箇月平均金八百八十円の増額となるべき定期昇給を実施したが、組合が右定期昇給の実施はむしろ当然のことであつて賃上の問題はこれと別個に取上げらるべき筋合であるという見地からその要求を貫徹すべく同年二月一日組合大会において争議権を確立のうえ同月五日から同年三月十八日まで原告と前後七回の団体交渉を重ね又同年二月二十七日原告に斗争宣言を発し且つ早出、残業拒否の争議を予告し同日午後四時十五分以降右予告に基く争議を行うなど同年三月三十日紛争解決をみるまで斗争を継続したことは当事者間に争がない。なお前出乙第八十六号証(前掲部分)、成立に争のない乙第八十七号証(但し、稲垣衛の陳述記録部分)、原本の存在並びに成立に争のない乙第四十九号証、証人臼田寛次郎の証言によれば、組合はこれよりさき昭和二十八年九月から昭和三十一年一月まで前後三回賃上要求をなし当時原告が前記のように経営上の苦境にあつたためそのたびに原告の拒否を受けてこれに甘んじたが、これに次でなした前記賃上要求については原告の経営が前記のように好転していたので定期昇給に満足せず要求貫徹の斗争を展開し、結局原告の一時金支給(組合員一人当金四千円ないし金七千円)の提案を容れて紛争を解決したものであることが認められる。

しかして右斗争に際し原告会社王子工場においては組合又は組合員による左記3ないし8の行動があつて本件懲戒処分を招くに至つた。

3  (二月五日の残業拒否及び作業場における集会)

前出乙第四十九号証、同第八十六号証(但し藤波幸作の陳述記録中後記措信しない部分を除く)、同第八十七号証(但し藤波幸作の陳述記録部分)、成立に争のない甲第九号証の一、二(乙第二十三、二十四号証はその写)、甲第十号証(乙第二十五号証はその写)、乙第九十二、九十三号証、原本の存在並びに成立に争のない乙第五十一号証、同第七十六号証、証人西内金馬の証言を綜合すれば次の事実が認められる。

同年二月五日組合は本部役員並びに王子支部長の協議により団体交渉の経過報告並びに中央斗争委員会の編成発表のため残業を拒否のうえ所定の終業時刻から前記工場内の友愛館二階講堂で職場別懇談会を催すべく決定し、午後二時頃原告にその旨を通告し且つ右講堂の借用を申出た。(但し右通告がなされた点は当事者間に争がない。)これに対し原告会社の王子工場長西内金馬はかねて従業員に伝達済の同月分作業予定表に基き残業で賄うべき生産のため既に原料等の手配を了していた関係から、残業拒否の中止を要請するとともに右講堂の貸与を拒絶し、午後四時近くあらためて予定の残業を実施すべき旨の業務命令を発し作業班長を通じて一般従業員に伝達した。(但し右作業予定表により残業が予定されこれが従業員に伝達済であつた点並びに右残業実施の業務命令が発令、伝達された点は当事者間に争がない。)しかし王子支部組合員約九十名はこれに応じないで組合の指令に従い所定の終業時刻たる午後四時十五分を期して一斉に作業を罷め職場を離れて残業を拒否し一旦前記講堂に集合したが、右講堂の使用につき原告から故障が出る虞があるところから、あらためて右工場内の塗装仕上班作業場の一隅に集合し午後五時頃から約一時間三十分にわたり組合企画の前記行事をなすとともに折柄右作業場に隣接する製品倉庫二階所在の工場事務室で開催中の第一回団体交渉に対する示威をかねて労働歌を高唱し檄を飛ばす等して気勢を挙げた。(但し右終業の所定時刻の点並びに組合員が残業を拒否し集会を催した点及びその場所、時間の点は当事者間に争がない。)しかして右作業場は右集会が行われた一隅に卓球台が備付けられその範囲では従業員の福利厚生に併用されていた外(乙第八十六号証中右の場所があたかも作業施設から特に区劃された純然たる福利厚生施設であるかのように窺わせる藤波幸作の陳述記録は措信しない。)、その奥に設けられた塗装班、仕上班、布処理班の合同更衣、休憩室に到る通路にあたるため就業時間外も開放された従業員が自由に出入していた関係から、組合は右作業場の使用につき特に原告の承諾を要しないものと即断し原告になんらの届出もしなかつた。なお前記団体交渉は右集会終了後も約二時間にわたつて継続された。

以上がその認定であつて、これを左右するに足る証拠はない。

しかして組合が右作業場を集会に使用する場合における原告の承諾の要否についてはこれを要しないものとする協約ないし慣行等制度的根拠の存在を認むべき証拠はない。ただ乙第八十四号証(田野英雄の陳述記録)中には組合で必要があれば使用していて従来なんら問題を生じたことはないとの記載があるが、右記載は前記内容の慣行成立の趣旨にしては組合が右作業場を使用した実際の事例における使用の目的、方法、時間並びに原告の態度等につき具体的解明を欠くからにわかに措信し得る限りではないのである。もちろん右作業場がその一部を福利厚生施設に併用されているからといつて組合がこれを集会に使用する場合に原告の承諾を要しないものと解すべきいわれはない。従つて組合がさきに認定したように原告の承諾を要しないものとの判断のもとに原告になんらの届出もしなかつたのは早計といわなければならない。

なお原告は右作業場が集会に使用されたのは組合が団体交渉を有利に導くため専ら原告会社交渉員に対する吊上げの効果を期したものである旨を主張する。(被告も本件救済命令の理由中で右会場の選択には団体交渉に若干の圧力をかける意味があつたと判断した。)しかしながら右作業場が前記認定のように利用されていたことに徴すれば組合が友愛館二階講堂以外の場所に会場を求めるにつき右作業場を選択した経緯はさして怪しむに足りないのであつて、そこで行われた集会が団体交渉に対する示威の効果を挙げたからとて、それだけでは当初から原告主張のような組合の意図が介在したことを推断し得るものではないし、他にこの点の原告主張を肯認するに足る証拠はない。又原告は前記集会における組合員の気勢により団体交渉に列席中の原告会社役員等が心理的圧迫を受け正常な交渉の継続を妨げられた旨を主張するが、団体交渉が組合員の示威のため中絶したことを肯認すべき証拠はないのみならず、さきに認定したところによれば団体交渉は右集会終了後もなお継続されて約二時間に及んだものであるから団体交渉が妨害された事実は結局認め難い。

4  (二月二十六日の就業時間中、友愛館における集会)

前出乙第五十一号証、同第七十六号証、同第八十七号証(但し藤波幸作の陳述記録中後記措信しない部分を除く)、同第九十二号証、同第九十三号証(但し田野英雄の陳述記録中後記措信しない部分を除く)、成立に争のない甲第十一号証(乙第二十六号証はその写)、甲第十四号証の一ないし十(乙第六十六ないし第七十五号証はその写)、乙第八十三、八十四号証、原本の存在並びに成立に争のない乙第五十二号証、証人西内金馬、同安藤安一の各証言を綜合すれば次の事実が認められる。

同年二月二十六日組合は本部役員の協議により斗争宣言にさきがけ組合員を鼓舞し併せて友誼団体の支援を仰ぐため就業時間中の午後二時以後就業を拒否して前記友愛館二階講堂で決起大会なる集会を催すべく決定し午前十時頃原告にその旨を通告し且つ右講堂の借用を申出た。(但し右通告がなされた点は当事者間に争がない。)これに対し西内工場長は右集会を以て就業時間中に許さるべき組合年次大会の制限回数を超えるものとなしてその中止を求めるとともに右講堂の貸与を拒絶し午後零時三十分頃あらためて作業を継続すべき旨の業務命令を発し作業班長を通じて一般従業員に伝達した。(但し右業務命令が発令、伝達された点は当事者間に争がない。)しかし王子支部組合員約九十名はこれに応じないで組合の指令に従い就業時間中なる午後二時を期し一斉に作業を罷め職場を離れて就労を拒否し右講堂に集合のうえ約七時間にわたり組合企画の行事をなした。(但し組合員が就労を拒否のうえ集会を開いた点及びその場所、時間の点は当事者間に争がない。)元来右講堂は原告従業員の教育、厚生施設として利用されているものであるが、組合にとつても工場内唯一の集会場所となつていて従前は届出をなすだけで自由に使用していたところ、少くとも昭和三十年中からそのつど使用願を提出して原告の許可を得ない限り使用することができなくなつた。もつともその後も原告は組合から使用願が提出された場合施設管理上差支がない限りこれを許可していた。ところが、その日、原告において組合に使用を許可せず友愛館正門大戸の鍵も交付しなかつたので、組合員は右講堂裏側の組合事務所に通じる出入口から右講堂に入つた。

以上がその認定であつて、乙第八十五ないし第八十七号証、同第九十三号証中友愛館の鍵の授受に関し又乙第八十六、八十七号証、同第八十九号証中右講堂の管理方法に関しそれぞれ右認定に牴触する田野英雄、藤波幸作ないし稲垣衛の各陳述記録はいずれも前顕証拠に照してたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて被告が本件救済命令の理由中で組合の右講堂使用は原告に使用願を提出するだけで許されていたと判断したのは右講堂の使用につき届出制が採られていたという認定である限り原告指摘のとおり事実に合致しない。

なお原告は組合の右講堂使用にあたりその施錠が組合によつてみだりに外された旨を主張し証人西内金馬の証言中組合事務所に通じる出入口には右集会直前まで右講堂の内側から差込錠が施してあつた以上組合員が右講堂に集合するには何人かゞ右講堂のガラス窓から内部に忍び入つて右施錠を取外す以外に方法はない旨の供述がある外、乙第五十一号証(西内金馬の陳述書)にも原告の主張に符合する記載があるが、右供述にあるように差込錠の設備があつたにしても前記3の場合にも原告の承諾なくして右講堂が使用された事実を想起すれば当時果して右差込錠が施用されていたか否か疑わしく、この点に関する右供述部分はたやすく措信し難いのであつて、そうである以上右施錠が組合員によつてみだりに外されたという点の右供述並びに右記載も臆測の範囲を出るものでない。その他原告の右主張を肯認するに足る証拠はない。

5  (二月二十八日の友愛館使用条件違反及び工場事務室侵入)

組合が同年二月二十七日斗争宣言を発し且つ早出、残業拒否の争議予告をなし右予告に基く争議に入つたことはさきに判示したとおりであるが、前出乙第五十一号証、同第八十六、八十七号証(但し藤波幸作の陳述記録。但し、その中後記措信しない部分を除く)、同第九十二号証、証人西内金馬の証言を綜合すれば次の事実が認められる。

越えて同月二十八日組合は所定の終業時刻から集会を催すため王子支部長藤波幸作から原告に申出て前記友愛館二階講堂を借用したが、藤波支部長は右借用にあたりその一存で西内工場長が提示した次の借用条件を承諾した。すなわち使用時間は午後五時三十分を超えてはならず、外来者は入室させてはならないというのがその条件であつた。(但し藤波支部長が右借用申出に当つた点は当事者間に争がない。)ところが組合はその組合員の外、上部団体たる関東化学労働組合傘下組合の組合員等外来者を右講堂に入室させその参加のもとに午後四時十五分から集会を開き前記制限時間を超えても散会しなかつた。(但し右講堂で集会を開いたことは当事者間に争がない。)そこで西内工場長は午後七時頃に至り右工場内の製品倉庫の二階にあたる工場事務室において藤波支部長に借用条件違反を問責し同人の応答にあきたらなかつたため集会責任者たる組合役員全員の同行を求めた。(但し西内工場長が藤波支部長に責任者全員の同行を求めた点は当事者間に争がない。)しかし従前組合は右講堂の使用につき原告から入場者を制限されたことがなく又使用時間も一応限定されたが随時組合の連絡によつて延長されるのが実情であつた。そのような関係から右集会に参加した組合員は藤波支部長が入場者及び使用時間の制限違反を咎められたことを知るや直ちに結束して西内工場長に抗議すべく決し外来者を混え総勢約九十名で「ワツシヨイ、ワツシヨイ」と掛声を合せスクラムを組んで右事務室に到り雪崩込むようにして入室のうえ、その場に在つた西内工場長外、原告会社の部課長二、三名を取囲み四、五十分間にわたり拍手、喚声のうちに原告の右講堂使用制限の措置、遡つては賃上要求拒否の態度につきその非を鳴らし労働歌を高唱する等して気勢を挙げた。(但し組合員が外来者とともに工場事務室に立入り工場幹部等を取囲み講堂使用に関する原告の措置を非難し労働歌を高唱する等して気勢を挙げた点は当事者間に争がない。)

以上がその認定であつて右認定に反する乙第八十三号証、同第八十六、八十七号証中田野英雄ないし藤波幸作の陳述記録は前顕証拠との対照上措信し得べくもなく、他に右認定を妨げる証拠はない。(なお原告は被告が本件救済命令の理由で藤波支部長は西内工場長から集会の責任者全員の同行を求められたのを集会出席者全員の同行を求められたものと理解しその旨を組合に報告したと判断した点を攻撃し西内工場長の右要求が当時組合員により工場事務室に押掛ける口実に逆用された経緯を把握していない旨を主張するが、あるいはそうであつたにしても組合員等が工場事務室に押掛けるに至つた、さきに認定の経緯と比較して後に示すべき判断の経路に影響を生じるほど重要な事情ではないから、この点の判断は省略する。)

6  (三月十九日の汽罐士に対するピケツチング)

組合が同年三月十八日に至るまで原告と前後七回の団体交渉を重ねたことはさきに判示したとおりであるが、前出乙第四十九号証、同第五十一号証、同第八十三号証、成立に争のない乙第五十三号証、同第八十五号証、同第八十八号証(但し稲垣衛の陳述記録中後記措信しない部分を除く)、同第八十九号証(但し、稲垣衛の陳述記録部分)、証人高山義成、同西内金馬の各証言を綜合すれば次の事実が認められる。

組合は右団体交渉に妥結の気運が生じなかつたので右同日中央斗争委員会の決定により争議の実効を挙げるため前記工場の汽罐士(非組合員)高山義成の早出就労を罷めさせる目的で同人に対しピケツチングを行うこととし原告の出方に備え説得要員として組合教育宣伝部長稲垣衛外五名に及び組合員を選出するとともに高山汽罐士にもあらかじめ組合書記長田野英雄から協力を要請した。しかして翌十九日説得要員たる稲垣外五名の組合員は、組合の指令に従い高山汽罐士に対するピケツチングを実施すべく午前五時三十分頃右工場汽罐室に赴き、同人が右汽罐室内の二個の汽罐の内片方のダンパーを開き前夜倍加した石炭に自然引火するのを見定め室外で用便を足し再び入室せんとしたところ、出入口を扼してピケツト・ラインを張り同人に汽罐の操作を中止して争議に協力すべき旨を説得した。(但し非組合員の高山汽罐士が一個の汽罐の石炭に点火したのを見定め室外で用便を足し再び入室せんとした際稲垣教育宣伝部長外五名の組合員が右のような説得をなした点は当事者間に争がない。)高山汽罐士は右組合員等の気勢からとうてい入室不可能と察知してこれを断念し直ちに組合員に告げて西内工場長に通報した。なお高山が右通報のため汽罐室を離れんとした際右組合員は「汽罐は大丈夫かね」と訊ね、高山は「ダンパーを開けたばかりだから大丈夫だと思うがね」と答えた。しかしてその通報を受けて西内工場長が午前六時十分頃汽罐室附近に馳せ付け汽罐操作を妨害する責任を追求すべき旨を告げ直ちにピケツチングを解除すべく要求したが、稲垣は組合の決定に基き行動しているものであつて責任追求は覚悟のうえである旨を応答しよういにピケツチングを解かない態度を示した。(但し西内工場長が高山汽罐士の通報により現場に到り稲垣と交渉をなした点は当事者間に争がない。)かくて西内工場長もやむなく工場事務室に引返したが、やがて右工場事務課長安藤安一、同製造課長金子義雄が出社したので右両課長を伴い午前六時三十分頃再び現場に赴き前同様の要請を試み稲垣等組合員がなお応じないところから、汽罐の状態を点検する必要を認め折衝の末右両課長とともに汽罐室に入つた。その際ひそかに正門くぐり戸の桟を外して置き一旦室外に出て高山汽罐士に右くぐり戸から入室すべく眼顔で合図した。(但し西内工場長が汽罐点検のため折衝の末安藤事務課長、金子製造課長とともに汽罐室に入り右方法で高山汽罐士の入室を図つた点は当事者間に争がない。)そこで高山汽罐士が右くぐり戸に駈けよろうとしたところ、それと察した稲垣等組合員はすかさず右くぐり戸前面に殺到して忽ち人垣を造り高山汽罐士を押し戻してその入室を阻止し、その後もピケツチングを継続して午前八時三十分近くまで、同人に入室の機会を与えなかつた。(但し組合員が右方法で高山汽罐士の人室を阻止し右時刻に至つた点は当事者間に争がない。)しかして高山汽罐士は右ピケツチングが解かれると直ちに汽罐室に復し汽罐の操作をなしたが、汽罐の圧力はそれまでの間に著しく低下していたためこれが再び上昇して正常度に達し一般作業を賄うまでにはその後約三時間を要した。(但しこの点は当事者間に争がない)

以上がその認定であつて、乙第八十八号証の稲垣衛の陳述記録中右認定に牴触する部分は前顕証拠に照してにわかに措信し難い。

しかして、原告は組合員が高山汽罐士に対して行つたピケツチングは工場長に通報される以前においても既に実力を伴つた旨を主張するが、この点の前記認定を出でて組合員が高山汽罐士に暴行、脅迫を加え又はスクラムを組む等の方法で同人の就労を妨害したことを肯認するに足る証拠はない。従つてさきに認定したように高山汽罐士一人の説得に数人の組合員が当つたのを指して実力の行使というなら格別、さもない限り右局面のピケツチングに実力を伴つたとはいうことができない。次に被告は本件救済命令の理由中で組合員等がくぐり戸前で高山汽罐士の入室を阻止したのは工場長等の行動でいきおい上そうなつたものであつて当初から企図されたものではないという認定を示したが、さきに認定したところからすればその局面に限つてはなるほど被告のいうような事態の展開であつたといえるにしても、組合が会社の出方にそなえ汽罐士一人に対するに数人の説得要員を用意してピケツチングの完遂を期したこと、組合員等の工場長との応答態度にも機会に臨んでは実力行使を辞さない決意を窺われることからして、高山汽罐士の入室を実力で阻止した行為は組合が、しかるべき事態を予測して少くとも容認していたものと推認するのが相当であつて、これを以て単なる偶発的出来事と観じ去るのは当らない。その意味で被告の判断は原告指摘のとおり真相を捉え損じたものといわなければならない。

次に原告は高山汽罐士が組合員によつて汽罐操作を阻止されたため前記工場はその間爆破の危険に曝された旨を主張する。しかして前出乙第八十八号証(但し、河野寛の陳述記録部分)、同第九十二号証、証人西内金馬、同高山義成の各証言によれば前記汽罐室に設置された二個の汽罐はこれに貯溜した水を石炭の火力で熱し多量の蒸気を発生させて、作業場におくる処置であつてその蒸気の圧力は最高七・五キロに達するが七キロを安全のための制限圧力とし自動的に六ないし六・五キロに調節する安全弁が取付けられていること、その石炭釜の操作方法はダンパーを開きガスを排出のうえ埋火をかき立て少量の石炭を投入して(本件の場合にはさきに認定したように前夜中に石炭を倍加する方法によつたが)これに引火させその後間断なく石炭を投入するものであること、その場合(イ)、もし汽罐にひずみや、ひびがあること又は貯水がないことを看過し、もしくは安全弁に故障があるのに蒸気の圧力を高めその制限を超えるようなことがあると汽罐が破裂する危険が生じること、これがためその操作の資格者及び方法には法律上一定の規制があること、(ロ)、もつとも最初の投炭時における蒸気の圧力は〇・五キロであつてその後三十分間位に汽罐が温められ漸くその圧力が上昇を始め又一回に投入される石炭は五分間位で燃え尽きるためその後投炭しない限り蒸気の圧力はその時以上には上昇しないことが認められる。ところがさきの認定によれば高山汽罐士に対するピケツチングは同人が既に石炭釜のダンパーを開き石炭に点火させた直後に開始されたものであるから、右(イ)の点に照せば抽象的意味において汽罐破裂の危険が存在したことはこれを否定し得べきもないけれども、当時汽罐自体又は安全弁に異常が存しもしくはこれに貯水がなかつた等直ちに汽罐破裂の誘因たるべき事情があつたことについてはこれを肯認すべき証拠がない。のみならずさきに認定したように高山は石炭点火後ピケツチング解除後に至るまで遂に右炭投入の機会を得なかつたことに右(ロ)の点を考え併せれば当時蒸気の圧力は〇・五キロ以上には上昇しなかつたものと推認するのが相当であるから、汽罐破裂の員体的危険はその存在をむしろ否定せざるを得ないのである。従つて原告主張のように工場が爆破の危険に曝されたとしてあたかも具体的危険が存在したようにいうのは当らない。なおさきに認定のように組合員等が高山汽罐士の就労直後にピケツチングを開始し同人に汽罐の安否を訊し又工場長等を汽罐点検のため汽罐室に入れたことから推せば組合員等は具体的危険がないことを計算に入れて行動したものであつて、もし具体的危険があると察した場合にはむしろピケツチングを中止したであらうことが認められるから、組合員の行動を危険きわまる暴挙と断定するのも早計である。原告は組合員等が工場長等を汽罐室に入れたのは工場長等が汽罐に手を触れることを期待しこれを原告攻撃の材料にせんとの魂胆に出たものである旨を主張するが、単なる臆測たるに止まり確かな証拠はない。

7  (ビラ貼り)

前出乙第五十一号証、同第八十八、八十九号証(但し、いずれも稲垣衛の陳述記録部分)、同第九十二号証、前記工場の建物配置並びに組合のビラ貼付箇所を示す図面たることに争のない甲第八号証(乙第十七号証)、証人西内金馬の証言を綜合すれば次の事実が認められる。

組合の教育宣伝部はその責任において原告に無断で同年二月十三日前記工場内の特殊品班作業所と塗装仕上班作業所、第一耐水研磨紙班作業所と製砂班作業所とがそれぞれ向き合つた各外壁に二十数枚のアヂ・ビラを貼付し、翌十四日午前中西内工場長から稲垣教育宣伝部長に取除が命じられたのに、昼の休憩時間中右工場内の製砂班作業所南側、製品倉庫(二階工場事務室)南側の各外壁及び正門脇外塀表側その他に五十枚位のアヂ・ビラを貼付した。これがため西内工場長は稲垣教育宣伝部長に再度取除を命じ、なお後日責任を追求すべく告げた。ところが組合の王子支部組合員は同日中支部大会において教育宣伝部の提案により組合員各自がアヂ・ビラを作成、貼付すべく決定し、その夕刻前同一の場所に各自の作成した数十枚のアジ・ビラを貼付し、次で同月二十六日前記4の決起大会において右同様の決定をなし、同日中前同一の場所に各自の作成した百枚位のアヂ・ビラを貼付し、次で又同年三月一日前記友愛館二階講堂で支部大会を開催した際右講堂の内壁に十五枚位のアヂ・ビラを貼付した。更に又組合の教育宣伝部は同年二月二十七日工場正門に組合の斗争宣言を記載したビラ一枚を貼付した。(但し二月十四日、二十七日、三月一日工場内の各所にビラが貼付された点は当事者間に争がない。)なお従前原告は右工場内に掲示板二個を設置して組合に使用させていたが、組合ないし組合員は争議中においては右掲示板以外の場所にアヂ・ビラ等を貼布するのが常であつた。もつともこれに対し原告はそのつど組合に抗議しその取消を要求した。

以上がその認定であつて右認定を妨げるに足る証拠はない。

しかして乙第四十九号証(熊谷勝の陳述書)には平常時はとにかく争議中にビラ貼布の場所を制限することを内容とした労使間の協約ないし申合はなく掲示板以外にビラを貼布したことによつて原告から処分を受けた前例はない旨の記載があるが、争議中ならば掲示板以外の場所にもビラ・ポスターの類を貼布することが当然許されるものと解すべきいわれはなく、むしろ争議中であつてもこれを承認することを内容とする協約ないし慣行がない限り当然には許されないと解すべきであつて、右乙号証の記載は誤つた見解を前提とするものというべきであるから採用するに足りない。ところが右に示したような協約ないし慣行が原告と組合との間に存在することについてはこれを認むべき証拠がない。ただ乙第八十三号証(田野英雄の陳述記録)中に、労使間には掲示板以外にビラを貼布することが昭和二十七年九月以来の慣行となつていた旨の記載があるが、組合が争議中になすのを常とした掲示板以外のビラ貼布にはさきに認定のように原告がそのつど抗議していたのであるから、いまだ慣行と名付けるに値しないものというべく、右乙号証の記載は独自の見解たるにすぎない。なお乙第八十九号証(稲垣衛の陳述記録)中に、争議時には掲示板以外にビラを貼布するのは一般の通例として許されたところである旨の記載があるけれども、措信すべき限りではない。

8  (組合員の早退)

組合が同年二月二十七日斗争宣言を発したことは前記判示のとおりであるが、前出乙第五十一、五十二号証、同第八十八、八十九号証(但し稲垣衛の陳述記録。その中後記措信しない部分を除く)、同第九十二号証、証人西内金馬、同安藤安一の各証言を綜合すれば次の事実が認められる。

右同日中組合の稲垣教育宣伝部長は組合の渉外部から斗争宣言の文書作成、配布を依頼されたので組合員牛込義徳、同松村繁蔵(いずれも組合の教育宣伝部員)にこれを委嘱するとともに午前十時頃安藤事務課長を通じて西内工場長に組合用務を理由に右組合員両名が午前十時五十分で早退すべき旨を届出で、同工場長が業務の都合を理由に許可を与えなかつたのに、あえて右組合員に指図して午後二時十五分早退させた。(但し西内工場長が組合の教育宣伝部員たる右組合員両名の組合用務を理由とする早退の届出に対し業務の都合を理由に許可を与えなかつたのに稲垣教育宣伝部長が午後二時十五分右組合員等を早退させた点は当事者間に争がない。)

以上がその認定であつて、乙第八十八、八十九号証の稲垣衛の陳述記録中右認定に牴触する部分は前顕証拠に照して措信し難い。原告は組合員の前記早退は原告の業務を故意に妨害したものであつて真に組合用務に基くものではない旨を主張するが、右早退の理由に関する限り前記認定を覆すに足る証拠はなく該認定によれば当時としては前記組合員には真実組合のためさし迫つて必要な事務があつたものと考える外はないから、この点の原告の主張は採用に値しない。もつともこのことから直ちに業務妨害の故意を否定すべきいわれはなく、さきに認定したところによつてもむしろ右組合員及び稲垣教育宣伝部長は原告の業務が右組合員の早退後の作業の範囲で阻害されるに至るべきことにつき認識があつたことを推量するに難くないのであつて、被告が本件救済命令の理由中でこれを否定したのは早計といわなければならない。

しかして組合員が組合用務のため早退する場合における原告の許可の要否については乙第八十四号証、同第八十八号証中田野英雄ないし稲垣衛の陳述記録には届出るだけで足り原告の許可を要するものではなかつた旨の記載があるが、右乙号証の記載は制度上の具体的根拠の解示を缺くから事柄の性質としてにわかに措信し得べきものではなく、他にはその許可を不要とする協約ないし慣行の存在を認むべき証拠はない。もつとも前出乙第九十二、九十三号証(但し第九十三号証の安藤安一の陳述記録中後記措信しない部分を除く)、成立に争のない甲第十三号証(乙第五十七号証はその写)によれば組合には専従者がないため組合役員等の早退、外出の事例が多いが、原告が、従前これを許可しなかつたのは昭和三十年八月十日熊谷勝、富周蔵及び戸田輝治が原告の本社に赴くため外出を届出た場合だけであつてその他には例がないことが認められ、乙第九十三号証の安藤安一の陳述記録中その不許可の例として同年頃牛込義徳、松村繁蔵が組合用務を理由として早退を届出た場合が挙げられているがその記載部分は前顕証拠に照して措信し難く他に右認定を動かすに足る証拠はない。

9  (懲戒処分)

原告が

イ  組合の執行委員長熊谷勝、同書記長田野英雄は前記3ないし6の行為を企画、指導したもの、

ロ  組合の教育宣伝部長稲垣衛は前記6ないし8の行為を実行したもの、

ハ  組合の統制副部長兼王子支部長藤波幸作は前記3ないし5の行為を指揮、実行したもの、

ニ  組合の副執行委員長岩沢寛は前記3ないし8の行為を企画し又は少くともこれを防止しなかつたもの、と認め、それぞれこれを理由に本件懲戒処分をなしたものであることは当事者間に争がない。

三  次に右懲戒事由の当否を検討する。

1  (二月五日の残業拒否について)

組合の王子支部組合員が同年二月五日なした残業拒否はさきに認定した事実によれば組合が原告に賃上を要求してこれを拒否されたので右要求を貫徹する目的で争議権を確立しこれに基き組合の機関が決定、指令したところに従い原告の命じた残業につき労務の提供を結束して拒否したものであつて、同盟罷業の類型に属すべき争議行為に外ならないから、特段の事情がない限り正当な組合活動というべく、もとより単純な作業放棄ないし職場離脱と同一にみるべきものではない。原告は当時争議行為についてはその決行前相手方に予告することが既に労使の慣行として確立していたが右残業拒否は斗争宣言前なんらの予告なく突如決行されたものであるから正当な争議行為ではない旨を主張する。しかしながら仮に争議予告の労使慣行が存在したとしてもありようは相手方に争議に対処する余裕を与えようというに止まり争議権の行使自体を制限するものではないと解するのが相当であるから、これに違反する争議行為といえども特に信義に反し争義権の濫用にわたるようなことがない限り直ちに違法というには当らないのみならず、原告と組合との間において少くとも右残業拒否の当時争議の決行前相手方に予告することが慣行となつていた事迹は原告の全立証を以てしても、とうていこれを認め難い。ただ前出乙第八十六号証(但し、臼田寛次郎の陳述記録部分)、成立に争のない甲第六号証(乙第九号証はその写)、原本の存在並びに成立に争のない乙第四十一号証、同第五十号証によれば原告と組合との間には昭和二十八年十一月二十一日有効期間を一箇年と定め労使双方とも予告なく争議を行わない旨の平和条項(第九十七条)を包含する包括的労働協約が締結され右協約が自動延長期間の経過により昭和三十一年一月二十一日失効したところ同年十二月二十六日右協約の趣旨を相互に尊重すべき旨の協定が結ばれたこと、これがため組合は前記残業拒否の後昭和三十二年二月二十七日以降に行つた早出、残業拒否の争議行為については書面(甲第六号証)を以て「旧協約第九十七条を尊重する立前から」予告をなしたものであることが認められるが、旧協約の尊重をうたう右協定はその性質、内容上労使慣行の成立に対する関係においてあるいはその機縁となることはあり得ても、それ以上のものではあり得ないものと考うべきところ、同年二月五日の残業拒否当時にしてみれば、事後のことは格別争議予告が事実上も行われていたというのではなく僅かに右協定が存在したというに止まるから、その一事だけではいまだ争議予告の慣行が成立したものと認めるに足りないのである。従つて原告の右主張は採用に値しない。してみると仮に右残業拒否により原告の正常な業務運営が阻害され生産に減少を生じたとしても、争議行為の当然の結果として使用者たる原告の受忍すべきところであること勿論であつて、右争議をなしたことを理由に不利益な取扱をなすことは許されるものではない。(しかして、このことは組合が原告との間において書面による残業協定を締結するに至つていたと仮定した場合においても又原告が発した残業命令が労働基準法上適法とみられる場合においても、これによつて争議の自由が制肘を受くべき筋合がない以上帰趨を異にすべきものではないから、残業協定の有無、残業命令の適否まで判断する要はないのである。)

2  (二月五日の作業場使用について)

前記塗装仕上班作業場が原告の事業施設としてその管理に属し、組合がこれを使用するにつき原告の承諾を要しないとする協約ないし慣行の存在を認め難いことはさきに認定、説示したところによつて明らかであるから、組合の王子支部組合員が同年二月五日原告の承諾なく右作業場を集会に使用したのは違法たるを免れない。しかしながらその経緯をみればこれを理由に不利益を課することは必ずしも妥当といい難い。すなわち組合が右作業場を使用するに至つたのはさきに認定したところによれば原告が組合の残業拒否の通告に対しその中止を要請するとともに前記友愛館二階講堂の使用を許可せず更には残業命令を発したため一旦開始した右講堂の使用に故障が出ることを虞れ集会の場所を右作業場に変更したものであるが、原告が右講堂の使用を許可しなかつた理由については施設管理上その必要があつたものと認むべき証拠はないのみならず、従前においては原告が組合の右講堂使用の申出に対し施設管理に差支がない限りこれを許可していたことはさきに認定のとおりであり同時に又組合が行つた残業拒否が正当な組合活動であつたことはさきに説示したとおりであるところ、原告が組合に右講堂の貸与を拒絶した当時既に組合の争議権確立の事実を知つていたことが前出乙第四十九号証、同第九十二号証、原本の存在並びに成立に争のない乙第四十七、四十八号証、成立に争のない乙第九十号証によつて認められる以上、右講堂の貸与拒絶は特段の事情がない限りその管理上の必要に基くものではなく、専ら組合活動対策の意図に出たものと認めるのが相当である。一方さきに認定、説示したように右作業場が一部を福利厚生(卓球場)に併用され且つ厚生施設(更衣、休憩室)に至る通路に当るためいきおい会場に選ばれたものであつて、その間に組合の不当な意図が介在したこと及び、その結果右作業場の管理に著しい支障が生じたことを認め得る証拠がないのであるから、組合に対する対抗策のため原告が右講堂の使用を許可しなかつたことによつて組合の右作業場使用を誘起したことを等閑にし右作業場使用が形式的に違法であることだけを捉えて不利益取扱の理由となすのはにわかに首肯し得るものではないのである。

なお、さきの認定によれば組合員は右作業場の集会において気勢を挙げ折柄近接場所で開催中の団体交渉に対する示威を行つたが、これに暴行、脅迫の行為を伴つたことを認むべき証拠がないのは勿論、右団体交渉が特に妨害されたというに足りないこともさきに説示したとおりであるから、右示威行為は正当な組合活動たるものというべきであつて不利益取扱の理由とはなし難い。

3  (二月二十六日の就業時間中の集会について)

組合の王子支部組合員が集会のため同年二月二十六日午後二時以降になした就業拒否はさきに認定した事実によれば前記1の場合と同様賃上斗争のため組合の機関が争議権に基き決定、指令したところに従い原告の命じた作業につき労務の提供を結束して拒否したものであつて同盟罷業たることは明らかであるから、特段の事情がない限り正当な組合活動というべく単純な作業放棄ないし職場離脱とは差別しなければならない。してみると組合が右就業拒否をなしたうえで集会を開催すると否とはその自由に属するところであるから、組合が右同日作業時間中に行つた集会はこれ亦正当な組合活動であるという外はない。原告は従前就業時間中の組合大会を承認した事例は争議寸前の緊迫した情勢下においてもなかつたから組合が右同日行つた集会は正当な組合活動ではない旨を主張し又さきに認定したところによれば工場長は右集会を以て就業時間中に許さるべき組合年次大会の制限回数を超えるものとしてその中止を求めたが、原告の右主張並びに工場長の集会中止要求の理由はいずれも右集会が同盟罷業中に行われた事実を看過したものであつて失当たること勿論である。従つて仮に右集会により原告の正常な業務運営を阻害したとしても、これを理由に不利益取扱をなすことは許されるものではない。

4  (二月二十六日の友愛館使用について)

前記友愛館二階講堂が原告の事業施設としてその管理に属し当時組合がこれを使用するについてはそのつど原告の許可を要するものとされていたことはさきに認定したところによつて明らかであるが、原告が同年二月二十六日組合の申出に対し右講堂の使用を許可しなかつたのはさきに認定の事実によれば右同日右講堂で行われようとした組合の集会が就業時間中に許さるべき年次大会の制限回数を超えることを理由とし右集会が違法であるという前提に立つたものであつて、それ以外に施設管理上特に差支があつたものと認むべき証拠はないから、専ら右集会の中止を目的としたものと認める外はない。ところが右講堂が組合にとり工場内唯一の集会場所であつて従前原告が組合の申出があれば施設管理に差支えない限り右講堂の使用を許可していたこと(もつとも前記2の場合は例外であるが、この場合における組合の講堂使用もあながち違法といえないことはさきに説示のとおりであるから考慮すべき限りではない)、右就業時間中の集会が正当な組合活動とみられることはさきに認定、説示したとおりであるから原告が右2の場合と同一の争議状態において右集会の中止を目的として右講堂の使用を許可しなかつたのは特段の事情がない限りこれ亦専ら争議対策と認めるのが相当である。してみると組合の王子支部組合員が右同日右講堂を使用するにあたりその施錠を取外す等特段のことがあれば又多少事情が異らないものではないが、さきに説示したようにその形跡がないのであるとすれば、右講堂の使用が原告の不許可の故に形式上違法に帰したからとてこれを以て不利益取扱の理由となすのは妥当を缺くものといわなければならない。

5  (二月二十八日の友愛館使用条件違反について)

原告が同年二月二十八日組合に友愛館二階講堂の使用を許可するにあたり使用条件を設定したのは前出乙第九十二号証によれば右講堂で行われようとした組合の集会において外部団体の指導により争議戦術が討議されることを快しとせず、これがため外来者の入場を禁止し同時に組合の集会に使用する時間を制限したものであることが認められるのであつて、それ以外に施設管理上特に使用条件を設定する必要があつたことを認むべき証拠はない。ところが原告が従前組合の右講堂使用につき入場者を制限したことがなく又使用時間も一応は限定するものの組合の連絡によつて随時延長を許していたことはさきに認定のとおりである。しかして組合が争議戦術につき外部団体の指導を仰ぐことはもとより正当な組合活動であつて使用者の介入を許すべき筋合のものではないから、彼此考え併せると原告が従前の事例に反し外部団体の集会参加を避けるためその所属員の入場を禁止し又組合の集会継続中右講堂の使用時間超過を咎めてその延長を許さない態度を示したのは特段の事情がない限り組合の活動に対する対抗策のためであつたものと認めるのが相当である。もつとも原告が右講堂の使用条件を設定するについてはさきに認定のように組合の王子支部長が承諾したのであるが、前記2及び4の場合に原告が右講堂の使用を許可しなかつた理由を思えば原告は組合が右使用条件を承諾しないときは右講堂の貸与を全面的に拒絶したであらうし、さような事情のもとにおいては組合が原告から右講堂使用の承諾を取付けるためには原告提示の条件を容れる外なかつたであらうことを推認するに難くないから、組合が右条件を承諾した一事を以て原告の講堂使用許可に関する前記のような意図を否定すべきいわれはない。さすれば組合が右同日右講堂を使用するにあたりその使用条件に違反したことが形式上違法である故を以て不利益取扱をなすのは原告自らの組合対策を省みないものであつてたやすく首肯し得るところではない。

6  (二月二十八日の工場事務室侵入について)

前記製品倉庫二階の工場事務室が原告の事業施設としてその管理に属するものであることはさきに認定の事実によつて明らかであるから、組合員か組合活動のためとはいえ右事務室に立入るには原則として原告の承諾を要するものというべきところ、組合員が同年二月二十八日右事務室に立入つたのはさきの認定によれば組合の友愛館二階講堂使用に関する原告の措置に抗議するため外来者を混え総勢約九十名を以て押入つたものであつて、その目的においてはあながち不当というを得ないにしても、その態容において会社通念上正当とはいい難く、さりとて原告の承諾があつた事実も証拠上認め難いから違法たるを免れない。もつともさきに認定したところでは原告の王子工場長は当時右事務室に在つて組合役員に出頭を求めたが、このことから直ちに一般組合員及び外来者が大挙して押掛けることまで承諾したものと推認し得る限りでないことはいうを俟たないのである。

次に右組合員等が右事務室において右工場長外、原告会社の部課長二、三名を取囲み拍手、喚声のうちに原告の措置、態度を非難したのは多衆の威力を用いていわゆる吊上げを行つたものというべきであつて暴行、脅迫にわたらなかつたにしても社会通念上正当な抗議手段とは認め難い。

さすれば右事務所立入及び吊上げの行為は原告主張のように社内秩序を紊すものとしてその責任者に対する不利益取扱の理由となしてもそのこと自体ではあながち不当といい得ないことは明らかである。

なお付言すると原告は組合員等の右行為を以て被告が本件救済命令の理由中で示したように若干程度組合のゆきすぎであつたに止まらず、その違法たるやとうてい許し難いものである旨を主張するが、右行為の違法、不当の評価についてはさきに認定、説示したところによつて明らかなように右行為が前記講堂の使用条件設定という原告の組合対策に誘発された事情をも斟酌すべきものであつて、原告の主張は右行為につき独り組合員にのみその責任があることを前提とする限り妥当を缺くものといわなければならない。

7  (三月十九日の汽罐士に対するピケツチングについて)

組合員が同年三月十九日汽罐士(非組合員)に対して行つたピケツチングはさきに認定の事実から明らかなように右汽罐士の早出就労を罷めさせる目的で汽罐室附近にピケツト・ラインを張り初めは平和的説得を試みるに止まつたが同汽罐士がひとたびピケツト・ラインの隙をみて汽罐室に入室せんとするや忽ちその前面に人垣を造り同汽罐士を押戻してその入室を阻止し結局早出就労の機会を与えず、同汽罐士の自由意思によらないで組合の早出拒否の争議行為に従わせたものであつて、その実力行使も単に偶発的に生れたものではなく機に臨んではこれを辞さない意図に出たものであるから、非組合員に行われたピケツチングであることを考え併せると争議手段として許さるべき正当なピケツチングの範囲を逸脱したものと考えるのが相当である。しかしてその結果原告の生産が阻害されたことはさきに認定のとおりであるから、右ピケツチングを以て原告主張のように社規に照しその責任者に対する不利益取扱の理由となすこと自体は首肯されないものではない。

なお原告は右ピケツチングによつて汽罐が破裂し工場が破壊される危険に曝されたと主張し組合員等の無暴を責めるが、さきに認定、説示したように右ピケツチングによる汽罐破裂の抽象的危険はともかくその具体的危険が生じたことはむしろ否定され同時に組合員等もその間の消息を計算して行動したものであるから、右ピケツチングを以て危険きわまる暴挙と断定するのは憚られる。

8  (ビラ貼りについて)

組合員がアジ・ビラ等を貼付した場所がいずれも原告の事業施設としてその管理に属し、組合がこれにアジ・ビラ等を貼付することを承認する趣旨の協約ないし慣行の存在が認め難いことはさきに認定、説示したところによつて明らかであるから、組合の教育宣伝部員その他の組合員が前記認定のように原告に無断で又は原告の取除命令や警告が発せられているのを無視してビラ等を貼布したのは違法であつて正当な争議手段といい難く従つてその責任者に対する不利益取扱の理由とされてもそのこと自体ではあながち不当ではない。

9  (組合員の早退について)

組合員が組合用務のため早退するにつき原告の許可を要しないとする協約ないし慣行の存在を認め難いことはさきに説示したとおりであるから、牛込義徳及び松村繁蔵の両組合員が同年二月二十七日早退したのは組合の用務があつたとはいえ労働者として就労する以上当然服従すべき使用者の指揮、監督を恣に離脱したものというべきであつて、もとより許されるところではなかつたのである。しかしながら原告が右早退の届出に対し許可を与えなかつたのはさきに認定のように業務の都合を理由とし更に前出乙第九十二号証、証人西内金馬の証言によれば牛込義徳が精密研磨紙製造部門において、松村繁蔵が截断部門においてそれぞれ熟練した技術を有し当時右各部門の工程上右両名が必要とされたためであることが認められるとはいえ、その必要の程度が右両名の早退を忍び難いほど、のつぴきならないものであつたことの具体的事情が明らかでないから、さきに認定、説示したように原告が従前は組合用務のためにする早退、外出を殆んど許可していたこと、ところが本件争議においては原告が前記2・4及び5の場合にみられるとおり再三組合の活動につきしきりに対抗措置を講じたこと竝びに右両組合員が早退した当日組合から斗争宣言が発せられたことを考え併せると業務の都合ないし必要が支配的理由であつたのではなく、むしろ早退の理由が組合用務にあつたことが隠された決定的理由であつたのであつて、すなわち従前の事例に反しことさらに早退に許可を与えないことによつて組合の活動を阻もうとしたものであると認めるのが相当である。一方右両組合員及び稲垣教育宣伝部長はさきに認定、説示したようにその早退後の作業の範囲で原告の業務に支障を与えることの認識があつたといつても、ことさら右早退により原告の業務を阻害することを意図したものではなく組合のためさし迫つた用務を処理せんとしてその挙に出たものであるから、彼此考量すれば稲垣衛が組合の教育宣伝部長として右早退を指図したからといつて、これを以て不利益取扱の理由となすのは必ずしも妥当というを得ないのである。

四  そこで進んで不当労働行為の成否を判断する。

これまで説示したところによれば本件懲戒処分においてその理由とされた事実中(以下前記三の符号に従う)1及び3の各行為は固有の意味において組合の正当な行為であり又右2、4、5及び9の各行為は抽象的に論ずる限り違法な行為ではあつても当該行為者に対する不利益取扱の妥当な理由とは認め難いのである。してみると原告が熊谷勝、田野英雄、稲垣衛、藤波幸作及び岩沢寛に対してした本件懲戒処分は同人らが叙上各行為の一部につき企画、指導又は実行に当つた責任者であることを理由とした限りにおいては(原告は岩沢寛に対して右9の行為の責任を問うているが、同人が右行為に関与したことを認むべき証拠はない。)就業規則の正当な適用によるものとして是認するを得ないものといわざるを得ないのである。

もつとも本件懲戒処分においては右事由の外に岩沢寛に対し前記6ないし8、熊谷勝及び田野英雄に対し右6及び7、稲垣衛に対し右7及び8、藤波幸作に対し右6の各違法行為がそれぞれ懲戒の理由とされているが、仮に右懲戒事由がその被処分者につきそれぞれ成立したとしても既に判示したとおり本件懲戒処分の理由として同人等の正当な組合活動その他必ずしも懲戒事由に値しない事実が取上げられている以上特段の事情がない限りこれを除外して処分の妥当性を論定するのはもはや無意味であつて、もとより前者が後者を払拭して懲戒の決定的理由となつたものとは到底考えられないのである。

してみると正当な組合活動に対する不利益取扱たる面を包含しこの点を無視することを許さない本件懲戒処分は被処分者全員につきそれぞれ労働組合法第七条第一号の不当労働行為を構成するものという外はない。

五  果してそうだとすれば右懲戒処分を以て不当労働行為と判定しその取消等を命じた本件救済命令は結局正当であつてなんら違法な廉はないから、これが取消を求める原告の本訴請求は理由がなく棄却を免れない。

六  よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決するものである。

(裁判官 桑原正憲 駒田駿太郎 石田穰一)

(別紙)

命令書

東京都北区神谷町一丁目七九五番地

申立人 理研コランダム労働組合

右代表者委員長 熊谷勝

東京都中央区銀座東六丁目七番地

被申立人 理研コランダム株式会社

右代表者代表取締役 竹内拡充

右当事者間の都労委昭和三十二年不第二十二号不当労働行為申立事件について、当委員会は、昭和三十三年七月三十一日第二三九回公益委員会議において、会長公益委員石井照久、公益委員所沢道夫、井上縫三郎、福良俊之、横大路俊一、塚本重頼、石川吉右衛門、出席し合議の上左の通り命令する。

主文

被申立人会社は、昭和三十二年五月二十日熊谷勝、田野英雄、稲垣衛、藤波幸作及び岩沢寛に対してなした懲戒処分を取消し、熊谷勝、田野英雄及び稲垣衛に対しては出勤停止期間中の賃金を、藤波幸作に対しては減給金千五百円を支払わねばならない。

申立人組合のその余の請求は棄却する。

理由

第一当委員会の認定して事実

一、被申立人(以下「会社」という)は、人造研磨布紙等の製造、販売を業とする株式会社で、本店を東京都中央区銀座東六丁目七番地に置き、同都北区神谷町一丁目七九五番地に王子工場を、群馬県沼田市柳町四一八番地に沼田工場を有している。

申立人組合(以下「組合」という)は右会社の従業員二百三十余名のうち百五十余名をもつて組織されている労働組合であつて、右王子工場内に本部を、本社及び右各工場にそれぞ組合支部を有している。

二、昭和三十二年一月十八日組合は会社に対し実施期日を二月一日とする月額一律千円の賃金増額を要求した。これに対し会社は、一月二十五日右要求には応じ難いが、同年一月一日付をもつて定期昇給を行うよう準備中である旨を回答し、翌二十六日右定期昇給を発令した(それは組合員については、平均八百八十円の賃金増額になつていた)。しかし組合は、昭和二十九年以来三回にわたつて賃上げを要求したがそれは実現を見ていないし、他面会社の営業成績は近時良好になつているから、定期昇給などむしろ当然のことであつて組合としては定期昇給を問題にしているのでなく右の一律千円の賃上げを要求しているのであると主張して譲らなかつた。

かくて組合は同年二月一日組合大会において争議権を確立し、同月五日から三月十八日までの間に七回にわたつて会社と団体交渉を行い、なお二月五日から三月三十日の紛争解決に至るまでの間に、次のような行為を行つた。

(1) 二月五日

会社の所定就業時間は午前八時半から午後四時十五分まで(実働七時間)であるところ、従来会社と組合との間では三カ月の期限をもつて文書による残業協定が結ばれ一日二時間程度の残業が行われていた。しかし組合は今次賃上要求に関連して行動の自由を確保するため二月一日以降については文書による残業協定を拒否していた。

かくて二月五日午後二時頃組合は会社に対し、中闘委員会編成のため職場別懇談会を開催するから同日午後四時十五分以後王子支部組合員全員約九十名残業しない旨を申し入れた。

これに対し王子工場長西内金馬は、前月作成した作業予定表どうり作業を実施するよう(二時間程度の残業となる)「業務命令」と題する文書をもつて各班長宛要請した。製造工程に直接関係のある各班長は、この文書を確認の上、各班所属従業員に対しその旨を伝達したが、王子支部組合員は午後四時十五分から残業を拒否し同工場仕上班作業場の一隅に集まり一時間半にわたつて会合を開いた。

(2) 二月二十六日

同日午前十時組合は会社に対し、同日午後二時から王子支部大会を開催するため同支部組合員全員は就業しない旨を申し入れた。これに対しても、午後二時近く西内工場長から「業務命令」と題する文書が発せられ各班長を通じてその内容は従業員に伝達されたが王子支部組合員全員は同日午後二時から作業に就かず王子工場内にある「友愛館」二階講堂に集合し、そこで約七時間大会を開いた。

なお沼田工場においても、同日午後二時から約四十名の組合員は就業しなかつた。

(3) 二月二十八日

組合は二月二十七日会社に対し闘争宣言を発し、また別に同日午後四時以降早出残業拒否を行う旨の争議予告を行つた。翌二十八日組合は、同日午後四時過ぎから組合の大会を開くため友愛館を使用したいと藤波幸作(王子支部長本部統制副部長)を通じて会社に申込んだ。その際藤波は、工場の安藤事務課長等に対し、使用時間は午後六時頃までの予定であり且つ上部団体の者四、五名位が来る予定である旨を述べた。そして組合は同館で集会を開いたが予定の午後六時を過ぎてもなお散会しなかつたので会社側は午後七時半頃藤波を工場建物の二階にある事務室に呼び寄せ注意を与えたところ、藤波は、時間が延びた点は申訳ない、また上部団体、友誼団体の者が予定を越えて六十余名来会したがこれは断るわけにもいかなかつたと答えた。これに対し会社側は「統制副部長である藤波がそんなことを知らなかつたはずはない。責任者をみんな連れて来い」と言つたので、藤波は責任者とは大会出席者全員の意味であると解して、この旨を大会に報告した。そこで組合は大会議事を中止して約八十名(組合の上部団体である関東化学労働組合傘下の組合員等を含む)が、工場建物二階の事務室に行き、工場幹部を取り囲み、会社側がかかる注意を与えたことは友愛館の使用に関する従来の慣行に反しひいては組合運動に対する不当な圧迫である旨を述べ一律千円の賃上げを要求し、労働歌を高唱するなどして気勢を挙げ、午後八時半頃事務室を引上げた。

(4) 三月十九日

同日午前五時過ぎ王子工場の気罐士高山義成(非組合員)は、一号罐に石炭を投入し、火がついたのを確かめた後用便のため汽罐室を出た。そこに組合教宣部長稲垣衛外五名の組合員が来て汽罐室通用口の前に立ち、用便を済ませて汽罐室に入ろうとした高山に対し、組合に協力するため汽罐をたかないよう要請した。そこで高山はその旨を工場長に報告した。高山からの連絡を受けて西内工場長は、間もなく現場に到着し、組合員等に対し「君達は何故多勢で業務の妨害をするのか。こういうことをすると穏かには済まないよ」と言い、稲垣は「組合の決定としてピケを張ることになつた」と言つて二、三問答を交換したが、結局工場長は一旦工場事務室に引揚げ、間もなく工場にやつて来た安藤事務課長、金子製造課長等と一緒に再び汽罐室の前に来て、更に折衝したところ組合員等は、汽罐の危険の有無を検せしめる意味で高山を除き工場長と二名の課長を通用口から入室せしめた。このとき課長等は正面大戸のくぐり戸の栓を内側からはずし一旦通用口から外に出て、引揚げるようにみせながらそとで待つていた高山に目くばせをした上高山と一緒にくぐり戸に向つてかけ出したので、組合員は直ちにくぐり戸の入口に人垣を造つて高山の入室を拒否し一悶着がおこつた。しかし結局午前八時半頃組合員が退去したので、高山は汽罐室に入つて汽罐をたき始めたが、汽罐の圧力が正常度に達して工場の作業が順調に開始されたのはそれから約三時間後のことであつた。

(5) その他

稲垣衛教宣部長は、二月十四日、同二十七日及び三月一日の三回にわたつて、ビラ及び宣伝文を貼るために定められた場所以外のところすなわち王子工場正面その他の塀や事務所の外壁、友愛館広間の内部に多数のビラ及び宣伝文を貼りつけた。また牛込義徳外一名(いずれも教宣部員)が二月二十七日組合用務(近隣の友誼団体、上部団体に闘争宣言を配布する用件)のための早退を申出たのに対し、西内工場長は作業上の都合によつて許可を与えなかつたが、稲垣は、右両名に午後二時十五分から早退を実行させた。

三、会社は、組合のかかる行為に対し組合幹部は責任を負うべきであるとして、五月二十日組合幹部五名に対してそれぞれ次のような懲戒処分を行つた。

(イ) 委員長 熊谷勝 五月二十一日から十日間の出勤停止(組合の前項(1)(2)(3)(4)の行為に対する企画、指導、実行の責任者として)

(ロ) 書記長 田野英雄 右熊谷に同じ

(ハ) 教宣部長 稲垣衛 同月二十一日から五日間の出勤停止(組合の前項(4)(5)の行為に対する責任者として)

(ニ) 王子支部長、本部統制副部長 藤波幸作 五月分給与中から千五百円の減給(組合の前項(1)(2)(3)の行為に対する指揮、実行の責任者として)

(ホ) 副委員長 岩沢寛 戒告(組合の前項の各行為に対する企画に関与したこと、あるいは少くともそれらの行為を防止しなかつたことにつき責任があるとして)

審査の結果以上の事実が認められる。

第二当委員会の判断

申立人組合は、前記各懲戒処分は被処分者の組合活動を理由とする不利益な取扱いであり、また組合活動を活溌に推進せしめている被処分者等を懲戒処分に付することによつて組合の運営に介入しこれを支配して組合の活動を微弱ならしめようとする不当労働行為であると主張し、当委員会に対し、前記各懲戒処分を取消し、出勤停止期間中の賃金及び減給された賃金を支払い、さらに会社は救済内容を会社の各事業場の見やすいところに一週間掲示しなければならないという救済命令を求めた。

これに対する会社の主張は、組合の行動は従来も違法な点がかなりあつたが、今次の一連の行為は特に違法の度が強く労働組合法第七条は「労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて」労働者に対し不利益取扱をした場合に不当労働行為が成立する旨を規定しているのであつて、違法行為を理由とする懲戒処分が不当労働行為となるという趣旨のものではないので、会社は従来からの組合の同種の違法行為について、その都度厳重に抗議し警告してきたのであるが、組合はこれを改めることなくかえつて違法行為を強化してきたので、やむなく今回の懲戒処分を行わざるを得なかつたというにある。

以下双方が争つている主要な点について判断する。

一、二月五日の件

(1) 残業拒否

会社の所定就業時間は午前八時三十分から午後四時十五分まで(実働七時間)であることについては当事者間に争いがない。

午後四時十五分以後の就業については、組合は、当時会社と組合との間には何等の残業協定もなかつたから、会社が業務命令を出して残業を強制することは組合活動を威かく制限する目的でなされた違法のものであると主張する。これに対し会社は、労働基準法所定の書面による超過勤務協定はなかつたが、組合は口頭で超過勤務を承認していたし、また現実に二月一日以降の超過勤務は行われていたと主張する。

会社は毎月その翌月の作業予定表を作成し、これを各班長に伝え、各班長から従業員にその内容が伝達されていたことが明らかであり二月度作業予定表によつても大体毎日一時間乃二時間の時間外勤務が予定されていたのであるが、組合に争議行為の自由を保持するためにことさら超過勤務に関し書面による協定を締結しなかつた。かように残業協定が締結されていない以上、たとえ業務命令が発せられたとしても、それを組合が拒否すると否とは全く任意であり、ことに二月五日は前記一律千円の賃上要求に関する第一回の団体交渉が開かれる日であつたことを思い合わせるとき、組合は今後の交渉を有利に導くため残業拒否をしたものであるとさえ認められる。会社としては突然の残業拒否によつてその対策樹立に困難をきたしひいては生産が若干減退したといつても二月一日に争議権が確立されている事情の下においてはやむを得ないことである。

(2) 仕上班作業場の使用

組合員が会社に無断で約一時間半仕上班作業場の一隅で会合を開いたことに対して、会社はこれを不法占拠、所有権侵害という言葉をもつて非難しているが、組合は会社の従業員が就業時間後において右作業場(その近くにはピンポン台があつて厚生施設として利用されておりまた従来組合の集合にはしばしば利用されていた)を使用したことは違法ではないと反論している。

思うにこの場合は、当日の団体交渉に若干の圧力をかける意味もあつて団体交渉の場所に比較的に近接していたこの場所が会合のために選ばれたものと認められ、会社側においてもその時直ちに組合に対して退去要求をなした事実も認められないので、後に至つてそのことを非難するのは当を得ていない。

二、二月二十六日の件

(1) 就業時間中の支部大会

会社は組合が作業時間中に支部大会を開いたことを違法であるとしているが、当時情勢は前段認定の通り相当緊迫しており、しかもいわゆる業務命令が発せられたのは大会開催予定時刻である午後二時間近のことであり、かつ従来もこのような争議行為寸前の場合、就業時間中の組合大会は認められていたことに徴するときは、組合の行つたこの行為をあながち不当と解することはできない。

(2) 友愛館の使用

会社側は、組合は友愛館を無断で使用した違法があるという。安藤事務課長の証言によれば、右友愛館の使用許可をしたことはなく殊に階下正面入口の錠は当時かかつていたので、組合員は恐らく二階講堂に隣接した組合の事務所との間の引戸のところから講堂に入つたであろうとのことであるが、これに対し組合は会社から友愛館使用の許可を得て守衛所から鍵を借りて入場したと主張する。

本来会社の所有管理に属するものについては、会社が明確にその使用を規制する意思を表示する場合には従業員は会社の規制に従うべきことは当然であるが、友愛館の使用は従来もしばしば組合から会社に使用願を提出するだけでその使用が認められていたのであり、また前記(1)のような緊迫した事情であつたから、今回の使用についてたとえ会社の許可がなかつたとしても、これを不法占拠であると非難するのは当を得ない。

三、二月二十八日の件

当日友愛館の使用願を受理するに際して会社は、藤波幸作に対し使用見込時間及び外来者の数の見込を確かめたこと、および右の時間及び外来者数について相当の見込違いを生じたので、会社が藤波に対し注意を与えたことは前段認定のとおりである。このことが動機となつて多数の組合員が工場事務室におもむいて工場幹部を取り巻き相当けん騒な状態のもとに気勢を挙げたことは、若干組合の行き過ぎであつたとも認められる。

四、三月十九日の件

会社は汽罐士高山が約三時間汽罐の状態を直接監視するることができなかつたのでその間非常に危険な状態にさらされたと主張している。しかし、問題の起つた時刻は高山が早期に汽罐をたき始めたばかりの時であり、なお組合員等は工場長等の要求に従つて同人等を汽罐の点検のため汽罐室に入室せしめているくらいであるから危険の点については会社の非難は採用し難い。

次に会社は、組合は汽罐士高山が汽罐室に入ることを妨げその業務を妨害し、ひいては工場の作業開始を約三時間おくらせ、会社に多大の損害を蒙らせたと非難するのに対し、組合はこの日の事件は斗争の実効を挙げるためになした正当なピケツト権の行使であると主張する点について判断する。

非組合員たる高山に対し組合側が最後にくぐり戸の入口でピケツトを張つた点は平和的説得の範囲をやや逸脱しているものとも認められるが、このピケツトも、課長等の前段行動によつて、いきおいそうなつたものと認められる。また組合側が当初からこのような平和的説得の範囲を超えるようなピケツトを企図していたものであるということもできない。

五、その他

会社所定の場所以外にみだりにビラ等を貼ることは、たとえ、在来不問に付されていたにしても、本来許されない行為であることは当然である。

また、組合員は組合活動の自由を有するとはいつても被用者である面においては就業時間中には就業することをもつて第一義とすべきである。従つて組合員に前段認定のような早退を実行させたことは妥当ではないが、この早退は組合が会社に対し闘争宣言を発したというような重大な日に行われたことで真に組合用務のためであつて故意に会社業務を妨害するためのものであつたとは認めがたい。

六、これに要するに、今次一連の事象において、組合活動としては、若干のゆきすぎのあつたことが認められ、会社側でそれらの行為を理由に、何等かの懲戒的措置に出ることは肯認出来ないわけではない。しかしながら前記認定の事実を綜合して判断するとき組合の重要な役職にあつた最も活動的分子を対象にした本件のような内容の懲戒処分は、当然にこれを肯認せしむるものがなく、かえつて活溌な組合活動を忌避し、これを阻害するための懲戒処分であつたと認めるのが相当である。

以上の次第であるから、本件懲戒処分は労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為を構成するが、いわゆるポストノーテイスに関する請求は認容する必要がないと認める。

よつて当委員会は労働組合法第二十七条および中央労働委員会規則第四十三条により主文のとおり命令する。

昭和三十三年七月三十一日

東京都地方労働委員会

会長 石井照久

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例