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東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)2155号 判決 1960年6月13日

申請人 石関時男

被申請人 梶フェルト工業株式会社

主文

申請人の本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

申請人代理人は、「申請人が被申請人の従業員たる地位を有することを仮に定める」との裁判を求め、

被申請人代理人は主文第一項と同旨の裁判を求めた。

第二、申請の理由

一、申請人は昭和三一年四月被申請人に雇傭され、昭和三四年二月一五日まで被申請人の千住工場で、以後同じく向島工場で、工員として勤務して来たものであるところ、同年五月七日被申請人から文書によつて、被申請人の就業規則第二二条第二号にいわゆる「業務上の都合によるとき」にあたるという理由で解雇する旨の意思表示を受けた。

二、しかし、右解雇理由は単なる口実にすぎず、被申請人の申請人に対する解雇の意思表示は、申請人が労働組合を結成し、あるいは正当な組合活動をしたことを真の理由にしたものである。すなわち、

(一)  申請人は被申請人の従業員でもつて組織する「梶フエルト振興会」(以下単に振興会という)という親睦団体の会員であつたが、振興会の青年会員の集りである青年部の中心となつて、同会を労働組合に組織変えするため、昭和三三年九月頃規約の改正を同会の役員会に提案し、自らも新規約の起草委員の一人に選ばれた。右起草委員の作成した新規約の草案は同年一〇月一八日振興会の臨時総会において可決され、かくして振興会は労働組合となつたのである。

(二)  昭和三四年二月一五日に開かれた振興会の定期総会において、申請人はその役員に選出されると共に、その頃役員会において書記に選任され、積極的に以下のような組合活動をした。

(1)、振興会の書記として、皆勤手当、技能手当及び作業手当の改善、メーデーへの参加、従業員の生活調査、交通費の獲得等の問題を積極的に役員会の議題として取り上げた。

(2)、昭和三四年三月七日頃振興会の役員であつた田中信一、田中安一らと共に、メーデーに参加するため四月二九日の休日を五月一日に振り替えてもらうこと、皆勤手当、技能手当、作業手当の改善に関する要求について、被申請人の向島工場次長梶進と交渉した。

(3)、同年四月中旬、被申請人と振興会との間に、被申請人の従業員に対する交通費支給について一応の了解ができたにつき、申請人は振興会から委託されて、その具体的金額の調査にあたつた。

(三)  被申請人の工場の従業員は四五名という小人数であり、また振興会の役員の中には被申請人の幹部と親しい者もいたため、被申請人は申請人の右のような活動を熟知していたのである。

(四)  被申請人の申請人に対する解雇の意思表示は、労働組合を嫌悪する被申請人が、申請人において前記のように労働組合を結成したこと及び組合活動を活溌に行つたことを真の理由とするものであるから、労働組合法第七条第一号にあたる不当労働行為であつて、公序良俗に反し無効である。

三、してみれば申請人は引きつづき被申請人の従業員たる地位を有するものであるところ、被申請人においてこれを認めようとしないので、申請人は被申請人に対し、雇傭関係存在確認等の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その判決確定までの間被解雇者として取り扱われることは、賃金のみによつて生計を営まざるを得ない申請人にとつて著しい損害を生ぜしめるおそれがある。

第三、申請の理由に対する被申請人の答弁と解雇理由に関する主張

一、申請の理由第一項の事実並びに同第二項の事実中、被申請人の従業員が振興会という親睦団体を組織していたこと及び申請人がその会員であつたことは認めるが、振興会が労働組合に組織を変更したこと、被申請人の申請人に対する解雇が不当労働行為にあたること、及び本件仮処分の必要性の存することは否認する。その余の事実は不知である。

被申請人は申請人の主張するように振興会の規約が改正されたことを本訴提起後に始めて知つたのであるが、それはともかく右規約改正後も従前どおり振興会に毎月二千円の経費援助の外適宜金銭的補助を与えていたのであつて、この点からいつても、同会は労働組合とみるべきものではない。

二、被申請人は申請人に以下にのべるような行為があつたところから、申請人を解雇したのである。

(1)、出勤が不正確で、解雇当時までに、昭和三一年一二月六日、同月七日、昭和三二年五月一日、同年八月一九日、昭和三三年五月一日、同年六月二四日、同年八月四日、同月五日、昭和三四年三月一七日、同年四月一七日の一〇日にわたり無断欠勤したのみならず、一ケ月の半分位は遅刻し、しかもその遅刻は故意にしているのではないかと疑われる節さえあつた。

(2)、仕事に熱意を欠き、上司の注意を無視して勤務時間中にみだりに腰を下して休憩することがしばしばであつた。

(3)、大部分の従業員が残業によつて営業成績を上げざるを得ない被申請人の財政的状態を理解して残業に協力しているのに、ひとりこれを拒否したのみならず、他の従業員をそそのかして残業を拒否させた。

(4)、上司に対してことごとに反抗的で統制を乱すことが多かつた。

(5)、同僚に対して非協調的で理屈が多く、職場の明朗性を阻害することがはなはだしかつた。

以上のような申請人の性格態度は、被申請人のような小規模な家族的零囲気の職場の従業員として不適格であるのみならず、右(1)ないし(3)の事由は、被申請人の就業規則によれば懲戒解雇の理由にもあたるのであるが、被申請人は申請人の将来を顧慮して通常の解雇をしたのである。

第四、被申請人の主張に対する申請人の反駁

(1)、振興会は被申請人から一切金銭その他の援助を受けていない。被申請人の主張する毎月二千円の補助は従業員の野球チームに対するものである。

(2)、申請人が被申請人主張のとおり一〇日にわたり欠勤したことは争わないが、いずれも事前又は事後に被申請人の承認を得ていたものであり、また遅刻については、千住工場に勤務中電車の遅延によつて月に二、三度一、二分遅刻することはあつたが、実質的に仕事の妨げとなつたことはないし、向島工場に転勤後は一度も遅刻したことはない。

(3)、被申請人が、その従業員に対して残業を義務づける根拠はない。また申請人が他の従業員より多く残業を拒否したことはない。

(4)、その他申請人には、被申請人が解雇理由として主張するような事実は全く存在しない。

第五、疎明資料<省略>

理由

一、申請人が昭和三一年四月以来被申請人に雇傭されていたところ、昭和三四年五月七日被申請人から書面により解雇の意思表示を受けたことは、当事者間に争いがない。

二、申請人は被申請人のなした解雇の意思表示が不当労働行為にあたり無効であると主張するので、この点について判断する。

(一)  振興会の親睦団体から労働組合への改組

被申請人の従業員が振興会と称する団体を結成していたこと、申請人がその会員であつたこと及び振興会が少くとも昭和三三年九月頃まで親睦団体であつたことについては当事者間に争いがない。弁論の全趣旨から真正に成立したものと認める甲第二号証、証人田中信一の証言により真正に成立したものと認める甲第六号証、証人田中信一、同岩佐敏夫、同田中安一、同尾山正雄の各証言並びに申請人本人尋問の結果(但し、証人田中信一、同田中安一の各証言中後掲採用しない部分を除く。)を綜合すると、申請人その他振興会の青年部に所属する同会の会員はかねてから振興会が単なる親睦団体に止まり、被申請人の従業員の組織する労働組合のないことに不満を抱き、昭和三三年九月頃同会の規約を改正してこれを労働組合に組織変えしようとする運動を起した結果、その頃同会の役員会において新規約の起草委員として申請人ら三人が選ばれ、その起草になる新規約の草案が同年一〇月一八日頃同会の臨時総会で一部修正の上可決され(当時振興会の規約が改正されたこと自体は、被申請人の争わないところである。)この規約改正により振興会は被申請人の従業員中その利益を代表する者並びに工場次長及び入社後二ケ月未満の者以外を会員とし、会員の自主的な団結及び団体交渉権を確立し、その労働条件の維持改善及び社会的経済的地位の向上を図ることを目的とすることになつたが、年配者の会員の反撥を招くおそれもあつたところから労働組合と改称することをことさら避けて、従来どおりの名称を用いることにしたこと、その後振興会は、被申請人に対して、昭和三三年一二月頃の年末手当の支給について、昭和三四年三月初め頃技能手当の同年一月に遡つての支給及び同年四月二九日の休日をメーデーの当日に振り替えてもらうこと等について要求するため、会長田中信一が工場長大塚耕三と折衝する等の活動をしたことのあることが認められる。

前掲証人田中信一、同田中安一の各証言中右認定に反する部分は採用できない。

以上認定の事実によると、振興会は前示規約の改正により労働組合に改組されたものとみるべきである。

ところが被申請人は、振興会に対しては、その規約改正後においても被申請人から毎月二千円の経費援助の外、適宜金銭的補助が続けられていたのであるから、振興会が規約の改正によつて労働組合となつたものとはいえないと主張する。しかしながらそのような事実を認め得る疎明はない。たゞ証人田中信一、同田中安一、同大塚耕三、同中島幸男の各証言によると、被申請人からかねて振興会に対しその野球部の費用その他の厚生資金にあてるため毎月なされていた二千円ずつの寄付が前記規約改正後においても継続されたことが認められる(この認定に反する証人岩佐敏夫、同尾山正雄の各証言は採用できない。)けれども、振興会が規約改正後に右のような寄付を被申請人から受けていたからといつて、前述のような改組による労働組合たる資格の取得を否定されないことは、労働組合法第二条第二号但書の規定に照らして明白であるといわなければならない。

(二)  振興会の労働組合への改組について申請人の果した役割及び申請人の組合活動

申請人が振興会の青年部々員として、同会を労働組合に改組するための運動に加わり、そのための規約改正の起草委員の一人に選ばれたことは、先に認定したとおりであるが、前掲甲第二号証、証人岩佐敏夫、同尾山正雄の各証言並びに申請人本人尋問の結果を綜合すると、振興会の青年部は、同会の労働組合への改組の前後を通じてその運営の中心勢力であつたが、申請人は、青年部の部員の中でも特に積極的に活動していたところから、昭和三四年二月に開かれた振興会の総会で行われた役員選挙において最高点で当選し、更にその頃役員会で書記に選任され、爾来熱心にその職務の遂行に当つていたことが認められる。

(三)  申請人の組合活動等に関する被申請人の認識及び被申請人の申請人に対する解雇の理由

証人田中信一、同田中安一、同大塚耕三、同中島幸男の各証言によると、振興会の規約が叙上のように改正されたことについては被申請人に何らの通告もなされたことがなく、被申請人は本件仮処分申請がなされてから始めてその事実を知つたのであり、かつ、振興会が被申請人と交渉をする場合には前記規約正後においても、主に会長の田中信一がその衝に当り、必要に応じて工員の職、組長が討議に加えられることもあつたが、このような交渉の方式は従前と特に差異がなく申請人が振興会と被申請人との交渉に参加する等の表立つた活動をして被申請人の注意をひいたようなことはなかつたことが認められ、この事実からすると、被申請人は、振興会が規約改正によつて労働組合に組織変えされ、申請人が労働組合としての振興会のために活動していたことを、申請人に対して解雇の意思表示をした当時知つていたものとは到底解されないのである。

ところで被申請人の申請人に対する解雇の意思表示が被申請人の就業規則第二二条第二号にいわゆる「業務上の都合による」ことを理由としたものであることは、当事者間に争いがないところ、証人大塚耕三、同中島幸男の各証言によるときは、被申請人が申請人に右のような解雇の理由があると判断したのは、申請人が遅刻、欠勤も多く、勤務成績も思わしくない上、被申請人の業務に協力的でなかつたということを根拠としたものであることが認められるのであるが、申請人が被申請人から解雇の意思表示を受けるときまでの間において、被申請人の主張するとおり一〇回に亘つて欠勤をしたことのあることは、申請人の争わないところであり、証人田中信一、同田中安一、同大塚耕三の各証言を綜合すれば、右の欠勤はすべて無断でなされたものであるばかりか、申請人は作業開始時間に遅刻することがしばしばあつた外、就業中勝手に腰を下して休んだりすることもあつて、勤務の態度も成績も余りよくない上に、残業をすることも最も少い部類に入つていたことが認められる。証人岩佐敏夫、同尾山正雄の各証言及び甲第二、三号証中申請人の勤務態度等に関する部分で右認定に反するものは採用しがたい。

してみると被申請人が前示就業規則の規定に照らして申請人を解雇すべきものと判断したことについては、それ相当の理由があつたものとみるべきであり、このことに、叙上のとおり、被申請人が当時申請人の組合活動につき認識するところがなかつたという事情を考え合わせるときは、被申請人が労働組合に改組さされた振興会の活動を封ずるため、その中心に立つていた青年部のリーダーと目される申請人を解雇したものであるとの趣旨の甲第二号証中の記載及び証人岩佐敏夫の証言並びに申請人が日本民主青年同盟に加入して社会科学の勉強をしていたことがその解雇理由の一になつているものと思われる旨の証人岩佐敏夫、同尾山正雄の各証言はいずれも採用するに足りないものといわざるを得ない。

これを要するに、被申請人の申請人に対する解雇が被申請人の不当労働意思に基くものであるとの点については疎明がないものといわなければならない。従つて右解雇の意思表示が不当労働行為にあたるものとして無効であるとする申請人の主張は理由がない。

三、以上のとおりであつて、申請人の本件仮処分申請はその被保全権利について疎明がないのみならず、保証を立てさせることによつて本件のような仮処分を命ずることも相当でないと考えるので、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 石田穰一 北川弘治)

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