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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)10028号 判決 1961年4月26日

原告

浜幸子

外二名

被告

株式会社大沢製作所

外一名

主文

被告らは各自原告浜幸子に対し金一四二万二六六〇円、原告浜マツに対し金五万円、原告浜竹次郎に対し金三万円を支払うべし。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分にかぎり、各被告に対しそれぞれ原告浜幸子は金二〇万円、原告浜マツは金二万円、原告浜竹次郎は金一万円の各担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

一、原告ら訴訟代理人は、「被告らは各自原告浜幸子に対し金三〇二万五二八〇円を、原告浜マツに対し金四〇万八〇七四円を原告浜竹次郎に対し金三〇万円を支払うべし。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因及び被告らの主張に対する答弁として次のとおり述べた。

原告浜幸子及び同浜マツは昭和三三年六月八日午前一〇時三〇分ごろ、東京都大田区馬込町東四丁目一七番地先第二京浜国道の幅約二五米の横断歩道を東側から西側に向け直角にわたりかけ、ほぼその国道中央部に達したところ、右両名の左方約三〇米の国道上を時速約四〇粁の速度で被告会社所有、被告会社取締役兼自動車運転手被告椛沢実の運転するプリンス五八年型自家用小型貨物自動車(四も〇九二三号)が、被告会社の輸出用光学機械をのせて事故現場に向け北上進行してきたので、右原告両名は、その場で停止して右車の通過を持つていたところ、このような場合、自動車運転者たる者は横断歩道上にある通行者があわてたり、まよつたりして不測の行動に出ないともかぎらないので、よくその動向に注意し、両者の間隔を考え、速力を減じ、必要に応じては一旦停車の措置を講ずる等事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、被告椛沢実はなんらこのような措置に出ることなく漫然同一速度で右車の運転を続け、右原告両名に近接してはじめて衝突の危険を感じ急停車の措置をとつたが、時すでにおそく、路面が雨上りでぬれていたためスリツプし、ついに原告幸子に対しては右車体を腰部に激突せしめたうえ左右大腿部を轢過して約四米先の路上にはねとばし、頭部挫傷及び挫創、頭蓋内出血、脳損傷、左大腿複雑骨折、顔面挫創、左上膊挫傷、右大腿挫創、筋断裂、精神障碍を伴なう重傷を負わせ、原告浜マツに対しては衝突のうえ右車の左側に顛倒せしめ、頭部及び左肩胛部挫傷鎖骨★裂骨折等の重傷を与えた。被告椛沢実は直接の加害者としてまた被告会社は本件が自己のために自動車を運行の用に供する者が、その運行によつて生ぜしめた事故であるから、自動車損害賠償保障法第三条により、仮りに同法の適用がないとしても、右事故は被告椛沢が被告会社の業務の執行につき生ぜしめたものであるから民法七一五条により、各自原告らに与えた次のような損害を賠償する義務がある。すなわち、

(一)  原告浜幸子のこうむつた損害

(1) 得べかりし利益  原告幸子は事故発生当時二六歳であつて、昭和二九年七月厚生省発表の平均余命年数表によれば、二六歳の女子の平均余命は四四・三〇歳であるところ、同人は事故当時東京都渋谷区宇田川町七六番地所在のキヤバレー新世紀に、舞踊歌手として勤務し、月収は金三万円、これから月額生計費金一万円を控除した残額金二万円の利益を得ていたが、本件事故によりこうむつた傷害により右勤務を続け得ないこととなり、月額二万円の得べかりし利益を失うにいたつた。そして原告幸子は右余命年数のうち少くとも五〇歳までは右職業により右と同等の収入を得べきものといい得るから、結局今後二四年間合計金五七六万円の得べかりし利益を喪失したものというべく、これを一時に請求するものとしてホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すれば金二五九万二〇〇〇円となる。

(2) 本件受傷により支出した諸費用額

(イ)原告幸子は右事故直後その傷害の治療のため、東京都大田区池上本町二一〇番地松井病院に入院し、同年一二月二〇日まで治療を受け、入院費用として金一四万七四六一円の支出を余儀なくされたが、そのうち被告椛沢実が金八万円を原告幸子に交付したので、原告幸子はこれを右入院費用に充当したから、結局残額金六万七四六一円を自ら支出し,(ロ)そのさい入院生活に必要な日用雑品購入費として金一二五〇円、(ハ)さらに右傷害につき検診を受けるため東邦大学で受けた治療費として金四〇〇円、(ニ)川原氏宅へ宿泊した御礼一〇〇〇円をそれぞれ支出し、(ホ)さらに原告幸子は右事故により独立して生計を営み得なくなつたため、福岡県行橋市の実家に帰郷せざるを得ないこととなり、その交通費として金三万〇〇八〇円、(ヘ)さらに帰郷後右事故による傷害の治療のため、九州労災病院でうけた治療費金三一八九円、(ト)右受傷の治療費としてマツサージ療法をうけた費用として金二万九六〇〇円、(チ)右事故による歯科診療費として金三〇〇円の支出をそれぞれ余儀なくされ、以上合計金一三万三二八〇円相当の損害をこうむつた。

(3) 慰藉料

原告幸子は原告竹次郎同マツの長女であつて、幼時から日本舞踊をたしなみ、また歌唱にもすぐれ、昭和二四年郷里の高等女学校を卒業し、将来も多幸を約束されていたにもかかわらず、本件事故によりほとんど廃人同様となり、もはや右幸福を享受しえなくなった。その精神的苦痛の慰藉料は金三〇万円が相当である。

(二)  原告浜マツのこうむつた損害

(1) 得べかりし利益

原告マツは事故発生当時六二歳であつて、前記平均余命年数表によれば、六二歳の女子の平均余命は一五、一五歳であるところ、同人は当時鉄道産業組合に勤務し月収金六〇〇〇円、これから右マツの月額生計費三〇〇〇円を控除した残額金三〇〇〇円の利益を得ていたのであるが、本件事故によりこうむつた傷害のため、右勤務を続け得ないこととなり、結局月額金三〇〇〇円の得べかりし利益をうしなうにいたつたところ、同原告は右余命年数のうち少くともなお四年間は、右職業により右と同等の収入を得べきものというべきであるから結局原告マツは合計金一四万八〇〇〇円の得べかりし利益をうしなつたものであり、これを一時に請求するものとして、前同様中間利息を控除すれば、金一一万九五二〇円となるが、同原告は昭和三五年一一月一六日訴外共栄火災海上保険相互会社から自動車賠償保険金として金一万一四四六円を受領したから、これを控除した金一〇万八〇七四円が右損害である。

(2) 慰藉料

原告浜マツは自ら本件事故による傷害の苦痛と、原告幸子の母として幸子の負傷と後遺症によつて精神上の苦痛を味わい、その慰藉料は金三〇万円が相当である。

(三)  原告浜竹次郎のこうむつた損害ー慰藉料

原告浜竹次郎は原告幸子の父、原告マツの夫であるが、原告幸子、同マツが本件事故により前記のような各傷害をうけ、ために自ら精神的な苦痛をうけた。その慰藉料は金三〇万円が相当である。

よつて原告浜幸子は被告らに対し各自右(一)の(1)(2)(3)合計金三〇二万五二八〇円の、原告浜マツは被告らに対し各自右(二)の(1)(2)合計金四〇万八〇七四円の、原告浜竹次郎は被告らに対し各自右(三)の金三〇万円の各支払を求める。

被告らの抗弁事実はすべて否認する。被告椛沢実が原告幸子の松井病院入院費のうち二三万七八二〇円を支払つたとしても、原告幸子の請求する損害はその余のものである。

二、被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

(一)  原告ら主張の自動車が、原告ら主張の日時に、原告ら主張の場所において原告幸子、同マツに衝突した事実はみとめるが、右自動車の運行が被告会社のためにするものであること、原告らがそれぞれその主張のような各損害を受けたことは否認する、その余の事実はしらない。

(二)  被告会社には本件事故による賠償義務はない。被告椛沢は当日被告会社工場の一部にある訴外マクロ光学株式会社から同会社の輸出望遠鏡の運搬をたのまれ、被告会社の車でこれを運搬したものであり、これは被告会社の業務執行とは関係なく、被告会社のためにしたものでもない。

(三)  被告椛沢には本件事故につき過失はない。被告椛沢は本件自動車運転中右側前方およそ二五・六米さき道路の中央辺に原告ら二人が立ち止つていたので、車の通過を待つているものと思い、その前を通過しようとしたところ、およそ一四・五米に迫つたときその中の一人が突然左にとび出したため、被告椛沢は危険を感じ急停車の処置をとつたが、降雨のためスリツプし、車は右斜前方に横すべりのまま進行して原告らに衝突したのである。かかる状況下においては被告椛沢のとつた処置は自動車運転者として正当なもので過失はない。降雨のためのスリツプは不測のものであり、不可抗力というべきである。

(四)  原告らには本件事故発生につき過失がある。すなわち、京浜国道のような交通量の多い道路を横断するときは道路中央で立止つてはならないし、止むを得ないときでも自動車の運行については自らたえず注意を払うべきであるにかかわらず、原告両名はその注意を怠り、被告椛沢実の自動車が目前に迫つてきたことを確認せず、あえて横断の行動に出たのは、その過失であるから、損害額についてしんしやくさるべきである。

(五)  被告椛沢実は、原告竹次郎に対し、すでに損害金として金三万二〇〇円を支払い、また原告幸子の松井病院入院費用として、すでに金二三万七八二〇円を支払つたので、いずれも、原告幸子の損害額から控除さるべく、さらに原告浜マツの松井病院における治療費六万七四六一円の債務については被告椛沢において債務引受をしたので、右金額は原告らの損害額から控除さるべきである。

三、立証(省略)

理由

一、原告浜幸子、同マツが、昭和三三年六月八日午前一〇時三〇分ごろ、東京都大田区馬込町東四丁目一七番地先第二京浜国道の幅約二五米の横断歩道の中央部において、被告会社所有、被告椛沢実運転のプリンス五八年型自家用小型貨物自動車(四も〇九二三号)と衝突したことは、当事者間に争がない。

二、成立に争のない甲第二号証の一、二、同第三、第四号証、同第六号証、原告浜竹次郎本人尋問の結果により成立をみとめるべき甲第五号証の一ないし三の各記載、原告浜マツ、被告椛沢実各本人及び被告会社代表者椛沢秀雄各尋問の結果をあわせると、被告椛沢実は被告会社の取締役兼自動車運転者であるが、右事故当日、訴外マクロ光学株式会社(これと被告会社との関係は後述する。)の荷を積んだ右貨物自動車を運転して現場にさしかかつたさい、たまたま原告幸子、同マツの両名が右京浜国道横断歩道を向つて右から左に横断中、車の接近に気づいて道路のほぼ中央に立ち止つているのを約三〇米手前からみとめたが、同人らがそのまま車の通過を待つものと軽信し、なんら減速徐行等の処置をとることなく漫然時速約四〇粁の速度のまま両名の前面を通過しようとしたところ、たまたま原告マツが車の接近に動揺し、わずかに前方に進出しようとしたので、あわてて急ブレーキをかけたが時すでにおそく、かつ雨上りのため車がスリツプし、ついに原告浜幸子、同マツに右車を衝突、同人らをはねとばした上、これに原告ら主張の各傷害を与えたことをみとめることができる。

右認定に反する証拠はない。

ところで、この第二京浜国道のような交通量の多い道路上で横断歩道のある場所を進行するときは、自動車運転者たる者は常に前方を注視し、他の車や通行人の動作に注意するとともに、とくに横断歩道上に進入しある通行人をみとめるときは、その動向に特別の警戒を怠らず、必要に応じ減速徐行する等の措置をとり、万一これら通行人が車の接近にあわてて不測の行動を起しても、十分これに対処し得るよう配慮し、もつて事故を未然に防止すべき業務上の注意義務を負うものであるが、右に認定した事実によれば、本件事故は被告椛沢実がこの注意義務を怠り、減速徐行等の処置をとることなく漫然前記地点を通過しようとしておこしたものであり、その過失に基くことが明かである。たまたま降雨のため車はスリツプしたけれども、このことは被告椛沢が前記の注意を怠らず、その措置をあやまらなければ十分防止し得たものと解すべきであるから、これをもつて不可抗力ということはできない。しからば、被告椛沢が当然その直接の加害者として右不法行為にもとづく損害賠償の責に任ずべきことは明らかである。次に被告会社が自己のために自動車を運行の用に供する者であることが自明であるが、被告椛沢の本件自動車の運転は訴外マクロ光学株式会社の品物を運搬するためにしたものであることは前記のとおりである。しかし成立に争のない乙第一第二号証の各記載、被告椛沢本人及び被告会社代表者各尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、右マクロ光学株式会社は被告会社の分工場の一部にあり、被告会社代表者椛沢秀雄は右会社の取締役であり、両者は密接な関係にあり、被告会社は右訴外会社が被告会社の自動車を使用することを承認していたものであるから、本件自動車の運行による事故もまた結局において自己のために自動車を運行の用に供する被告会社がその運行によつて生ぜしめた事故というべきであり、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により被告実が原告らに与えた身体の傷害についての損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

三、よつて本件不法行為によつて原告らのこうむつた損害の額について判断する。

(一)  原告幸子のこうむつた損害

(1) 得べかりし利益の点

成立について争のない甲第一号証の一、二の記載、証人奥田敏雄の証言及び原告幸子、同マツ、同竹次郎各本人尋問の結果並びに本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、原告浜幸子は本件事故発生当時二六歳で東京都渋谷区宇田川町七六番地所在のキヤバレー新世紀に女給として勤務し、一カ月収入固定給金二万円チツプ売上歩合金各金一万円くらい合計約金四万円を得ていたが、本件事故による傷害のため右勤務ができなくなり、福岡県行橋市の実家にかえつて生活していることをみとめることができる。もつとも原告幸子の右収入のうち売上歩合チツプは必ずしも毎月確実に各金一万円ずつあるものではないことは、右証人奥田の証言によつても明らかであり、本訴において原告幸子は月収金三万円と主張しているところからすれば、当時の原告幸子の月収は一箇月金三万円とみとめるのが相当である。原告幸子は右金額のうち金一万円が必要生計費であると主張するが、当時原告幸子の従事していた職業は、一般の食費や住居費のほかその職業がら衣料や化粧その他に相当の費用をかけるものであることは、公知の事実であり、この費用は結局右の収入を得るために必要な経費とみとめるべきであつて、結局右事情によつて考えれば、この必要経費は一カ月金一万五〇〇〇円を下らないものとみとめるのを相当とする。

したがつて原告幸子は本件事故によつて、うしなつた得べかりし利益は一カ月金一万五〇〇〇円と認定するのが相当である。ところで当時の原告の年齢をもつてすれば、なお四四年余の余命あるものと推認すべきことは公知のところであるが、当時の原告の職業においては、なんらか特段の事情のないかぎり他の職業の場合と異なり、そう中年過ぎまで同様の状況を期待し得るものではなく、証人奥田敏雄の供述及び弁論の全趣旨によつて認め得る、原告幸子が日本舞踊にすぐれ、また歌唱に巧みであつたことを考慮に入れても、原告幸子がキヤバレー等の女給として勤務して前記の程度の収入を収め得るのは三五歳ころまでと認めるのが相当であるから、本件事故なかりせば原告幸子は爾後なお九年間右と同等の利益を得べきものであるといわなければならない。(原告が女給としての生活を終つたのち、なお相当年間その技能を生かして別途収入の方法を講じ得るかどうかは別問題であり、本件で原告らの主張するところではない。)してみると結局原告幸子が本件事故によりうしなつた得べかりし利益は一カ月金一万五〇〇〇円ずつ九年間総額金一六二万円であり、これを現在一時に請求するものとして、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すれば、金一一一万七二四一円(円位以下切捨)となる。

(2) 受傷のため支出した金額の点

(イ) 松井病院治療費

原告幸子は事故直後から相当期間大田区池上本町二一〇番地所在松井病院に入院加療をうけたことは明らかであり、したがつて相当の治療費を要したはずであることはうかがい得るけれども、その治療費として同原告が被告椛沢実支出の金八万円を控除した金六万七四六一円を支出したことは、ついにこれを証すべき直接の証拠がないから、結局これを認めるに由ないものといわなければならない。

(ロ) 入院中の日用品購入費

原告幸子が右松井病院入院中、日用雑貨費として金一二五〇円を支出したことは、原告浜竹次郎本人尋問の結果及びこれによりその成立をみとめる甲第一〇号証の記載によつてこれを認め得るところであり、右は本件事故による損害と認めるべきものである。

(ハ) 東邦大学における治療費

原告幸子が本件事故のため東邦大学で受けた治療費として金四〇〇円を支出し同額の損害をこうむつたことは前記甲第一〇号証及び原告浜竹次郎本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。

(ニ) 川原宅宿泊費

原告幸子が川原宅宿泊費として金一〇〇〇円を支出したとしても、これと本件事故との間にいかなる因果関係があるかは全く明らかでないから、右金額の請求は失当である。

(ホ) 帰郷旅費

原告幸子は本件事故により独立して生計を営むことができなくなつたから、福岡県行橋市の実家へ帰郷したが、その帰郷旅費として三万〇〇八〇円を支出、同額の損害をこうむつたと主張するので判断すると、証人奥田敏雄及び原告本人浜幸子、同マツ、同竹次郎の各供述及び弁論の全趣旨をあわせれば、原告幸子が本件事故により独立生計を営みえないほどの重傷をうけその郷里行橋市の実家に帰つたことを認定するに十分であり同原告が右傷害後実家に帰つたのはやむを得ないところであつたというべきである。したがつて原告幸子が東京都の止宿先から福岡県行橋市の実家に帰郷する汽車賃二〇一〇円(前記甲第一〇号証の記載によれば東京行橋間四往復として金一万六、〇八〇円が費されたことがうかがわれるからその片道運賃を算出)の支出は将に右原告幸子のこうむつた損害であると認めることができる。成立について争のない甲第一一号証によれば、原告幸子は帰郷にさいし、寝台車を利用したことを認めることができ、右受傷の程度から考えると、右寝台車の利用もまた必要であつたと認められるので、原告幸子は右寝台料金九七〇円の支出により同額の損害をこうむつたものと認めるのが相当である。以上合計金二九八〇円相当の金額は右幸子が本件事故により帰郷せざるをえなくなつたためにこうむつた損害というべきである。しかしその余の金額については必ずしもその支出と本件事故との関係が明らかでなく、また誰の支出でありいかなる損害をうけたのかについても明らかでないから失当という外はない。

(ヘ) 労災病院診療費

原告幸子が帰郷後本件事故による傷害の余後加療のため九州労災病院で治療をうけ、治療費として金三、一八九円を支出したことは前記甲第一〇号証、原告浜竹次郎本人の供述により成立を認める甲第一二号証の各記載及び右原告本人の供述をあわせてこれを認めることができるから、原告幸子は同額の損害をこうむつたというべきである。

(ト) マツサージ費用

原告幸子が帰郷後、その傷害の治療のため、マツサージ療法をうけその費用として金二万九六〇〇円を支出したことは原告浜竹次郎本人の供述及びこれにより成立を認める甲第一三号証によつてこれを認めることができる。本件事故により原告幸子がうけた傷害にかんがみれば、右マツサージが適切な治療方法であることは明らかであるから、右に要した費用相当額は本件事故により原告幸子のこうむつた損害と認めることができる。

以上のとおりであるから、結局原告幸子は本件事故により右(ロ)(ハ)(ホ)(ヘ)(ト)のとおり合計金三万七四一九円の支出をし、同額の損害をこうむつたものというべきである。

(3) 慰藉料の点

証人奥田敏雄及び原告本人浜竹次郎の各供述により成立を認める甲第五号証の一及び三の各記載に前認定の事実をあわせれば、原告幸子は当時二六歳でなお春秋に富む女性であつたが、本件事故によりその身心に重大な傷害をうけ、肉体上本復不能の欠陥を残しかつその後遺症のため、永く苦痛を忍ばねばならないのみならず、今後とうてい通常人と同等の生活能力を持しえないことが明らかである。これらの事実その他本件あらわれた一切の事情にてらして考えれば、原告幸子のこうむる精神上の苦痛は大で、その慰藉料はその主張する金三〇万円をもつて相当とする。

(二)  原告浜マツのこうむつた損害

(1) 得べかりし利益

前記甲第一号証の一、原告浜竹次郎本人の供述によりその成立を認める甲第五号証の二、証人奥田敏雄の証言、及び原告浜マツの供述をあわせ考えれば、原告マツは当時六二歳でそのころ郷里で鉄道産業組合につとめていたが、本件事故により傷害をうけた後、右の仕事をやめたけれども、それは、本件事故のため退職を余儀なくされたためではなく、本件事故を機会に右就職先を任意に退職したものと認めるのが相当である。そうすれば、原告マツがうしなつたと主張する得べかりし利益は、本件事故と因果関係がないことになり、その請求は失当である。

(2) 慰藉料の点

原告マツは原告幸子の母であつて、原告幸子が本件事故により重傷をうけたことによつて精神的苦痛をうけ、また自己自身が傷害をうけその肉体的精神的苦痛を受けたことは前記認定の事実からおのずから明らかである。この場合被害者の母として子のこうむつた身心の傷害のため自ら味わう精神的苦痛もまた通常当該不法行為によつて生ぜしめられた損害たるものといい得るから、その慰藉料を請求し得べきものと解するのが相当である。かかる意味での慰藉料の額は、右二つの性格のものをあわせて本件一切の事情をしんしやくして、金五万円をもつて相当と認める。

(三)  原告浜竹次郎のこうむつた損害

原告竹次郎が、自己の娘幸子及び妻マツの本件事故による受傷により、父として、夫として精神的苦痛をうけたことは、これを諒し得るところ、この苦痛についてもまた慰藉料を請求し得べきこと前同様であり、本件の一切の事情にかんがみその慰藉料の額は金三万円をもつて相当と認める。

四、次に被告ら主張の抗弁事実について判断する。

(一)  過失相殺の主張について。

成立に争のない甲第六号証及び前認定の事実によれば、原告らは事故当時指定された横断歩道によつて国道を横断しようとしていたものであり、同所に信号機の設備はないから、歩行者は自己の判断によつて安全をたしかめてこれを横切るわけであるが、原告らはいつたん安全と認めて横断をはじめたが、被告椛沢の接近を知り道路ほぼ中央に立ち止つてその通過をまつていたところ、被告椛沢がなんら減速徐行することなく進行して来たので、原告マツが不安と動揺を感じてわずかに前方に進出したため、被告椛沢が衝突をさけようとして急停車の処置をとつたが及ばず、本件事故にいたつたものであるが、原告らが道路中央に立ち止つたことをもつて過失とするには足りないところであり、原告マツが右のように自動車の近接に動揺して進退をあやまつたことはその過失といい得ないことはないが、たまたま上京した田舎の一老婆である原告マツとしては無理からぬ点があるから、この程度の被害者の過失は本件損害賠償の額を定めるにつき、しんしやくしない。

(二)  金三万二〇〇〇円賠償ずみの主張について。

成立に争のない乙第三号証の一ないし五によれば、原告浜竹次郎は、被告椛沢実から昭和三三年七月一日金一万円、同年同月一四日金五〇〇〇円、同年同月三〇日金二〇〇〇円、同年八月三日金五〇〇〇円、同年同月二〇日金一万円合計金三万二〇〇〇円をそれぞれ受領したことを認めることができる。もつとも右各証拠によれば、これら金員はたんに損害金の一部として受領したと表示があるのみであり,原告ら主張の損害のいずれに弁済したものか必ずしも明らかでないが、被告椛沢本人尋問の結果によれば右金員は同被告が原告らの側から、「生活費をみてほしい。」との申出によつて支払つたことをうかがい得、これと弁論の全趣旨をあわせて結局原告幸子主張の(1)の得べかりし利益の喪失による損害の内金として原告竹次郎において原告幸子を代理して受領したものと解するのが相当である。

(三)  病院費用金二三万七八二〇円弁済ずみの主張について。

被告らは原告浜幸子が松井病院へ入院して本件傷害の治療をうけた費用のうち、金二三万七八二〇円を支払ずみであると主張するのであるが、この点の証拠はなにも提出されず、右事実は認定しえないので、この点に関する被告らの抗弁は理由がない。

(四)  金六万七四六一円の債務引受の主張について。

被告らは原告浜マツの松井病院に対する入院費用のうち、金六万七四六一円は被告椛沢において債務引受をしたと主張するところ、原告マツとしては本訴において右入院費用の請求はしていないから、本来右抗弁は的のないのに矢を放つにひとしいが、これを原告幸子の松井病院の入院費用についてのもののあやまりと仮定しても、証拠調の結果及び弁論の全趣旨をあわせても、右債務引受の事実を認定するには十分でないのみならず、すでに前段説示のように原告幸子のこの点の損害の立証もまたないところであるから、結局この点に関する被告らの抗弁も理由がない。

五、以上のとおりであるから、被告らは各自原告浜幸子に対しては前記三(一)の(1)から前記被告らの弁済した金三万二〇〇〇円を控除した残額と同(2)(3)の合計金一四二万二六六〇円、原告浜マツに対しては前記(二)の(2)金五万円、原告浜竹次郎に対しては前記(三)の金三万円をそれぞれ支払うべき義務があることは明らかであるが、その余の義務はなく、原告らの各請求をそれぞれ右の限度で正当として認容し、その余を理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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