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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)2324号 判決 1959年8月19日

原告、反訴被告 株式会社鈴鹿商店

右代表者代表清算人 鈴鹿和三郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木秀雄

被告、反訴原告 平野運送株式会社

右代表者代表取締役 鈴木理平

右訴訟代理人弁護士 恒次史郎

主文

被告は、原告に対し、別紙目録(一)記載の土地につき、昭和三十年十一月九日買戻を原因とする所有権移転の登記手続をなし、かつ、別紙目録(二)記載の建物を収去して、その敷地である別紙目録(一)記載の土地を明け渡せ。

反訴原告の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて被告、反訴原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

(一)  昭和二十一年二月頃原告が被告に対し本件土地を譲渡し、その所有権移転の登記手続をなしたことについては、当事者間に争いがない。

(二)  本件土地の売買に際して、原被告間に原告の主張するような買戻の特約が締結されたかどうかについて判断するに、成立に争いのない甲第二号証、証人宮本一雄の証言及び原告代表者本人尋問の結果を綜合すると、昭和二十一年二月十日に原被告間に本件土地の売買契約が締結され、甲第二号証の不動産売買契約証書が作成されたこと、右契約書によれば、原被告間に原告主張のような買戻の特約が締結されたことが認められ、証人友安清治の証言及び被告代表者本人尋問の結果中、右の認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信することができないし、甲第二号証の契約証書には印紙が貼用せられていないけれども、そのことをもつて直ちに意思の合致がなかつたという証左とするに足りないし、かえつて、被告代表者本人尋問の結果によるときは、甲第二号証の契約書以外に真実の売買金額を記載した書面は存在していなかつたことを認めることができるので、右証書は真実の意思の合致にもとずいて作成せられたものとみるのを相当とし、また、乙第一号証において買戻しの約束が記載せられていないけれども、右は登記申請のために作成せられたものであり、さらに、買戻しの登記をしないからといつてその約定が成立しなかつた、ということにはならないし、また、成立に争いのない乙第八号証の記載によれば本件土地について抵当権を設定し、さらには、成立に争いのない乙第四号証の記載被告代表者本人尋問の結果によるときは、土地一筆に建物が建てられていることが認められるけれども、なお、前記認定を覆すに足りないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  被告は、本件買戻の特約は、原告代表者の母親を納得させるために、原告と通謀してなした虚偽の意思表示で無効であると主張するけれども、証人友安清治の証言及び被告代表者本人尋問の結果のうち、右主張に符合するかのような部分によつては、契約成立に至る交渉の過程において原告代表者の母親のことが話題に上つたことは肯認できないでもないが、さらに進んで母親を納得させるために買い戻しの条項を入れた、との点は前記買い戻しの約款の成立に関する認定事実、証人宮本一雄の証言及び原告代表者本人尋問の結果と対比すると、これに充分な証拠価値を与えることができないし、他に右主張を肯認するに足りる証拠はないから、右主張は採用することができない。

被告は、仮りに虚偽表示でないとしても、本件買戻の特約は、原告と通謀してなす虚偽の意思表示であると信じてなしたものであるから、要素の錯誤により無効であると主張するが、前示認定のように、通謀虚偽表示の事実が認められない以上、たとえ被告がそれを誤信して本件買戻しの特約をなしたものであつても、意思表示をする動機に錯誤があつたにすぎないものといわなければならないので、被告のこの点の主張も採用することができない。

(四)  次に、いわゆる事情変更の原則の適用を前提とする被告の抗弁について判断するに、本件買戻しの特約の成立した昭和二十一年二月十日以後、買戻期間満了の昭和三十一年二月十日までの十年間に、経済事情が著るしく変動し、物価が異常に騰貴したことは当裁判所に顕著な事実であつて、本件土地の価格も、当初の売買価格は九万八千六百四十円位であつたが、すでに金二千万円を超える程度に高騰していることは、原告も認めているところである。終戦後の混乱の中で、当時既に悪性インフレが始まつていた昭和二十一年頃に、当初から十年という長期の買戻期間を定めたのであるから、その期間相当程度の値上りのあることは、当事者も当然予測していたであろうが、右の如き約二百倍という異常の値上りは予測しえなかつたであろうことはこれを推認するに難くなく、しかも、かかる異常の値上りは、当事者の責に帰すべからざる事情の変更によるものと見るべきであり、当初定められた買い戻しの特約に基き、原告に代金額九万八千六百四十円で本件土地を買い戻す権利を認め、被告にその履行を強制することは著るしく信義に反するものというべきであり、本件買い戻しの特約についていわゆる事情変更の原則の適用あるものといわなければならない。

しかしながら、事情変更の原則の適用ある場合は、第一次的には、債務者に対して当初の契約内容を修正する権利(抗弁権)を取得せしめ、第二次的に、相手方が契約内容の修正に応じない場合に、契約を解除する権利(抗弁権)を取得せしめるに止まり、当然に、契約に定められた権利が消滅したり、その権利の行使が許されなくなつたりするものではなく、また、契約内容の修正を要求することなく、直ちに契約を解除することができるものでもない。したがつて、原告の買戻権が消滅しているから、その行使が許されないとする被告の主張は理由がなく、また、被告が原告に対して前記買い戻しの特約の内容の修正即ち買戻代金額の増額を要求したという事実は、被告の全立証その他本件全証拠によるも、これを認めることはできないから、被告は、買戻の特約を解除することはできないものといわなければならない。

よつて、買戻の特約の解除を理由とする被告の主張も採用できない。

以上、結局原告は、本件買戻しの特約に基き、代金額九万八千六百四十円で本件土地を買戻す権利を有するものと認定するのを相当とする。

(五)  しかして、成立に争いのない甲第三号証の一、二、第四号証、証人宮本一雄の証言、原告代表者本人尋問の結果によると、原告は、買戻権を行使するため、前記契約にしたがい、昭和三十年十一月八日買戻代金九万八千六百四十円に契約費用の概算を合計して金十万円を被告に提供するとともに、同年十一月九日到達の内容証明郵便をもつて売買契約解除の意思表示をしたことが認められ、右事実によれば、原告の買戻権の行使はその効果を生じ、原告は本件土地の所有権を取得したものといわなければならない。

(六)  被告が本件建物を所有して本件土地を占有していることについては、被告において争わないところである。

しかして、原告の本件土地の買い戻しにより、原告は前示認定の契約にしたがつて本件建物を時価にて買いとるべきところ、原告代表者本人尋問及び被告代表者本人尋問の各結果によれば、被告は、原告の本件買戻権の存在を争い本件土地の明け渡しを拒否している事実が認められ、かかる事実及び弁論の全趣旨を綜合して、本件建物の時価についての協議が整わなかつたことが認められ、したがつて、被告は原告に対し、前記契約に基いて、買戻期間満了後六ヶ月以内即ち昭和三十一年八月十日までに本件建物を収去して、その敷地である本件土地を明渡す義務があるものといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求はすべて正当であるからこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、仮執行の宣言はその必要がないと認めるのでこれについての申立は許さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 田倉整)

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