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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)319号 判決 1962年1月21日

原告 滝口高徳

右訴訟代理人弁護士 佐々木正泰

被告 小室利一

被告 新井金治

右被告等訴訟代理人弁護士 松田正寿

主文

被告等は各自原告に対し金二五〇万円及びこれに対する年五分の割合による金員を、被告小室は昭和三五年五月二〇日以降被告新井は同年同月二一日以降各完済に至るまで支払うべし。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

この判決は、原告において各被告に対し金四〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

証人佐久間巳之吉、同豊辺忠雄の証言によれば、佐久間巳之吉は、実兄佐久間清次郎に無断で、清次郎名義で同人所有の別紙目録記載の宅地及び建物を担保に金融を得ることを企て、昭和三四年三月一〇日新宿一丁目所在の金融並びにその仲介を業とする中央商事株式会社に至り取締役豊辺忠雄に対し佐久間清次郎であると詐称して右物件を担保に金融の申込みをなし、豊辺をしてその旨誤信せしめ、同月一三日、右会社事務所において、原告の代理人である豊辺との間に、債権者を原告、債務者名義人を清次郎、連帯保証人名義人を同人の妻きんとし、金二五〇万円を、弁済期間同年六月一二日、利息年一割五分、期限後の損害金日歩八銭二厘なる定めで借受ける旨の契約をなし、その旨の契約書を作成し、金員の授受については、右債権の担保として、前記各物件につき、抵当権を設定し、同時に債務不履行を停止条件とする代物弁済契約及び賃借権設定契約をなし、抵当権設定登記、停止条件付代物弁済契約による所有権移転仮登記及び停止条件付賃借権設定契約による賃借権設定登記のための手続を行い、それと引換えに金員の授受をなすこととし、右手続を行うため、同日午前一一時頃、予ねて、右登記申請に必要な保証書の作成を依頼していた被告小室の事務所(被告小室は、司法書士で東京法務局中野出張所前に事務所を設けていることは当事者間に争いがない)に至り、豊辺と共に被告小室に対し、右保証書の作成を求めたところ、保証書は既に作成されていたので、同被告をして、右各登記申請に必要なその他の書類を作成せしめた上、右各登記の申請を依頼し、前記会社事務所において金員の授受を行なつたことを認めることができ、これに反する被告小室本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

被告両名は、右各登記の申請に必要な保証書として、不動産登記法第四四条に則り登記済証にかえて登記義務者佐久間清次郎の人違いなきことを保証する保証書を作成し、被告小室が右保証書により登記義務者佐久間清次郎の申請代理人として、同年三月一四日、右各登記の申請手続をなし、その旨の各登記を経由したことは当事者間に争いがない。

真正に成立したことについて争いがない甲第二号証の一、第四号証、第七号証の一ないし三、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる同第二号証の二、第三号証、及び証人佐久間巳之吉の証言によれば、佐久間清次郎、同きんは、原告として東京地方裁判所に昭和三四年(ワ)第三三二二号債務不存在確認等請求事件として、前記認定の貸金債権の不存在確認及び各登記の抹消登記手続請求の訴を提起した。しかして、右訴の請求原因とするところは、清次郎の実弟巳之吉が、清次郎の氏名を詐称して、前記認定のごとく消費貸借契約、抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約及び同賃借権設定契約を締結し、かつ本件各物件につき抵当権設定登記及び各登記を経由したものであるから、各契約は無効であり、各登記は抹消されるべきものであるというのである。右訴訟において、原告は、請求棄却の判決を求め、防禦に努めたが、訴訟の進行につれ右請求原因事実が明らかになり、同年一二月五日巳之吉が右金員借受けにつき東京地方検察庁により詐欺罪で起訴されるに至つたので、止むなく翌三五年一月一九日の口頭弁論期日において清次郎及びきんの請求を全面的に認めて和解し、その結果、右貸金債権の不存在が確認され、右各登記は、いずれも抹消された。ところで、佐久間巳之吉は無資力で右貸金の支払能力は全くないから、原告は、貸金債権金二五〇万円を回収することができなくなり、同額の損害を蒙るに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

進んで、右の損害の発生が被告らの責に帰すべきものかどうかについて判断する。

真正に成立したことについて争いがない甲第一号証の一、二、第六号証の一、二、第七号証の一ないし三、被告本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる乙第一号証ならびに証人佐久間巳之吉同豊辺忠雄、同新井きよの各証言及び措信しない部分を除く被告本人尋問の結果を綜合すると、被告らが前記保証書を作成するに至つた経緯については、次の事実を認めることができる。

前記設定のごとく、巳之吉は、実兄清次郎所有の本件各物件を清次郎名義で無断で担保に供し金員を調達しようと企てた。そのためには、右各物件につき、抵当権等の設定登記を経由しなければならないが、已之吉は、登記に必要な権利証を持出すことができないので、保証書によつて登記をしようと考え、同年一月二三日頃と同月二七日頃の二回、被告小室の司法書士事務所を訪れ、同被告に対し自己を清次郎であると称し、本件各物件を担保に金銭を得たいが、登記済権利証を紛失したので、権利証なしに抵当権設定登記をなす方法はないかと尋ねた。被告小室は、初回には巳之吉に対し権利証をなおよく探してみることを勧めて同人を帰宅させたが、次回には巳之吉に対しその依頼に応じ、権利証がなければ保証書による登記申請の方法があり、それには保証人二名を必要とし、もし巳之吉において適当な保証人を得ることができなければ、自分が保証人となり、他の一人は、知人に依頼し、保証書を作つてもよいと答えた。同年二月一〇日巳之吉は、三度び、被告小室の事務所を訪れ、同被告に対し、金員を貸与してくれる人が見付かり次第本件各物件に抵当権等の設定登記をして速やかに金融を得たいから、予め、保証書を作成してその準備をしておいて貰いたいと依頼した。

この間、被告小室は、巳之吉に対し清次郎本人であるかとの質問をしたのみで、特段の調査を行なわず、一面識の巳之吉をその言動のみで清次郎に人違いないと信じて疑わなかつた。しかして、被告小室は、その頃、登記面ならびに家屋台帳につき本件各物件を調べたところ、右物件のうち、居宅一棟及びその附属建物の登記簿上の所在場所に誤りがあることを発見したので、巳之吉の前記依頼の趣旨に従い、貸主の見付かり次第速やかに登記手続が行ないうるようにするため、同月一二日清次郎の申請代理人として右建物につき、その所在地の更正登記を経由し、かつ保証書の原本となすべき書面として、保証人欄を空白とし、日付欄には「昭和三四年二月 日」と記載して日の部分を空白とし、その他の必要部分を記載した書面を作成して、保証書作成の準備を整えた。(なお、右書面の保証人欄の被告らの記名捺印は、三月一二日から翌一三日午前一一時頃までの間になされたものであり、日付欄は、右一三日、被告小室によつて、豊辺の任意に従い二月を三月と訂正したうえ一四(日)と補充された。)このようにして、一月ほど経過し、三月一〇日、前記認定のごとく、巳之吉は豊辺に金融の申込みをなし、同人をして、巳之吉を清次郎と誤信せしめたのであるが、豊辺は、右申込を受けた翌一一日、中央商事株式会社の代表取締役丸山慶蔵とともに巳之吉の案内で現地につき本件各物件を調査し、担保価値が十分あることを確認した。ところが、その際巳之吉の、本件各物件の権利証は紛失したが、保証書の作成を被告小室に依頼し、同被告において既にその準備をしている旨を語つた。豊辺は、右の点にやや不安を感じたので、巳之吉に対し金融をするかどうかの即答を避け、後刻確答する旨告げて、右会社事務所に帰えり、被告小室に電話で、佐久間清次郎なる者が、本件各物件に抵当権を設定するため、保証書の作成を依頼しているということであるが真実であるか、また清次郎なるものはどのような者であるかを問合わせた。被告小室は、これに対して清次郎から保証書の作成の依頼を受け、既にその準備はできていると答えた。豊辺は、被告小室の右返答により巳之吉の言に何らの誤りがないと考え同日巳之吉に対し、金融をするから同月一三日右会社事務所に来るように連絡した。一方、巳之吉は、同月一二日、四度び、被告小室の事務所を訪れ、同被告に対し、いよいよ新宿の中央商事株式会社から金融を受けることとなり、明日右会社の者と一緒に来て登記手続を依頼するから、保証書を作成して置いて貰いたいと頼んだ。このようにして、前記争いのない事実である被告両名による保証書が作成されたものである。なお、保証書成立の日時は、前記のとおり、一二日から一三日午前一一時頃豊辺、巳之吉が被告小室の事務所を訪れるまでの間である。被告新井が保証書を作成するに至つたのは、同被告は被告小室の義弟であつて、同被告の依頼に応じ、巳之吉及び清次郎につき何らの調査をせず、唯、被告小室の言を信じて、漫然右作成に及んだものである。

以上のとおり認めることができる。被告小室本人尋問の結果中右認定に反するものがあるが、前掲証拠に照らし措信できず、その他右認定に反する証拠はない。

不動産登記法第四四条が登記義務者の権利に関する登記済証が滅失した場合の登記申請に保証人二名をもつてする登記義務者に人違いなきことを保証する書面の添付を要求しているのは、これによつて、現に登記義務者として登記の申請をする者が登記名義人と同一人であつて登記の申請がその意思に出たものであることを確めて、不正の登記を防止して登記の正確を維持しようとするものであるから、保証人が登記義務者と申請人との同一性を保証するに当つては、現に申請者として現われた人物と登記義務者とが同一人であることを確認するに足りる周到な調査をすることが必要であつて、ことに、申請者が一面識の人物である場合は、その者の住居に到り、同居の親族等について調査し、あるいは、居所近隣の数名の第三者について、登記名義人が果して当該保証書による登記をなす必要(本件の場合のごとく金借による担保のための登記の場合は、金借の必要性)があるか否かの間接的事実を調査し、さらに、第三者が登記名義人であるという人物と面接する等、慎重な調査をなすべきであつて、単に申請者として現われた人物の言動により漫然同一性を信用して不真実の保証書を作成するがごときは保証人の重大な過失と言わなければならない。

本件においては、被告小室は、清次郎とは面識なく、巳之吉とは一面識であつたのに巳之吉の言動のみによつて巳之吉を清次郎と誤信した。しかも、巳之吉が同被告の面前に現われ保証書の作成を依頼してから保証書を作成するまで約一ヶ月の日時があつたのにかかわらず、同被告は、何らの調査をしていない。被告新井に至つては、単に被告小室の言を信用し、何らの調査をなさず、巳之吉にすら会つていない。してみると、被告両名は、保証書の作成につき重大な過失があることは明白である。

被告らは、被告らの保証書の作成について過失のない旨主張し、その理由として主張する事実は、被告小室は、昭和三四年一月二三日頃同被告事務所に巳之吉の来訪を受けて以来、巳之吉から暗に保証書の作成の依頼を受けてはいたが、巳之吉が清次郎であることについて疑いを持つていたので同年三月一三日午前一一時頃巳之吉が豊辺と共に来訪するまで保証書の作成をしないままでいたところ、右一三日の来訪の際、豊辺が同被告に対し、今、清次郎(実際は巳之吉)と一緒に本件各物件を現地について調査して来たのであるが、確か各物件に間違いない旨確言した上、清次郎の印鑑証明書、委任状貸金契約書を同被告に手渡したので、右疑念も一掃され、巳之吉を清次郎に間違いないと信じて保証書を作成したものであるから、右作成は、原告代理人豊辺の過失であつて被告小室の過失ではない、というのである。被告小室本人尋問の結果中右事実に副うものであるが、前掲各証拠に照らして措信できず、他に右事実を認めて前記認定を覆えすに足る証拠はない。したがつて、被告らの保証書の作成について過失のない旨の主張は到底採用できない。

進んで、被告らの過失相殺の抗弁について判断する。

まず、原告の蒙つた損害について原告の代理人豊辺の行為が如何なる関係を有するかについて考えるに。

前記認定によれば、原審の代理人である豊辺は、巳之吉を清次郎と誤信したことは明らかであり、また、豊辺は、巳之吉が果して清次郎に人違いないかどうかについての確信を得るに必要な程度の調査を行つた事実もない。すなわち、豊辺は、現地について本件各物件を調査し、それが担保価値あるものであることは確めたが、その際、清次郎なりと称する巳之吉の家族にも会つておらず、その他特段の調査をした形跡はない。尤も、豊辺は、被告小室に電話で保証書の作成の準備の有無等を尋ね、準備してある旨の確答は得ているが、これとても、清次郎の同一認識の調査としては不十分であると考えられるから、巳之吉を清次郎と誤信したことについては、豊辺にも過失があることは明らかである。しかしながら、豊辺は、金融並びにその仲介を業とする中央商事株式会社の取締役であつて、右会社の金主である原告の代理人として債務者名義を清次郎とする金二五〇万円の消費貸借契約を締結したのである。凡そ、金融業者が一面識の顧客と消費貸借契約を締結するに当つては、債権を確保するに足る担保の供与を求め、それが不動産物件であるときは、債権担保のため、当該物件につき、抵当権設定登記及び代物弁済契約による所有権移転仮登記(または、移転請求権保全仮登記)等を経由し、若しくは、少くも、それら登記申請に必要な書類を全て整え、右書類を以て登記所に申請しさえすれば目的の登記を経由し得る状況においてその申請を司法書士に委任する段階で、右諸手続と引換えに金員の授受を行つて消費貸借契約を締結するものであつて、右手続以前に金員の授受を行つて消費貸借契約を締結する事例は存しないことは経験則上明らかである。

本件においても、豊辺は、被告小室から保証書作成の準備ができている旨の確答を得て、漸く、巳之吉に契約締結の内諾を与え、同人と共に被告小室の事務所に至り、保証書が完備していることを確め、登記申請に必要なその他の書類を全て整え、右書類による登記申請を被告小室に依頼して、初めて、金員の授受を行つて消費貸借契約を締結したのである。被告らが保証書さえ作成しなければ、豊辺は、右消費貸借契約を締結することはなかつたであろうことは前記経験則に照らし明白である。したがつて、右消費貸借契約に基く原告の損害の原因は、被告らの保証書の作成であつて、右損害の因果関係の系列を豊辺が巳之吉を清次郎と誤信していたことまで遡及させることはできない。してみると、原告の代理人豊辺が過失により巳之吉を清次郎と誤信したことを以て、本件損害の発生につき原告にも過失ありとなす被告らの主張は採用できない。なお、被告らは、豊辺が被告小室に対して巳之吉が清次郎に人違いのない旨を確言して保証書の作成を依頼したことを豊辺の過失であるとし、右事実を過失相殺の主張としても主張しているが、豊辺が被告小室に対して清次郎に人違いのない旨を確言した事実のないこと及び豊辺が保証書の作成を依頼した事実は、被告小室の保証書の作成には無関係であることは既に判断したとおりであるからこの点に関する被告らの主張も採用しない。

次いで、被告らは、原告が東京地方裁判所昭和三四年(ワ)第三三二二号事件において、被告らに訴訟告知をすることなく訴訟上の和解をしたことをもつて原告に過失があると主張し、右訴訟において原告が被告らに訴訟告知をしなかつたことは、当事者間に争いがないけれども、訴訟の当事者は当該訴訟に利害関係を有する第三者に訴訟告知をすることができるだけのことであつて、これをなすべき法律上の義務はないから、被告の右主張は採用しない。

さらに、被告らは、被告小室は、本件登記手続に際し原告の代理人豊辺に対し貸金債権確保のため連帯保証人に有資力の者を選定するよう進言したのに豊辺はこれを不問に付した旨主張するけれども、右主張事実に副う被告本人尋問の結果は前掲甲第七号証の一ないし三に照らし信用できず、その他右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、この点に関する被告らの主張も採用し難い。

以上のとおりであるから被告らの過失相殺の抗弁は理由がない。

してみると、原告の蒙つた金二五〇万円の損害は、被告らの過失に基く保証書の作成によるものであるから、被告らは、原告に対し各自金二五〇万円及びこれに対する保証書作成の日時(昭和三四年三月一三日午前一一時以前)以後の損害金の支払いをなすべき義務があること明白である。

よつて、原告の被告らに対し各自金二五〇万円の支払いを求め、かつこれに対する遅延損害金として、被告小室に対し昭和三五年五月二〇日以降、被告新井に対し同年同月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める請求は正当として認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要)

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