東京地方裁判所 昭和34年(ワ)4181号 判決 1962年5月11日
原告 古沢福松
被告 相良末吉
主文
一、原告の各請求を棄却する。
二、訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「一、被告は、原告に対し、(1) 東京都千代田区隼町五番地四にある、家屋番号同町五番の四、木造フエルト葺平家建居宅一棟、建坪六坪二合五勺
(現況、同町五番地の二一にある、木造セメント瓦葺二階建居宅一棟、建坪一一坪八合六勺、二階八坪五合。別紙図面<4>一<4>一中。合計九坪五合一勺九才の上にある。)
(2) 同都同区同町五番地四にある、家屋番号同町五番一五
木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗一棟、建坪八坪二合五勺
(現況、同町五番地二一にある、木造セメント瓦葺一部亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗兼居宅一棟、建坪九坪五合五才、二階四坪六合六勺。別紙図面<4>二。二四坪二合三勺一才の上にある。)
(3) 同都同区同町五番地の四、二一にまたがる、家屋番号同町五番二七
木造瓦葺二階建居宅一棟、建坪一〇坪五合、二階七坪五合
(現況、同町五番地二一にある、木造セメント瓦葺二階建居宅一棟、建坪一〇坪五合、二階七坪五合。別紙図面<4>二の東側及び<5>八坪五合八勺八才の上にある。)
を収去し、その敷地、同都同区同町五番地二一、宅地四三坪五合九勺を明渡し、かつ、昭和三四年三月一七日から、右宅地明渡ずみに至る迄、一カ月一、五五二円の割合による金員の支払をせよ。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
一、訴外西脇健一は、請求の趣旨第一項掲記の宅地四三坪五合九勺(以下係争宅地という。)を、所有していたが、昭和三四年三月一一日、原告に、これを売渡し、同年同月一七日、その旨の所有権移転登記を経た。
二、(1) 被告は、係争宅地上に請求の趣旨第一項(1) ないし(3) 掲記の建物三棟(以下係争建物という。)を所有し、その宅地を占有している。
(2) 右宅地の一カ月の相当賃料は一、五五二円である。
(3) 被告は、係争宅地を占有することにより、原告のこれに対する所有権に基く使用収益を妨げ、因つて、右移転登記の為された昭和三四年三月一七日から、右相当賃料の割合による損害を蒙らしめつゝある。
よつて、原告は、被告に対し、係争建物の収去、係争宅地の明渡、昭和三四年三月一七日から、右明渡ずみに至る迄、右相当賃料一カ月一、五五二円の割合による損害金の支払を求める。
被告が抗弁として主張する
(一)(1)の事実中、西脇健一の父、西脇健次郎が、昭和八年二月一日、被告に対し、係争宅地の内、表側別紙図面<4>一<4>一中、<4>二の部分合計三三坪七合五勺(以下表側の土地という。)を、終期を昭和二八年二月一日、目的を普通建物の所有として、賃貸したこと。その存続期間の終期が再抗弁(1) に於て主張する事由により昭和三一年九月一四日迄、延長せられたこと。同人が昭和八年三月一三日死亡し、西沢健一が、その賃貸権を承継したことを認める。その他の事実を否認する。
西沢健一は、被告に対し、
昭和二三年五月頃係争宅地の内、裏側八坪五合八勺八才、別紙図面<5>(以下裏側の土地という。)を
昭和二四年五月頃、その中間一坪二合五勺二才、別紙図面<4>一裏(以下中間の土地という。)を
それぞれ賃貸した。
(2)の事実は知らない。
(3)の事実を認める。
(4)の事実を認める。
(5)の事実を否認する。
(6)の主張を争う。
被告が、昭和二九年九月一三日保存登記を経た(1) (2) の各建物と現在の建物(請求の趣旨第一項現況参照)とは、全然別個の建物であるから、旧建物について、被告主張の保存登記が為されたからと言つて、原告に対し、その敷地の賃借権を対抗することはできない。
しかも(3) の建物の保存登記は、昭和三五年三月一四日、即ち原告が、係争宅地につき、所有権移転登記を経た昭和三四年三月一七日以後に、為されたものであるから、その保存登記により、その敷地の賃借権を、原告に対抗することはできない。
(二)の主張は、理由がない。
再抗弁として(1) 被告が、請求の趣旨第一項(1) (2) の建物の敷地上に建築していた建物二棟は、昭和二〇年五月二五日、戦災により焼失したので、右宅地の賃貸借存続期間は、罹災都市借地借家臨時処理法第一一条の規定に基き、昭和三一年九月一四日迄、延長せられた。
(2) しかしながら、西脇健一は、昭和二九年七月二一日附書留内容証明郵便を以て、被告に対し次の(3) の自己使用を理由として、右賃貸借更新拒絶の意思表示を発し、その書面は、即日、被告に到達した。
(3) 西脇健一は、実弟西脇雄次郎(大正一二年九月一五日生)を妻帯させる為、係争宅地上に、新たに家を建てるか、或はそれを売却して、その代金で、建物を買うか、他の土地に、新たに家を建てる必要があつた。
(4) 更に同人は、昭和三二年八月五日附書留内容証明郵便を以て、被告に対し、係争建物の収去、係争宅地の明渡を催告しその書面は、即日、被告に到達した。
(5) 従つて、被告主張の賃借権は、昭和三一年九月一四日、存続期間の満了により、消滅した。と述べた。<証拠省略>
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の
一の事実を認める。
二(1)(2) の事実を認める。
(3) の主張を争う。
抗弁として、(一)(1) 被告は、昭和八年以前から、西脇健一の父西脇健次郎から、その所有にかゝる係争宅地の内、原告主張の表側の土地三三坪七合五勺を、普通建物所有の目的を以て、存続期間の定めなく、賃借し、同人は、昭和一八年三月一三日死亡し、西脇健一が右賃貸権を承継し、
同人は、昭和二三年五月頃、被告に対し、原告主張の裏側の土地及び中間の土地を、普通建物所有の目的を以て、存続期間の定めなく、賃貸した。
その後罹災都市借地借家臨時処理法第一一条の規定により、係争宅地の存続期間の終期は、昭和三一年九月一四日迄、延長せられた。
(2)その後、西脇健一と被告との間に争いが生じ、昭和二八年六月二九日、警視庁家事相談所第一係に於て、同年六月以後の賃料は一カ月坪当り、表通りを二五円、裏通りを二三円と改定し、その後一カ月一、八七〇円五〇銭と協定せられた。
(3)そして被告は、請求の趣旨第一項
(1) の建物につき昭和二九年九月一三日
(2) の建物につき、同年同月同日
(3) の建物(昭和三一年三月建築)につき、昭和三五年三月一四日
それぞれ、保存登記を経た。
(4)そして被告は、昭和三一年九月一五日以後も、依然として、係争宅地上に、(1) ないし(3) の建物を所有し、その宅地の使用を継続していたが、
(5)同年九月末頃、西脇健一方に、同年九月分の賃料一、八七〇円五〇銭を持参し、同人に対し、賃貸借の更新を請求した。同人は、その際のみならず、右期間満了後、被告に対し、被告の右宅地の使用につき、遅滞なく異議を述べなかつたので、
(6)賃貸借は、前契約と同一条件を以て、更新せられた。
(二)仮りに、保存登記が為された(1) (2) の建物と請求の趣旨第一項現況表示の(1) (2) の建物とに、同一性がないとしても、原告が現況の建物について、保存登記がなされていないことを理由として、被告の賃借権は、原告に対抗できないと主張することは、係争宅地に対する所有権の濫用である。即ち、原告は係争宅地の上に、右現況表示の建物三棟があることを知りながら、その宅地を買受けたのであるから、その建物が、登記簿上の表示と、若干の相違があるからと言つて、右保存登記の効力を無視することは、許されない。原告が、再抗弁として主張する(1) の事実及び主張を認める。
(2) の事実を否認する。仮りに、原告主張のような意思表示が為されたとしても、それは、賃貸借が満了する昭和三一年九月一四日を遥かに、遡る、昭和二九年七月二一日に為された賃貸借更新拒絶の意思表示であるから、賃貸借を消滅せしめる効力がない。
(3) の事実は知らない。
(4) の事実を否認する。
(5) の主張を争う。と述べた。<証拠省略>
理由
原告主張の一の事実、二(1) の事実は、被告が自白したところである。
被告の(一)の抗弁につき判断する。西脇健一の父、西脇健次郎が、昭和八年二月一日、被告に対し、係争宅地の内、表側の土地三三坪七合五勺を、終期を昭和二八年二月一日、目的を普通建物の所有として賃貸したこと。その存続期間が、罹災都市借地借家臨時処理法第一一条の規定により、昭和三一年九月一四日迄、延長せられたこと。同人が昭和一八年三月一三日死亡し西脇健一が、その賃貸権を承継したこと。同人が被告に対し、昭和二三年五月頃、係争宅地の内、裏側の土地八坪五合八勺八才を、昭和二四年五月頃、その内、中間の土地一坪二合五勺二才をそれぞれ賃貸したこと。被告が、昭和二九年九月一三日、請求の趣旨第一項(1) (2) の建物につき、昭和三五年三月一四日、同(3) の建物につきそれぞれ、保存登記を経たことは、原告が自白したところである。
当裁判所は、被告が、昭和二四年五月頃迄に、西脇健一から係争宅地(表側、裏側の土地及び中間の土地の坪数の合計は、四三坪五合九勺となる。)を賃貸し、被告が、昭和二九年九月一三日、その地上に存する請求の趣旨第一項(1) (2) の建物につき、保存登記を経た以上、(3) の建物の保存登記は、原告が係争宅地につき所有権移転登記を経た、昭和三四年三月一七日より後である、昭和三五年三月一四日、為されたとしても、係争宅地の賃借権を以て、原告に対抗し得ると判断する。
原告は(1) (2) の建物の保存登記に表示せられた建物と、請求の趣旨第一項(1) (2) の建物の現況とは著しく異るから、同一性がないと主張し、その事実自体は、被告が明に争わないところであるけれども、その相違は、建坪に於て大差なく、平家建に二階が増築せられたに止まり、原告は、係争宅地を買受ける際、(1) (2) の建物の現況を見ている筈であるから、原告は、右登記の表示と現況との相違をとらえて、被告の賃借権を否認することはできない。と解する。蓋し、土地の賃借人が、その土地の第三取得者に、その賃借権を対抗し得るが為には、その地上に建てられた建物の表示を、常に現況に合致するよう、変更登記を経由しなければならないと解することは、建物保護ニ関スル法律第一条第一項の律意に合致しないと考えるからである。
原告の主張は、正当でない。
そして、被告が、昭和三一年九月頃、係争宅地の上に、前記(1) ないし(3) の建物を所有し、係争宅地を占有していたことは、原告が自白したところであり、証人山田豊吉の証言、被告本人尋問の結果によれば、被告は、昭和三一年九月頃、西脇健一に対し、前記賃貸借更新を請求したことが認められる。この認定を左右するに足りる証拠資料はない。そうすると、原告の再抗弁が理由ない限り、係争宅地の賃貸借は、昭和三一年九月一五日、前記賃貸借と同一の条件を以て、更新せられたと謂わなければならない。
原告の再抗弁について判断する。成立に争のない甲第五第六号証の各一、二の記載によれば、原告は、昭和二九年七月二一日附書留内容証明郵便を以て、被告に対し、自分は、存続期間の満了する二年前だが、被告が、右期間を越えて存続する本建築を建築することを承諾できない旨の通告を発し、その書面が、即日、被告に到達したこと。同人は、更に、昭和三二年八月五日附書留内容証明郵便を以て被告に対し、係争建物の収去、係争宅地の明渡を請求する旨の意思表示を発し、その書面が、即日、被告に到達したことが認められるけれども、西脇健一が、被告に対し、右各書面を到達せしめることによつて、被告の前記賃貸借更新の請求に対し、借地法第四条第一項但し書にいわゆる、「遅滞なく異議を述べた。」ということはできない。しかも、右各書面には、自己使用、その他更新拒絶を理由あらしめる、正当の事由については、何ら記載がない。
それ故、原告の再抗弁は、採用することができない。
そうすると、原告と被告との間には、前段判示の賃貸借が成立しているということができるから、被告が、係争宅地を、不法に占有していることを前提とする、原告の各請求は、すべて失当である。よつて、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り、判決する。
(裁判官 鉅鹿義明)
図<省略>