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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)8666号 判決 1961年5月12日

東京都渋谷区笹塚町三丁目四一番地

原告 中村カツ

右訴訟代理人弁護士 松久利市

同 松久健一

東京都目黒区向原町二〇四番地

被告 大島富之助

右訴訟代理人弁護士 中嶋重徳

同 吉田元

東京都渋谷区笹塚町二丁目四一番地

被告 亀岡嘉重

主文

被告大島富之助は、原告に対し金五六万九、二三二円の支払と引換に別紙目録(二)記載の建物を引渡し、かつ、同目録(一)記載の宅地を明渡し、昭和三四年七月三〇日から翌三五年六月三〇日までは一月金二、二〇〇円、昭和三五年七月一日から翌三六年一月三一日までは一月金二、五〇〇円、昭和三六年二月一日から明渡済みまでは一月金二、八〇〇円の割合による金員を支払うこと。

被告亀岡嘉重は、原告に対し前項記載の建物のうち奥の四畳半一室から退去してその敷地を明渡すこと。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告両名の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告大島富之助は原告に対し、別紙目録記載の建物を収去して同目録(一)記載の宅地を明渡し、かつ昭和三四年七月三〇日から右明渡済みまで一月金三、八二五円の割合による金員を支払うこと。被告亀岡嘉重は原告に対し、右建物のうち奥の四畳半一室より退去してその敷地を明渡すこと。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

別紙目録(一)記載の宅地(以下、本件宅地という)は原告の所有であるところ、被告大島は昭和三四年七月二九日以降右地上の同目録(二)記載の建物(以下、本件建物という)を占有することにより、原告に対抗し得る権原なくして本件宅地を占有し、原告に対して本件宅地の相当賃料額と同額の一月金三、八二五円相当の損害を与えつつある。また、被告亀岡は右建物のうち奥の四畳半一室に居住して、原告に対抗し得る権限なくして本件宅地を占有している。

よつて、原告は所有権にもとづき、被告大島に対し本件建物を収去して本件宅地を明渡し、かつ、不法占有開始後の昭和三四年七月三〇日以降右明渡済みに至るまで一月金三、八二五円の割合による賃料相当の損害金を支払うべきことを求め、被告亀岡に対し本件建物のうち奥の四畳半一室から退去してその敷地の明渡を求めるものである、と述べ、

被告らの主張に対する答弁として次のとおり述べた。

(一)、被告らの主張事実中、被告大島が競落により本件建物の所有権を訴外関屋博安から取得したものであること、同訴外人が本件宅地につき賃借権を有していたこと、被告大島がその主張のとおり本件建物の買取請求権行使の意思表示をしたことは認めるが、その余はすべて否認する。

(二)、被告大島の代理人と称する訴外斎藤利喜が昭和三四年八月一〇日頃初めて原告方を訪れたが、その際原告およびその代理人松久利市は、同訴外人に対して本件賃借権譲渡につき明確に不承諾の意を表明したし、その後も再三に亘つて右松久利市が被告大島本人および右訴外斎藤に対して不承諾の意を明らかにしている。そして、右不承諾の理由は、訴外斎藤が原告にとつて好ましからざる人物であり、被告大島は同人と共同出資にて本件建物を競落したものであり、原告としては被告大島自身に対しても信を措けないからである。

被告大島訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)、原告主張の請求原因事実中、本件宅地が原告の所有であること、被告大島が昭和三四年七月二九日以降本件建物を所有することになり右宅地を占有していることはいずれも認めるが、その余は争う。

(二)、被告大島は競落により本件建物の所有権を取得し、これに伴つて前主たる訴外関屋博安から本件宅地の賃借権を譲り受けたものであつて、原告は賃貸人として右賃借権の譲渡を承諾している。すなわち、被告大島は本件建物を競買するにあたり、昭和三四年四月二八日訴外斎藤利喜と共に原告方へ赴いて、地主たる原告に対し、従前の地代滞納の有無および被告大島が本件宅地を競落した場合、引続き同被告に本件宅地を賃貸するか否かについて尋ねたところ、原告は、地代の滞納はなく、引続いて賃貸することに異存はない旨回答したので、被告大島はこれにより承諾を与えられたものと信じて、その数日後に本件建物の競落許可決定を受けたものである。

(三)、仮りに然らずとしても、次のような事情があるところからして、原告大島に対し、前記の賃借権譲渡につき黙示の承諾を与えたものというべきである。すなわち、本件建物の競売申立は昭和三二年一一月二九日になされたものであつて、原告はこれを承知していたのであるから、本件宅地を賃貸しないのであれば、自ら競落する等の措置をとるべきであるのにこれを放置していたものであり、しかも、被告大島が本件建物の所有権を取得した後に、原告と賃借条件等について協議した際にも、原告は家人と相談した上で決める旨回答するのみで、結局本訴提起に至るまで約三ヶ月の間明確に不承諾の意を表明した事実はないのである。

(四)、仮りに、右の主張が認められないとしても、原告の本訴請求は権利の濫用であるから許されない。すなわち、原告が前記の賃借権譲渡について承諾を与えないことについては何ら正当の事由がないのみならず、被告大島に対して本件宅地を賃貸する意思がないのであれば、明確に不承諾の意を表明すべきであつて、その機会は常に存したのに拘らず、これをなさないまま本訴を提起したものである。また、被告大島は家族五人の住居として使用するため本件建物を競落したものである(現在、月額七、〇〇〇円の賃料にて六畳一室を賃借中)に対し、原告は本件宅地を自ら使用する必要は全然なく、本件建物の所有者が変つた機会を利用して本件宅地を新たに他へ賃貸することにより多額の借地料を得ることのみを目的として本訴請求に及んでいるものである。なお、被告大島は原告をして本件宅地の賃貸を躊躇せしめるような背信行為をなした事実はない。

(五)、もし、以上の主張が認められないとすれば、被告大島は前記のとおり、訴外関屋博安から本件建物の所有権を取得し、これに伴つて同訴外人の原告に対する本件宅地の賃借権を譲り受けたものであるのに原告がこれを承諾しないのであるから、被告大島は原告に対し、昭和三五年五月二四日の本件第六回準備手続期日において借地法第一〇条にもとづく買取請求権行使の意思表示をした結果、本件建物の時価相当額による代金債権を取得したので、原告から右代金の支払を受けるまで本件建物を留置する。なお、本件建物の時価は一一五万円である。

被告亀岡は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)、原告主張の請求原因事実中、本件宅地が原告の所有であること、被告亀岡が本件建物のうち原告主張の部分に居住してその敷地を占有していることは認めるが、その余は争う。

(二)、被告亀岡は、被告大島の前主たる訴外関屋博安から本件建物の右占有部分を賃借していたところ、被告大島が右訴外人の賃貸人たる地位を承継したので、被告亀岡の右宅地占有は被告大島の原告に対する本件宅地の賃借権にもとづくものである。被告大島の賃借権の存在についてはこの点に関する同被告の主張を援用する。

理由

(争のない主要事実)

本件の宅地が原告の所有であることと、被告大島が昭和三四年七月二九日以降右宅地上に本件建物を所有して右宅地を占有していること、被告亀岡が本件建物のうち奥の四畳半一室に居住してその敷地を占有していることは、当事者間に争がない。

(被告大島の借地権の存否について)

被告大島が競落により本件建物の所有権を訴外関屋博安から取得したものであること、右訴外人が本件宅地につき賃借権を有していたものであることは当事者間に争がないから、被告大島は競落と同時に本件宅地の賃借権を譲り受けたものであるというべきである。

ところで、被告らは右の賃借権譲渡につき原告の明示もしくは黙示の承諾があつたと主張するのでこの点を調べてみると、証人斎藤利喜及び被告大島本人の各供述中には右の主張に副うかのようにみえる部分もあるが、これらの供述部分は証人松久利市、同勝賀瀬せつ、原告本人の各供述に徴すると、到底採用できず、かえつて右の各供述によれば、本件建物は訴外斎藤利喜が被告大島の依頼を受けて同被告のためにこれを競落したものであるが、競落後約三ヶ月を経過した昭和三四年八月中旬右斎藤は初めて原告を訪ねて面談し、被告大島が本件建物を競落したから敷地である本件宅地を同被告に貸与され度い旨申し入れたところ、原告からその承諾が得られず、本件宅地のことは松久利市弁護士に任せてある旨の返答があつたので、同月二一日頃訴外斎藤と被告大島は相前後して松久弁護士を訪ねて本件宅地の貸与方を懇請したが、同弁護士は斎藤がいわゆる競売ブローカーで信用のできない人物であるとみて、本件宅地を被告大島に貸与して紛争が起きては困ると考えて、右申入を拒否したものであること、その後も被告大島が一回、斎藤が三、四回位松久弁護士を訪ねて敷地の貸与方を懇請したが、同弁護士はその都度これをはつきり断つていたものであることを認めることができ、他に右の認定を左右するに足る証拠はないので、原告が賃借権の譲渡について承諾を与えた旨の被告らの主張は理由がない。

(権利濫用の主張について)

賃借権の譲渡があつた場合にこれを承諾するかしないかは、現行法上賃貸人の裁量にゆだねられている事項であつて、賃貸人は、正当の事由がなければ、その承諾を拒むことができないものであるというように解することはできないので、この点に関する被告の主張はそれ自体失当であるし、原告側が交渉の都度不承諾の意向を明示していたことは、前段認定のとおりである。また、原告が多額の借地料を得ることのみを目的として本訴を提起しているものであるとの点はその証明がない。その余の被告ら主張事実は、いわば借地権の譲渡に伴う通例の事情の範囲を出でない程度のものであるから、こうした事実があるからといつて、所有権にもとづき土地の明渡を求める原告の請求を権利の濫用であるとすることはできない。

(買取請求について)

被告大島が本件建物について借地法第一〇条の買取請求権を有することは前段の判示に照らし疑のないところであるし、同被告が原告に対して昭和三五年五月二四日その権利を行使したことは当事者間に争がない。

そこで、買取価格の点を検討するに、借地法第一〇条によつて買取請求の目的となつた建物の時価は、建物を取りこわした場合の動産としての価格ではなく、建物が現存するままの状態における価格であつて、敷地の賃借権の価格を加算すべきものではないが、その建物の存在する場所的環境を参酌し、いわゆる建物の場所的利益を考慮してこれを算定すべきものである(昭和三五年一二月二〇日最高裁判決参照)。ところで、かかる価格を示現するものは買取請求権の行使当時における当該建物の借地権は売買価格から借地権の価格を控除した額に外ならない。よつて、本件の場合について、この価格を調べてみると鑑定人松尾皐太郎の鑑定(第一回)の結果によれば金五〇万八四六四円であり、鑑定人郡富次郎の鑑定(第二回)の結果によると金六三万円になつているので、本件建物の買取価格としては、これらの平均値である金五六万九二三二円をもつて相当であると認める。なお、成立に争のない乙第七号証、同第四号証によると、本件建物の最低競売価格は一一五万円であつて、被告大島はこれを七三万六、〇〇〇円で競落したものであるが、最低競売価格も、競落価格も、買取請求の場合のように借地権の確定的不存在を前提とする価格ではなく、これらはいずれも借地権の譲渡について将来地主の承諾を取りつけることができるだろうという或る種の期待のもとにその期待を織りこんで形成された価格であると観るのが相当であるから、これらの書証は前記判断を動かすに足る資料となるものではなく、他に右の判断を動かすに足る資料はない。もつとも、松尾鑑定人の鑑定(第一、二回)によれば、借地権のない建物の売買については建物の場所的経済価値として借地権の価格の一五パーセントに相当する金額が建物の固有価格に加算されて実際の売買代金が定められるのが一般の慣例であることが認められる。そして、同鑑定人は右の見地から本件建物の買取価格は建物の固有価格五〇万八四六四円と建物の場所的経済価値四三万〇三一三円の合算額である九三万八、七七七円をもつて相当とすると観るのであるが、右の鑑定における「建物の場所的経済価値」なるものは本項の冒頭に判示した建物の場所的環境ないしは場所的利益とは別個のものであつて、その実質は建物を収去して更地にするために要する訴訟費用、弁護士報酬、交通費、食事費、日当相当額等より成るものである(このことは鑑定書自体の記載によつて明らかである)から、普通一般の取引における場合は格別、すでに訴訟が提起され借地権のないことが確定されている場合の買取価格に適用されるべきものではない。

また、本件建物の一部に被告亀岡が居住していることは当事者間に争がなく、前記両鑑定人の鑑定(第二回)の結果によれば、他人が建物の一部に居住している場合には建物の売買価格が大幅に低減するものであることが認められる。もし、被告亀岡が被告大島の買取請求権の行使によつて、借家法第一条の規定により原告との間に右借家契約が承継される関係にある場合には被告亀岡が本件建物の一部に居住するものとしてその買取価格を定めるのが相当であると思われるが、本件の場合には右の借家契約の存在について何らの立証がなく、借家契約の承継の点についてもなんら主張がなく、被告大島に賃借権の存在しないことも明らかなのであるから、被告亀岡に対して本件建物から退去してその敷地の明渡を求める原告の請求は理由があり、被告亀岡は原告に対して本件建物を明渡すべきものであるから、本件建物の買取価格はいわゆる空家価格としてこれを算定するのが相当であると考える。この見地から前記買取価格は空家価格としてこれを算定したものであることを附記しておく。

右のとおりであるから、原告と被告大島との間には同被告の買取請求権の行使によつて昭和三五年五月二四日本件建物につき代金五六万九二三二円で売買があつたのと同一の法律関係が生じたものである。

(むすび)

被告大島の本件宅地の占有が不法占有であつたことは前判示によつて明らかであるし、同被告が買取請求権行使の結果前記代金の支払あるまで本件建物を留置する権利を取得したことも亦明らかである。そして、原告の建物収去による土地明渡と損害金の支払を求める申立のうちには買取請求があつた場合には建物の引渡と不当利得の償還を求める申立をふくむものと解すべきものであるから、被告大島は原告に対して、金五六万九二三二円の支払と引換に本件建物を引渡して本件宅地を明渡し、かつ、不法占有後なる昭和三四年七月三〇日から買取請求の日までは賃料相当の損害金を支払い、買取請求の日から明渡済みに至るまでは同額の割合による不当利得の償還義務がある。そして、前記両鑑定人の鑑定(第一回)の結果によると、賃料相当額は昭和三四年七月三〇日から翌三五年六月三〇日までは一月二、二〇〇円、昭和三五年七月一日から翌三六年一月三一日までは一月二、五〇〇円、昭和三六年二月一日から明渡済に至るまでは一月二、八〇〇円をもつて相当とするものと認められる。

また、被告亀岡が原告に対し本件建物のうち奥の四畳半一室から退去してその敷地を明渡す義務のあることも前判示のとおりである。

以上の次第で、原告の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮宣言につき同執行法の第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

なお、主文第二項に対する仮執行の宣言は相当でないと認めるので、これを付さないことにする。

(裁判長裁判官 石井良三 裁判官 立岡安正 裁判官 三好清一)

<以下省略>

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