東京地方裁判所 昭和34年(合わ)85号 判決 1959年11月18日
被告人 鄭同孝
大一三・三・三生 無職
主文
被告人を判示第一の罪につき懲役五年に、判示第二の罪につき罰金五千円に処する。
右罰金を完納できないときは金五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
未決勾留日数中六拾日を右懲役刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は韓国で生れ、農業学校を三年で中途退学して昭和十九年二月頃来日し、館山の旧海軍砲術学校に入隊後舞鶴海兵団に配属され、終戦と同時に退団し、その後食料品等のブローカー等をした後昭和二十四年頃から大阪市内で土建業を営む伯父檜原徳康こと黄道律のもとで働いていたが、昭和三十年四月頃独立して同市内で土建業を営んできたものである。ところで、
第一、被告人は、昭和三十三年三月十四日頃柳基潤と共同出資して大阪市生野区東桃谷通り三丁目三百八十一番地所在パチンコ店「ミリオンホール」の前経営者黄金桃より同パチンコ店の営業譲渡を受け、その経営については柳に一任し爾来柳において同パチンコ店の経営を担当してきたが、当初よりの資金難と営業不振のため借金がかさみ、加うるに近所に有力な競争相手が出現するに及んで同年六月頃には全く経営困難の状態に立ち至つた。ここにおいて柳は前経営者黄金桃より右パチンコ店の営業の譲渡を受けた際、同人がさきに富士火災海上保険株式会社との間に締結した店舗造作設備、営業用機械什器等を目的とする金三百万円の保険契約上の権利も同時に譲渡を受け、柳の名義に変更手続をとつてあつたこと並びにさきに柳が居住していた家屋の造作、家財等につき同会社との間に金百万円の保険契約が締結されており、右パチンコ店に移住した後もそのまま目的物移転の手続をとつてあつたことを想起し、右の苦境を打開するため右パチンコ店に放火して保険金を騙取しようと考えるに至り、同年六月下旬頃被告人に右計画を打明け協力方を求めたところ、被告人は当初反対したが柳よりその後も再三協力方を求められ他方被告人においてもその営む土建業が成績不振で、同パチンコ店に対する出資の中には自己の責任において伯父黄道律より柳に融資せしめたものも含まれており、柳のパチンコ店の経営状態からすれば右出資金の回収の為めには保険金を以てこれを精算するという柳の計画も又止むなしと考え遂に放火の意を決するに至つた。そこで柳は被告人にその実行方を依頼し、被告人はこれを承諾したものの容易に決行しかねているうち、柳からの再三の要求で遂に使用人である朴虎夫に実行を依頼すべく、同年七月初頃同人にその情を打明け、更に数日後被告人及び柳より朴に放火の実行方を依頼するに及んで遂に同人も被告人の家計窮迫を同情するの念と使用主である被告人の「たつて」の頼みであることから遂にこれを承諾し、ここに被告人及び柳、朴は右パチンコ店に放火して保険金を騙取することの共謀を遂げた。この結果同年七月十二日午前二時三十分頃、朴は柳に伴われて右パチンコ店の店内に入り、しばらく店内の様子を窺つた後同店裏口玉売台の下に接着した板の間上に用意のガソリンを撒布し、発火したときはその全部又は一部が右板の間の上に落下するように玉売台上に置かれた大型マツチ箱の上に点火した煙草「ピース」一本を点火した部分を外側にして乗せ、煙草が燃えるに従つてマツチ箱内の軸木の上に落下してマツチの軸木、頭薬に燃え移り、マツチ箱が燃えるようにしかけ、もつて放火のうえその場を立ち去り、よつて同日午前四時二十分頃遂に火災となり、西村峯香の所有に係り、かつ現に柳の妻、従業員六名が住居に使用中の右パチンコ店(木造トタン葺二階建店舗兼住宅建坪約二十四坪二階約十八坪)一棟を全焼させた。次いで柳は同年七月中旬頃より八月六日に亘り同市南区末吉通二丁目三番地富士火災海上保険株式会社大阪支店において、係員大角静夫等に対し、右火災の原因が被告人等の所為によるものであることはこれを秘し、その原因は不明である旨詐つて保険金の請求をなし、よつて係員等をしてその旨誤信させ、よつて同年八月六日同会社より保険金名下に合計金三百四十五万二十二円の交付を受けてこれを騙取し
第二、被告人は、朝鮮人で、昭和二十二年外国人登録をなし、同二十五年、同二十七年の切替を了していたものであるが、昭和二十八年頃から同三十四年四月頃までの間は大阪市港区東田中町一丁目百八番地檜原徳康こと黄道律方に、同三十年四月頃から同三十三年十月頃までの間は同市港区東田中町七丁目四十四番地にその後は肩書住居にそれぞれ居住していたところ、外国人登録法旧第十一条第二項(昭和三十一年法律第九十六号による改正前の)に基きその登録証明書の有効期間満了日たる昭和二十九年十一月二十九日前三十日以内に所定の手続によりこれを右居住地所轄の大阪市港区長に返納のうえ新たに登録証明書の交付の申請をなすべきに拘らず、右期間を超え、所定の手続(前記改正法律施行の昭和三十一年八月一日以降は前記居住地所轄の区長に対し確認の申請)をすることなく昭和三十四年二月十七日まで本邦に在留し
たものである。
(証拠の標目)(略)
(刑法第四十五条後段の確定裁判に該る前科)
被告人は、昭和三十一年二月十五日大阪簡易裁判所において外国人登録法違反(登録証明書の譲渡罪)により罰金一万五千円の略式命令を受け、右裁判は同年四月三日確定したもので、右事実は検察事務官作成の略式命令謄本及び裁判所書記官補作成の昭和三十四年九月二十五日付電話聴取書並びに被告人の当公判廷における供述(第九回)により明らかである。
(法令の適用)
法律に照らすに、被告人の判示所為中判示第一の放火の点は刑法第百八条第六十条に、詐欺の点は同法第二百四十六条第一項第六十条に、判示第二の外国人登録法違反の点は外国人登録法第十八条第一項第一号第十一条第一項昭和三十一年法律第九十六号附則第二項罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ、被告人には前示確定裁判がありこの確定裁判を経た犯罪と判示第二の罪とは刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるので同法第五十条により未だ裁判を経ない判示第二の罪についてさらに処断すべきものであり、放火の罪につき所定刑中有期懲役刑を外国人登録法違反の点につき所定刑中罰金刑をそれぞれ選択する。しかして判示第一の放火並びに詐欺の各罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条により重い放火罪の刑に同法第十四条の制限内で併合罪の加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役五年に処し、判示第二につき所定罰金額範囲内で被告人を罰金五千円に処すべきものとし、同法第十八条により右罰金を完納できないときは金五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置することゝし同法第二十一条により未決勾留日数中六十日を右懲役刑に算入する。
(公訴事実第二の本位的訴因――外国人登録法第三条第一項、第十八条第一項第一号違反、すなわち新規登録の不申請罪――に対する判断)
(一) 検察官は公訴事実第二の本位的訴因として、「被告人鄭同孝は朝鮮人で昭和二十二年勅令第二百七号施行当時大阪市此花区朝日橋二丁目十五番地檜原徳康方に居住していたものであるが、法令の定めるところにより居住地所轄の区長に対し登録の申請をしなければならないのに拘らず昭和三十四年二月十七日までその申請をしないで本邦に在留したものである。」と主張している。
(二) よつて審按するに、被告人の当公判廷における供述(第八、九回)並びに司法警察員に対する昭和三十四年二月十九日付、検察官に対する同年二月二十一日付、同年二月二十七日付各供述調書、法務省入国管理局登録課保管の安千碩名の累年カード(裁判所書記官作成の報告書添付)、裁判所書記官作成の昭和三十四年十月九日付電話聴取書、大阪市此花区長作成の外国人登録原票等送付方依頼についての回答書(送付書類を含む)を綜合すると、被告人は昭和二十二年頃外国人登録に際し、自己の氏名鄭同孝を以て、その他自己の本籍、住所、出生地、生年月日により朝鮮人連盟を通じて登録申請をなし、区役所へは自己の写真を提出したところ、登録原票には、被告人の写真を貼付の上、氏名を安千碩(安本次郎)、本籍朝鮮慶尚北道大邱府明治町三丁目五十八番地、生年月日一九二四年五月二十八日ということで昭和二十二年八月三十一日登録がなされて居り、被告人もこれを自己のものとして承認の上外国人登録証明書の交付を受け、その後昭和二十五年及び同二十七年の切替に際しても安千碩名により被告人の写真を提出して切替をしていることが認められる。これによると、氏名は本人のものとは別であり、本籍、生年月日において多少の違いがあるとしても、およそ登録上人の同一性識別の基準として確度が最も高い写真が被告人の写真をもつてなされているのであるから、――その申請の一部に真実に反するものの包蔵されていることは別として――これにより被告人という人間自体についてはその登録はなされているものといわねばならない。果して然らば、新規登録の不申請を犯罪事実とする公訴事実第二の本位的訴因は犯罪の証明がないことに帰するから、同訴因は失当である。
(公訴事実第二の予備的訴因追加申立の適法性)
外国人登録法第三条(旧法第三条)は新規登録、同法第十一条(旧法第十一条)は切替について規定しているのであるが、両者はいずれも登録原票に関するものである。しかして第十一条は第三条に基く申請によつてなされた登録事項につきその真実性確保のため定期的に確認を行つて登録の正確度を維持するために設けられた規定であつて、本質的には第三条に基く義務よりその目的達成のために派生する義務である。ところで、本件において、検察官が本位的訴因として主張する「被告人が昭和二十二年勅令第二百七号施行当時以降同三十四年二月十七日までの間登録を怠り第三条の違反がある」との事実は、登録そのものを怠つているというのであるから、その主張には爾後その正確度を維持するための行為すなわち第十一条に基く切替の如き行為のないことも潜在的には勿論含まれているわけである。然らば、第三条違反の公訴が提起された事案で、訴訟の進展により、登録そのものは虚偽申請に基くものにしてもこれがなされて居り、爾後の正確度を維持する行為が遅滞していることの判明した場合、後者の遅滞に訴因を切替変更することは殺人を傷害致死に変更する場合と同様であり、且つ第三条違反と第十一条違反とはその構成要件に照らすと択一的関係に立ち両立し得ないことが明らかである。果して然らば本件訴因の変更は適法である。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 八島三郎 西川豊長 新谷一信)