東京地方裁判所 昭和34年(行)106号 判決 1965年10月21日
原告 野崎武志
被告 国 外五名
主文
1、原告の第一次的申立てをいずれも棄却する。
2、原告の第二次的申立てをいずれも却下する。
3、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
別紙「要約書」記載のとおり。
理由
一、第一次的請求原因(一)記載の事実は当事者間に争いがない。
二、第一次的請求について
原告は、自創法による農地の買収処分および売渡処分は、いずれも当該買収ないし売渡しにかかる農地を自作農の創設および土地の農業上の利用増進の目的に供しないことが確定したときは、法律上当然にその効力を失うものであると主張するのでこの点について検討する。
憲法は、国民の基本的人権、すなわち生命、自由および幸福追求に対する国民の権利は、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を要するものとしている(第一三条)。しかし、このことは、反面、国民の基本的人権といえども、公共の福祉のため必要な場合には、一定の制約を受けることがあることを示している。そして、憲法第二九条第三項は「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定しているが、その趣旨は、私有財産は公共のために収用することができること、そしてそのためには正当な補償を支払うべきことを定めたにとどまり、それ以上に収用後収用目的が消滅した場合に被収用財産が法律上当然に被収用者に復帰することを定め、あるいはこれを復帰させるような措置を講ずることを国に義務づけているものではない。したがつて、収用目的が消滅した場合に被収用財産を被収用者に回復せしめる方途を講ずるかどうかは、もつぱら立法政策の問題である。そこで、自創法による買収および売渡処分について自創法および農地法がいかなる態度をとつているかをみるに、自創法第三条の規定による農地買収処分および同法第一六条の規定による農地売渡処分が自作農の創設および土地の農業上の利用増進という公共目的達成のため行なわれたものであることは原告主張のとおりであるが、自創法および農地法の規定を通覧してみても、右買収および売渡しにかかる農地が自作農の創設および土地の農業上の利用増進という目的に供されないことが確定し、買収および売渡しの原因となつた公共目的が消滅した場合に被買収者が法律上当然に買収農地の所有権を回復しうることを定めた規定は、どこにもない。かえつて、農地法第四条、第五条は自創法によつて売り渡された農地についてもこれを農地以外のものに転用しあるいは転用のため所有権を移転することを格別禁止していないこと、自創法第一二条、第二一条、農地法第一三条、第四〇条等が買収および売渡しの効果としての所有権の移転に何らの留保も付していないこと等を考え合わせると、自創法または農地法の規定に基づく買収によつて買収農地の所有権は無条件かつ完全に被買収者から国に移転し、またその売渡しによつて右所有権は無条件かつ完全に国から被売渡人に移転し、被買収者は当該農地につき何らの権利も有しないものとされていることが明らかである。原告が援用する自創法第二八条第一項および農地法第一五条は、買収農地の被売渡人が当該農地についての自作をやめ、あるいはその者またはその世帯員以外の者がその農地等を耕作または養畜の事業に供したときに、国がこれを買い取りまたは買収すべきものとしているにすぎず、買収農地が自作農の創設および土地の農業上の利用増進という目的に供されなくなつた場合に右土地の所有権が法律上当然に被買収者に復帰することを定めた規定ではない。原告は、さらに、自創法による買収処分および売渡処分においても少なくとも土地収用法第一〇六条と同程度に旧所有者の利益を尊重する建前をとつているものと解すべきであると主張する。しかしながら、前述のように、現行憲法は、収用目的が消滅した場合に被収用財産を被収用者に復帰せしめる方途を講ずべきか否かをもつぱら立法政策の問題としているものと解されるのであるから、土地収用法が被収用者に被収用土地の買受けの途を与えているからといつて、当然に自創法による買収処分についても被買収者が被買収農地の所有権を回復しうる権利を有するものと解すべき理由もない。(のみならず、土地収用法第一〇六条は、被収用者またはその包括承継人からの買受けの申込みに基づいて収用土地の所有権を回復せしめることとしているにすぎず、収用土地を収用目的にしたがつて使用しないことが確定した場合に、当該土地の所有権を法律上当然に被収用者に復帰せしめることとしたものではない。)
そうとすれば、買収処分および売渡処分は、買収および売渡しにかかる農地を自作農の創設および土地の農業上の利用増進の目的に供しないことが確定したときは、法律上当然にその効力を失うものであることを前提とする原告の第一次的請求は、その前提自体が理由のないことに帰するから、失当として棄却を免れない。
三、第二次的請求について
(一) 原告は、第二次的請求の趣旨(一)において、被告国に対し本件各土地を農地法第一五条により買収すべきことを求めているが、同条による買収は、同法第三条第二項第六号に規定する農地または採草放牧地をその所有者およびその世帯員以外の者が耕作または養畜の事業に供したときに、それが同法第三条第一項の規定による許可を受けて貸し付けられたものである場合を除き、国が、耕作者の地位の安定と農業生産力の増進をはかるために、土地所有者の意思にかかわりなく、公権力の発動として強制的になす行政行為であるから、原告の右申立ては要するに農地法第一五条による買収処分という行政行為をなすべきことを求めるものであるところ、このように特定の行政行為をなすべきことを求める訴訟(いわゆる義務づけ訴訟)がわが現行法上許容されるか否かについては議論の存するところであるが、その点はしばらくおき、かりに許容されるとして、その場合に誰を被告とすべきかについて考えてみよう。
特定の行政行為をなすべきことを求める訴訟は、原告の特定の行政行為をなすべき旨の申請を行政庁が拒否しまたは放置した場合に、その申請どおりの行政行為をなすべきことを求めて提起されるものであり、行政庁の右のような消極的な公権力の行使に対する不服の意味をもつものである。したがつて、特定の行政行為をなすべきことを求める訴訟は、行政庁の積極的な公権力の行使に対する不服の訴訟である行政庁の違法な処分の取消しを求める訴訟(いわゆる取消訴訟)とその本質を同じくするものということができるから、被告適格についても、行政庁の違法な処分の取消しを求める訴訟の被告適格に関する規定を類推すべきである。そして、本訴提起当時施行されていた行政事件訴訟特例法第三条は、行政庁の違法な処分の取消しまたは変更を求める訴えは、他の法律に特別の定めのある場合を除き、当該処分をした行政庁を被告として提起すべきものと規定しているから(行政事件訴訟法附則第六条参照)、特定の行政行為をなすべきことを求める訴訟も当該行政行為をなすべき行政庁を被告とすることを要するものというべきである。ところで、農地法第一五条による買収については、同条第一項が「国がこれを買収する」と規定していることから同条による買収事務が国の事務であることは明らかであるが、地方自治法第一四八条第一、二項同法別表第三の(七〇)、農地法第一五条第二項、第一一条は右買収事務の管理および執行を都道府県知事に委任し、都道府県知事が国の機関として買収令書の作成交付等の買収事務をなすべきものとしている。したがつて、農地法第一五条による買収処分をなすべき行政庁は買収すべき土地の所在する都道府県の知事である。そうとすると、原告が本訴において買収すべきことを求めている土地はいずれも埼玉県に存在することが明らかであるから、その買収処分をなすべきことを求める本訴請求は埼玉県知事を被告として提起することを要するものといわねばならない。しかるに、原告は右買収処分をなすべきことを求める本訴請求を国を被告として提起しているから、右請求は不適法として却下を免れない。
(二) 原告は、第二次的請求の趣旨(二)において、「別紙第二物件目録記載の各土地が、前項により被告国に買収された場合には」として被告らに本件各土地の売払い、所有権移転登記手続あるいは所有権移転登記の抹消登記手続等を求めている。右「別紙第二物件目録記載の各土地が、前項により被告国に買収された場合には」との趣旨は必ずしも明白ではないが、「前項により」とあるところからみれば、第二次的請求の趣旨(一)の本件各土地の買収請求が認容された場合にはという趣旨であるものと解される。もしそうであるとすれば、すでに前項で述べたように、第二次的請求の趣旨(一)の農地法第一五条による買収請求は不適法として却下を免れないのであるから、その請求の認容されることを前提とする第二次的請求の趣旨(二)の請求はこの点においてすでに訴えの利益を欠くことになり不適法として却下を免れない。また、かりに原告の求めるところが本件各土地が将来何らかの事由で農地法第一五条により被告国は買収された場合にはという趣旨であるとしても、近い将来そのような場合の生ずることを予見しうべき事由のあることの認められない以上、このような場合の生ずることを条件とする将来の給付の訴えは、その必要性を欠き訴えの利益を有しないものというべく、いずれにしても第二次的請求の趣旨(二)の各請求は不適法として却下を免れない。
四、以上の次第であるから、本訴第一次的請求はいずれも理由がないものとして棄却を免れず、また、本訴第二次的請求はすべて不適法として却下すべきである。よつて、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 位野木益雄 高林克巳 石井健吾)
(別紙)
(当事者双方の申立て)
第一原告の申立て
一、第一次的請求の趣旨
(一) 被告国は原告に対し、別紙第一物件目録記載の各土地につき、いずれも浦和地方法務局川越支局昭和三四年一一月一二日受付第二、三七九号をもつてした昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法第三条に基づく買収処分を原因とする所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。
(二) 被告日本住宅公団は原告に対し、別紙第二物件目録記載(一)の土地につき同支局昭和三三年九月一日受付第四一二二号をもつて、同(二)の土地につき同支局同日受付第四、一二六号をもつて、同(三)の土地につき同支局同日受付第四、一一九号をもつて、同(四)の土地につき同支局同日受付第四、一二四号をもつてした、いずれも同年八月九日付売買を原因とする所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。
(三) 被告斉藤富治は原告に対し、別紙第二物件目録記載(一)、(三)及び(四)の土地につき、いずれも同支局昭和二五年六月二一日受付第二、八三二号をもつてした、自作農創設特別措置法第一六条の規定による政府売渡しを原因とする斉藤義国のための所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。
(四) 被告新井寅三郎は原告に対し、別紙第二物件目録記載(一)の土地につき同支局昭和三三年二月一四日受付第五五一号をもつてした。同日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
(五) 被告長堀栄次は原告に対し、別紙第二物件目録記載(三)の土地につき、同支局昭和三〇年一〇月一二日受付第三、九三八号をもつてした、同日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
(六) 被告斉藤精は原告に対し、別紙第二物件目録記載(二)の土地につき、同支局昭和二五年六月二一日受付第二、八三二号をもつてした。自作農創設特別措置法第一六条の規定による政府売渡しを原因とする斉藤清五郎のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
(七) 訴訟費用は被告らの負担とする。
二、第二次的請求の趣旨
(一) 被告国は、農地法第一五条に基づき、被告新井寅三郎より別紙第二物件目録記載(一)の土地を、被告斉藤精より、同目録(二)の土地を、被告長堀栄次より同目録(三)の土地を、被告斉藤富治より同目録(四)の土地を各買収せよ。
(二) 別紙第二物件目録記載の各土地が、前項により被告国に買収された場合には、
(イ) 被告国は、原告に対し、右各土地を売り払い、且つ、右各土地につき所有権移転登記手続をせよ。
(ロ) 被告新井寅三郎は同目録(一)の土地につき、被告斉藤精は同目録(二)の土地につき、被告長堀栄次は同目録(三)の土地につき、被告斉藤富治は同目録(四)の土地につき、いずれも被告国に対し所有権移転登記手続をせよ。
(ハ) 被告日本住宅公団は被告国に対し、第一次的請求の趣旨(二)項記載の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
第二被告らの申立て
一 原告の請求は、いずれもこれを棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
(当事者の主張)
第一原告の請求原因
一、第一次的請求原因
(一) 別紙第一物件目録記載の各土地はもと原告の所有でその後分筆、地目変更等により別紙第二物件目録記載(一)ないし(四)の土地となつたものであるが、被告国は、昭和二二年一〇月二日右各土地を自作農創設特別措置法(以下、自創法という。)第三条に基づき買収し、別紙第二物件目録(一)、(三)及び(四)の土地を亡斉藤義国に、同(二)の土地を亡斉藤清五郎にいずれも同法第一六条に基づいて売り渡し、第一次的請求の趣旨(一)、(三)及び(六)項記載のような各所有権取得登記手続をなした。その後昭和二九年六月五日右(一)、(三)及び(四)の土地の被売渡人である斉藤義国が死亡し、被告斉藤富治が相続し、また昭和二三年一一月八日右(二)の土地の被売渡人である斉藤清五郎が死亡し、被告斉藤精が相続したところ、被告斉藤富治は昭和三三年二月一四日右(一)の土地を被告新井寅三郎に、昭和三〇年一〇月一二日右(三)の土地を被告長堀栄次にそれぞれ売却し、第一次的請求の趣旨(四)及び(五)項記載のような所有権移転登記手続をなした。そして、昭和三三年八月九日、被告斉藤富治は右(四)の土地を、被告新井寅三郎は右(一)の土地を、被告長堀栄次は右(三)の土地を、被告斉藤精は右(二)の土地を、いずれも被告日本住宅公団に売却し、その頃農地法第五条に基づき埼玉県知事の許可を得て第一次的請求の趣旨(二)項記載のような所有権移転登記手続をなして、これを被告日本住宅公団に引渡し、同被告において、右各土地を宅地に変更した。
(二) 自創法第三条に基づく農地買収処分及び同法第一六条に基づく農地売渡処分は、いずれも、買収ないし売渡しにかゝる農地を、同法第一六条に規定する自作農の創設及び土地の農業上の利用増進の目的に供しないことが確定したときは、法律上当然効力を失うものと解すべきである。すなわち、
(イ) 憲法は、個人と国とを平等な立場に置き、第一二条、第一三条の規定する公共の福祉に反しない限り、国といえども個人の基本的人権を制約することができず、たとえ制約できる場合であつても、それは必要やむを得ない場合に限り、かつ最少限度にとどめなければならないという建前をとつている。特に国民の財産権は、憲法第二九条第一項が侵すことのできない権利として保障するところであり、国民の基本的人権のうち生命権につぐ主要なものであるが、これを公共のために用いることができる場合においても、公共の福祉のためやむを得ない場合で、しかも最少限度でなければならないことはいうまでもない。
(ロ) 自創法第三条に基づく買収処分は、国が農地所有者の意思如何にかかわらず強制的に農地を買収するものであるが、それは同法第一条に定める自作農の創設及び土地の農業上の利用増進という公共的目的達成のためにのみ、しかもその目的を明示してなされ、それ故に憲法第一二条、第一三条にも違反しないものとされる。自創法第一六条に基づく農地売渡処分もやはり右同様の目的達成のためにのみ行なわれ、被売渡人は当該農地を農業上の利用増進の目的に使用することを条件として売渡しを受ける。したがつて、買収、売渡しにかかる農地が自作農の創設及び農業上の利用増進という目的に供されないことが確定した場合においては、農地の強制買収を正当づけていた公共の福祉の実現という目的はすでに消滅し、被売渡人への売渡しの本来の目的も失われるのであるから、その場合においては、被売渡人は国へ、国は農地の旧所有者へと当該農地を順次返還しなければならないことは論理上当然のことである。
(ハ) 自創法第二八条第一項は、同法第一六条の規定による売渡しを受けた者が耕作をやめたときは、政府はこれを買い取らなければならないと規定しているが、被売渡人が耕作をやめる原因としては、(1) 主観的事情の変更、すなわち農地として耕作が可能であるのに耕作をやめる場合、(2) 客観的事情の変更、すなわち、都市の膨脹等のために農地としての収穫が少なく、耕作に堪えられなくなつた場合、(3) 土地使用目的を変更した場合等が考えられる。しかし、いずれの場合においても政府は必ず買収の申入れをしなければならないのである。このことは、農地の売渡処分は被売渡人において農業に精進するという条件のもとにのみなされることを示しているのである。しかして、売渡しの対象となつた農地につき事情が変更した場合には、国はかように買収の権利を取得するのに、当該農地の旧所有者は、その返還を受けることができないとすれば、甚だ公平を欠くものといわなければならないので、かゝる場合には、旧所有者もまた国から当該農地の返還を受ける権利があるものと解するのが相当である。
(ニ) また、農地法第一五条は、自創法第一六条の規定に基づいて売り渡された農地又は採草放牧地をその所有者及び世帯員以外の者が耕作し又は養畜の事業に供したときは、原則として国がこれを買収する旨を規定しており、たとえ当該農地が農耕に使用される場合でも、なおかつ、耕作者が変れば国が買収しなければならないものとしている。これは要するに、被売渡人は無条件で農地の売渡しを受けるものではなく、もつぱら被売渡人において、当該農地を農地として使用することを絶対の条件として売渡しを受けるものであることを示している。
(ホ) 土地収用法第一〇六条は、収用された土地が収用の時期から一五年以内に事業の廃止変更その他の理由で不要となつたときは、当該土地が不要となつた時から五年又は収用の時期から一五年のいずれか遅い時期までに旧所有者による買受けの申込みがあつたときはこれの売渡しをしなければならないと規定している。
これは、公共目的のために土地を収用する行政処分は、右土地を収用目的に従つて使用しないことが確定した場合には、法律上当然にその効力を失うものであることを前提として、ただ効力を失う時期が不確定であるために、旧所有者の買受権の行使を一定期間内に制限したものである。土地収用法は、旧憲法施行当時に制定された法律であり、自創法もやはり同様であるが、少なくとも右法律に基づく買収処分及び売渡処分が大幅に国民の基本的人権を保障する新憲法のもとになされたものである以上、右処分を律する自創法の規定も新憲法の精神に則つて解釈すべく、自創法においても少なくとも土地収用法におけると同程度において、旧所有者の利益を尊重する建前をとつているものと解するのが当然である。
(三) 本件各土地は、前述のように自創法第三条に基づいて原告より買収され、同法第一六条の規定に基づいて別紙第二物件目録記載(一)、(三)及び(四)の土地を被告斉藤富治の先代斉藤義国に、同(二)の土地を被告斉藤精の先代斉藤清五郎に売り渡したところ、同被告らは相続によつて右各土地の所有権を取得し、さらに被告新井寅三郎は右(一)の土地を、被告長堀栄次は右(三)の土地を、いずれも売買によりその所有権を取得した。そして、右被告らは、右各土地を、宅地転用を目的として被告日本住宅公団に売却し、同被告において、これを宅地に変更したものであるから、本件各土地は、すでに買収及び売渡しの本来の目的である自作農創設又は土地の農業上の利用増進という目的に供しないことが確定されたものというべく、したがつて、本件買収処分及び売渡処分は、いずれも法律上当然に効力を失い、本件各土地の所有権は旧所有者である原告は復帰した。よつて、原告は本件各土地の所有権に基づき被告らに対し、第一次的請求の趣旨記載の各抹消登記手続を求める。
二、第二次的請求原因
かりに、本件買収処分及び売渡処分の効力は、本件各土地を前述のように自作農の創設又は土地の農業上の利用増進という目的に供しないことが確定したのみでは、左右されないとしても、そもそも国家権力による財産権の強制的な剥奪は、公共の福祉のためやむを得ない場合に、しかも最少限度に限らなければならないことは、前述のとおりであるから農地買収処分及び売渡処分が、自創法にいう自作農創設又は土地の農業上の利用増進という目的達成のためにのみ行われるものである以上、右目的に供しないことが確定された場合には、農地の旧所有者に当該農地の所有権を回復せしめる途を与えるのは当然である。
(一) 農地法第一五条は、自創法第一六条の規定に基づいて売渡された農地又は採草放牧地を所有者及びその世帯員以外の者が耕作又は養畜の事業に供した時は、原則として国がこれを買収する旨を規定しており、たとえ当該農地が農耕の業に使用される場合でもなおかつ耕作者が変れば国が買収しなければならないとしている。いわんや本件におけるように売渡農地の使用目的を変更し、宅地として被売渡人以外の者が使用している場合には、右規定を類推又は準用して国が買収すべきは当然である。本件土地は、前述のように、被告新井寅三郎らから被告日本住宅公団に売り渡され、農地法第五条に基づき埼玉県知事の許可を得て、形式上被告日本住宅公団に所有権が移転したことになつているが、右農地法第一五条、第三条第二項第二号の規定の趣旨からいつても自創法第一六条によつて売り渡された農地を被売渡人が本来の目的である耕作の用に供しないで宅地に変更し、他に所有権を移転することは許されないものというべきで、この様な場合、知事には農地法第五条に基づき所有権移転につき許可を与える権限はないものと解すべきであるから、前記埼玉県知事の許可は、この点において重大且つ明白なかしがあり無効というべきである。したがつて、本件土地の所有権は依然として被告新井寅三郎、同長堀栄次、同斉藤精、同斉藤富治らにあるから、被告国は農地法第一五条により右被告らより本件各土地を買収すべきである。
(二) しかして、被告国が農地法第一五条により同被告らから本件土地を買収した場合には、同法第七八条により農林大臣が管理することになるが、被告国は、さらにこれを原告に売り払う義務がある。農地法第八〇条第一項は、農林大臣は第七八条第一項の規定により管理する土地等について、政令で定めるところにより自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが相当と認めるときは、省令で定めるところにより、これを売り払い又はその所管換え若しくは所属替えをすることができる旨規定し、さらに同条第二項において、前項の規定により売り払い又は所管換え若しくは所属替えをすることができる土地等が同法第九条、第一四条、第四四条第一項の各規定により買収したものであるときは(自創法第三条等の規定による買収農地等で同法第四六条第一項の規定により農林大臣が管理しているものも農地法施行法第五条の規定により農地法第八〇条等の規定の適用については国が同法第九条等により買収したものとみなされている。)、農林大臣は政令で定める場合を除き当該農地を旧所有者に売り払わなければならない旨規定しているが、右は買収にかゝる農地等が同条所定の要件を具備するに至つたときは、原則としてこれを旧所有者に売り払うことを農林大臣に義務づけたもの、換言すれば、旧所有者に対して、かゝる売払いを要求しうる権利を与えたものと解するのが相当である。
もつとも同条第二項の売払いは、同条第一項の農林大臣の認定を前提とするが、右認定については、農地法及び同施行令全体の規定の趣旨から、いつても農林大臣の自由裁量を認めたものとは解しがたく、農林大臣は一定の場合には「買収農地等を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当」と認めなければならない拘束をうけ、右認定に基づいてこれを旧所有者に売り払うべき義務を負うものといわなければならない。
しかして、同法第八〇条によると、右認定及び売払いは国の機関である農林大臣がなすことになつているが、行政機関が行政機関としての資格において第三者との関係で義務を負担することはあり得ないから、前記売払義務は結局国に帰属する。
本件土地は、前述のように、すでに宅地化していること明らかであり、原告は本訴において、右土地の売払いを求めているものであるから、被告国は、同条第一項により本件土地が自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認定し、同条第二項により旧所有者である原告に売り払う義務があるものといわなければならない。
以上のとおりであるから、被告国は本件土地を農地法第八〇条第二項で原告に売り払う義務を有し、その義務の履行として同法第一五条により被告斉藤富治、同新井寅三郎、同長堀栄次及び斉藤精から本件各土地を買収し、同法第七八条によりこれを管理し、同法第八〇条第一項の認定をなしたうえ、原告に売り払い、且つ所有権移転登記手続をなす義務があり、同被告らは同法第一五条により本件各土地が買収されたときは、被告国に対し所有権移転登記手続をなす義務があり、被告日本住宅公団は第一次的請求の趣旨(二)記載の所有権移転登記を抹消する義務があるから、原告は、被告国に対し第二次的請求の趣旨(一)及び(二)の(イ)記載の行為及び所有権移転登記手続を求め、その余の被告らに対しては、被告国に代位して、第二次的請求の趣旨(二)の(ロ)及び(ハ)記載の各所有権移転登記手続及び所有権移転登記の各抹消登記手続を求める。
第二、請求原因に対する被告らの答弁及び主張
一、原告の第一次的請求原因記載の事実中、(一)の事実は認めるが、原告のその余の主張は争う。第二次的請求原因記載の主張は争う。
二、原告は自創法の規定に基づく農地の買収処分及び売渡処分は、当該農地を同法第一条に規定する自作農の創設及び土地の農業上の利用増進の目的に供しないことが確定したときは法律上当然効力を失ものと解すべきであると主張するが、かく解さなければならない法律上の根拠はなにもない。したがつて、買収処分が有効である以上国は当該農地の所有権を完全に取得し、また売渡処分が有効である以上被売渡人は無条件で国より農地の所有権を取得し、その後においては、被買収者(旧所有者)は当該農地につきなんらの権利も有しないものというべきである。
(一) 自創法第三八条の規定は、農地がいつたん自作農として農業に精進する見込みのある者に売り渡された後になつて、その者につき農業に精進することを期待し得ない事情が発生したとき国がこれを買い取り、原則として、改めて自作農として農業に精進する見込みのあるものに売り渡すこととし(同条第三項)当該農地を買収した趣旨を貫くために設けられた規定に過ぎない。この場合、たまたま当該農地の使用目的の変更を相当とする事情が存したとしても、このときは単に農業に精進する者に売り渡すことをしないにとどまる(同法施行規則第一一条の二)のであつて、いずれにしても同条は使用目的の変更により買収処分及び売渡処分が当然に失効する結果、被買収者の所有権が復活するとか、あるいは国が被売渡人から買い戻した農地を被買収者に売り戻すとかすることを定めた規定ではない。
(二) 農地法第一五条は、国から創設農地の売渡しを受けた者が自らこれを耕作することなく、第三者が無許可で耕作している場合、国としてはこれを放任することは前述の自作農創設の目的に反することとなるのでこれを排除して再びこれを自作農として農業に精進する見込みのある者に売り渡す(同条第三六条)ために、国がこれを被売渡人から買収することとした規定に過ぎず、これもやはり被買収者の所有権が当然に復活したり、国が被売渡人から買い戻して被買収者に売り戻すべきものとしたりすることの根拠となるものではない。
(三) 土地収用法第一〇六条の規定は、自創法に基づく買収処分とはなんらの関係もない。右規定は同法に基づく土地収用の時期後なんらかの事情によつて当該土地を公益目的に供しなくなつた場合に、収用の時期に土地所有者であつた者又はその包括承継人に当該土地の買受権を認めたものであつて、さきになされた収用の裁決を失効せしめ、あるいはこれを解除して収用の時期の所有者又はその包括承継人に所有権を復帰せしめるものではない。換言すれば、収用の裁決は同条の買受権の行使によつても失効することはなく、収用の時期後の新たな事情に応じて収用の時期の所有者又はその包括承継人に改めて収用土地を取得する権利が認められたものにすぎないから、右規定が存することをもつて、同法に基づく収用が、収用目的に従つて土地を使用しないことが確定された場合に、法律上当然に効力を失うものということはできない。
原告の被告らに対する第一次的請求は、自創法の規定に基づく農地の買収処分及び売渡処分が当該土地を本来の目的である自作農の創設土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが確定された場合には、法律上当然に効力を失うものであることを前提とするものであるが、右前提の誤りであること前述のとおりであるから、右請求はいずれも失当である。
三、第二次的請求原因に対する被告らの主張
(一) 買収土地の旧所有者は、買収後においては、国に対し当該土地の買収を請求する権利を有しない。すでに述べたとおり、自創法による農地の買収処分が適法且つ有効である以上、国は当該土地の所有権を完全に取得するとともに、被買収者の権利は完全に消滅するのであるから法律上特に明示の規定がない以上、その後の事情の変化に伴い、当該土地を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とする事態が発生したとしても、旧所有者である被買収者の権利が復活することはあり得ない。したがつて、県知事が買収、売渡し後の事情の変化に伴い農地法第五条の許可を与えたとしてもなんら被買収者の権利を侵害したことにはならないし、自創法、農地法の立法目的を逸脱することにもならない。このことは、農地法第五条が許可の対象となる農地を創設農地とその他の農地とに区別して規定していないことによつても明らかであるから、同条に基づき埼玉県知事がなした本件許可処分が無効であるとの原告の主張は失当である。農地法第一五条はすでに述べたとおり、国から創設農地の売渡しを受けた者又はその包括承継人がみずから耕作することなく、第三者が知事の許可を受けず耕作する様な場合には、これを排除して再び自作農として農業に精進する見込みのある者に売り渡し、自作農創設の目的を果すため、国が被売渡人より当該農地を買収することにした規定であるから、すでに創設農地が農地法第五条の許可を受けて宅地に転用され、第三者にその所有権が移転した場合には右規定を準用又は類推してこれを買収することはできないものといわなければならない。
(二) 農地法第八〇条は、買収農地の旧所有者に対し、その売払請求権を付与したものではない。
(イ) 農地法第七八条により農林大臣が管理する土地は、国有財産法にいわゆる普通財産たる国有財産であつて、かような国有財産の管理処分権者は一般には大蔵大臣とされている(同法第六条)から、国有財産法の原則からすれば、土地が自作農の創設又は土地の農業上の利用増進に供しないことが相当と認められる場合には、農林大臣が大蔵大臣に所管換えをした上で同大臣が国有財産法に基づいて処分すべきこととなるのであるが、当該土地が農地法第七八条によつて管理されるに至つた沿革に鑑み、特に同法第八〇条の規定を設けて農林大臣がその管理する土地を売り払い又は所管換え又は所属替えをすることができることにされたものである。すなわち農地法第七八条及び同法第八〇条は、自創法第四六条と同様国有財産法第六条の例外の場合を規定したものであつて、農地法第八〇条第一項は国の行政組織の内部関係において右国有財産法第六条の原則に対する例外を認め、特にその行政機関としての農林大臣に右土地に関する処分権限を付与した規定であり、同条第二項はかような権限の行使に当つて遵守すべき行政機関としての農林大臣の職責を規定したものである。したがつて、同条に規定する所管換え、所属替え又は売払いは国有財産法のそれとはなんら法律上の性質を異にするものではないから、同条は買収農地の旧所有者に対して売払請求権を付与したものと解することはできない。また一般に国の行政機関は、行政組織法上、権限、職責を有することがあつても、その資格において第三者との関係で権利を取得し、義務を負担することはあり得ず、かかる関係で法律関係の主体となり権利義務の帰属者となるのは国自身であること原告の主張するとおりであるが、農地法上の各規定を検討してみても国と行政機関とは用語上明らかに区別して使用しており、国が権利を取得し義務を負うべき場合に、これを明示することなく特定の行政機関をあげてその旨を表現することはないのであるから、当該規定に国と表示されているのを行政機関の意に解し、反対に特定の行政機関を表示しているのにこれを国と解することはできないものというべきである。
そして農地法第八〇条第一項は明らかに「農林大臣は………することができる。」と規定し、同条第二項は同様に「農林大臣は………売り払わなければならない。」と規定しているのであるから、これを「国は………することができる。」「国は………売り払わなければならない。」と読みかえて、同条が国の買収農地の旧所有者に対する売払義務を規定したものと解することは誤りである。
(ロ) 農地法第八〇条の売払手続を定めた同法施行規則第五〇条と、農地の売渡しという行政処分に関する手続を定めた同法第三七条ないし第三九条、同法施行規則第二二条の規定を対比してみると、施行規則第五〇条においては売払申込書に一定事項のほか、希望する対価希望する所有権又は権利の移転の期日の記載を認めているにかかかわらず、同規則第二二条はこれを認めず、かえつて、対価及び売渡期日については、同法第三九条により行政庁において一方的にこれを決定するものとされ、売渡通知書の交付の効果も同法第四〇条により法定されている。また、同規則第五〇条では農林大臣は申込みを相当と認めるときにのみ売払通知書を交付することとしているのに反し、農地の売渡処分についてはかような裁量の余地を行政庁に対して認めていない。すなわち、以上のことは、同法第三六条以下の農地の売渡しは公権力の主体である国の行政庁としての都道府県知事が優越的立場に立つて売渡申込者に対し行なう行政処分であるのに対し、同法第八〇条の売払いは買収農地の処分権限を有する国の行政機関としての農林大臣が売払いの申込者と対等の立場においてする私法上の合意によつて行われるものであることを裏書するものである。同条第二項の旧所有者に対する売払いも同様に解すべきは当然であるが、ただこの場合には国の行政機関としての農林大臣はその職責として旧所有者に売り払わねばならない内部的拘束をうけるが、対旧所有者との関係では対等の立場に立つ契約の一方の当事者として臨むものであつて、同大臣はなんら売払いの義務をこれに対して負うものではない。
(ハ) 同法第八〇条第一項は、「農林大臣は………政令で定めるところにより、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは………」と規定し、又同法施行令第一六条は同条に掲げる四つの各号のいずれかに該当する場合にのみ農林大臣において右の認定をすることができると規定しているが右認定は農林大臣が国有財産管理処分権者としての立場においてなすものであつて、なんら買収農地の旧所有者に対し公権力の行使者としての優越的な立場から行なうものではない。また、規定という単なる行政機関の内部的心意作用は当然にその表示行為を伴うべきことを法律上要求されていないから認定自体は行政処分でもなければ私法上の法律行為でもない。このことは、同法第八〇条第二項によつて買収農地の旧所有者に売り払う場合のみならず、国有農地の管理機関の変更すなわち所管換え、所属替えの場合又は旧所有者以外の者への売払いの場合にも認定が必要とされ、これらの場合には通知自体が必要とされないことによつても明らかである。
もつとも、同法施行令第一七条は、同法第八〇条第一項の規定による認定をした土地が、同法第九条、第一四条、第四四条の規定により買収したものであるときは原則として旧所有者に通知すべきことを定めているが、これは行政組織法上の内部関係において、国の行政機関としての農林大臣の職責を定めたもので、買収農地の旧所有者らの第三者との関係を通知をなすべきことを義務づけたものではない。
したがつて、国もまた買収農地の旧所有者に対して農地法第八〇条第一項の認定をなすべき義務を負うものではない。
以上いずれの点からみても、原告の第二次的請求は理由がないから失当として棄却されるべきである。
(別紙目録省略)