東京地方裁判所 昭和34年(行)17号 判決 1962年5月23日
判 決
東京都葛飾区亀有町二丁目九五七番地
原告
医療法人(財団)謙仁会
右代表者理事
石川孝寿
東京都北区赤羽町五丁目一、三二〇番地
原告
医療法人(財団)大橋病院
右代表者理事
大橋栄二
東京都葛飾区亀有町四丁目七五九番地
原告
医療法人(財団)杏仁会
右代表者理事
松岡士富
千葉県柏市八〇五番地
原告
医療法人(財団)巻石堂病院
右代表者理事
芳野通一
右原告四名訴訟代理人弁護士
小沢茂
同
佐藤義弥
同
池田輝孝
東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地
被告
国
右代表者法務大臣
植木庚子郎
千葉県松戸市
被告
松戸税務署長
中村政一
法務省訟務局局付検事
右被告二名指定代理人
加藤宏
同法務事務官
那須輝雄
被告国指定代理人大蔵事務官
小松培一郎
同
外山喜一
右当事者間の昭和三四年(行)第一七号租税債務不存在確認等請求事件について、当裁判所は次のとおり一部について終局判決、その余については中間判決する。
主文
第一、(一)原告医療法人(財団)巻石堂病院が被告松戸税務署長に対し、同被告の同原告に対する昭和二八年分贈与税二二一万六、二五〇円の決定処分の取り消しを求める訴はこれを却下する。
(二) 訴訟費用中原告医療法人(財団)巻石堂病院と被告松戸税務署長との間に生じた部分は同原告の負担とする。
第二、原告らの主張のうち相続税法第六六条第四項が憲法に違反するとの主張、医療法に定める医療法人財団は相続税法第六六条第四項に規定する「公益を目的とする事業を行う法人」に該当しないとの主張及び医療法に定める医療法人財団に対する財産の贈与又は遺贈に因り当該贈与者又は遺贈者の親族その他これらの者と相続税法第六四条第一項に規定する特別の関係がある者の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められる場合はありえないとの主張はいずれも理由がない。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告ら訴訟代理人は「一、被告国との間で(一)原告医療法人(財団)謙仁会の昭和二七年分相続税額一三三万八〇円の租税債務が存在しないこと。(二)原告医療法人(財団)大橋病院の昭和二八年分贈与税額三三万三七〇円の租税債務が存在しないこと。(三)原告医療法人(財団)杏仁会の昭和二七年分相続税額一四九万九、八七〇円の租税債務が存在しないこと、及び右相続税額の利子税九七万八、三七〇円につき葛飾税務署長が昭和三三年一二月二三日別紙第二目録記載の物件に対してした滞納処分が無効であること。(四)被告松戸税務署長が原告医療法人(財団)巻石堂病院に対して昭和三二年八月二〇日なしたる昭和二八年分贈与税二二一万六、二五〇円の決定処分は無効であること、をそれぞれ確認する。二、被告国は原告医療法人(財団)杏仁会に対して金三〇万三、八七〇円及び昭和三三年九月二三日から右完済にいたるまで日歩三銭の割合による金員を支払うべし。三、右一、の(四)の請求が理由のないときは、原告医療法人。(財団)巻石堂病院に対して被告松戸税務署長が昭和三二年八月二〇日にした昭和二八年分贈与税二二一万六、二五〇円の決定処分はこれを取り消す。四、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び第二項について仮執行の宣言を求めた。
二、被告松戸税務署長指定代理人は、本案前の申立として「原告医療法人(財団)巻石堂病院の被告松戸税務署長に対する訴を却下する。同原告と同被告との間に生じた訴訟費用は同原告の負担とする。」との判決を求め、被告ら指定代理人は本案の答弁として「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、原告らの請求原因及び被告らの答弁に対する反論
一、(一)原告らはいずれも医療法第三九条第一項に基く財団形態の医療法人であり、その各設立年月日及び資産総額は別紙第一目録記載のとおりである。
(二) 医療法第三九条第一項の規定によれば、医療法人は財団又は社団であるので、医療法人は民法所定の公益法人であるかの如くみられるが、その実体は公益法人ではない。医療法人は医療法制定の経過に鑑みれば商法上の会社等が医療事業の経営主体となることはその特殊性よりみて期待すべき方策でないとして、特別法による営利を目的とする法人制度を設けたものである。この制度を設けた所以は資金の集積調達を容易にし、且つ死亡等による相続税の賦課を免れしめることにより私人による病院建設を促進しその永続性をはかるためであつた。
従つて原告の如き医療法人は法人税第五条第一項各号に規定する公益法人としての非課税の取扱をうけず、その所得及積立金については商法上の会社と同様法人税の納税債務を負担してきたものである。
(三) しかるに国税当局は相続税法の改正(昭和二十七年法律第五五号、同二十八年法律第一六五号)に伴い、同法第六六条第四項に所謂「その他公益を目的とする事業を行う法人」中に原告の如き医療法人が包含されるものとの解釈をつくり上げ、原告の如き医療法人に対してなされた寄附行為による財産の贈与が相続税又は贈与税を不当に減少することになるものとして、右贈与につき原告の如き医療法人を個人とみなして相続税又は贈与税を賦課するとの方針をとり、国税当局は右方針に基き原告の如き医療法人に対して昭和二八年頃より昭和三二年七月頃までに数回にわたり、その寄附行為の規定を
(1) (イ) 役員会等の構成につき特定者一族以外の者が過半数を占め
(ロ) 解散した場合残余財産が国又は地方公共団体に帰属するようにとそれぞれ変更をなした上、その計算が特定者一族の私生活から戴然として分離して処理された公益法人らしき形式内容を整えて租税特別措置法第一七条及び同法施行規則第二一条第一項に規定する大蔵大臣の承認を求めて非課税の取扱をうけるか。
(2) これを解散して
医療法第三九条に規定する社団たる医療法人に組織変更するか
(3) 又は個人として営業を始めるか
の三者択一をなすべき旨を通告し、原告が財団たる医療法人のまま営業を継続する場合は、相続税法第六六条第四項に基き原告に対して贈与税を賦課するとの威圧を加えて、その法人組織の変更を強制していたものである。
(四) そこでやむなく
(1) 原告医療法人(財団)謙仁会(以下原告謙仁会という。なお他の原告らの名称についても医療法人(財団)の語を省略する。)は、昭和三二年八月一日、葛飾税務署長に対して昭和二七年分の相続税の納付税額は一三三万八〇円と申告書を提出したが、右は威圧と過誤に基くものであり、申告の意思がなかつたので、右を理由として、ただちに右申告書の取下を申出た、ところが同税務署長は、取下に応じないで同原告に右租税債務が存在するものと主張してやまない。
(2) 原告大橋病院は、昭和三二年八月一日王子税務署長に対して昭和二八年分の贈与税の納付税額は、三三万三七〇円であるとの申告書を提出したが、右は威圧と過誤に基くものであり、申告の意思がなかつたので、右を理由として、ただちに右申告書の取下を申出た。ところが同税務署長は、取下に応じないで、同原告に右租税債務が存在すると主張してやまない。
(3) 原告杏仁会は、昭和三二年八月一日葛飾税務署長に対し、昭和二七年分の相続税の納付税額は、一四九万九、八七〇円であるとの申告書を提出したが、右は威圧と過誤に基くものであつたので、右を理由として、昭和三三年一一月二二日同税務署長に申告の取下を申出た。しかし同税務署は、同原告の申告取下に応ぜず、同原告に右租税債務が存在すると主張してやまないため、同原告は昭和三三年九月二二日右相続税の第一回分割金として三〇万三、八七〇円を納入したが利子税の第一回分割金を納入することができなかつた。ところが同税務署長は、原告が利子税の等一回分割金を納入しなかつたことを理由にして、同年一二月二三日利子税額九七万八、三七〇円につき滞納処分として別紙第二目録記載の同原告所有の自動車を差押えた。
(4) 原告巻石堂病院に対して被告松戸税務署長は、昭和三二年八月二〇日昭和二八年分贈与税として、二二一万六、二五〇円の決定処分をし同原告に通知したので、同年九月九日同原告は、同被告に対し再調査の請求をしたところ、同月三〇日同被告は右再調査の請求を棄却した。そこで、同原告は同年一〇月一六日東京国税局長に対して審査請求をしたが、三カ月以上を経過してもなんらの決定をしない。
二、被告松戸税務署長の原告巻石堂病院に対する前記課税処分(以下本件課税処分という)は次の理由により違法無効であり、また右と同じ理由により原告謙仁会、同大橋病院、同杏仁会もいずれも相続税または贈与税の納税義務を負担していない。
(一) (法第六六条第四項は憲法に違反し無効である)≪省略≫
(二) (法第六六条第四項が準用する同条第一項第二項は憲法に違反して無効であるから右準用規定も無効である)<省略>
(三) (原告らは法第第六六条第四項に規定する法人ではない)<省略>
(四) (法第六六条第四項の「相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められる場合」との規定は憲法に違反する)<省略>
(五) (財団たる医療法人には相続税等の負担が不当に減少する結果となることは理論上ありえない)<省略>
三、したがつて、原告巻石堂病院を除く原告らについては、右租税債務の不存在確認を求めるとともに、原告杏仁会についてはすでに納付した税額の還付及び納付した翌日より日歩三銭の割合による還付加算金の支払並びに利子税につき別紙第二目録記載の自動車になしたる滞納処分の無効であることの確認を求め、原告巻石堂病院については課税処分の無効確認を求めるとともに、予備的に処分庁たる被告松戸税務署長に対し右課税処分の取り消しを求めるものである。
第三 被告らの答弁及び主張
一、被告松戸税務署長の本案前の申立の理由
原告巻石堂病院は第一次的請求として被告国に対し被告松戸税務署長のした課税分の無効確認を求め予備請求として被告松戸税務署長に対し右処分の的取り消しを求めているが請求の主観的予備的併合はわが民事訴訟法上許されないと解すべきであるのみならず、専属管轄の規定(行政事件訴訟特別例法第四条)に違背するから、結局被告松戸税務署長に対する訴は不適法として却下を免れない。
二、請求原因に対する認否
(二) 原告ら主張の第二の(一)の事実は、その設立年月日及び資産総額を除き認める。その設立年月日及び純資産額について被告らの確認したところは、別紙三目録記載のとおりである。
(二) 第二の一(二)の事実のうち、医療法人には財団と社団があること及びそれらが、法人税の納税義務を負うものであることは認めるが、その余の主張は争う。
(三) 第二の一(三)の事実のうち国税当局が医療法人は法第六六第四項にいわゆる「その他公益を目的とする事業を行う法人」にふくまれるとの解釈をとつていること、及び昭和二九年当時医療法人に対する財産の贈与、遺贈による提供者又はその特別関係者の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となる場合はに当該医療法人に課税されるのであるから、課税を欲しないものは、(1)定款又は寄附行為を変更して不当に租税負担を減少する結果とならないようにし、そのことについて租税特別措置法第四〇条同法施行規則第二六条、同法施行令第一九条(当時法第一七条、施行規則第二一条第一項)により大蔵大臣の承認を受けるが、(2)出資持分のある法人に改めるか、(3)個人経営に復帰するかいずれかの方法をとるべきであることを一般医療法人に周知させたことは、認めるが、その他の事実は否認する。
(四) 第二の一(四)の各事実のうち、(1)ないし(3)の各申告書取下申出の理由及び、(2)の原告大橋病院が申告書を提出した日の再調査請求及び審査請求をした日の点を除きいずれも認める。原告大橋病院が申告書を提出したのは、昭和三十二年八月一九日、原告巻石堂病院が再調査請求をしたのは同年九月一〇日審査の請求をしたのは同年一〇月一七日である。
(五) 第二の二、の事実のうち、本件課税処分が法第六六条第四項の規定に基き原告巻石堂病院に納税義務ありとしてなされたものであること及び同条項によりその余の原告についても相続税、贈与税の納税義務ありと主張していることは認めるが、その余の主張は争う。
(六) 第二の三、の主張も争う。
理由
第一、被告松戸税務署長の本案前の申立に対する判断
原告巻石堂病院は、第一次的請求として被告国に対し本件課税処分の無効確認を求め、予備的請求として被告松戸税務署長に対し右課税処分の取り消しを求めているところ、被告松戸税務署長はかかる請求の主観予備的併合は許されないのみならず、専属管轄の規定に違背するから右訴は不適法であると主張する。よつて判断するに、右原告の被告松戸税務署長に対する請求は、右原告の被告国に対する請求が理由がないことを条件としてするものであることはその主張自体明らかであるから、右請求はいわゆる主観的予備的請求と解すべきところ、かかる主観的予備的請求の併合は、原告の便宜や訴訟経済の要求にはかなう点があるにしても、相手方により多くの不利益をもたらすおそれがあり、わが民事訴訟法上許されないと解するを相当とする。よつて右原告の被告松戸税務署長に対する訴は、不適法として却下する。
第二、当事者間に争いのない事実
原告らがいずれも医療法第三九条第一項に基き昭和二七年一月一日以降設立された財団形態の医療法人であること、医療法人には財団と社団があり、それらは法人税の納税義務を負うこと、国税当局が医療法人は法第六六条第四項にいわゆる「その他公益を目的とする事業を行う法人」にふくまれるとの解釈をとり、昭和二九年当時医療法人に対する財産の贈与、遺贈により提供者又はその特別関係者の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となる場合には当該医療法人に課税されるのであるから、課税を欲しないものは、(1)定款又は寄附行為を変更して不当に租税負担を減少する結果とならないようにし、そのことについて租税特別措置法第四〇条、同法施行規則第二六条、同法施行令第一九条(当時法第一七条、施行規則第二一条第一項)により大蔵大臣の承認を受けるか、(2)出資持分のある法人に改めるか、(3)個人経営に復帰するかいずれかの方法をとるべきであることを一般医療法人に周知させたこと、原告謙仁会が昭和三二年八月一日葛飾税務署長に対し昭和二七年分の相続税の納付税額を一三三万八〇円として申告書を提出し、その後右申告書の取下を申出たが、同税務署長は、取下に応ぜず、同原告に右租税債務が存在するものと主張していること、原告大橋病院が王子税務署長に対して昭和二八年分の贈与税の納付税額を三三万三七〇円として申告書を提出し、その後右申告書の取下を申出たが、同税務署長はこれに応ぜず、同原告に右租税債務が存在すると主張していること、原告杏仁会が昭和三二年八月一日葛飾税務署長に対し昭和二七年分の相続税の納付税額を一四九万九、八七〇円として申告書を提出し、昭和三三年一一月二二日右申告書の取下を申出たが、同税務署長はこれに応ぜず、同原告に右租税債務が存在すると主張していること、同原告は同年九月二二日右相続税の第一回分割金三〇万三、八七〇円を納入したが、利子税の第一回分割金を納入できなかつたところ同税務署長は同年一二月二三日利子税額九七万八、三七〇円につき滞納処分として別紙第二目録記載の同原告所有の自動車を差押えたこと、被告松戸税務署長は、原告巻石堂病院に対し、昭和三二年八月〇二日昭和二八年分贈与税として二二一万六、二五〇円の決定処分をし同原告に通知したので、同原告は再調査の請求をしたところ、同年九月三〇日同被告は右再調査請求を棄却したこと、そこで同原告は東京国税局長に対し審査請求をしたが、三カ月以上を経過してもなんらの決定をしないこと、本件課税処分が法第六六条第四項の規定に基き原告巻石堂病院に納税義務ありとしてなされたこと、国税当局は同条項により原告巻石堂病院以外の原告らに対しても相続税、贈与税の納税義務ありと主張していることはいずれも当事者間に争いがない。
第三、本件課税処分等の適否
一、―四、(省略、(二)の判決と同じ。)
三、結論
以上説明したとおり、法第六六条第四項はなんら憲法に反するものではなく、財団たる医療法人は同条項の「公益を目的とする事業を行う法人」に該当すると解するのが相当であり、財団たる医療法人に対する財産の贈与又は遺贈により、当該贈与者又は遺贈者の親族その他これらの者と法第六四条第一項に規定する特別の関係がある者の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるかどうかは、当該具体的な場合の実情に即して事実の取調をまつてはじめて明らかになるものであつて、およそ財団なる医療法人については理論上いかなる場合においても法第六六条第四項が適用される余地はないとする原告らの主張は理由がないものといわなければならない。
そして以上の諸点は、民事訴訟法第一八四条にいわゆる独立した攻撃防禦方法に関する争いであつて、これらの諸点についての原告らの主張はいずれも理由のないこと前記のとおりである以上、原告らの場合がはたして事実において、法第六六条第四項に該当するかどうかを判断しなければ、原告らの請求の当否を終局的に決定しえないこと明らかである。したがつて当裁判所は前記の諸点について原告らの主張が理由がない旨の中間判決をするを相当であると認める。なお原告巻石堂病院の被告松戸税務署長に対する訴は、前記のとおり不適法であるからこれを却下することとし、この点の訴訟費用の負担については同法第八九条、第九三条を適用する。
よつて主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二部
裁判長裁判官 浅 沼 武
裁判官 時 岡 泰
裁判官小中信幸は転任につき署名捺印することができない。
裁判長裁判官 浅 沼 武
第一、第二、第三目録<省略>