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東京地方裁判所 昭和34年(行)93号 判決 1960年7月19日

原告 山本早見ジヤツク

被告 国 外一名

訴訟代理人 河津圭一 外四名

主文

本訴中、原告が被告国に対して所有権移転登記手続を求める部分は請求を棄却し、被告日本橋税務署長に対する部分はいずれも訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告日本橋税務署長が原告に対してなした別紙第一表記載の課税処分並びに訴外東京国税局長が別紙目録記載の物件につきなした公売処分を取消し、被告国は原告に対し、右物件の所有権移転登記手続をなせ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求める旨申立て、その請求の原因として「原告は米国籍を有する米国人であるか、終戦後東京都中央区日本橋室町二丁目一番地において「ハワイハウス」という家号を以て料理飲食店を開業し、昭和二二年一二月頃から昭和二五年一二月頃まで営業していた。当時日本は米国の占領下にあつて、日本に滞在する米国籍を有する者は、G・H・Q及び米国軍政部の厳重な指導監督を受け、日本の法律によつて統制されていた主食等の販売はもとより、闇ルートの物資を原料とする物品の取扱いを厳禁されていたので、原告は忠実に法律を守り、そのため原告の営業は昭和二三年から昭和二五年までほとんど開店休業の状態で、課税の対象となるべき所得は全くなかつたのである。しかるに被告日本橋税務署長は不当にも原告に対し別紙第一表記載のような課税処分をなし、ついで原告の営業用動産を差押え公売しようとしたが、この執行は、当時G・H・Qの許可のない違法執行であつたゝめ、原告の抗議により中止されたのであるが、その後平和条約発効後である昭和二七年五月二三日訴外東京国税局長は、新に前記課税の滞納処分として、原告所有の別紙目録記載の不動産を差押え、昭和三二年三月二二日これを公売に付し、その結果右物件は訴外淵田健一に売却され、同人名義所有権移転登記がなされるに至つた。しかしながら被告日本橋税務署長のなした前記課税処分は、課税の対象となる所得がないのになされた違法な処分であり、また訴外東京国税局長のなした前記公売処分は、右違法課税を前提としてなされた点において違法であるばかりでなく、占領中米国人に対する滞納処分は、昭和二二年一一月二九日附外国人に対する租税の適用に関する覚書(SCAPIN四九三八-A)により制限を受けていたが、独立後も平和条約第十九条D項により、占領中に生じた税金の徴収のために連合国人の財産に対して滞納処分をなすことは許されていないのであつて、同国税局長が、一旦中止された滞納処分を、独立後右条約に違反し、何等の理由もなく再行したことは明らかに違法不当な処分であり、原告の承服し難いところである。よつて原告は本訴において、違法な前記課税処分並びに公売処分の各取消を求め、且つ前記不動産の所有権移転登記手続を求める。」旨陳述した。

立証<省略>

被告指定代理人は、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、「被告日本橋税務署長が、原告に対し、原告主張のような課税処分をなしたこと訴外東京国税局長が、右課税処分の滞納処分として、原告主張の頃その主張の物件を差押え、その主張の頃右物件を公売に付したこと及びその結果右物件が訴外淵田健一各義に売却され同人名義に所有権移転登記手続がなされたことは争わない。(但し被告日本橋税務署長のなした右課税処分は、昭和二七年一二月二五日その一部が取消され、本件公売処分のものととなつた滞納税額は、別紙第二表記載のとおり、右課税処分の一部にすぎない。なお右公売処分による売得金四三七、〇〇〇円は右取消後の残額及び利子税額金一四九、五二〇円並びに滞納処分費金五七〇円に充当された。)しかしながら本件訴はつぎのような理由により却下されるべきである。

(イ)  課税処分取消訴訟については必要な訴願手続を経ていない。

所得税法(昭和二五年法律第七一号改正前)によれば、課税処分に異議のある者は、処分の通知を受けた日から一月以内に審査の請求をなすべく(四九条)、これに対する審査の決定を経た後でなければ、右処分の取消訴訟をなすを得ないものである(第五一条)。しかるに、原告が本件訴において取消を求めていると考えられる別紙第二表の1及び4の決定(減額訂正前)は、前者は昭和二四年二月二七日頃、後者は昭和二四年一二月一〇日頃にそれぞれ原告に通知されたものであるが、原告はこれに対し右所定の期間内に右審査請求の手続をせず、従つて所定の審査決定を経ずして出訴に及んだものであるから本件訴は不適法である。

(ロ)  公売処分取消請求及び登記請求については本件被告に当事者適格がない。

1  行政処分の取消訴訟は、その処分をした行政庁を被告として提起しなければならないが、本件公売処分は東京国税局長がしたものであるから、これが取消を求めるには同局長を被告とすべきものであつて、右公売処分の取消を求める訴は被告を誤つた不適法な訴である。(行政事件訴訟特例法第三条)

2  なお登記請求の訴は、右と趣を異にし、権利の主体をもつて被告とすべきものであるから、本件登記請求の訴が、もし日本橋税務署長を被告とするのであれば、その訴もまた不適法である。」

と、陳述し、本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告が米国籍を有する米国人であること、原告が原告主張の頃その主張のような営業を営んでいたこと原告主張の各処分がなされたことは認めるが、本件課税処分並びに公売処分が違法であるとの原告の主張はこれを争う。なお原告主張の覚書は、何等本件のような課税、差押、公売を制限禁止したものではない、」と述べた。

立証<省略>

理由

被告日本橋税務署長が、原告に対し、原告主張のような課税処分をなしたこと、訴外東京国税局長が、右課税処分の滞納処分として、原告主張の頃その主張の不動産を差押え、その主張の頃右物件を公売処分に付したこと及び右公売の結果右物件が訴外淵田健一に売却され、同人名義に所有権移転登記手続がなされていることは当事者間に争がないよつて、まず本訴の適否につき判断する。

一、課税処分の取消の訴について。

(原告は本件差押処分のもととなつた課税処分(昭和二三、二四、二五年の所得税)の取消を求めておるところの右課税処分のなされた日時、具体的内容は明確を欠くがその点はふれずにおく)

昭和二二年四月以降課税処分の取消又は変更を求める訴は、正当な事由のある場合を除き、所得税法所定の審査決定を経た後でなければ提起することができないのであるが(昭和二二年法律第二七号、第四九条、第五一条、昭和二五年三月三一日法律第七一号、第四八条、第四九条、第五一条)、本訴において原告は右のような手続を履践したことにつきその主張を明確にしない。尤も成立に争のない甲第一号証によれば、原告は昭和二七年一一月五日被告日本橋税務署長宛不当課税並びに不当課税に基く財産の差押等の不当処分に関する異議並びに取消要求書と題する書面を提出していることが認められ、また同年一二月二五日原告主張の課税処分の一部が取消変更されていることは被告の自認するところであるが、右の証拠だけでは、原告が前記法律所定の前置手続を経ていると認めることはできないし、他に原告が適法な手続を履践したことを認定するに足る資料はない。また本訴において原告が審査決定を経ないことにつき正当な事由があるとの点については、原告の何等主張、立証しないところであるから、原告の右訴は訴訟要件を欠く不適法な訴といわなければならない。

二、公売処分の取消の訴について

行政処分の取消の訴は、その処分をした行政庁を被告として提起しなければならない(行政事件訴訟特例法第三条)。しかるに、原告が本件において、処分庁である東京国税局長以外の者を被告としたのは、相手方たる被告を誤つたものであつて、右の訴はこの点において不適法である。

三、所有権移転登記請求の訴について

本件訴において、原告は当初被告を国その代表者を大蔵大臣として課税処分、公売処分の各取消並びに所有権移転登記手続を求めていたが裁判長の釈明によりその後被告を日本橋税務署長に変更した(昭和三四年一一月一八日附訴状訂正書)。当裁判所は、右被告の変更は、行政処分の取消を求める範囲に限つてなされたものと解するが、もし原告が登記請求の部分についてまで被告を日本橋税務署長に変更したものとすれば、国の行政機関であるにすぎない同署長に被告適格がなく、訴自体不適法であること勿論である。

そこで、つぎに、被告国に対する所有権移転登記請求の当否につき判断する。

元来所有権移転登記手続は常に登記義務者に対して請求すべきものであるが、本件において原告主張の不動産が公売処分により訴外淵田健一に売却され、原告から同訴外人名義に所有権移転登記手続がされたことは、原告の自ら主張するところである。そうすると、たとえ権利変動の原因が被告国の行政機関のなした公売処分によつたにせよ、右物件の所有権の移転は、原告と訴外淵田健一との間に生じたのであるから、右物件の所有権移転登記義務者は同訴外人であつて、被告国ではない。従つて原告が公売処分の瑕疵を理由として所有権移転登記の無効を主張し、右物件の所有権移転登記手続を求めようとするならば、訴外淵田健一に対して請求すべきであつて、被告国に対して請求すべきものではない。よつて被告国に対する原告の右請求は失当である。

以上のとおり、本訴中原告が、被告日本橋税務署長の課税処分並びに訴外東京国税局長の公売処分の取消を求める訴及び被告日本橋税務署長に対して所有権移転登記手続を求める訴は、いずれも不適法であるからこれを却下し、被告国に対して所有権移転登記手続を求める請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

別紙第一表 滞納金額目録

年度

税目

納期

税額

督促手数料

二三

所得

24、3、27

一二四、一八二円

一〇円

他延、利、

二三

所得

24、4、3

二九、四五五

一〇

他延、利、延加

二四

所得

25、3、27

一一五、七五〇

一〇

二四

所得

25、1、10

三四七、八七九

一〇

二四

所得

25、1、31

一五三、六六六

一〇

二五

所得

一キ

一三六、五九〇

一〇

二五

所得

二キ

一三六、五八〇

一〇

二五

所得

三キ

一三六、五八〇

一〇

合計

一、一八〇、六八二

八〇

施延利延加処分費

別紙第二表

年度

(昭和)

税目

納期

(昭和年月日)

当初税額

(円)

取消残税額

(円)

二三

所得税

二四、三、二七

一一七、八二一

一五、一三〇

加算税

〃 〃 〃

六、三六一

八一〇

追徴税

〃 四、二〇

二九、四五五

三、七四〇

二四

所得税(一、二期)

二五、一、一〇

三〇七、三三四

二六七、〇一〇

加算税

〃 〃 〃

四〇、五四五

同(三期)

〃 〃 三一

一五三、六六六

同(確定)

〃 三、二七

九一、〇〇〇

(右は追徴分)

加算税

〃 〃 〃

二、〇〇〇

10

追徴税

〃 〃 〃

二二、七五〇

11

二五

所得税(一期)

二五、七、三一

一三六、五九〇

12

同(二期)

〃 一一、三〇

一三六、五八〇

13

同(三期)

二六、二、二八

一三六、五八〇

物件目録<省略>

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