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東京地方裁判所 昭和35年(わ)2033号 決定 1961年4月26日

被告人 広川晴史 外二一名

主文

本件各異議申立をいずれも棄却する。

理由

一、本件各異議申立の理由は、前記記載のとおりである。

二、本件各一六ミリ映画フイルム(以下「フイルム」という。)の証拠能力を判断する基準について

はじめに一言しておくと、ここではフイルムがその内容において犯罪事実の現に行われている情況ないしその前後の情況を撮影したものである場合に限つて、その証拠能力を検討する。なぜならば、いうまでもなく、内容において種々―右の場合のほか、それ自体犯罪を組成する物件であるもの、裁判所等の検証ないし実況見分の結果を記録したもの、証拠物を撮影したものなど―に分れるフイルムの証拠能力については、ただフイルムというだけの理由でこれが一律に決定されうるものではなく、その内容毎に各別個に考慮する必要があるのであるが、本件各フイルムについては、検察官がその内容を犯罪行為の現況およびその前後の情況として申請しているからである。

さて、本件各フイルムについて、検察官はこれを証拠物であると主張し、弁護人らはこれを証拠書類であると主張している。しかしながら、当裁判所としては、フイルムをかかる証拠物または証拠書類という概念に一義的にあてはめて考えること自体誤りであると考える。すなわち、犯罪事実をそのまま記録したフイルムは、事実→観察→記憶→記憶の再生→表現という形式をとることにおいて、いわゆる目撃証人の供述と非常に類似した性格を持つているが、その反面、フイルム自体に対する反対尋問ということは論理上ありえないこと、および、記憶から表現までの過程が主として機械の手に委ねられているため、証言と対比して記憶が対象に忠実かつ詳細で、記憶の再生も正確かつ明確でありうるということをその本質的な特徴としている。したがつて、これを単なる非供述証拠とする見解は、前者の性格を全く無視した一面的な考え方というべきであるし、他方、これを全き証拠書類であるとみることも、後者の性格を度外視した一方的なみ方というほかなく、結局、右に述べた両面の性格を総合して考えれば、本件各フイルムは、これまで法の予想していた一定の類型のいずれにも属しない特殊な証拠であると解するのが相当である。そしてその証拠能力についても、この両面の特質を十分に考慮に入れれば、一方において、右のような供述証拠と類似する構造のうちに本質的に作成者の主観的意図の介在の可能性を許容すること、とりわけ観察から記憶および記憶から記憶の再生という二つの過程のうちに撮影者または編集者の故意もしくは過失による主観的評価ないし作為の加えられる危険性を包含することを否定できず、その意味でフイルムは単なる証拠物などと異り、関連性あるものでも直ちに無制限に証拠とすることは許されないというべきであるが、他方においては、それ自体には反対尋問の余地なく、機械的な記憶→記憶の再生でありうるという非供述証拠性も無視しえず、これを証拠とすることが証拠書類と同様伝聞法則により原則として禁止されているというのも正当でない。例えば、撮影者が撮影機の操作などによつて故意に真実に反する印象を与えるような方法で撮影した場合や編集者が故意に時間的経過を逆にした編集を行つた場合の如きには、もとより当該フイルムの証拠能力を否定することが必要であると同時に、かかる人的な違法不当な主観的意図の介在しないことが明らかであれば、いかにフイルムの内容自体の反対尋問が不可能であろうとも、これを証拠とすることになんらの支障のあるべきはずはないのである。

そこで進んで、こうした性質のフイルムを証拠として採用するにあたつて具体的にいかなる手続をとるべきか考えるに、相手方の同意(刑事訴訟法第三二六条の準用)のある場合は別として、一般には、刑事訴訟法第三二一条第三項を類推適用し、撮影者および編集者が公判廷において証人として尋問を受け、右に述べたような諸点についてこれが正当に行われたものであることを供述することが必要であると解する。なぜならば、事物の存在状態を直接視覚作用を通じて認識する資料であるフイルムは、すでにその点において検証と相共通する性格を有するのみならず、右に述べたフイルムの供述証拠的構造と、対象との関係における正確性、明確性、詳細性という特質とは、本来供述書である検証調書について、通常それが作成者の現在の記憶よりも正確、詳細かつ真実に近いものであることを前提としてこれを伝聞法則の例外と規定した同項の類推適用において、まさしくこれが調和されうるからであり、そしてそのことによつて供述証拠について反対尋問の機会を与えることを要求する法の精神がこの場合にも十分に尊重されることになるからである。なお、実際問題として、撮影者および編集者に前記のような諸点についての供述を求めるにあたつては、事件との関連性およびフイルムにおける時間的要素を十分に考慮することが必要と思われる。

三、本件各フイルムの具体的な証拠能力について

(1)  まず、前記基準に照らすとき、司法警察職員が予め犯罪の行われることを予想してその証拠蒐集のため現場附近に待機し、現に犯罪行為が行われているという判断のもとにこれを撮影したという事情は、これが直ちに本件各フイルムの証拠能力を否定する根拠となるものではない。すなわち、かかる事情のもとに行われた撮影も捜査活動として権限を逸脱した不当なものとはいいがたく、刑事訴訟におけるフエアプレイの精神に反するものとも必ずしもいいがたいから、本件各フイルムを証拠として採用することも、右のような事情のもとに撮影されたことの一事をもつてしては、これが憲法および刑事訴訟法の要請する法の正当な手続および公平な裁判所の理念に反することになるものではもとよりない。そして現在までの全証拠を総合しても、右の事情以外に、本件各フイルムの撮影にあたつて、特に違法不当な主観的意図の存在ないし技術的その他の方法による真実を歪曲するための作為がなされた事実はこれを認めることができない。してみれば、撮影方法に関して違法不当があるという弁護人らの主張は、これを採用するに由ないものである。

(2)  次に、編集に関しても、現在までの全立証によつても、前記基準に照らして本件各フイルムの証拠能力を失わせるような事情を発見することは困難である。むしろ、証人桜井秀男、同坂本正、同常山貫治の当公判廷における各供述によれば、同証人らは、その撮影した本件各フイルムを現像後直ちに、光線が射入したため影像の全く現出していなかつた部分を機械的に除いたほかは、すべて撮影の順序に従つてつなぎ、その後これになんらの変更を加えていない事実を認めることができ、これに反して違法不当な編集の行われたことを認めるべきなんらの証左もない。したがつて、弁護人らのこの点に関する主張もまた採用することができない。

四、以上から結局、本件各フイルムについては、現在までの立証によつては、その証拠能力の存在を肯定すべきものと考えられるから、弁護人らおよび被告人加藤尚武の本件各異議申立はいずれもその理由なく、刑事訴訟法第三〇九条第三項、刑事訴訟規則第二〇五条の五に則り、これを棄却すべきものである。

よつて主文のとおり決定する。

(なお付言すると、以上はあくまで現段階における立証を基礎とするものであるから、今後、撮影編集にあたつて違法ないし不当な作為の加えられていることなどその証拠能力を否定すべき事情が発見されれば、本件各フイルムについてこれを証拠から排除することが可能であることはいうまでもない。)

(裁判官 山田鷹之助 加藤広国 松本時夫)

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