東京地方裁判所 昭和35年(モ)4912号 判決 1960年9月12日
債権者 服部広毅
右訴訟代理人弁護士 水本民雄
谷口欣一
債務者 株式会社山岡毛皮店
右代表者代表取締役 山岡敏郎
右訴訟代理人弁護士 千葉宗八
佐藤順
高西金次郎
主文
債務者において債権者のため金百万円の保証を立てることを条件として、当裁判所が昭和三十五年四月六日同年(ヨ)第一、八八八号事件について発した有体動産仮差押え決定は、取り消し、かつ、債権者の有体動産仮差し押え決定の申請は、却下する。
訴訟費用は債権者の負担とする。
本判決は第一項につき仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、債権者主張のような本件公正証書が当事者間に作成されていることは債務者も認めるところである(なお、債務者は本件公正証書に表示された債権の存在を争つているけれども、本訴訟手続においてはその執行力を排除することはできないのであるから、執行力の存在を否定できない以上、この点についての判断は省略する。)。
二、そこで、本件公正証書に表示せられた債権の執行を保全する必要性があるかどうかについてみるに、本件公正証書に表示せられた債権のうち元金額の返済期限は契約締結の日から約二ヵ年半の後である昭和三十七年四月二日であつて、同公正証書第十三条に定められた事由が発生しない限りは右期限の利益を喪失しない定めとなつているのであるから、現段階は、右契約締結時とあまり隔てのない時期であつて、いまだ弁済期の到来にはほど遠い、というのを相当とする段階であることは債権者の主張自体によつて明らかなところであり、また、債務者においては本件公正証書第三条に定められた利息の支払は一回の遅滞もないこと、同第六から第八条、第十条に定められた担保の提供は記載どおり履行されていることはいずれも当事者間に争いのないところであるから、提供された担保の価値について見解の相違はありうるにしても、以上のような事実関係のもとにおいては、期限の利益を失うべき事由が発生したような場合は格別そうでない場合においては、他に特段の事態に変化がみられない以上、本件公正証書に表示せられた債権の行使は弁済期の到来までこれを猶予し、債務者の事業の発展を希求しているものとみるのを相当とする。従つて、本件公正証書作成の後において特段の事由が発生しないときは債務者の財産を仮に差し押える必要性、殊に債務者の営業を麻痺させるに近い毛皮製品その他の商品の仮差し押えの如きはこれを敢てする必要はないと、いわなければならない。
しかるに、証人二階堂勝則、同山本敏郎、同金子英男および同吉田作次郎の各証言並びに債権者および債務者代表者の各本人尋問の結果によれば、本件公正証書が作成せられた直後からも、債務者の会社経営を廻つて役員の改選、増資の手続または帳簿閲覧の請求等において、幾多の裁判上裁判外の紛争がくりかえされていることが窺われるけれども、その紛争の原因がいずれの側の責に帰すべきものかは別として、紛争の存在することをもつて直ちに執行保全の必要性あり、というには足らないし、またこの紛争の経過を検討してみても、この必要性についてこれを肯定すべき事由についての疎明は必ずしも充分とはいえない。
もつとも、この紛争の経過のうちには、債務者の側においていたずらに債権者を誹謗中傷するかの如き形跡が見られないでもなく、また債務者の会社経理に関して債権者が問題とする疑念を拭色するだけの努力に欠くるところなしとしないので、債権者においても、債務者の重要な財産である毛皮類の商品に関し乱売、隠匿または仮譲渡等の懸念をもち、自己の債権確保のため、仮差押えの執行手続をとるに至つたのも全くその理由なし、というわけにはゆかないけれども(従つて、債務者の今後の出方いかんによつては、必要性を肯定する結果になるであろうことは十分ありうることである。)、この段階においてはいまだ必要性を肯定すべき事由とならない、とみるのを相当とする。
なお、成立に争いのない甲第十号証の記載および前掲各疎明によるときは、債務者が廉価販売を実施した事実が窺われるけれども、いわゆる乱売に該当する、とはみられないから、なお必要性を発生せしめる事由とはなしがたい。
三、よつて債権者の仮差し押えの必要性はついにこれを肯定するには足りないし、保証をもつて疎明に代えるのを相当とする事案とはいえないので、債務者に、仮差し押えの取り消しによつて債権者に生ずべき損害の担保として、債権者のため、当裁判所が裁量によつて定めた金百万円の保証を立てさせることを条件として、さきに当裁判所が発した仮差し押え決定を取り消すとともに、その申請を却下し、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条、仮執行宣言について同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田倉整)