東京地方裁判所 昭和35年(レ)53号 判決 1962年2月28日
控訴人(原審被告) 高橋か弥よ
被控訴人(原審原告) 田中平三郎
右訴訟代理人弁護士 篠原千広
同 塚原豊喜
同 市川渡
主文
一、原判決を左のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人に対し、別紙目録記載の建物につき東京法務局品川出張所昭和二九年一月一三日受付第三五八号をもつてした所有権移転請求権保全の仮登記の本登記手続をし、かつ、右建物を明け渡せ。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
二、訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
控訴人が被控訴人を代表者とする訴外株式会社鎧屋(以下単に訴外会社という。)の事務員である訴外中曽根貞子から昭和二八年四月一八日金五万円を弁済期同年五月一八日、利息月八分と定め、一ヶ月分の利息を天引きのうえ借り受け、次いで同年七月一八日金二万円、同年八月一五日金一万円、同年九月一六日金二万円、同年一〇月一七日金二万円、同年一一月一六日金二万円をいずれも従前と同様、利息月八分の約で借り増し、その際それぞれ控訴人主張のごとき金額を天引きされたこと、および本件建物について昭和二九年一月一三日付で被控訴人のために売買予約にもとづく所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることは、いずれも、当事者間に争いがない。被控訴人は、中曽根は右のほか、昭和二十八年五月十七日金三万円を利息月八分で控訴人に貸付けたが、控訴人がさらに金員の借増しを求めたので、同年一二月一七日訴外三浦寿男が前記中曽根に肩替りすることとなり、債権者の交替による更改契約を締結するとともに新たに控訴人に金三万円を前同様の約定で貸し増し、次いで翌昭和二九年一月一七日被控訴人が右三浦に肩替りすることとなり、前同様債権者の交替による更改契約を締結するとともに新たに金三万円を同様の約定で控訴人に貸し増し、合計二三万円を元金とする右消費貸借上の債権を担保するため控訴人所有の本件建物につき弁済期に債務の履行がないときは右建物を債権額で控訴人から被控訴人に売り渡す旨の売買一方の予約をなし、右契約にもとづく所有権移転請求権を保全するため前記の仮登記を経由したところ、控訴人は弁済期までに右債務を履行しなかつたので、被控訴人は昭和二九年一月一八日に前記売買の予約完結の意思表示をし、これにより本件建物の所有権を取得した旨主張するに対し、控訴人はこれを争い控訴人は被控訴人主張のごとき債権者の交替による更改契約を締結したことはなく、控訴人が金員の借増しをしたのはいずれも中曽根からであつて、三浦や被控訴人が債権者とつたことはないし、また被控訴人との間となにその主張のごとき売買の予約をしたこもないと主張する。そこで調べてみると、前記当事者間に争いのない事実に署名押印が控訴人のものであることにつき当事者間に争いがなく、その余の部分については被控訴人本人尋問の結果≪省略≫を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、控訴人は、昭和二七年頃控訴人所有の本件建物の二階を間貸しするにつき間借人のあつせん方を訴外会社に依頼し一時同会社の世話で間借人を見つけたものの永続きせず、その後容易に間借人を見つけることができないでいるうち生活に窮して同会社に借金を申し込んだが、同会社の代表取締役であつた被控訴人から、会社としては確実な担保の差し入れがない限り金融することはできないと断わられた。その後控訴人はますます生活費に窮してきたため、控訴人が右訴外会社に出入りしている間に懇意になつた同会社の事務員中曽根に対し本件建物の二間二間を間貸ししたときの権利金を担保として金五万円を一時貸して貰いたいと懇請し、控訴人が老令にもかかわらず身寄りもなく、生活にも困窮している境遇に痛く同情していた右中曽根から、同年四月一八日前記のような約定で金五万円を利息天引きのうえ借り受けた。しかし、控訴人は間借人を見つけることができないためその返済をすることができず、同年五月一七日金三万円を同じく月八分の約定で利息天引の上借り受け、その後さらに前記のように二万円、一万円と借り増しを要求し、中曽根はこれに応じていたが、同人は貸金額が一〇万円に達した時、訴外会社の同僚から借用証をとり担保をとつておく必要のあることを注意されたので、控訴人に対し担保の提供を要求したところ、控訴人は債務を弁済しないときは本件建物を処分されても異議のない旨記載した金一〇万円の借用証(乙第三号証)を中曽根に差し入れるとともに本件建物の登記済権利証、控訴人の印鑑証明書及び委任状を同人に交付した。中曽根は、控訴人からの要求により前記のようにその後も金員の貸し増しをしていたが、同年一一月頃には控訴人に対する貸金債権が一七万円に達し、自己の所持金も乏しくなつたので、その弁済方を控訴人に対し請求したところ、控訴人は、あらためて控外会社の代表者たる被控訴人に対し中曽根に弁済するためと称して約二〇万円の金員借り入れ方を申し入れた。しかし、訴外会社としては控訴人に金員を貸与することはできなかつたので、被控訴人は同会社の元取締役であつた訴外三浦寿男に右金員の貸与方を依頼したところ、三浦は訴外会社の保証と確実な担保の差し入れを条件として控訴人に対し金二〇万円を貸し付けることとなり、同年一二月一六日頃控訴人の中曽根に対する債務額一七万円を三浦から中曽根に支払うとともに三浦が右中曽根に代つて控訴人に対する債権者となり、右金額にさらに三万円を新たに三浦から控訴人に貸与して債権額を二〇万円とし、弁済期を昭和二九年一月一七日、利息は前同様八分とする旨の契約を控訴人との間に締結し、中曽根に一七万円を支払い、控訴人に対しては三万円のうち一ヵ月分の利息を天引きした残額を交付し、その際控訴人は三浦に対して、期日に返済しないときは担保物件を処分されても異議のない旨付記した借用書(乙第一二号証)を差し入れ、前記権利証、印鑑証明書及び委任状も中曽根から三浦に交付された。ところが、控訴人は右債務を弁済することができないのみか、さらに金三万円の借り増しを求めるにいたつたが、三浦としてはこれに応じることができなかつたので、被控訴人が代つてこれに応ずることとなり、昭和二九年一月一〇日ごろさきの中曽根と三浦の場合と同様被控訴人が前記二〇万円を三浦に支払うとともに同人に代つて控訴人に対する債権者となり、さらに新たに三万円を控訴人に貸与し、以上合計二三万円の弁済期を同年二月一七日、利息は同じく月八分とする旨の契約を控訴人との間に締結し、被控訴人から二〇万円を三浦に交付し、同人から前記権利証、印鑑証明書及び委任状の引継ぎを受け、ついで、同月一七日ごろ三万円から一ヵ月分の利息を天引きした残りを控訴人に交付し、その際控訴人から前記中曽根および三浦に差し入れたと同様な内容の借用証(甲第一号証)を被控訴人に差し入れ、なお、この間同月十三日付で右の権利証等を用いて冒頭で述べたように本件建物につき売買の予約にもとづく権利保全のための仮登記をした。しかし控訴人が弁済期に右債務の履行をしなかつたので、被控訴人は、その頃、控訴人に対し、口頭で本件建物の所有権を取得する旨通告した。このように認定することができ控訴人本人尋問の結果(原審及び当審第一、二回)中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。(右申第一号証中には被控訴人と共に三浦寿男のあて名が記載されており、また乙第十一号証の昭和二十九年一月一七日附控訴人あて利息領収証には三浦寿男代理鎧屋なる記載があるがこれらの記載は、前掲各証拠に照らすときは、右認定を動かす資料となし難い。)ところで被控訴人は、控訴人が被控訴人に対して前記二三万円の消費貸借債務の担保とするため本件建物の権利証を交付したのは、控訴人が弁済期に債務を履行しない場合には被控訴人において右債権額をもつて本件建物を買い取ることができる旨の売買の予約を締結する趣旨でなされたものである旨主張し、被控訴人本人尋問の結果(原審第一、二回及び当審)には右主張に添う部分が存する。しかしながら、控訴人が前記中曽根及び三浦に対する債務の担保として本件建物を差し入れた趣旨については、控訴人が期限に債務を履行しなかつた場合に右債権額をもつて確定的に右建物の所有権を債権者に取得せしめるというような強い効力をもつものであることを認めしめる証拠はなく、かえつて前掲乙第三、第一二号証の各記載によれば、単に不履行の場合には債権者において右建物の所有権を取得し、右処分によつて得られた代金から債権額を控除して残余を生ずればこれを債務者に返還するという趣旨のものにすぎなかつたと認められるところ、控訴人が被控訴人に差し入れた借用証書(前掲甲第一号証)中における本件建物を担保物件として提供する旨の記載文言は中曽根や三浦に差し入れた借用証書中の当該記載文言と全く同一であるのみならず、被控訴人が三浦に肩替りした場合においても特に本件建物の担保物件としての性格を変更しなければならないような特別の事情も認められない点から考えると、控訴人としては被控訴人に対する関係においても中曽根や三浦に対すると同様の趣旨で本件建物を担保物件として提供したと考えるのが合利的であること、本件建物は、前記のように老令で生活資力に乏しい控訴人のほとんど唯一の財産であり、控訴人がこれを失うことは生活資金の唯一の取得源を喪失することになるので、控訴人としては借金額だけで本件建物を完全に手離すことは容易に承諾しないであろうと考えられること、被控訴人本人尋問の結果(原審第一、二回及び当審)によれば、本件建物自体はそれほどの価値のあるものではないが、これに付随する借地権を考慮すれば昭和二九年一月当時において六〇万円ぐらいの価値をもつており、現に控訴人は被控訴人ないしは控訴会社に本件建物の売却方を依頼し、控訴人と被控訴人との間には、本件建物が相当な価格で売却できた場合には、売買代金のうちから前記被控訴人の債権を控除した残りを訴外会社において月八分ぐらいの利息で運用し、その利息金をもつて控訴人の生活費にあてる等の話し合いがなされたこともあり、被控訴人はその趣旨で控訴人の名で新聞紙上等に本件建物売却の広告をし、前記二三万円の債務の弁済期経過後においても同様の広告を続けていたことが認められること、以上の諸点をあわせ考えると、控訴人と被控訴人間における担保物件としての本件建物の提供に関する契約の趣旨も、控訴人と中曽根及び三浦との間におけるそれと同様、単に債務不履行の場合において被控訴人において本件建物の換価処分権を取得し、換価の結果債権額以上の代金が得られればその剰余部分はこれを控訴人に返還する趣旨の、いわゆる清算的譲渡担保の範囲を超えるものではないと認定するのが相当であり、前掲被控訴人本人及び控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。もつとも、上記認定事実に照らすときは、控訴人は、本件建物を担保として提供した上記のごとき趣旨を逸脱しない限り、その担保の形式をどのようにするか、またその担保権保全のためにどのような法律上の措置を講ずるかについては被控訴人に自由な選択権を与えていたものと推認することができるから、被控訴人が本件建物を担保とする場合の法律上の形式として売買の予約の形式をとり、またその権利保全のための仮登記をしたことも控訴人が被控訴人に対して認めた権限の範囲を超えるものではなく、したがつて右の仮登記や前記売買予約完結の意思表示にもとづく被控訴人の本件建物の所有権取得を無効とすべき理由はないというべきであるが、他面被控訴人が右によつて本件建物の所有権を取得した場合においても被控訴人は控訴人に対する関係においては、被控訴人の控訴人に対する債権の弁済にあてるために必要な限度において右の所有権を行使することができ、その限度を超えてこれを行使することができないものといわなければならい。
そこで右の認定にもとづいて被控訴人の控訴人に対する本訴請求の当否をみるに、右請求中、控訴人に対し本件建物の所有権移転登記手続を求める部分は、被控訴人において控訴人に対する債権の弁済にあてるため本件建物を処分するにつき右登記が必要であることは明らかであるから正当としてこれを認容すべく、また控訴人に対し本件建物の明渡しを求める部分も、控訴人が本件建物に居住したままの状態では本件建物を控訴人の被控訴人に対する債権を弁済するに足りる価格で売却することは困難であると考えられるから、これも被控訴人の正当な権利の行使として認容されるべきものであるが、控訴人に対し昭和二九年二月一八日から明渡ずみにいたるまで一ヵ月金一、八〇〇円の割合による損害金の支払いを求める部分は、元来被控訴人が取得した権利が前示のように形式上は本件建物の所有権であつても控訴人に対する関係においては所有権の一内容としての換価権にすぎず、本件建物の使用収益権までも含むものではないのであるから、被控訴人としては控訴人に対し換価権行使のため本件建物からの退去を求めればそれで十分であり、それ以上に控訴人の本件建物の占拠によつて所有権者としての使用収益を妨げられたことによる損害賠償までも求めることはできないというべきであるから、右の請求は失当として棄却するべきである。よつて右と一部異なる判断に出た原判決はその限度において失当であるから、これを変更すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 位野木益雄 裁判官 中村治朗 大関隆夫)