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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)1407号 判決 1962年2月12日

原告 蛯原公寿

右訴訟代理人弁護士 牧野寿太郎

被告 三井生命保険相互会社

右代表者代表取締役 井上八三

右訴訟代理人弁護士 中村重一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一、原告主張の請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二、まず、本件各保険の被保険者であつた鈴木がそれぞれ告知義務に違反したかどうかについて判断する。

乙第一二号証≪省略≫を合せ考えると、次のとおり認められる。

鈴木徳司は昭和一九年ごろ肺結核のため宇都宮の陸軍病院に入院したことがあり、その後も病状は一進一退を続け、昭和三二年五月二〇日から昭和三四年五月一七日まで村田文雄医師により肺結核の治療を受けていたのであるが、昭和三四年三月当時、その病状は喀血性肺結核でかなり進行していた。鈴木は右医師からもよく養生するよう注意され、病状を自覚していたにもかかわらず、本件両保険契約締結の昭和三四年三月当時、被告に対し右肺結核の既往症、現在症を全く告知しなかつた。

以上のとおり認められる。

右認定に反する証拠はない。

鈴木の右肺結核の既往症、現在症は、生命の危険に相当重大な影響を与える病気であるから、本件両保険契約の締結について「重要な事実」にあたるものと解すべきである。鈴木はこれを知りながら、すなわち悪意で、被告にこれを告知しなかつたのである。

したがつて鈴木には本件両保険契約の締結にあたり告知義務の違反があつたのである。

三、次に被告が鈴木の前記肺結核の既往症、現在症を知つていたかどうか、または過失によつて知らなかつたかどうかについて判断する。

証人溝淵清の証言によると、須藤秀雄は昭和三三年暮れに被告に入社し本件両保険契約締結当時なお試の使用期間中の保険外交員(保険勧誘員)であつたことが認められる。

右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

一般に保険勧誘員は、保険申込の勧誘をする権限を有するにとどまり、保険者を代理して保険契約締結の諾否を決する権限を有するものではない。保険契約における告知は保険者が保険契約締結の諾否を決するためのものであるから、特に告知の受領について代理権を保険者から授与されない限り、保険外交員は告知受領の権限をもたない、と解するのが相当である。

本件において、須藤が特に被告から告知の受領につき代理権を授与されたという事実については何も証拠がない。したがつて、須藤が鈴木の前記既往症、現在症を知つていたかどうかを判断するまでもなく、須藤が告知の受領につき被告から代理権を与えられていたことを前提として被告が鈴木の前記病症を知つていたとする原告の主張は理由がない。

鈴木が昭和三四年二月一七日被告の嘱託医師であり告知の受領につき被告の代理人である真鍋友彦の診察を受けたか、このときには風邪をひいて正確な診断を下してもらえぬ状態にあつたので、同年三月四日再び被告の嘱託医師であり告知の受領につき被告の代理人である三橋良一の診療を受けたことは、当事者間に争いがない。

乙第一、二号証の各一、二と証人真鍋友彦、同三橋良一、同村田文雄、同佐藤の各証言とを合せ考えると、次のとおり認められる。

鈴木の肺結核は喀血性であつて、本件両保険契約締結から約六ヵ月後に、鈴木は喀血による窒息または心臓衰弱のために死亡した肺結核患者が喀血により死亡した場合死亡前六ヵ月当時に打診聴診によつて病状の異常を認めることができないことはしばしばある。

真鍋医師が第一回目に診察したとき、鈴木は風邪をひいているというので、同医師は特に注意して打診、聴診をしたが、異常を認めなかつたし、第二回目に三橋医師が診察したときも、鈴木の顔色は悪くなく、同医師は打診、聴診によつても異常を認めることができなかつた。右両医師が、右の当時、血沈やレントゲン診査を行つたとすれば、肺結核を探知することができたという程度の病状であつたと思われるが、右両医師はこれらの診査をしなかつたので、鈴木が前記肺結核の既往症、現在症をもつていることを知ることができなかつた。

以上のとおり認められる。

右認定に反する証拠はない。

右の事実関係から考えると、真鍋、三橋両医師は、打診をするにあたり過失があつて鈴木の肺結核を探知することができなかつたことは認められない。しかし血沈やレントゲン診査をしなかつたことが右両医師の過失であるといえるかが一応問題となる。

商法第六七八条第一項但書の「保険者が過失によつて重要な事実を知らなかつたとき」の過失とは、保険契約者が告知義務違反をしたにかかわらず、取引上における衡平の観点からみて保険者を保護することが相当でないと考えられるような保険者の不注意を指すのであるから、保険者に過失なしとするには、医師が診断に使用すべての検査をつくすことを要するものではなく、告知がなくても通常容易に右の重要な事実を発見することができる程度の注意を保険者が払えば足りると解するのが相当である。

かく考えてくると、右両医師が鈴木について、その顔色等が悪くなく、打診、聴診でも異常を認めなかつたところから、血沈やレントゲン診査も行わなかつたことは、右両医師、ひいては被告の過失とはいえない、といわなければならない。

このように、被告は本件両保険契約の締結当時、鈴木の肺結核のことは何も知らなかつたし、また知らなかつたことに過失がなかつたから、右両契約につき解険権を有するのである。

四、被告が原告に対し、昭和三四年一〇月二五日到着の書面で、「過日御来社の折お話し申したとおり、規定により本件各保険金の支払いをすることはできない。」という趣旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

原告は、右意思表示が契約解除の意思表示であることを争うので、この点について判断する。

証人溝淵清、同小林俊作の各証言、原告本人尋問の結果を合せ考えると、被告が原告に対し右書面を送る少し前に、被告の本件保険金に関する担当者である溝淵清は被告を訪れた前記小林、原告に対し、「結核を秘していた告知義務違反であるから、規定により保険金の支払いはできない」という趣旨を述べたが、原告らの納得を得ることができなかつたので、被告としてもなお検討することにしたけれども、結局、見解の相違であるから、確定的に契約解除の意思表示をする必要があると考えて、契約解除の意思表示をするもので原告に対し右の書面を送つたものであることが認められる。

右認定に反する証拠はない。

右書面の文言は、それだけでは契約解除の意思表示と認めるに不完全であるが、右認定の事情と合せ考えると、やはり、本件両保険契約を解除する意思を表示していると認めることができる。

原告は、保険契約解除の意思表示は解除の理由をも表示するのでなければ無効である、と争うが、解除の意思表示には解除の理由をも表示しなければならない、とするほどの根拠は見当らない(もつとも、本件では、前記認定のとおり、被告は解除の理由をも表示したとみることができる。)

してみると、本件両保険契約は昭和三四年一〇月二五日の前記解除の意思表示によつて解除されたといわなければならない。

五、よつて、原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村義廣 裁判官 鹿山春男 猪瀬慎一郎)

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