東京地方裁判所 昭和35年(ワ)1552号 判決 1962年5月29日
原告 田中済策
被告 国
訴訟代理人 木下良平 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二十四万五千円及びこれに対する昭和三十五年三月九日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は訴外株式会社建設工業鋳造所振出有限会社中山製作所宛の(イ)金額金十八万円、支払地東京都港区支払場所株式会社三菱銀行品川駅前支店(ロ)金額金七万円支払地東京都干代田区、支払場所株式会社国民相互銀行、(イ)(ロ)共振出日昭和三十二年二月十九日、満期同年五月二十一日、振出地埼玉県川口市なる約束手形各一通の所持入として、満期に支払場所に呈示して支払を求めたところ支払を拒絶されたので、東京地方裁判所に対し昭和三十二年六月右振出訴外会社を債務者として右(イ)(ロ)の合計金二十五万円の債権について有体動産仮差押命令の申請をし、同裁判所昭和三二年(ヨ)第三五四〇号事件仮差押決定を受け浦和地方裁判所執行吏小貫宝作に対し右仮差押の執行を委任した。
二(1) 小貫執行吏は原告の前記委任に基き、昭和三十二年七月三日川口市寿町百六十九番地債務者株式会社建設工業鋳造所に臨み同会社所有の銑鉄二トン(見積六万円)金枠十五トン(見積十八万五千円)大型台秤一台(見積五千円)に対して仮差押をしその標示をして、同会社の保管に付した。
(2) その後原告は右仮差押物件が何人かによつて他に持ち去られた旨の噂を聞いたので、執行吏に仮差押物件の点検手続を申請し、昭和三十二年十二月十八日執行吏は前記債務者会社に臨んで点検をしたところ、同会社には既に仮差押物件は一点も存在しなかつた。
(3) 原告はこれよりさき昭和三十二年七月三十一日東京地方裁判所に対し右債務者会社を被告として前記仮差押事件の本案訴訟を提起し同庁昭和三二年(ワ)第六〇六〇号事件として審理され昭和三十三年一月十七日に至つて原告勝訴の判決言渡があり、該判決は同年二月十一日確定した。そこで原告は同年三月十四日前記小貫執行吏にその執行を委任し、同執行吏は同月十五日、債務者会社に臨み仮差押物件を強制執行に移す手続をしようとしたが、依然物件存在せず、その所在も不明なるため、執行不能になり、かつ前記株式会社建設工業鋳造所は、多額の負債を有し、前記点検前、債務者中朝鮮人を中心とする一団によつて、実力をもつてその所有財産を奪取されてしまつた結果、財産は全然なく有名無実となり現在所在すら判然としない状態となり、原告の同会社に対する前記金二十五万円の手形債権は取立不能に帰した。
三、しかるところ、前記小貫執行吏のした仮差押の執行は銑鉄及び金枠については差押物件を特定せず、無効であり、同執行吏は粗漏違法な手続をなし、過失により執行吏としての職責を果さなかつたものである。すなわち本件の銑鉄及び金枠は個数多数で、重量物であるから、経済価値が高く、仮差押の目的を達するのに適するが、本件仮差押は多数存在した同種の物件全部についてなされたのではなく、その一部に対してなされたにすぎないのであつて、このように多数物件中一部を仮差押をする場合、現実に仮差押をすべき物件を他の同種のものと選り分けてその区別を明らかにして仮差押をなすべきであり、仮差押は特定物を仮差押することによつてのみ効力を生ずるのであつて、単に数量を指示し、仮差押調書を作成し公示書を貼布しても、物件特定せず、不特定物に対する占有は考えられないから差押の効力を生じないのである。しかるに小貫執行吏は仮差押をなすべき銑鉄二トン金枠十五トンを多数存在した同種の物件中からそれぞれ現実にとりわけて仮差押をすることが不可能ではないにも拘らずかかる処置をとらなかつたのである。
右の結果、大型台秤一台を除き銑鉄及び金枠については仮差押が有効になされていなかつたため、原告は、仮差押が有効になされていたならば、該仮差押物件を本執行に移し、競売によつて得たであろう売得金より配当を受け得べき金二十四万五干円を得る能わず、ひつきよう原告は国の公権力の行使に当る公務員たる小貫執行吏の過失による違法な職務執行により金二十四万五干円の損害を蒙つたのである。
よつて被告は原告に対し金二十四万五千円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三十五年三月九日より完済に至るまで年五分の割合による損害金を支払うべき義務があるからその支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、
被告の過失相殺の主張に対し、差押債権者に被告主張のような義務はない。たゞより多くの物件を差押え、十分に債権の保全を計ろうとする場合、債権者において執行吏に協力するため提供する便宜上の問題にすぎない。従つて債権者が被告主張のような財産調査器材等の準備をしないで立会つたとしても、仮差押手続における瑕疵による損害について原告が一部の責任を負うべき筋合ではない。また右のような人員器材の提供がなくとも銑鉄の重量は一個十五キログラム(四貫)金枠は一個十一ないし十五キログラム(三ないし四貫)にすぎないから多数かつ多量に山積みされていたもののなかから一個ずつとりわけることは決して不可能ではない。また執行吏の執行行為は、当事者の委任に基くものではあるが、執行に当つては、法令に別段の規定がない限り、執行吏は必ずしも常に当事者の指示に従うべき義務はなく、債権者代理人の要請の有無に拘らず独自の見解によつて決すべきであり、一旦差押を実施した以上その責任は執行吏に帰すべきである。と述べ、
立証<省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、
請求原因第一項の事実は、原告が訴外株式会社建設工業鋳造所を債務者とする東京地方裁判所昭和三二年(ヨ)第二五四〇号事件仮差押決定の執行を浦和地方裁判所執行吏小貫宝作に委任したことのみを認め、その余は不和
同第二項(1) の事実は認める。
同項(2) の事実は、小貫執行吏が原告主張の如く点検をしたことを認め、その余は不和。
同項(3) の事実中小貫執行吏が昭和三十三年三月十四日原告より右仮差押に対する本執行の委任を受け同月十五日前記会社に臨んだが、仮差押物件が存在しなかつたことは認めるが仮差押物件は、前記会社の債権者代表と称する定山茂雄こと崔釆鎬ら数名がこれらを右会社取締役藤沢陽蔵の制止にもかゝわらず仮差押中の物件であることを知りながらあえて搬出してしまつたものである。同会社が財産は全然なく有名無実となり現在所在すら判然としない状態となつたことは不知。
請求原因第三項の事実については銑鉄及び金枠に対しなされた本件仮差押が仮差押をするべき物件をそれ以外の同種物件中から取り分けて区別せずに単に銑鉄につき二トンを、金枠につき十五トンを仮差押することとしてその仮差押するべき数量を指示することによつてなされたものであることは原告主張のとおりであるが、その余の点は争う。
まず本件仮差押は適法かつ有効である。
小貫執行吏は昭和三十二年七月三日年後一時頃株式会社建設工業鋳造所に赴き、債権者たる原告の代理人長谷川良二、債務者たる右会社の専務取締役藤沢陽蔵立会の上、有体動産の差押をしようとしたところ、同会社占有の什器、備品等は見当らなかつたが、原材料のなまこ型銑鉄鋳物製金枠及び大型台秤の仮差押を原告の代理人が要請したので、これらについて請求債権額二十五万円にみつるまで、差押をすることとし、各物件の見積価格を評価した上、銑鉄は右会社工場入口附近に山積されていたもののうちの二トンを、金枠は右工場内に集積されていたもののうちの十五トンを大型台秤一台は同じく右工場内にあつたのをそれぞれ差押えた上、公示書に右各物件の目録を記載してこれを右工場事務所の壁に貼布しその旨を債権者代理人及び債務者会社の立会人に了知せしめ、かつ債権者代理人の承諾を得て債務者の保管に付することとしたのである。
ところでこのように仮差押物件を債務者保管に付したときにおいて一般に、同種物件が多量にかつ一ケ所に集積して存在するようなときにその物件中の一定数量の部分につき仮差押をなす場合においては、右仮差押の対象となる数量の物件だけを他の同種物件より取り分け区分して、右物件に対し仮差押の執行をなし、これを債務者の保管に付することがのぞましいことはもとよりである。しかしながら本件仮差押においては、銑鉄、金枠のいずれも重量物であり、かつ多量にあり、しかもこれらがそれぞれまとめて集積されていたので、銑鉄、金枠のいずれの集積中から仮差押の目的となる数量分だけの物件を個々に指定したり、あるいはこれを取り分けて別に区分することは、仮差押当時の状況においては、いちじるしく困難ないし不可能であつた。このように仮差押の執行に際し、目的物件だけを別途に区分し保管させることが事実上困難ないし不可能である場合においては、執行吏において右の方法以外に他に適当と認める方法によつて仮差押物件につき執行することも許されるとしなければならない。問題はその仮差押によつて一定の財産につき債務者の処分権が剥奪され、これが国家権力に基く特別の支配の下に確保されるという仮差押の目的が現実に達せられるかどうかによつて右仮差押の有効、無効が決せられるというべきである。そうだとすれば、多量の同種物件中その一部にあたる数量だけを仮差押し、これを債務者保管に付する場合の執行方法としては本件仮差押におけるように、右同種物件中、仮差押すべき数量を指示する方法によつても、有効な仮差押として許きるべさものである。即ち、か、る執行によつても同種物件中差押の対象である一定数量だけの物件については債務者の処分権は剥奪されるから(債務者としては常に、右数量だけは確保しなければならないものであり、また第三者としても、右数量の物件については、計量によつてこれが執行の対象であることを容易に認識できるわけであるから、仮差押物件の保全について欠亀けるところはなく、本執行の段階に移行した場合においても、競売によつて第三者が競落し、その目的物の引渡をうけるに際し右物件中より差押の対象である一定数量だけの物件の引渡をうければ足りるのであるから、なんらの支障を生ずるものではない。このようにみるならば、前述のように同種物件中その一部分につき仮差坤をなすに当つて、右部分を取り分け区分することなく、仮差押の対象である右部分の数量のみを指示する方法によつても、仮差押物件を確保し、これによつて債権の保全をはかるという仮差押の目的は達せられるものというべきでありかかる仮差押の執行も有効と解すべく、従つて本件仮差押において銑鉄二トン金枠十五トン仮差押すべき数量を指示してなした執行もこれによつて仮差押の目的を達するになんら支障を生ずるものではないというべきであるから、かる方法によつてなした本件仮差押もこれを無効と解することはとうていできない。
次に原告の主張する損害は、仮差押にかゝる物件が喪失したことによつてこれにより保全されるべき債権の満足がうけられなかつたことから発生するものであるから、かりに本件仮差押が銑鉄及び金枠については違法であり、無効であつたとしてもこのことから直ちにその損害が発生するわけのものではない。ところで本件仮差押にかゝる各物件については定山茂雄こと崔釆鎬らが、これが仮差押物件である旨を保管者である債務者会社関係者らより告げられ了知しながら、すべて搬出し処分したと認められるのであつて、右各物件については、本件仮差押の有効、無効に拘らず喪失したとみるべきであるから、本件仮差押の瑕疵と原告の主張する損害の発生との間には法律上の因果関係は存しないという他はない。
かりに右が理由がないとすれば原告は本件仮差押に際し、自らの損失により右仮差押手続の瑕疵を生ぜしめたものであるから過失相殺を主張する。すなわち一般に本件銑鉄、金枠の如き有体動産を差押えるに際しては、仮差押債務者は予じめ、債務者の財産について、調査を遂げ、これが執行に必要と認められる人員、器材等を準備して執行に臨むのが通常であるところ、本件仮差押に当つて、仮差押債権者である原告はかゝる準備を全くせず、かつ執行吏に対してもその準備をなすよう申入していなかつたので、当日執行に赴いた執行吏としては本件銑鉄、金枠について個々の物件ごとに差押をなしたり、あるいは一ケ所に集積して他から取り分け区分する等の措置をとることはとうてい不可能であつた。それにも拘らず前記債権者代理人において執行を要請したため、執行吏としては、前述のような執行方法によらざるを得なかつたのであり、右代理人においてかゝる執行についてなんら異議を述べなかつたのである。このように前記債権者代理人において、本件仮差押にあたり自らなすべき準備を怠り、しかもあえて執行すべきことを要請したことが認められるのであるから、たとい本件仮差押に瑕疵があつたとしても、これは仮差押債権者である原告自らの過失によつて生ぜしめたものというべく、損害賠償の額を定めるについて、当然この点は斟酌せられるべきである、と述べ立証<省略>
理由
一、原告が訴外株式会社建設工業鋳造所を債務者とする東京地方裁判所昭和三二年(ヨ)第三五四〇号事件仮差押決定の執行を浦和地方裁判所執行吏小貫宝作に委任したこと、同執行吏が右委任に基き昭和三十二年七月三日川口市寿町百六十九番地債務者株式会社建設工業鋳造所に臨み、同会社所有の銑鉄二トン(見積六万円)金枠十五トン(見積十八万五千巴)大型台秤一台(見積五千円)に対して仮差押をし、その標示をして同会社の保管に付したこと、同執行吏が昭和三十三年三月十四日原告より右仮差押に対する本執行の委任を受け同月十五日前記会社に臨んだが、仮差押物件が存在しなかつたこと、並に、右銑鉄二トン及び金枠十五トンに対する仮差押の執行が、仮差押をするべき物件をそれ以外の同種物件中から取り分けて区別せずに単に銑鉄につき二トン、金枠につき十五トンを仮差押することとして、その仮差押するべき数量を指示することによつてなされたものであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証の一、二乙第二、第八号証と小貫宝作、同藤沢陽蔵同長谷川良二の各証言を綜合すれば訴外株式会社建設工業鋳造所は鋳物製造業で前記仮差押決定は、原告が原告主張の(イ)(ロ)の各約束手形の所持人として振出人たる前記訴外会社に対する手形金合計金二十五万円の支払請求権を被保全権利として申請したのにかゝるものであるところ、小貫執行吏は昭和三十二年七月三日午后一時頃川口市寿町百六十九番地の右訴外会社に臨み、右訴外会社取締役藤沢陽蔵の立会のもとにまづ、事務所を見たが、古びた什器があつたのみであつたが、これと並ぶ操業中の工場には機械等はないが、その軒下辺りに原材料である一個約十五キログラム位(証人小貫宝作、同長谷川良二の各証言中これに反する部分は信用せず)のなまこ型の銑鉄が多数略一個所に積まれて存在し、また右工場内及びその入口附近には大小種々雑多な鋳物製金枠が、現に使用中のものを含めて雑然と置かれ、さらに右工場の入口に大型秤一台があつたので、これらの期体動産に対し仮差押をすることとし、右金枠については、処分するということになれば通常くず鉄としての処分になるので、これに従い、右各物件の見積価格を評価し、銑鉄二トンと金枠十五トンと右大型台秤一台とで、金二十五万円に満つるものと認め銑鉄と金枠についてはただ数量を定めるにとどめて、前記銑鉄のうち二トン、前記金枠のうち十五トン及び右大型台秤一台をもつて仮差押物件となし、債権者たる原告の代理人長谷川良二の承諾を得て債務者たる前記訴外会社の保管に付し、仮差押物件の表示として各品名と数量とを掲記記載した公示書を前記事務所の壁に貼布したこと、その後原告は右仮差押事件の本案訴訟たる東京地方裁判所昭和三二年(ワ)第六〇六〇号事件において昭和三十三年一月十七日勝訴の判決の言渡を受け該判決は確定して原告は前記のように、小貫執行吏に右仮差押に対する本執行を委任し同執行吏は同年三月十五日前記訴外会社に臨んだが、銑鉄、金枠はもとより前記の大型台秤も存在せず、執行不能となつたこと、前記訴外会社は右の仮差押後急激に経営不振となり、昭和三十二年十一月頃、定山茂雄こと崔釆鎬ら同会社の債権者である一団の者が、当時同会社工場にあつた銑鉄や金枠や前記大型台秤等の動産類を数回に亘つて悉皆持ち去り、これらの所在が不明となつた結果、同会社の所有に属する物は全然ない状態となつてしまつたことが認められる。
二、小貫執行吏が本件仮差押の執行にあたり、前記訴外会社の工場において現認した多数の銑鉄や金枠については、その価値という点からみれば、ただ重量によつて計算されるにすぎず、そそれぞれ、どの部分をとつても重量が等しければ、価値に差異はなかつたものではあるけれども、ひとつ、ひとつ各々一個の有体動産をなしていたものである。しかして有体動産に対する仮差押の執行は執行吏が目的物を占有してなすべきものであり、目的物をそのま、債務者の保管に付する場合においても異るところはなく、封印その他の方法をもつて差押を明白ならしめる方法を採らしめ、これをもつて目的物が執行吏の占有にかゝることを明らかならしめるのであつて、有体動産の仮差押において執行吏が目的物を占有することなくしてなした執行の如きは有効なものとはいえない。(乙第二号証の有体動産仮差押調書にも、銑鉄なまこ型のもの二トン、金枠十五トン、大型台秤一台を差押え、差押物の占有は悉皆本職に帰したものである云々の記載がある)、従つて小貫執行について仮差押物件は債務者の保管に附することとして、ただ数量を指示するのみで右の現認した銑鉄のうち二トン、金枠のうち十五トンをもつて仮差押物件となし仮差押物件の表示として各品名と数量を記載したにとどまる公示書を事務所の壁に貼布しても、銑鉄や金枠についてはなんら物件が特定せずこれに対する執行吏の占有というものはとうてい考えることができないから、同執行吏のした本件仮差押の執行は銑鉄及び金枠については有効な仮差押の執行ということはできない。
被告は、仮差押の有効、無効はこれによつて一定の財産につき債務者の処分権が剥奪され、これが国家権力に基く特別の支配の下に確保されるという仮差押の目的が現実に達せられるかどうかによつて決せらるべきであり、仮差押物件を債務者保管に付するときは本件仮差押のように、同種物件中、仮差押するべき数量を指示する方法によつても、同種物件中差押の対象である一定数量だけの物件については、債務者の処分権は剥奪されるから、債務者としては、常に右数量だけは確保しなければならないものであり、また第三者としても右数量の物件については計量によつて、これが執行の対象であることを容易に認識できるわけであり、本執行の階段に移行しても、競売によつて第三者が競落し、その目的物の引渡をうけるに際し、右物件中より差押の対象である一定数量だけの物件の引渡をうければ足りるからなんら支障はなく、右の方法によつても、仮差押物件を確保し、これによつて債権の保全をはかるという仮差押の目的は達せられるから、有効であるという。しかし一定の財産につき債務者の処分権が剥奪され、これが国家権力に基く特別の支配の下に確保されるといつても有体動産の仮差押にあつては国家権力の行使は執行機関たる執行吏において目的物を占有してこれをなすという形でなさるべきものであり、被告のいうようになつては、有体動産の仮差押において執行吏の占有を不要ならしめるものと異ならず、「仮差押」といゝ「債務者の保管に付する」というも、言葉の上だけであつて、(前記の有体動産仮差押調書の記載についても同じである)実質執行吏において債務者の占有する多数の同種物件について、債務者に対し、その内一定数量につき処分を禁じ、その確保を命ずるのと撰ぶところがなく、(証人藤沢陽蔵の証言によると、同人においては本件仮差押当時、前記訴外会社工場に存した銑鉄の内の二トンというような限定も超えて、単に同種の銑鉄二トンを右工場に存置すれば足りるというような理解の仕方に及んでいる)差押物件を債務者の保管に付することができるからといつて、有体動産差押の方法として、被告のいうような便宜的なものを認めることはできないのであつて、被告の右見解には従い難い。(また被告のいうような方法によるとすると、本執行の段階に移行した場合、物件自体は特定せず、特定した多数の同種物件中の計数上の一部という状態において、有体動産競売が行われることになるものの如くであるが、かゝることは甚だ疑問であり、一体競落入において所有権を取得すべき現実の物件はどのようにして定まるのか等疑なきを得ない。)本件仮差押においては、銑鉄、金枠のいずれも重量物であり、かつ多量にあり、しかもこれらがそれぞれまとめて集積されていたので、仮差押の目的となる数量分だけの物件を個々に指定したり、あるいはこれを取り分けて別に区別することが、仮差押当時の状況においては、いちじるしく困難ないし不可能であつたという事情があつても、かゝる事情は、なんら右の判断を左右し得べきものではない。
三、右のように小貫執行吏のした本件仮差押の執行は、銑鉄、金枠については、その効力という点からみれば、なきに等しいのであるが、しかし同執行吏は原告より仮差押の執行委任をうけながら、全くなにもしなかつたというわけではないのである。証人藤沢陽蔵の証言によれば、前記訴外会社は本件仮差押後ももちろん操業を続け、原材料である銑鉄については、同種の新たな物も工場に逐次搬入し、これらと本件仮差押当時存した物とを混淆し、常時少くとも五、六トンを工場に備えつゝ消費していつたのであるが、急激に経営不振となり多額の債務を負担し、昭和三十二年十一月頃、当時同会社工場にはなお二トンを超える数量の銑鉄や十五トンを超える数量の金枠や前記大型台秤が存在し、同会社取締役藤沢陽蔵らにおいて、小貫執行吏の貼布した公示書も示し、銑鉄、金枠、大型台秤に対し仮差押の手続がなされている旨も告げ、銑鉄については少くとも二トン、金枠については少くとも十五トンを残置すべきことを求め、制止したのに拘らず、定山茂雄こと崔釆鎬ら同会社の債権者である一団の者が、これを無視し、散逸の惧あり、自分達の方へ一応運んで保管すると称して、あえて、銑鉄や金枠のみならず前記大型台秤さえも悉皆持去り、これらの所在を不明ならしめてしまつた(おそらく処分されたものと推測される)のであつて、右定山茂雄こと崔釆鎬一団の者にとつては、仮差押物件の特定、仮差押の有効、無効の如きはあえて問うところではなく、かゝることになんらの頓着もなかつたものであることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
そうすると小貫執行吏において、原告が主張するように、銑鉄や金枠について、仮差押をすべき銑鉄二トン金枠十五トンを選り分け特定して、仮差押の執行をなし、前記会社の保管に付し、同会社において、その物自体を保管していたとしてもこれにより、定山茂雄こと崔釆鎬らの侵奪を免れ、原告は右の銑鉄二トン、金枠十五トンを本執行に移し、競売により売得金から配当を受けるということは必ずしも保し難く、原告が銑鉄二トン、金枠十五トンを競売し、売得金から配当を受けることができず、同会社の所有に属する物も全くなく、同会社の所有物によつてはなんら自己の債権の満足を得ないということが、小貫執行吏のした本件仮差押の執行が、銑鉄、金枠については有効でなかつたことに原因すると、たやすく断ずることはできない。
四、よつて小貫執行吏のした本件仮差押が銑鉄、金枠については有効でなかつたために原告がその主張の如き損害を蒙つたという原告の主張はこれを認め難く、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 園田治)