東京地方裁判所 昭和35年(ワ)4358号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕本件土地は、(一)中央区銀座二丁目二番地一宅地九八坪五合七勺、(二)同番地二一宅地七五坪二合九勺、(三)同番地二宅地五〇坪、(四)同番地一〇宅地五〇坪の四筆で、(五)右(一)の土地のうち南隅の二坪八合四勺の所在位置に争いがある。原告は右(一)、(二)の土地の所有者であるが、原告の先代喜三郎が大正一二年九月一日以降(三)、(四)の土地所有者である亡山口徳四郎に右(一)の土地の一部である(五)の土地を建物所有の目的で賃貸した。昭和二三年に右徳四郎が死亡して、被告山口コト、同山口長之助、同山口敏次郎、同星野ゆりが共同相続し、(三)、(四)の土地を共有するとともに、(五)の土地の借主たる地位を承継した。また被告道源商事株式会社は、(三)、(四)の土地について被告山口長之助から共有持分九分の二を譲り受けて、昭和三〇年九月その地上に建坪九三坪の鉄筋コンクリート造地下二階及び塔屋二階付九階建店舗兼事務所一棟を建築所有している。ところで原告は、被告道源商事所有の右建物が実際は東側表通り幅〇・二一間裏側幅〇・一八間奥行九・一五間、面積一坪七合八勺の部分を(五)の土地の上にまたがつて建てられてあり、従つて被告道源商事は(五)の土地を原告に無断で使用していることになるとして、被告山口らに対し無断転貸を理由に(五)の土地の賃貸借契約解除の意思表示をし、(一)(二)の土地と(三)(四)の土地の境界に争いがあるので被告らに対し境界の確定を求めるとともに、被告山口らが右(五)の土地について賃借権を有しないことの確認を求め、また被告道源商事に対し本件建物のうち東側の各階の各一坪六合八勺を収去して(五)の土地を明け渡すことを求めた。被告らの主張する境界線は、原告主張の線よりも〇・一二六間東寄りの位置にあるが、それでもなお本件建物の東側は幅約〇・〇八四間、奥行九・一五間、面積約七合七勺の部分が(五)の土地にまたがつていることになる。被告らは、被告山口らが本件(五)の土地については元来地上権をもつている、また原告は本件建物の建築工事を承諾し(五)の土地の転貸を承認していると争うほか、本件建物の侵入部分を収去して明渡せというのは、原告の得る利益に比べて被告道源商事の損失が甚大で、権利の社会性に反し、権利の濫用として許されないと抗弁した。
判決は本件各土地の境界を被告ら主張の線で確定し、従つて(五)の土地の位置も被告ら主張の位置に確定したが、本件建物中被告ら主張の部分がなお(五)の土地に侵入していることを認めて(五)の土地の賃貸借契約解除を理由ありとし、次いで権利濫用の抗弁を容れて、(五)の土地のうち本件建物の侵入部分の敷地を除いた空地の明渡を命じた。権利濫用とする理由づけは次のとおり。
「……によれば、被告道源商事が本件建物の建築届を出し、着工したのが昭和二八年一〇月であり、建築の完了したのが昭和三〇年三月二三日であること、原告がビルデイング建築のことを耳にするようになつたのは昭昭二八年春頃のことで、その後原告は被告山口から地代を持参されても、まぎれやすいということでこれを受け取らず、昭和三〇年になつてはじめて岡本忠道弁護士等を介して(五)の土地の返還の交渉を開始したことが認められる。そうすると、当時直接土地の管理に当つていた原告としては、いわゆる九尺二間のバラツク建ならともかく、本件建物が工事期間約一年半を費した地上九階地下二階に及ぶ鉄筋コンクリートのビルデイングであつて、しかも俗に『土一升金一升』といわれる東京随一の繁華街銀座の表通りに建てられているのであるから、何らかの方法でビルデイングの建てられる範囲をたしかめ、然るべく交渉して解決に至る手段をとるのが相当であると思われるのに、ほぼ本件建物が完成した頃になつてはじめて交渉を開始したのは、地主として怠慢のそしりは免れまい。のみならず、原告主張のように本件建物の侵入部分を除去することになると、本件建物の東北側の壁を〇・〇八四間(約五寸)の厚さで九・一五間にわたり地上地下二階まで除去すべきことになる。そのためには附近に影響の少ない方法をとらねばならず、多大の費用と相当の日数を要することは、極めて明らかである。また、本件建物のように間口約五・四間奥行約一八間の極めて細長い建物にあつては、建築力学上の証明をまつまでもなく、外壁の部分を相当の厚さで除去するとすれば、建物全体が均衡を失うようになることは容易に認めることができる。従つて除去工事に併行して補強行事を必要とすることとなり、その費用も極めて多額にのぼることはいうまでもない。
この点について原告は、下法占拠者がその原状回復のために多額の費用や犠牲を払うことは当然で、被告道源商事はビルデイング完成という既成事実の上に安住していると主張する。しかしながら、ビルデイングの侵入部分を除去しても、これによつて原告のうる部分は前記のとおり幅〇・〇八四間(約五寸)奥行九・一五間のいわば鰻の寝床のような細長い土地にすぎず、それ自体ではほとんど利用価値がなく、またいかに銀座の表通りに面した土地であるとはいえ、その部分の有無によつて(一)の土地の所有権ないし借地権の価格や商業上の利益に影響を及ぼすことはほとんど考えられない。以上の事情を考えあわせると、原告は(五)の土地のうち本件建物の敷地を除いたその余の空地の明渡を得ることをもつて満足すべきであつて、本件建物の侵入部分の収去とその敷地の明渡を求めることは、権利の濫用として許されないものと考える。」