東京地方裁判所 昭和35年(ワ)5360号 判決 1963年7月16日
原告 国鉄労働組合
被告 杉本保 外二名
主文
被告らは連帯して原告に対し金四九二、二三〇円およびこれに対する昭和三五年七月一一日から支払ずみに至るまで年五分の割合の金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決は原告において被告ら各自に対し金五万円の担保を供するときはその被告に対し仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因としてつぎのとおり述べた。
一、原告は公共企業体等労働関係法第四条に基づき日本国有鉄道職員によつて結成された単一労働組合である。
被告らはいずれも日本国有鉄道天主寺管理局天王寺保線区に勤務する職員であり、昭和三五年四月二一日まで原告組合の組合員であつて、その間昭和三四年七月以降被告杉本は原告組合南近畿地方本部天王寺保線区分会の分会長、(分会執行委員長)、被告庄路は同分会副分会長(分会副執行委員長)、被告石倉は同分会書記長兼会計部長であつたが、同年四月二一日原告組合を脱退する旨の意思表示をなした。
二、被告らは右各役員当時いずれも原告組合下部組織の役員として原告組合のため同分会所属組合員(当時三〇八名)より組合費の徴収、保管、地方本部への納入等の会計業務を担当していたものであり、これは原告組合に対する義務でもあつた。
そして被告らが徴収した組合費は徴収と同時に原告組合の財産に帰属し、そのうちから分会交付金を差引いた金員を原告組合南近畿地方本部に納入することになつていた。
三、しかして、被告らは原告組合から右脱退の意思表示をするまでの間、昭和三四年一一月から昭和三五年三月分まで右分会所属組合員から毎月組合費を徴収し、その額は総計五五五、五三〇円であり、分会交付金は合計六一、六〇〇円である。従つて右徴収組合費は徴収と同時に原告組合の財産に帰属し、右徴収組合費総計から右分会交付金合計を差引いた四九三、九三〇円は南近畿地方本部に納入すべき金員である。
四、ところが、被告らは原告組合の運動方針の一部に意見の相違があることからこの意見を原告組合において容れるまでは右納付すべき金員の納入を保留することを相談して企てたうえ、昭和三四年一二月一一日開かれた分会委員会においてその旨提案賛成して決議し、当時未だ地方本部に納入していなかつた同年一一月分及びその後に徴収した組合費を地方本部に納入せず、これを被告杉本個人名義の普通預金に預入して保管していた。
五、しかるところ、被告らは昭和三五年四月一九日原告組合南近畿地方本部から同本部会計監査員小西繁美による分会の会計監査をうけ保管中の組合費の納入を督促されるや、原告から何らかの法的措置に出られることをおそれ、これを免れるため右会計監査直後、これを分会組合員に分配することを相談のうえ決め、前記預金を払い出し、昭和三五年四月二一日被告らにおいて原告組合脱退の意思表示をするとともにその頃原告組合の財産たる右保管中の金員から一、七〇〇円を控除した四九二、二三〇円を原告組合に納入することなく不法にも勝手に分会員谷田実外三〇八名に分配交付し、もつて原告組合に対し右金員相当の損害を与えたものである。
六、しかして保管金を分会員に分配した右被告らの行為は共同不法行為というべく、原告はこれによつて蒙つた損害の賠償として被告らに対し連帯して前記損害金四九二、二三〇円及びこれに対する不法行為後である昭和三五年七月一一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の率による遅延損害金の支払を求める。
七、被告らの答弁第四項の主張に対し、被告ら主張の如き分会委員会の決議があつたとしても原告組合規約第二四条第三号第四号には組合員は組合機関の決定に服し、組合費を納入する義務を有することになつており、また分会は、原告組合の下部組織である以上その分会役員は当然に原告組合の組合規約を遵守すべき義務を有するものであるから、前記条項に反する分会委員会の決議は無効であり、被告らはそのような決議に拘束されることはない。のみならず当時分会員が被告ら主張の如き決議の内容を知り、これを承認していたことはない。従つて、徴収された金員は被告ら主張の如き趣旨の積立金ではなく、各分会員が組合費として納入し被告らはこれを原告組合のために徴収し保管していたものである。と述べた。<証拠省略>
被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。
一、請求原因一記載の事実は認める。但し、脱退の意思表示は昭和三五年五月一九日開かれた分会大会において分会は昭和三四年一一月一日付をもつて原告組合から脱退する旨万場一致で決議をなし、右五月一九日その旨意思表示をした、したがつて、分会員の脱退の効果は昭和三四年一一月一日に遡るものである仮りに然らずとするも、昭和三五年四月二〇日分会員は原告組合とは別個の新国鉄天王寺地方労働組合を結成したから、これと同時に脱退の効果が生じたものである。
二、請求原因二記載の事実のうち、被告らが分会員から原告組合の組合費を徴収し、これから分会交付金を差引いた金員を南近畿地方本部へ納入していたことは認めるが、その他の事実は否認する。右組合費の徴収並びに地方本部への納入は本来分会員各自がなすべきところを、分会員の便宜を考え、分会において右徴収、納入事務を分会役員をしてとらしめることを決定し、これによつて分会役員たる被告らが分会員のためにその事務をとつていたにすぎず、原告組合のためになしていたものではない。したがつて、被告らが組合費を徴収しても未だ原告組合の財産に帰属するとは云えない。また、分会は原告組合の規約上地方本部の決める機関となつており、南近畿地方本部の規約によれば、分会は本局、駅連区、単独区を単位として構成される決議、執行機関であり、分会には決議機関として分会大会、分会委員会、執行機関として執行委員会がそれぞれあつて、分会自体が自治権を有する組織体で、独自の立場で部分意思決定権を有するのである。従つて、分会役員たる被告らは事務執行についての責任を分会に対しては負うが原告組合なり地方本部に対しては負わないのであるから、組合費の徴収を原告組合のためになす義務は分会役員の性質上ありえず、また規約上明文もないのである。
三、請求原因三、四記載の事実のうち、原告主張の期間に分会役員から原告主張のとおりの金員を徴収し、これを保管中、昭和三五年五月一九日頃分会員に返還したことは認める。他の事実は否認する。本来分会役員が組合費を徴収してもそれは分会員のためになすものであつて、徴収したからといつて直ちに原告組合の財産に帰属するものでないことは前述のとおりであり、加えて右返還した金員は昭和三四年一二月一一日開かれた第二回分会委員会において原告組合の活動に関し五項目にわたる要求を原告組合に対してなし、この要求が容れられるまでは分会員は組合費の納入をしない、但し組合費に相当する金員を積立て、これを分会役員たる被告らにおいて保管する。という旨の決議をなし、この決議に基づいて右趣旨の積立金として分会員から徴収し、分会員のために保管していたもので、原告組合の組合費として徴収、保管をしたものではない。しかるところ、昭和三五年五月一九日開かれた分会大会において、分会員は原告組合を脱退し、右積立金を分会員に返還する旨決議されたので、被告らはこの決議に基づいて各分会員に返還したものである。したがつて、これは分会員の財産を分会員に返えしたにすぎず、原告組合の財産を処分したものではない。
四、仮りに、返還した右金員が組合費として徴収され、同時に原告組合の財産に帰属するものであるとしても、分会大会の決議に基づいて返還したものであり、分会役員たる被告らは前述の如く分会意思のみに拘束されるのであるから、被告らのなした返還処置を不法な行為と云うことはできない。
五、証拠<省略>
理由
一、原告組合は公共企業体等労働関係法第四条に基づき日本国有鉄道職員によつて結成された単一労働組合であり、被告らはいずれも日本国有鉄道天王寺管理局天王寺保線区に勤務する職員で元原告組合の組合員であり、原告組合南近畿地方本部天王寺保線区分会に所属し、昭和三四年七月から被告杉本は同分会執行委員長、被告庄路は同分会副執行委員長、被告石倉は同分会書記長兼会計部長であり、いずれもその役にある間、同分会所属組合員(当時約、三〇八名)からの組合費の徴収保管及びこれの右地方本部への納入などの会計事務を担当していたが、被告らは昭和三五年四月二一日原告組合に対し脱退の意思表示をなしたこと、被告らは右脱退の意思表示をなすまでの間昭和三四年一一月から同三五年三月までの間に同分会員から毎月原告組合の組合費と同一の金額を徴収し、この額の総計は五五五、五三〇円でありこれから原告組合が分会に交付すべき金額と同一の金額合計六一、六〇〇円を差引いた四九三、九三〇円を被告らにおいて保管していたが、そのうち四九二、二三〇円を右原告組合脱退の意思表示後分会員に返還したことはいずれも当事者間に争いがない。
二、成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証第六号証の一、二、第一一号証第一五号証の一ないし七、乙第一、第二、第五号証、第六号証の一、二弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる甲第三、第四号証、証人出口昇の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、二、証人野々山一三の証言により真正に成立したものと認められる甲第九号証の一、二、被告杉本、同石倉本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第三、第四号証、並びに証人野々山一三、西孝雄、出口昇、辻井照隆の各証言、被告杉本、石倉の各本人尋問の結果(但し本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く)によるとつぎの事実が認められる。
(一)、原告組合は日本国有鉄道職員のうち、組合員名簿に登録された者を構成分子とし、規約に基づき決議機関としては大会、中央委員会が、執行機関としては中央執行委員会があり、また、各地方鉄道管理局相当地域毎に地方本部をおき、こゝにも決議機関として地方大会、地方委員会が、執行機関として地方執行委員会がある。
更に、原告組合規約は、地方本部に支部、分会を置き、分会の設置要綱は地方本部で決めることとしているところ、南近畿地方本部規約には、分会は決議執行機関とし、本局、駅連区、単独、を単位とし、五〇名を下らない組合員でもつて構成されること、分会の設置、廃止、統合については地方執行委員会の承認を得なければならないこと、分会が他団体へ加入または脱退するについては分会の最高決議で決定し、地方本部に報告すること、分会には分会大会、分会委員会、分会執行委員会の機関を置くこと、及び分会は地方本部規約に準じ自主的に規約を設け地方本部に届出なければならないことをそれぞれ規定している。
天王寺保線区分会は南近畿地方本部に所属し、天王寺保線区内の約三〇〇人余の原告組合員によつて組織され、分会規約を有する。同規約によれば、右地方本部規約に定めるところと同一の各決議執行機関を設置すること、分会大会は代議員と分会役員で構成され、分会委員会は分会役員と分会大会の際代議員の互選により各職場から一名ずつ選出された分会委員をもつて構成されること、分会役員は分会執行委員長一名、同副委員長一名、書記長一名、執行委員若干名、会計監査委員二名とすること、分会執行委員長は分会を代表し、分会大会並びに分会委員会を招集し、副執行委員長はこれをたすけ、又は代理し、書記長は執行委員長をたすけること、これら役員は分会大会で選出されること、分会の経費は本部からの交付金と雑収入であてること、等を規定している。
しかして、原告組合は単一組織体をとる労働組合であるが、全国的規模を有するところから、組合活動並びに内部的統制の円滑を図るため、前記下部組織を設置し、中央本部が地方本部を介して支部、分会を経て各組合員を把握し、中央からの指揮は右系統にしたがつて指令、指示という形でなされていた。
そして下部組織たる分会は中央本部又は地方本部からの指令、指示を活動に移す場合の具体的方法の決定、ないしは分会固有の問題についての決定及びその行動については中央本部即ち原告組合全体の意思に反しない限度で自治が認められている。下部組織の役員が原告組合の統制に反する行動に出た場合これを理由にその役員の権限の剥奪又は機能の停止をなしうるか否かについては規約上明文はないが、かつて青函支部の執行部役員について統制に反したとの理由でその役員の機能を停止したことがある。
(二)被告らは分会大会で選出され、昭和三四年七月頃から少くとも前記原告の主張する脱退の意思表示をなした昭和三五年四月二一日までは引きつゞき前記争いのない各役員に就いていたものである。
(三)、原告組合規約には、組合員は組合機関の決定に服すること、組合費を納入する義務があることが定められているところ、原告組合において組合費の徴収は、従来日本国有鉄道との労働協約によりその会計事務担当者が毎月支給される組合員の給料から控除し、一括して原告組合に納入するという、いわゆるチエツクオフの方法によりなされていた。ところが、国鉄側から右労働協約は昭和三二年九月三〇日をもつて有効期間が満了するとの理由で以後は組合費控除をしない旨原告組合に通告されたそのため、原告組合としては、やむなく同年一〇月分からの組合費を組合員から直接徴収することにし、中央執行委員長から各地方本部執行委員長に対し、組合費徴収を確実にするようにと指示し、南近畿地方本部執行委員長は右指示に基づき各分会長宛に昭和三二年一〇月七日付書面をもつて「組合費請求兼領収証」を分会長名で発行し、毎月二三日組合員各人から分会役員が徴収するという基本的な方針に則り、組合財政に支障をきたさないよう確実な徴収方法を各分会で工夫し、徴収した組合費は当月末までに地方本部に到達するように納入すべきことを指示した。
そこで、天王寺保線区分会は、右指示に基づいて徴収方法を検討した結果、昭和三二年一〇月分からは各職場毎に徴収取扱者を定め、この者が毎月給料日に各組合員から徴収し、これを分会役員たる分会長(執行委員長)副分会長(副執行委員長)書記長並びに会計部長らが集計し、このうちから分会交付金を差引き、残額を分会長名で毎月南近畿地方本部に納入することに決め、以来この方法により徴収納入がなされて来た。
(四)、ところが、昭和三四年一二月頃、被告らは原告組合の安保改定反対斗争に関する運動方針又はその他の組合活動の方法について、これと異る意見をもつに至つた結果原告組合に対し「安保改定反対斗争の実力行使は絶対に行わない、但し国民運動として推進する。経済要求達成のための実力行使の実施にあたつては組合員の直接無記名投票で決めること。」外三項目にわたる要求をし、この要求が容れられるまでは当時殆んど徴収を終つていた同年一一月分の組合費及び以後の組合費も従来どおり徴収はするが地方本部への納入は保留することを分会委員会に提案し、その旨の決議を得ようと相談したうえ、被告杉本は同月一一日に分会委員会を招集し、これに被告らも出席して右提案をなしたところ、委員のうちには、組合費は一切徴収しないようにしてはとの意見も出たが、前記要求が容れられた場合は組合費を納入しなければならず、その時改めて徴収することになれば、額が多くなつて徴収に困難を来す結果になるとの理由で右被告らの提案どおり可決され、組合費の徴収は従来どおりにするが地方本部への納入だけを保留し、被告ら役員において一時保管することとなつた。そこで、分会長被告杉本の名において、同日付の書面をもつて前記要求と、組合費の納入を保留する旨地方本部に通告した。
(五)、被告ら役員は、その後も従来使用していた組合費の領収証用紙をそのまゝ使用し、それに被告杉本の印を押し従前の徴収方法と何ら異るところなく組合費を徴収し、また各組合員も、組合費として納入していたところ、おそくとも昭和三五年四月二日当時においては被告らが徴収した昭和三四年一一月分から同三五年三月分までの組合費の合計は五五五、五三〇円となつたが、これから原告組合が分会に交付すべき金額と同一の金額である六一、六〇〇円を差引いた四九三、九三〇円を地方本部に納入せず、被告杉本名義で大和銀行に預金していた。
その間、地方本部役員と被告ら分会役員の間には前記分会からの要求について数回話合いも行われ、昭和三五年二月二九日及び三月一日の二日にわたつて第一一回臨時地方大会が開かれ、被告杉本も代議員として出席し、地方本部執行委員の不信任案を提出したが否決され、結局前記分会からの要求は原告組合において容れられる見通しも立たずに過ぎた。そのうち、地方本部は分会から組合費の納入がないため、同年四月一八日付書面をもつて分会長である被告杉本あてに、分会の会計監査を同月一九日になす旨通告したうえ、同日地方本部会計監査員小西繁美をして分会の会計監査をなさしめたところ、前記大和銀行に預金されている未納組合費があることが明らかとなつた。
一方、被告らは右の如く保管中の組合費の納入を拒んでいたが前記地方大会の経過などからしていよいよ原告組合本部ないしは地方本部との意見の対立が激しくなつて来たため、従来右保管中の組合費を「未納組合費」と称していたのを同年四月二日頃に至り、これを「組合費に相当する金員の積立金」と称しあたかもこれは原告組合の組合費として徴収したものではなく前記原告組合に対する要求が容れられた場合にはじめて組合費に充当する趣旨でなされた積立金であつたかの如く装い、分会員にもかような趣旨の金員であることを教えようとして、同日発行の分会情報においてはじめて「積立組合費」なる名称を使用し、またその後は分会員にその様に説明していた。
しかし、前記会計監査により保管金の存在が地方本部に知られるや、原告組合からこれに対して何らかの法的措置がとられるやもしれないと危惧し、被告ら相談のうえ、被告杉本が会計監査直後の同日、第一五回分会執行委員会を招集し、被告杉本同庄路がこれに出席して右保管中の未納組合費を各分会員に返戻することを提案し、そのとおり決議に至らしめ、後日分会大会を開いて承認をうけることとした。
被告らは、右決議を得るや、翌二〇日前記預金を銀行から全部払戻し、地方本部からの納入督促に対しては昭和三四年一一月分から組合費の徴収はしていないと称して納入を拒み、昭和三五年五月一九日分会大会を招集し、天王寺駅長室会議室において分会解散大会と称する分会大会を開き、右払戻の承認を求め、その承認を得ると共に分会は昭和三四年一一月一日をもつて原告組合から分裂し、解散する趣旨の決議がなされた。
そして、被告らは右保管中の組合費のうち四九二、二三〇円を遅くとも同年七月一〇日までには全部分会員に返戻してしまつた。
以上の事実が認められ、被告杉本、同石倉の各本人尋問の結果中昭和三四年一二月一一日の第二回分会委員会において組合費としては以後徴収せず、組合費と同一の金員を積立てることにし、これを被告ら役員が徴収して保管することが決議され、この趣旨を全分会員に周知徹底し、分会員もかかる趣旨の金員として納入した旨の供述は前掲各証拠に照らして措信できず、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三、以上の争いのない事実及び認定の事実に基づいて考えるに、原告組合は日本国有鉄道職員を構成分子とする単一労働組合であり前記認定の規約、組織からすると天王寺保線区分会は南近畿地方本部につく下部組織であつて、原告組合の組織運営上の便宜的な機関として置かれているものであるが、一面一応独自の団体たる性格をも有していたものというべく、したがつて、分会員により選出されて役員に就任した被告らとしては分会に対し、分会の労組活動にともなう日常業務の処理と、その主要な活動を促進するための必要な活動を行う義務を有することは明らかである。
しかしながら、原告組合は対使用者の関係で労働者の社会的、経済的地位向上を目的として結成された単一組織の団体であり、分会はその組織の一部であることから必然的に原告組合は秩序維持のため、下部組織たる分会並びにその役員に対して統制力を及ぼしうるものというべく、したがつて分会並びに分会役員はこの団体の目的ないしは意思に反する独自の行動をとることができないのみならず、組合本来の目的にそつた意思決定に従つて行動する義務を負うものと解すべきである。しかるところ、原告組合としては、規約上の規定はないがかかる根拠にたつて支部構成員によつて選出された支部役員が統制に反する行動に出た場合にはその役員の職務権限を停止する措置をとるなどして下部組織の役員を統制した前例もあり、下部組織の役員がその組織構成員によつて選出されたとの理由により原告組合からの統制をうけないとの立場はとつていない。
ところで、被告ら分会役員がなした分会員からの組合費徴収事務(本件で争いになつている被告らが徴収した金員が組合費か否かの点はしばらく措く)について考えるに、組合費納入義務は各組合員が負うのであるが、原告組合の規模からして、各組合員から直接個別的に徴収することも、各組合員が、個別的に直接納入することも全く不可能でないとしても、かかる取扱は非能率、不確実さを避けられず、ひいては組合の財政的基礎を危くするものであることは明らかである。それ故前記認定の組合費徴収に関する指示は原告組合においてこのような弊害をなくし、合理的に徴収事務が行われるためになされたものであり、この指示の趣旨は分会若しくは支部の役員が所属組合員から組合費を徴収することを指示したものであつてかかる指示に対し被告ら分会役員は原告組合の統制に服し、積極的に指示されたところを実施する義務を有し、これに反する行動をとることはできないものと云うべく、右指示が単に分会役員の好意的な協力を依頼した趣旨とは云えない。
しかして、かかる指示に基づきなす被告ら分会役員の組合費徴収は原告組合のためになす事務であつて、いつてみれば原告組合が組合費を徴収する窓口ともいうべく、組合員から徴収即ち受領すると同時に原告財産に帰属するものであり、一たん分会の財産に帰属し、その後これを原告組合に納入することによりはじめて原告組合の財産に帰属するとか、被告ら主張の如く各分会員の組合費納入事務を被告らが分会員のために代つて行つているにすぎないものであるとみるべきではない。したがつて、前記認定のとおり被告らが分会員から徴収した組合費は全て徴収と同時に原告組合の財産に帰属したこととなる。
四、被告らは、昭和三五年五月一九日の分会大会において、昭和三四年一一月一日に遡つて、分会は原告組合を脱退する旨満場一致で決議されたから同日に遡つて分会員は原告組合員たる地位を失つたと主張する。しかして、被告らがこのような主張をするゆえんは、被告らが分会員から徴収保管した金員が組合費であり、原告組合の財産に属するものであつたとしても、右遡及効により組合費納入義務も遡つてなかつたことになり既に納入した組合費は組合費たる性格を失い、原告組合の財産に帰属した効果は生じなかつたことになると主張することにあると解される。しかしながら、分会員が原告組合から脱退できることは前掲甲第一号証の一によれば、原告組合規約第二二条に明定されていることが認められるが、その効力を遡及せしめることのできないことは、労働組合における組合員の脱退加入に関してはいわゆる組織法の理論が適用されるべきことを考えれば、当然のことといわなければならない。従つて、被告らの右主張は理由がない。
五、被告らはたとえ組合費として徴収したものであつても、分会の決議があつた以上、分会役員たる被告らはこれに従わざるを得ないものであると主張するが、前記のとおり分会員はもとより分会及び分会役員は原告組合の統制に服し、これに反する行動は本来とりえないものであるから、たとえ分会の意思決定があつても、これが原告組合全体の意思に反する以上、分会役員は分会の意思決定に拘束されるものでないばかりか、原告組合の意思に従つて行動すべき義務を有する場合さえあるところ、本件組合費の納入についていうならば、被告ら分会役員としては、一たん組合費として納入された金員は、その後分会において返戻の決定等があつてもこれに拘束されることはなく、結局分会員の意思如何にかかわらず、速かにこれを原告組合に納入すべき義務があるというべきであり、自ら積極的に払戻の提案等をなしたり、返戻してしまつたりすることは著しく組合の規律を乱す違法な行為と云わざるを得ない。しかるに、前記認定のとおり、被告らは相談のうえかかる義務に反して積極的に昭和三四年一二月一一日開かれた第二回分会大会に、徴収した組合費の納入を保留することを提案し、そのとおり決議に至らしめて以来、依然納入することなく保管しその金額は前記認定のとおり四九三、九三〇円に達したが、これをも被告らは相談して払戻の議案を分会執行委員会や分会大会に提出し、自らも賛成し、可決に至らしめ、遂に遅くとも昭和三五年七月一〇日までに原告組合財産に属する右金員のうち四九二、二三〇円を勝手に分会員に払戻してしまつたのであつて、かかる被告らの払戻に至るまでにとつた行動並びに払戻行為は被告らの前記の如き原告組合に対する義務に反しかつ原告組合の財産権を侵害する行為でありこれは不法行為と云うべきである。
しかして、原告組合は被告らの右行為の結果、分会員に払戻した四九二、二三〇円と同一金額の損害を蒙つたことは明らかでありこの損害は被告らの共同不法行為によるものである。
六、よつて、被告らは連帯して、右四九二、二三〇円及びこれに対する不法行為後たる昭和三五年七月一一日以後支払ずみに至るまで民法所定年五分の率による遅延損害金を支払う義務があり、この義務の履行を求める原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西山要 中川哲男 岸本昌己)