東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6433号・昭35年(ワ)4907号・昭35年(ワ)7251号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決要旨〕売主をして二重売買をすべく積極的に働きかけた結果成立した第二の売買契約は、売主の二重売買の決意と買主の働きかけとの間に因果関係がないとか、二重売買により第一の買主が財産上の損害を蒙らないとかの特段の事情がない限り、正当な取引行為の範囲を逸脱し、公序良俗違反の行為として無効とすべきである。
〔事実と争点〕原告斎藤は、昭和三四年一二月一日被告林ワカ等からその所有の本件土地を代金七〇万円で買い受ける旨の契約をし、即日内金五〇万円を支払い、残金二〇万円は、被告田久保が原告斎藤から借受けている二〇万円を原告斎藤に返済するかわりに、被告林ワカ等に昭和三五年二月末日頃までに直接支払うことによつて弁済に充てることの合意がなされた。しかし被告田久保は約定どおり右金員の支払をしなかつたので、被告林ワカ等は被告後藤を通じてその請求をさせていたが、原告斎藤はこの事情を知つて、昭和三五年五月四日被告林ワカと交渉のすえ、右残代金を一〇万円ずつ二回に分割して、同年五月と七月の各月末限り支払うことを約定した。一方、被告後藤は、昭和三五年六月二日被告林ワカ等から代金四二万円で本件土地を買い受ける旨の契約をして、同月四日所有権移転登記を経由してしまつた。原告斎藤は、右の被告林ワカ等と被告後藤との間の第二の売買契約は、通謀虚偽表示で無効であると主張したほか、公序良俗に反し無効であると主張して、被告後藤に対しては所有権取得登記の抹消を、被告林ワカ等に対しては所有権移転登記手続をなすべきことを求めた。
判決は、さらに以下のような事実を認定したうえで、右第二の売買契約は公序良俗に違反し無効であると判断した。
〔判決理由〕……を総合すると、後藤は前記二認定のとおり田久保正雄に対し残代金の請求をしたこと等からして右売買契約(以下第二契約という)に際し、林ワカ等と斎藤との間に前記第一認定の売買契約(以下第一契約という)が存していることを十分知つていること、右第二契約締結の話は後藤の働きかけにより昭和三五年五月下旬から始つたが、後藤は林ワカからもし同人と契約すると斎藤から受取つている第一契約の代金内金五〇万円はどうなるかと問われて、右は後藤において引受けて支払う旨返答したこと及び前記二認定の斎藤に対する支払の催告、解除の意思表示のほか、昭和三五年六月四日林ワカ等の名義で申立てられた本件各建物の処分禁止の仮処分申請手続をすることも含めて第二契約に関する手続一切は後藤がすべてとりしきつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。右認定の事実に、なお前記二認定の諸事実をも加えて考察すると、第二契約にあたり後藤は単に右契約が本件土地の二重売買になることを認識していたに止まらず、売主である林ワカ等に積極的に働きかけて、右二重売買を決意させたものということができる。即ち、前記二認定の事実関係の下においてはその認定の如く効力を有しようがないのに、催告や解除の意思表示を後藤が敢えてしていることは、少しでも二重売買であるとの非難を免かれようとしてしたものであると推察されるし、また林ワカ、後藤の各本人尋問の結果によつても林ワカが何故右時点において本件土地を後藤に売却しなければならなかつたかについて首肯するに足る理由を見出すことができず、他にこれを認めるに足る証拠はないのであつて、これらのことはすべて後藤が林ワカの女婿であり、しかも林ワカ等のうちでは唯一人世故にたけていることを利用して、林ワカ等に第二契約を締結すべく働きかけたことをさし示すものである。ところで、不動産の二重売買が、売主の当初の買主(未だ登記を備えていない)に対する不法行為であることはいうまでもない。しかも、右認定の如く売主をして二重売買をなすべく積極的に働きかけた者は、右不法行為に加担したものというべきのみならず、刑事上横領罪の共同正犯乃至教唆の嫌疑もまた免れ得ないものである。してみれば、かような第二の買主との間に成立した売買契約(即ち本件の第二契約)は、売主の二重売買の決意と買主の働きかけとの間に因果関係が存しないとか、二重売買により第一の買主が財産上の損害を蒙らないとかの特段の事情のない限り、もはや取引自由の原則により庇護されるものとはいい難く、正当な取引行為の範囲を逸脱するものであり、公序良俗違反の法律行為として無効というべきである。(川上泉)