大判例

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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6498号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔事実と判断〕原告ら先代荒井佐五兵衛は東京都大田区東六郷一丁目二七番の一一に宅地八三七坪を所有していたが、同人不知の間にみぎ土地の所有名義は相次いで訴外緒禎俊、訴外シムカ販売株式会社に移転せられていたが、みぎ緒形に対する所有権移転登記がなされたのは東京法務局大森出張所の登記官吏の重大な過失に起因するもので、もし登記官吏が相当の注意を払つたならばその登記が受理すべからざるものであつたことを容易に発見しえたはずであつた。すなわち右登記申請に添付せられた印鑑証明書は変造せられたものであるが、右印鑑証明書に押捺された証明者東京都大田区長の認印にはそれが同区入新井出張所専用の公印であることが表示せられており、前記荒井佐五兵衛の住所として同区新井宿二丁目一五〇〇番地と表示せられているが、大田区役所出張所条例によれば新井宿二丁目の管轄出張所は新井宿出張所で入新井出張所でないから当然変造の疑いをもつてしかるべきものであつた。原告ら先代は弁護士戸田宗孝に依頼して本件土地の所有権を保全するため前記訴外緒形禎俊らにたいし登記抹消手続請求訴訟を提起し、勝訴判決をえて本件土地の所有名義を回復したが、弁護士にたいする報酬その他で約二〇〇万の費用を要するので、国に対し国家賠償法第四条、民法第七一五条等によりその損害賠償を求めると主張した。

被告は登記官吏には、市区町村の事務の一部を地域的に分担するにすぎない出張所の管轄区域の調査までなす義務はないから、登記官吏に原告主張のような過失はないと抗争した。

判決は被告の主張を支持し、つぎのように説明している。曰く。

「そこで考えるに、印鑑証明制度は一般に取引関係において人の同一性を証明するための簡易な手段を供給する目的で、明治初年頃から市区町村において、その住民が印鑑を登録し、その申請によつて市町村長がこれに右登録の証明書を与えるという形で慣行的に行われてきた制度であつて、現在では市町村および特別区の行なう公共事務の一種と考えられているが、国全体としてこれに統一的な法的規制を施したものはなく、各市町村においてもその取扱いの形式、内容は必ずしも一定せず、また条例等によつてこれに法的規制を施すことも、必ずしも全部の市町村において行なわれているとはいい難い実情である。ところで、不動産登記法施行細則第四二条は、所有権の登記名義人が登記義務者として登記を申請するときは、その住所地の市町村または区長の証明を得た印鑑を提出すべき旨を定めており、右規定の目的がこれにより登記義務者と登記申請者の同一性を証明せしめようとするにあることは明らかであるから、印鑑証明書が登記申請に添付された書類の中でも相当重要な意義を有する書類であり、したがつて登記官吏としてもその真正な成立についての審査をゆるがせにすべきものでないことは原告ら主張のとおりであるけれども、前記のように各市区町村における印鑑の登録およびその証明に関する取扱いが必ずしも一様でなく、他方各登記所において受理する登記の申請者の住所が必ずしも当該登記所の所在する市区町村に限らず、全国にわたることを考慮するときは、登記官吏のなすべき審査の範囲および内容にもおのずから多くを期待することは困難であり、印鑑証明書自体の記載形式および内容に照らしてそれが一般に印鑑登録者の住所として表示された土地の市区町村長によつて作成されたと認められる外観を有する限り、さらに進んで、右印鑑証明書が、当該市区町村において定める法令に則り、権限ある機関により、適式な手続に従つて作成されたものであるかどうかまでを審査する義務はないものと解するのが相当である。殊に、印鑑証明の如き日常的事務は、各市町村において証明権者である市区町村自身によつてではなく、その補助機関によつて事実上代行処理せられているのがふつうであることは公知の事実であり、いかなる補助機関がこれらの事務を取り扱うかはそれぞれ市区町村において内部的な事務分掌規定によつて定められているのであるから、特定の印鑑証明書において、作成名義人たる市区町村長の記名押印のほかに事実上の事務執行機関の名が表示されている場合においても、一般にその機関がかような事務を分掌せしめられているとは常識上考えられないようなものでない限り、右機関が果して現実に当該市区町村において内部的にかかる事務分掌の権限を与えられた者であるかどうかまで審査することを登記官吏に要求することは、著しく不合理であるといわなければならない。このことは、右の事務分掌機関が市区町村の支所、出張所のごとく、その所管区域を条例によつて明定することを要求され、したがつて他の内部的な事務分配規則に比し、その所掌事務の範囲を比較的容易に知りうる場合においても同様である。このようなわけであるから、本件において前記のように甲第四号証の三の印鑑証明書が大田区長の名で同区役所入新井出張所において作成発行されたことがその記載自体から明らかであつても、東京都の各特別区においては通常各区役所の出張所がこれらの印鑑証明事務を行なつていることは公知の事実であるから、登記官吏としては、登録者の住所として表示されている区名が大田区であり、証明者が大田区長と表示されている以上、さらに進んで現実に右証明書を発行した入新井出張所の所管区域が右証明者の住所地として表示されている大田区新井宿二丁目を包含するかどうかの点までを審査する義務はないというべきである。

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