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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)7196号 判決 1962年5月26日

原告(反訴被告) 国

訴訟代理人 小林定人 外二名

被告(反訴原告) 中央信用金庫

主文

被告は原告に対し、金八四四、〇二〇円及び別表(二)記載の金員を支払え。

被告の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告の負担とする。

事実

理由

(本訴請求に対する判断)

一、昭和三一年六月二八日訴外株式会社シネビジョンの設立に際し、被告(神田支店)が同会社発起人代表松戸郁郎との間に株式申込代理取扱委託契約を締結し、同日被告に対し株式払込金二〇〇万円の払込みがなされ、被告より同人に対し株式払込金保管証明証を交付したことは当事者間に争がない。

しかして、公交書であるので真正に成立したものと認めるべき甲第一、第三号証によれば、右訴外会社は、昭和三五年六月四日現在、別表(一)記載の如き国税九六二、六三九円を滞納していたところ、原告(所管中野税務署長)は、昭和三五年六月四日前記滞納国税を徴収するため、国税徴収法に従い訴外会社の被告に対する株式払込保管金二〇〇万円の返還請求権を差押え、同月一〇日被告に右債権差押通知書が送達されたこと(被告が右送達を受けたことは当事者間に争がない。)が認められる。

二、ところで被告は、右株式払込金はすでに昭和三一年六月二九日訴外会社代表取締役松戸郁郎に対し返還したから、訴外会社に対する返還債務は弁済により消滅した旨主張するので、以下この点につき検討する。

訴外会社設立登記の日が、登記簿によれば昭和三一年七月三日であること、被告は同年六月二九日、訴外松戸に対し保管にかかる株式払込金二〇〇万円を払戻したことはいずれも当事者間に争がない。

被告は、右設立登記は、登記官吏の過誤により登記申請書受付の日が記載されなかつたものであるから、受付日である昭和三一年六月二八日をもつて会社成立の日というべきである旨主張するけれども、会社は、本店の所在地において設立の登記をすることによつて成立するものであるから、本件においても、右設立登記のなされた日である昭和三一年七月三日に成立したものといわねばならず、該登記が被告主張の理由だけで無効になるものとは解されない。したがつて、被告の右主張は採用できない。そうすると、訴外会社成立の日は昭和三一年七月三日であること明かであるから、被告の右株式保管金の返還は会社成立前の払戻に当るものというべきである。

被告は、本件株式払込金の返還は、訴外会社の創立総会において取締役に選任された発起人総代松戸郁郎に対し、右総会終結の日である同年六月二八日の後になされているから適法な弁済に当る旨主張する。そして、創立総会終結後は、会社成立前であつても株式払込機関は払込金の返還をなし得るとの有力な見解もあるけれども、右見解には次の理由でにわかに左祖できない。けだし、商法が特に株式払込取扱機関の制度を設けて株金の払込を現実に確保せんとした資本充実の要請並びに商法第一八九条第二項の規定の趣旨に鑑み、また、会社成立前に、取締役において払込金の返還を受けることができる旨の特別の規定も存しないことに徴すれば、株式払込取扱機関としては、会社成立の時までその証明した払込金の保管を維持すべく、会社成立の暁において会社をしてこれを充分に収受せしめるにあること明らかであり、したがつて払込取扱機関はたとえ会社成立前において発起人又は取締役に払込金を返還しても、その後成立した会社に対し払込金返還をもつて対抗できないものと解するを相当とする。

(昭和三七年三月二日最高裁判所判決参照)もし、会社成立前に払込金の返還をなし得るものとすれば、会社成立当初から資本の欠損状態を招来するようなことにもなり、しかも創立総会終結という必ずしも対世的に明確でない時期によつて、保管金引出可能の時期を画することは会社設立の安固を期することにならない。(しかも、本件においては後記認定の如く創立総会の開催さえ現実にはなされていない。)

被告は、創立総会終結後はすでに会社の業務活動が開始され、右払込金は会社財産に化体し、払込株金相当の財産が存することになり、本件においても訴外会社は設立後資本金二〇〇万円相当の財産が設備、備品、車輌工具等として現実に存していたものであるから、形式的に設立登記の日によらねばならぬ理由は存しない旨主張し、成立に争のない乙第三号証及び第四号証の各一、二によれば、右会社設立直後本件払込金二〇〇万円以上の会社資産が存した旨の決算報告書の記載があるけれども、寧ろ、証人松戸郁郎の証言により真正に成立したものと認める甲第六号証及び証人松戸郁郎、同持田孝助の各証言を総合すれば、本件株式払込金は単に会社設立手続の形式をととのえるため、当初より計画的にいわゆる「見せ金」をもつてする旨の話合に基き、司法書士明珍勝男をして一切の設立手続を担当せしめ、右手続の完了後訴外松戸郁郎の名義をもつて払込金を取戻した後、直ちに右金員は借受先に返済されたものであることが認められ、証人明珍勝男の証言中右認定に牴触する部分はたやすく措信できない。

したがつて、右払戻金は訴外会社の会社財産には転化していないこと明らかであり、被告の右主張は採るに足りない。

さらに、被告は商法第一八九条第二項の規定は会社に対抗し得ないだけで、第三者である原告には弁済をもつて対抗し得る旨主張するけれども、原告は、前認定のとおり、訴外会社に対する執行債権者の地位に基き、国税徴収法第六七条により債務者である訴外会社に代つて第三債務者である被告に対し、自己の名においてその取立をなしているもので、民事訴訟法上の取立債権者と同様の地位にあり、単なる第三者ではないから、被告は訴外会社に対して弁済をもつて対抗し得ないと同じく原告に対しても対抗できないことになる。

次に、被告は、訴外会社が昭和三一年七月九日頃訴外松戸郁郎のした株式払込金の受領を確認したから、同日訴外会社に対し適法に弁済したことになる旨主張するけれども、証人小野景義の証言のみによつてこれを認めるに十分でないし、他に訴外会社において無効であることを知つてこれを追認したことを認めるべき的確な証拠は存しないから、この点の主張も採用し難い。

してみると、被告の弁済の抗弁は結局失当であつて排斥を免れない。

三、次に、被告の信義則違反ないし権利濫用の抗弁について審究する。

成立に争のない甲第九号証、乙第一号証及び第六号証の各一、二、第七、八号証並びに証人黒木学の証言を併せ考えれば、訴外会社の設立登記申請書は昭和三一年六月二八日東京法務局日本橋出張所において仮に受付けられ、書類完備のうえ同年七月三日第二〇六四二号をもつて本受付され同日付をもつて設立登記がなされたのに対し、(右設立登記の日は当事者間に争がない。)前同日受付けられた株式会社三協は、即日会社設立の登記がなされていること、右申請当時、日本橋出張所においては仮受付の制度があり、本件申請書の受理手続も右仮受付の慣行に従いなされたが、右仮受付に際し発行された仮受付証(乙一号証の二)には同出張所昭和三一年六月二八日受付第五二六一号と表示された受付印が押捺されていること、及び右仮受付制度は弊害があるのでその後間もなく廃止されたことが認められる。しかし、右仮受付制度の結果、被告において不測の損害を蒙つたとすれば、それが損害賠償の原因となり得ることのあるは格別、この点を除き右認定事実から登記官吏において本件登記申請受理の手続に特に違法な点が存したものとはにわかに断定し得ない。

次に、訴外会社の本件国税の納期が大部分昭和三三年中に到来していたこと、所管中野税務署員が訴外会社の依頼に基き便宜納税申告書を作成してやつたこと、同署徴収課長と訴外松戸とが偶々大学同窓であつたこと、昭和三五年四月一二日被告主張の如き訴外会社名義の建物につき訴外韓国銀行のため根抵当権が設定されたことは、いずれも当事者間に争がないが、成立に争のない甲第八号証、その方式及び趣旨により公交書と認めるべきであるから真正に成立したものというべき甲第七号証及び証人松戸郁郎の証言を併せ考えれば、右被告主張の建物は、実質的には原告主張にかかる訴外松戸所有の建物につき増改築が行われ、これを、訴外会社名義で新築建物として保存登記がなされたものであつて、公簿上は二個の建物ではあるが、現況は一個の建物であること、訴外会社は右建物のほか他に目ぼしい財産もなく、昭和三四年中すでに休業状態に陥つていたことが認められる。しかして、徴税職員において如何なる財産につき滞納処分を実施するかは、右職員の裁量の範囲に属する事項であるから、本件において右被告主張の建物につき滞納処分を実施しなかつたことを以て、直ちに被告に対する債権差押を違法視するには当らない。寧ろ当該徴税職員としては、前認定のような事情から訴外会社名義の建物の登記の効力につき疑念を抱きその慎重を期するため、国税徴収法上根抵当権に優先しても敢て右建物につき差押の手続を執らなかつたものと推認できる。その他、右徴税職員の訴外会社に対する徴税手続上不正な行為が介在したと認めるべき証拠はなんら存しない。そうすると、原告の機関に違法または不信な行為があつたことを前提とする被告のこの点に関する主張もまた採用できない。

四、次に被告の相殺の抗弁についてみるに、すでに述べたとおり、原告国が国税徴収法第六七条に基き訴外会社の債権を差押え、取立権を取得した後も、第三債務者である被告は、債務者である訴外会社に対して、本件払込金の返還債務を負担しているものであつて、直接、差押債権者である原告国の債務者になるのではないから、被告が訴外会社に対する反対債権をもつて相殺を主張するのは格別、差押債権者である原告国に対する反対債権をもつて相殺することはできないものと解するを相当とする。したがつて、右抗弁はその余の判断をまつまでもなく失当であつて排斥を免れない。

五、以上により、被告の主張はいずれも理由がないので、被告は原告に対し、本件差押にかかる払込保管金二〇〇万円を支払うべき義務があり、そのうち訴外会社の滞納税額相当の金員の支払を求める原告の本訴請求は、結局正当に帰する。

(反訴請求に対する判断)

六、被告は、本訴請求が認容されるときは、右請求額相当の損害が生ずることになり、右損害は原告国の機関である東京法務局日本橋出張所の登記官吏の違法な登記申請受理手続に起因するものであるから、国家賠償法に基き右損害金の支払を求める旨主張するけれども、被告の主張する損害は、被告が本訴認容の確定判決の執行を受けこれを支払つたとき始めて現実に発生するものであり、現在において損害の発生していないことは主張自体に徴して明らかあり、未だ原告に対し何らの損害賠償債権を有するものではない。

しからば、被告の反訴請求は既にこの点において失当といわねばならない。

七、以上のとおり、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、被告の反訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上田勇)

別表(一)(二)<省略>

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