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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)8492号 判決 1962年3月01日

原告 山木重男

被告 小島二郎 〔人名いずれも仮名〕

主文

被告は原告に対し金三〇万円及びこれに対する昭和三四年九月一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告は昭和二二年一二月訴外山木道子と結婚式を挙げ昭和二三年一月一二日その婚姻の届出をして夫婦となり、以来円満な家庭生活を営んできた。

ところが道子は家計を補助するため昭和二九年四月から○○電機株式会社(以下。○○と言う。)に事務員として勤務し昭和三〇年春頃から当時同会社の上役であつた被告と個人的に近づくようになつたところ、同年六月頃被告は同女に原告なる夫のいることを知りながら口実を設けて同女を多摩川辺りの小料理屋に連れ込んだうえ同女の抵抗を排して同女と肉体的関係を結び、その後も引続き同女と退社後その他の機会を利用して一週間二回位の割合で逢引をし一ケ月二回位の割合で東京都内の旅館その他で情交関係を結ぶようになつた。その後同女は昭和三一年三月○○を退職し約半年位家庭にいながら足立方面の英文速記学校に通学し次いで昭和三三年八月頃から約一〇ケ月位日比谷の保険会社に勤務したが、その間も被告と右同様の関係を続けていた。

原告は昭和三二年一〇月頃道子の告白で右事実を知つて驚き、その頃原告の姉訴外村中徳恵を介して被告に対し道子との関係を絶つよう申入れ、被告も今後絶対に道子を誘惑しない旨返答し、一時右両名の関係も中断したようであつたが、昭和三三年春頃被告は再び道子を誘惑し殊に同年五月から同年九月頃にかけて数回にわたり道子と外泊したことさえあつた。そのため同年九月頃原告は道子に反省をさせるため約三ケ月位同女を同女の姉方に預けて道子と別居し、その間道子自身も懸命に右悪縁を清算すべく努力したので原告と同女の夫婦生活も漸次旧に復するようになつたが、昭和三四年五月原告が急性盲腸炎で約二週間入院し退院した翌日被告は再び強引に道子を誘惑し同女を夜半迄引留めて帰さないようなこともあつた。

その結果昭和三四年六月二〇日原告は自宅に被告の来訪を求め、道子及び前記村中徳恵立会の上、被告に対し今後絶対に道子を誘惑せぬ様要請し、被告も漸くこれを承諾し、被告と道子との右関係もここに終了した。なお原告はその後弁護士を介し、被告に対し慰藉料の支払を求めたところ、被告はこれに応じないのみか原告が道子と被告との交際を妨げるのは夫権の乱用であると称し同年七月二六日突如原告宅を訪れて道子との面会を強要したり、又その後原告が提起した慰藉料支払の調停申立に対しても被告は同様の暴言を吐いて原告の申出を拒否し何らの誠意をもみせなかつた。

二、以上のとおり原告は被告から故意に原告の夫権を侵害され、これにより多大の精神上の苦痛を蒙つたから、被告に対し慰藉料を請求する権利を有する。しかして原告は○○大学を卒業しその後私立高等学校の教師をしていること、被告は○○大学の出身で現在○○貿易部第二課長をしており、満四〇歳になるが、これまで結婚したことがなく独身生活を続けていること、その他上記不法行為の態様など諸般の事情に照すと右慰藉料の額は少くも金五〇万円を下るものでないが、本訴においては内金三〇万円とこれに対する右不法行為後の昭和三四年九月一日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、

被告の抗弁に対し、

「被告の二ないし四の主張事実はすべて争う。

被告は、道子と被告とが原告に対する共同不法行為者であり、右両名は連帯して損害賠償債務を負担するものとし、かつ原告が道子に対し右賠償債務を免除したから、被告の右賠償債務も消滅した旨主張するが、道子と被告の不倫行為は被告の一方的誘惑によるものであるから、原告の蒙つた損害については被告に過半の賠償責任がある。のみならず原告が道子に対し右損害賠償債務の免除の意思表示をしたことはないし、仮りに百歩を譲り、被告と道子が同列の共同不法行為者であり原告が道子に対し右債務免除の意思表示をなしたとしても、右免除の効果は道子の負担部分(特段の事情がないから半額)についてのみ被告に効力が及ぶから前記損害額金五〇万円のうち半額金二五万円のみが消滅するにすぎない。」と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁及び主張として、

「一、原告の請求原因一の事実中、訴外山木道子が昭和二九年四月から○○に事務員として勤務し被告がその上役であつたこと、昭和三〇年六月頃被告と道子とが初めて肉体関係を結び以来屡右関係を重ねるようになり昭和三二年五月頃から同年九月頃までの間数回外泊したことがあること、道子が昭和三一年三月○○を退職し、その後英文速記学校に通い次いで日比谷の保険会社に勤務したこと、昭和三二年九月頃から一時原告と道子とが別居したこと及び昭和三四年五月頃原告が入院したこと、昭和三四年六月二〇日原告宅に原被告等が相会したこと、同年七月二六日被告が原告宅を訪問したこと及び原告が調停の申立をしたが不調に終つたことは認めるが、その余の事実は争う。同二の事実中原告が私立高校の教師をしていること、被告が○○大学出身で○○貿易部の課長をしており未婚であることは認めるがその余は争う。

二、被告は昭和三〇年春頃から偶然道子と交際しはじめたが、道子は当初から被告に対し、自分と原告とが性格的にも肉体的にも調和せず、円満を欠き原告との結婚生活が堪え難い旨訴えるとともに、被告に向つて○○に入社した当時から強い愛情を感じていると告白した。被告は右告白をきいて驚くとともに同情の念を持つたが、右交際を続けるうちに漸次同女に対し愛情を抱くようになり、遂に昭和三〇年六月同女と肉体関係を結ぶに至つた。以来昭和三四年六月二〇日関係を絶つまで週平均三回ないし四回逢い、少くも週一回ないし二回は関係を結んだ。又右関係ができてから、道子は原告と離婚して被告と結婚したいと切望し原告に対し強く離婚を迫つたり或いは原告との夫婦関係を拒否したりした。これに対し原告は、ただ『被告とどのような関係を続けてもよいから自分を棄てないでくれ。』と懇願するのみで同女の要求を聞き入れず、夫として妻の愛情をつなぎとめるような努力もせず、半ば同女と被告との右関係を容認しつつ優柔不断に時を過し、漸く昭和三四年頃になつて、道子の姉と原告の兄が夫婦であるという関係を利用して、道子の姉を通じ、道子と被告の関係に圧迫を加えてきた。被告も道子と原告との間の離婚が実現した暁には道子と結婚することを期待していたが、右親戚の介入圧迫などにより同年六月中旬道子において遂に原告との離婚をあきらめるに至つたので、被告も道子との関係を断つことにした。

右のとおり原告と道子の夫婦仲は以前から円満を欠いていたものであり、かつ道子と被告の右関係を半ば容認するような原告の極めて不明確な態度の故に右関係が長期化したのである。仮りに被告の行為が不法行為と認められ、被告において原告に対し慰藉料支払の義務を負つたとしても原告は昭和三四年六月二〇日被告に対し被告の右慰藉料債務を免除した。すなわち、同日、原告宅に原被告、道子、村中徳恵の四人が相会し、その席上被告は、原告に対し今後道子との関係を絶つ旨を誓いかつ右過去四年間に亘る関係について謝意を表したところ、原告は被告に対し物質的補償は一切要求しない旨述べ、被告の右不法行為による慰藉料債務を免除したものである。

四、仮りに右主張が認められないとしても、被告は道子と共同して原告の夫権を侵害し、原告に対して精神上の損害を与えたものであるから、被告と道子とは共同不法行為として連帯して補償の責に任ずべきところ、原告は同女の右不貞行為を宥怒し、少くとも昭和三四年六月二〇日以降において同女との婚姻関係を回復することにより同女に対し右損害賠償債務を免除した。しかして連帯債務者の一方に対する債務の免除は他方の連帯債務者にもその効果が及ぶから、これによつて被告の右損害賠償債務も消滅に帰した。」と述べた。<立証省略>

理由

一、原告が私立高等学校の教師をしており被告が○○の社員であること、(原告の妻)訴外山木道子が昭和二九年四月から昭和三一年三月迄○○に勤務していたこと、被告と道子とが昭和三〇年六月頃初めて情交関係を結び爾来少くも昭和三四年五月頃まで一週少くも二回位逢引し一ケ月少くも二回位情交関係を続けていたこと、その間道子が○○を退職しその後英文速記学校に通学し次いで日比谷の保険会社に勤務していたこと、昭和三三年九月頃から一時原告と道子とが別居したこと及び昭和三四年六月二〇日原告宅に原被告、原告の姉村中徳恵、道子が相会し被告が原告に対し、道子との右関係を絶つ旨表明したことは本件当事者間に争いがない。

二、右争いない事実に各成立について争いない甲第一号証、同第五号証及び乙第一号証、証人村中徳恵、山木道子の各証言、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果の一部、本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、

原告と道子とは昭和二二年一二月結婚式を挙げ翌二三年一月一二日婚姻の届出をして夫婦となつたこと、道子が昭和二九年四月から○○に英文タイピストとして勤務し昭和三〇年春頃から当時同会社の課長代理であつた被告と個人的に接触するようになつたこと、被告は同女に原告なる夫のいることを知悉しながら、同女が夫婦仲について精神的に動揺しているのに乗じ、同年六月頃東横線多摩川辺りの小料理屋に誘い、そこで同女と情交関係を結び、その後も、引続き昭和三四年五月頃まで(その間道子は前記のごとく○○を退職し、暫らく足立の英文速記学校に通学し次いで日比谷の保険会社に勤務したりしていた。)、一ケ月少くも平均二回位、東京都内の旅館その他において同女と肉体関係を結び、昭和三三年五月頃から同年九月頃までは数回にわたり同女と外泊したこともあつたこと及び原告は昭和三二年一〇月頃同女の告白で右事実を知つて驚きその頃原告の姉訴外村中徳恵を介し被告に対し道子との交渉を絶つよう申入れ、また、昭和三三年九月頃から三ケ月位道子を同女の姉の許に預け道子と別居して同女を反省せしめたりなどし、その結果昭和三四年六月頃漸く同女を本心に戻すことができ且つ同月二〇日被告から今後道子と交渉しないことの確約を得て道子との夫婦生活を旧に復することを得たが、その間原告は右不貞行為により多大の精神上の苦痛を蒙つたものであること、なお被告は、道子と原告との離婚、道子と被告との結婚についてなんら真剣な努力をしたことがないこと、

かように認定することができ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しがたく他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

然らば被告は故意に原告の夫権を侵害し、これにより原告に対し精神上の損害を与えたものであるから、被告は原告に対し相当の慰藉料を支払うべき義務がある。

よつて右慰藉料の額について判断するに、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると原告は大正一四年生れで昭和二五年○○大学を卒業したのち前記のごとく私立高等学校の教師をしていること、右結婚当時原告は右大学の学生、道子は満一七才であり、両名の生活は貧しかつたが少くとも被告が現われるまで順調な家庭生活を営んできたことが認められ、他方被告本人尋問の結果及び本件弁論の全趣旨によると、被告は年令四三才で今日まで未婚であるが、昭和一六年○○大学を卒業してから○○に入社し現在同社貿易第二部電力機械課々長をしていることが認められ、右年令及び経歴に照し被告は相当の思慮分別を有するものと窺われるのに前記のごとく人妻の精神的動揺に乗じ且つ之を不誠実に利用し長期間右不倫行為を継続した責任は誠に重大であるというべく、その他本件証拠上認められる原被告双方の経済事情、社会的地位など諸般の事情を考慮すると右慰藉料は金三〇万円をもつて相当であると認める。

被告は事実摘示二のごとく主張して、原告と道子との夫婦仲は以前から円満を欠いていたから原告が道子の不倫行為によつて蒙つた精神上の苦痛は差程大でなく、又被告と道子との関係が四年間に及んで原告の精神的苦痛が増大したのは偏えに原告の優柔不断な態度によるのであつて、慰藉料額の算定については、原告の過失も斟酌されるべきであると論ずるが、原告と道子との夫婦仲が被告の出現以前から不和であつたとか、又、原告が被告と道子との関係を当初から知悉しこれを容認していたとかいう事実は被告本人尋問の結果によつてもこれを確認しがたく、その他被告と道子との右不倫行為につき原告の側に格別の原因があつたとか原告自身の責任により右精神上の損害が拡大されたとかいう事実を認めるに足りる証拠はないから被告の右主張は失当である。

三、次ぎに被告は事実摘示三のとおり主張するが、この点に関する被告本人尋問の結果は原告本人尋問の結果と対照して信用しがたく、他に原告が被告に対し右慰藉料請求権を放棄し又は右債務免除の意思表示をなしたことを認めしめる証拠はないから、右主張も採用できない。

四、さらに被告は事実摘示四のとおり主張するので検討するに、前認定の事実によれば道子と被告とは共同の不法行為によつて原告に精神上の損害を加えたものであり民法第七一九条に所謂共同不法行為者であること被告主張のとおりであるが、右法条にいう「各自連帯して」とは各自損害の全額を賠償する義務あることを示したにすぎなく、行為者相互の間には所謂不真正連帯関係が存するに止り従つて連帯債務に関する規定中債権を満足させる事項以外の民法第四三七条の免除に関する規定のごときはその適用がないと解すべきであるから、仮りに原告が道子に対し右損害賠償債務を免除したとしてもその効力は被告に及ぶものでない。のみならず本件一切の証拠をもつてしても原告が道子に対し右債務免除の意思表示をしたとまで認めることはできないから、この点においても被告の右主張は採用できない。

五、以上の判断に従うと、原告の被告に対する金三〇万円の慰藉料及びこれに対する右不法行為の従であること明らかな昭和三四年九月一日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本件請求は理由があるから認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を夫々適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡成人 渡部保夫 柴田保幸)

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