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東京地方裁判所 昭和35年(合わ)229号 判決 1960年12月10日

被告人 戸澗真三郎

昭一四・一一・一八生 無職

主文

被告人を懲役五年に処する。

未決勾留日数中百日を右本刑に算入する。

理由

被告人は、不動産会社の役員をしている数三と志津枝との間の三男として生れ、東京都中央区立京華小学校を経て、同区立文海中学校に入学し、間もなく同都豊島区立池袋中学校に転校し、昭和三十年三月同校を卒業のうえ、同年五月から同都板橋区志村前野町所在のトーハツ車輛株式会社に熔接工として勤務していたものであるところ、学業成績は低劣、知能はやや低格で、衝動性が出現し易く、その性格は陰気・無口・不活溌で、友人もなく孤独で・内閉的・退嬰的であつたが、その深底には平常の生活では行動となつて現われることの稀な孤独者特有の強い自己主張性が内蔵され、精神医学上内閉的人格或は分裂気質者と呼ばわれるものに属していた。十八才頃から政治に関心を持つたものの、左翼はやくざ者とかわりがないとして蔑視していたため右翼団体に属したり、または偏つた右翼思想家に師事するということがないばかりか、家族または他人と思想・政治について談らうこともなく、専らテレビのニユース、時局談話等を聴視し、または歴史書、思想・政治書等を立読みする等して、低位なる知能のままに周囲の人々(集団)の意見と同調しない孤独者特有の自己主張性から、「日本は資本主義の国であり、日本の今日の繁栄は終戦以来のアメリカの援助の賜物である。日本は平和共存のためには軍備を持たなければならず、再軍備するまでは米軍の駐留も必要である。したがつて、安全保障条約には賛成であり、自民党の政策には賛成でアメリカは好きである。これに反して共産党と社会党は嫌いである。共産主義や社会主義の世の中になつては日本の国は亡びてしまう。共産主義や社会主義のやり方は総ての人間に適しているとは云えない。ソ連に例をとつて見ても、結局は暗黒的権力政治であり、殊にソ連は終戦時日本との条約を破つて満洲に攻め入つたから大嫌いである。社会党は共産党同様政府や自民党の政策に反対ばかりしていて、総評、日教組その他の組合団体の中心になつて安全保障条約の反対斗争運動をしているから、それら組合団体ともども嫌いである」との思想を持ち、また「左翼の連中はすぐ団体行動に出る。彼等は自分勝手な破壊的暴力をふるつて、一人一人が暴力的行為をしながら、その一人一人は責任をとらないで責任は団体の方にあるという。これは卑怯だ。すぐ団体行動をとる左翼は嫌いだ。自分はしたことに対しては自分で責任をとる。」との集団憎悪的な見解を持つに到り、その集団憎悪の感情から、英雄崇拝に傾き、独裁政治を是とし、「自分が尊敬しているのは亡くなつた鳩山一郎、井伊大老、チヤーチルである。鳩山さんは自由主義者で、自分から出た政治の信念を持つた人であり井伊大老は安政の大獄を強行した人で、自分の信ずるところをどこまでも身の危険をかえりみずにやり抜くという点で自分の気持と共通するものを持つていた。日本は今豊かではなくて、給料も多くないし、皆でガヤガヤやつているよりも強力に意見を統一して国を進展させるべきである。日本の場合、資本家を中心にして労働者が下にくつついて行くのがよい。日本は独占資本で東亜へ植民地政策をおしすすめるのが本当だ。もつと海外へのびて行くべきだ。朝鮮などへ軍隊を送りこんで日本は拡がらなくてはいけない。理想を持つた資本主義的独裁がよい。」との考え方を抱懐し、弟妹の学習ノートの不要ページ、または紙片に「第四次岸内閣成立、民間代表として青年党総裁戸澗真三郎氏防衛庁長官を改名国防相に着任す。国防相兼外相承諾。国内重工業の一部に軍事科学施設を設ける。横須賀空港をミサイル発射場に許可する。核武装を全国自衛隊管区に設置。」「昭和三十八年防衛庁を国防省と襲名、翌年青年革新革命党総裁戸澗を首班とする内閣成立する。中ソ不可侵条約破棄する。軍を中心として積極性内閣制度を作る。日韓会談を中心に北朝鮮を敵視することを決定(内閣準備委員会決定)。過去十五年を要した日ソ漁業交渉を白紙に戻すこと。日米安全保障を自国経済の今日に及ぶ経済繁栄を信じ、我国独自の軍事政策制度を作る。」、「昭和三十五年八月軍隊青年革命党首首班を指名された。」、「日本本国以外七十八ヶ国全土原子、水素両爆弾をロケツトにつみ、世界破滅をねらつた。」その他これに類する夢想を書き散らして来たものであるところ、昭和三十四年安全保障条約改正問題が論議されるに及び、我国の今日あるは米国の庇護に負うものであり、同国と協調することによつて我国の将来の発展が保障されるものであり、我国の再軍備がなるまでは米国軍隊の駐留は必要であるとの考から右条約改正に対する阻止運動に対しては反対の態度をとり、ために前記トーハツ車輛株式会社の労働組合が積極的に組合員を動員して右阻止運動に参加するのをみて自分の信念と相容れないものとして、労働運動の盛んでない他の会社に就職すべく同年十二月十八日同社を退職し、その後は熔接の技術を早く身につけるという意図の下に二、三の会社を短期間転々と勤務したうえ、自分の心に叶う職場を探して昭和三十五年四月頃から失職していたところ、父に知られるところとなり、同年六月初頃父から「職場を転々として落ちつかず、失業しているような者は親戚にはない。どこでもよいからしつかり勤めなければいけない」。と泣いて叱責激励されたことから、自分の生活設計をゆつくりと建ててゆく気持の余裕を失い、切端つまつた精神状態に追い込まれて、その翌日日比谷公園に赴き、ひようたん池縁のベンチに腰かけて二時間余考えた末、今までは技術を早く身につけて先に進もうと考えていたが、今は直ぐにも何か自分で行動をとるべき道を考えなくてはならないと思うに到つたところ、偶々その頃米国大統領訪日の事前準備のため来日したハガチー特使に対し、その通行を妨害するという事件の発生をみるや、これは日米間の親善を破壊するものであり、諸外国に対し日本の恥辱を曝すことであるとし、知能の低格な内閉的性格者の自己主張性に基く独自の正義観から労働組合員、学生等を動員してかかる行動をとらしめたのは社会党であるからその幹部である浅沼稲次郎、鈴木茂三郎、勝間田清一、河上丈太郎のうち一名を殺害してその反省を促すことこそ日本のため自分が今とるべき道であるというように考え、同月十四日夜ラジオにて翌十五日には労働組合員、学生等のデモ隊が国会構内に乱入することが予想される旨を知り、右殺害行為を実行すべき好機であると考え、また右計画を実行するにおいては自分もまたデモ隊から殺されてしまうかも知れないというように思料して、自分の身分を明らかにするため、かねてそのために用意しておいた住民票及び履歴書をズボンのポケツトに納め、翌十五日自宅のベビーダンス内から切出し小刀一挺(昭和三五年証第一、二六二号の一)を取り出し携帯して自宅を出掛け、途中明治神宮に右計画の成功を祈念したうえ同都千代田区永田町二丁目十四番地衆議院別館面会受付所玄関に設置された安全保障条約批准阻止請願受付所に赴き三時間程見張つたのであるが前記目標とした者等が現われかつたため同日は帰宅し、翌十六日再び同所に到つたところ、午後三時頃鈴木茂三郎を認めたのであるが、その決行前同人と話し合おうと考え同人に対し「社会党が譲歩すれば安全保障条約問題は解決するのではないか。このままでは内乱が起るかも知れない。」と云つたところ、同人から「党首会談が行われるから心配しなくともよい。」と親切な態度で応待されたことから殺意が揺らぎ、一応岸、浅沼両党首会談の結果を待つ気持になつてその決行を一時見合せて帰宅したものの、同日夜のテレビニユースにて、予期に反してアイゼンハワー大統領の訪日が中止されたとの岸首相の談話報道を聴視し、その際の首相の悲壮な顔を見て一国の首相にこのようなつらい思いをさせる社会党はけしからんというように考えて憤激し、愈々前記殺害計画を実行するに如かずと決意し、翌十七日午後三時頃前記住民票、切出し小刀等を携帯して前記請願受付所に赴き、同所南端の柱附近においてその機会を窺つているうち、午後六時頃請願受付所に現われた社会党顧問衆議院議員河上丈太郎を認めるや、同所附近にあつた薬罐から水を飲んで気持を鎮めたうえ、同人が右受付所前の階段の途中において被告人から一米五十糎程へだたつた位置で被告人に背を向けた機会を捉え、右切出し小刀をズボンのポケツトから取り出し、右手に逆手に持つて同人に覆いかぶさるようにして飛びかかりその頸部を目がけて突き刺そうとしたのであるが、狙いがはずれて同人の左肩上部を突き刺し、因つて同人に対し全治約三週間を要する左肩胛部刺創、左側胸部挫傷等の傷害を負わせたに止まり、即座に同所に居合せた山田長司等に取押えられたため、右殺害の目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為は刑法第百九十九条、第二百三条に該当するので、量刑について按ずるに、本件は、前示認定のように、知能低格な性格偏奇者の犯行であり、しかも思想団体を背景として為されたものとはやや趣を異にしたものであるが、かかる政治的テロ行為は民主主義社会においては絶対に許されないものであり、かつ被告人は現在においてもなお右のような場合にはテロ行為も是認されるものであるとの信念を堅持しているという事情をも考慮し、所定刑中有期懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内において被告人を懲役五年に処し、同法第二十一条を適用し未決勾留日数中百日を右本刑に算入し、訴訟費用は被告人が貧困のためこれを納入することのできないことが明らかであるから刑事訴訟法第百八十一条第一項但書に則り被告人にこれを負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊達秋雄 清水春三 藤原昇治)

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