東京地方裁判所 昭和35年(行)11号 判決 1962年6月14日
原告 川口スギ 外二名
被告 青梅税務署長
主文
第一事件につき
原告の本位的請求を棄却し、予備的訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二事件につき
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、申立
一、第一事件につき
1 原告
被告が、第二事件の原告多摩機械株式会社に対する戦時補償特別税の滞納処分として、原告に対し、別紙第一目録(一)の物件につき昭和二六年一一月三〇日、同(二)及び(三)の物件につき昭和二七年七月三日、それぞれなした各差押処分が無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
(予備的請求)
被告が原告に対してなした前記各差押処分を取消す。
2 被告
(本案前)
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(本案につき)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、第二事件につき
1 原告ら
被告が、原告多摩機械株式会社に対する戦時補償特別税の滞納処分として、原告会社に対し、別紙第二目録の物件につき昭和三四年一〇月八日なした差押処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第二、双方の主張及び答弁(第一事件につき)
一、原告の陳述
1 被告は、第二事件の原告多摩機械株式会社(以下原告会社という)が戦時補償特別税(以下戦補税という)を支払わないで解散し、残余財産たる別紙第一目録(一)ないし(三)の物件を原告に分配したから、原告には原告会社と連帯して原告会社の戦補税を納付する義務があるとして、昭和二六年一一月三〇日原告所有の右(一)の物件を、昭和二七年七月三日同(二)及び(三)の物件を、それぞれ差押えた。しかし原告には右のような納税義務はないので、原告は、昭和三一年二月二二日被告に対し、同年五月一五日東京国税局に対し、それぞれ異議申立をし、また、同年一一月二二日被告に対し再調査請求をしたが、被告は、右異議申立を容れず、右再調査請求はこれを同月二六日付で却下し、その頃原告は右却下通知書を受領した。
2 本件差押処分は次の理由により違法である。
(一) 原告会社は、戦時中政府(相模海軍工廠)から高射砲弾等の加工を受注し、政府に対し、弁済期が昭和二〇年八月一五日以前である加工代金債権一、一四四、〇六四円を有していたが、右同日までに決済を受けず、同月一七日、小切手で支払を受けた。そして原告会社は、同年九月一五日解散し、第二事件の原告川口弥重郎が、清算人となつた。
(二) ところで、
(1) 差押にかかる本件各物件は、原告が昭和二〇年一月一五日に原告会社から買受けたもので、ただ、終戦の際軍の命令により関係書類全部を焼却したため登記手続が困難となり、昭和二六年一一月二九日に至り所有権取得登記を了したものであるが、被告主張のように右昭和二六年一一月二九日頃残余財産の分配として取得したものではないから、原告には原告会社の戦補税を連帯して納付する義務はない。
(2) 被告が原告の連帯納付義務の根拠として主張する国税徴収法(明治三〇年法二一号。以下旧徴収法という)第四条の四の規定は、昭和二六年四月一日施行にかかるものであるから、原告の本件物件の取得時期が右のとおり昭和二〇年一月一五日である以上、この時に遡及して原告に右同条による連帯納付義務があるとすることは許されない。
(3) かりに、原告が本件物件を取得したのが被告主張のように残余財産の分配としてであつたとしても、戦時補償特別措置法(以下戦補税法という)第四四条は、「法人が解散した場合において、戦時補償特別税を完納しないで残余財産の分配を終了したときは、その税金については清算人は連帯して納税の義務があるものとする」と規定しているだけで、残余財産の分配を受けた者には別段納税義務を課していないから、原告には、被告主張のような連帯納付義務はないというべきである。
被告は、原告は戦補税法第四四条の特別規定としての旧徴収法第四条の四により連帯納付義務を負うべきものと主張するが、戦補税法は旧徴収法第一条にいう「別に法律をもつて定むるもの」に該り、旧徴収法の特別法であるから、被告の主張は失当である。すなわち、戦補税法は、国が国民に対して負担する債務を踏み倒すことを主たる目的とする法律で、真の意味の税法ではないから、残余財産の分配を受けた者から徴収したり、無申告加算税を徴したりはせず、ただ、清算人、しかも同法施行後に解散した法人の清算人だけに連帯納付義務を課しているにすぎないのである(同法第四四条。―同法第六条が、「この法律施行前に消滅した場合において」と規定しているのに対し、第四四条には同様の文言がないから、同条は、同法施行後に解散した場合についてのみ規定しているものと解すべきである。)。なお、戦補税法が、昭和二五年五月までに五回改正されているのに、旧徴収法第四条の四及び付則六項のような規定を設けないのも、戦補税法の前記目的からして適切でないとされるからである。
(三) のみならず、
(1) 戦補税法は、原告会社が解散した昭和二〇年九月一五日の後である昭和二一年一一月三〇日に施行されたものであるから、原告会社には同法の適用はない。
さらに、同法第六条は、同法施行前に合併により消滅しても、合併して存続するか、合併により新法人を設立するかして、結局営業を継続する法人に課税する旨の規定であるが、この規定の趣旨から言つても、同法施行前に解散して営業をしていない法人についてなんら規定していない点から見ても、右のように同法施行後も営業を継続する法人にだけ特に課税する趣旨であつて、原告会社のように、同法施行前に解散し、したがつて同法施行後営業をしない法人には課税しない趣旨であることがうかがえるのである。このことも、同法が国の負担する債務を踏み倒すことを主たる目的とする法律であるところから、解散したような悲境にある法人に対し、解散後に戦補税法を制定して債務を踏み倒すのは酷であるとの考えから、課税しないこととしたものと解せられるのである。
(2) 原告会社の本件戦補税債務は、すでに時効により消滅した。そして、本件戦補税債務は全額原告会社が負担するもので、連帯納付義務者としての原告はその負担部分を有しないから、原告会社の債務が時効消滅すると同時に原告の連帯債務も消滅したわけである。
すなわち、戦補税法第一五条第一項により、同法第一四条第一項の一般申告期限である昭和二一年一一月三〇日(なお、被告は、申告期限は昭和二一年一二月一四日であると主張する。なるほど同年一一月二九日の勅令で、同法施行規則第二五条第一項の一般申告期限「一一月三〇日」が「一二月一四日」と改められたのであるが、当時官報の民間到達は数日を要したのであるから、消滅時効の起算日については、当初の昭和二一年一一月三〇日とするのが相当である。)に納付することを要する。換言すれば、政府は右同日の午前零時から徴税し得る。そして、消滅時効は権利を行使し得る時からその進行を始めるのであるから、原告会社に対する戦補税債権は、右同日から五年を経過した昭和二六年一一月二九日限り時効により消滅したものというべきである。そうだとすれば、同月三〇日ないしそれ以後においてなされた本件各差押処分は、いずれも租税債務の消滅時効完成後になされた違法な処分といわねばならない。
被告は、原告会社に対し、昭和二六年二月二八日頃納期限を同年三月二八日として納税告知書を発し、ついで同年四月六日頃納税の督促をした旨主張するところ、右各事実については原告は知らないが、かりにそのような事実があつたとしても、被告は右納税告知ないし督促をした日から、さらに五年以内に原告会社に対する差押その他時効中断の手続をしなかつたから、原告会社の戦補税債務は、結局昭和三一年四月七日までに時効完成により消滅したのである(被告は旧国税徴収法第九条第一二項により時効中断の効力ありと主張するが戦補税法第二一条第一項の規定の趣旨より見て無申告者に対しては旧国税徴収法に戦補税法第二一条第一項と同様の規定のない以上時効中断の効力は生じない。)。なお、被告が、その主張の頃、地方税の滞納を理由として原告会社の財産につき滞納処分を行つた青梅市長に対し、旧徴収法施行規則第二九条にもとづき本件戦補税額の交付要求をした事実は、これを認める。しかし、原告会社の代表清算人たる川口弥重郎において、原告会社が本件戦補税債務を負うことを承認した旨の主張事実は知らない。かりにそのような事実があつたとしても、連帯債務者たる原告に対しては時効中断の効力を生じないわけである。
なお、戦補税の納期は昭和二一年一一月三〇日と法定されており、無申告者に対する価格決定は、納期を変更する効力など有しないものであり(被告は、本件については昭和二六年三月二八日が納期であると主張するが、戦補税法の昭和二一年一二月一四日という納期限は、所得税法の第一期、第二期等の納期に相当し、戦補税の無申告者に対する納期指定は、所得税法の無申告者に対する納期指定に相当する。また一般の債権について言えば、戦補税法の昭和二一年一二月一四日の納期は弁済期であり、同法の無申告者に対する納期限指定は催告状に指定した支払日にすぎない。)、かつ、政府に対する債権を調査したうえでなければ税額を決定できない場合に行う課税価格の決定であつて、原告会社のように政府から小切手で支払をうけたため、支払をうけた全額につき戦補税を課せられる場合には本来行う必要のないものであるから、原告会社の本件戦補税債務は、前記のとおり昭和二六年一一月二九日限り時効の完成により消滅したというべきである。
3 以上の次第で、原告には本件戦補税を納付する義務はないから、これありとしてなした被告の本件各差押処分は無効というべきである。よつて、その無効の確認を求める。
4 かりに、原告に本件戦補税の納付義務があるものとしても、滞納処分をするにはその前提として適法な納税告知と督促とを必要とするところ、被告は、原告に対し適法な納税告知及び督促をしないで本件各差押処分に及んだのであるから、本件差押処分はこの点において違法であり、取消されるべきものである。よつて、予備的にその取消を求める。
5 原告が、被告の昭和三一年一一月二六日付再調査請求却下の決定に対し、さらに審査請求をしなかつたことは認める。しかし、原告の右再調査請求は、公売期日同年一二月七日との通知をうけたのに対しなされたもので、右売却決行の日より五日以上前になされたわけであるから、旧徴収法第一四条により、それ以上不服申立方法をとることなく直ちに訴を提起することは適法というべきである。なお、原告が被告に対し同年二月二二日異議申立をしたのは、公売期日昭和三〇年八月二六日及び昭和三一年二月二四日との各通知をうけたのに対し、見積価格が不当に低く鑑定を経ていないとの理由で異議申立をしたものであり、また、東京国税局に対し、昭和三一年五月一五日異議申立をしたのは、公売期日同月七日との通知をうけたのに対してしたものであるが、被告主張のように、原告らが当初本件各差押処分についてはなんら不服を述べず、前記同年一一月二二日に至つて初めて、時効による租税債務の消滅等を理由に本件各差押処分の取消を求める再調査請求を被告になしたものであることは認める。
二、被告の陳述
(本案前の陳述)
本件各差押処分のような国税徴収法上の滞納処分の取消を訴求するには、処分に関する通知をうけた日から一ケ月以内に再調査の請求をし、それに対する決定を経たうえ、さらに審査の請求をして、それに対する決定を経なければならないが、原告はこのような前審手続を経ていない。
1 原告は、別紙第一目録(一)の物件については昭和二六年一一月三〇日に、同(二)及び(三)の物件については昭和二七年七月三日に、それぞれの物件に対する差押調書の謄本を受領しているにかかわらず、その受領の日から一ケ月以上後である昭和三一年一一月二二日に至り再調査の請求をし、そのため被告は、同月二六日これを却下する旨の決定をした。もつとも被告は、その却下決定の理由において原処分の適否に関する判断を示しているが、国税徴収法に規定する再調査請求に関しては、訴願法第八条三項の規定が適用されないこととされているから、被告が原告の再調査請求につき実質的審理を行つているからといつて、適法に再調査決定を経たことにはならないと解するのが相当である。
2 のみならず、被告が再調査請求について実質的審理をしていることから、原告が適法に再調査決定を経たことになるとしても、原告は、再調査請求を却下する旨の決定に対して、所定期間内に審査の請求をしていない。
したがつて、本件訴は、いわゆる訴願前置の要件を欠く不適法な訴として却下されるべきである。
なお、原告が被告に対し、昭和三一年二月二二日異議申立をしたことは認めるが、右申立は本件各差押処分に対するものではなく、被告が本件物件の公売期日を同月二四日とする公告及び公売見積価格の公告をし、これを原告に通知したのに対し、右見積価格が不当に低廉であるとの理由で異議申立をしたもので、被告は、公売見積価格の公告の価格が低廉であるとの理由だけでは再調査請求の対象にならないものと判断して、同日、口頭をもつて右申立を却下する通知をしたのである。原告が同年五月一五日東京国税局に異議申立をした事実は知らない。そもそも原告(及びその夫であり原告会社の代表清算人である原告川口弥重郎)は、被告に対し、本件課税及び差押処分には異存はないが公売処分だけは猶予を願いたい旨申入れていたものにすぎず、昭和三一年一一月二二日に至つて初めて、時効による租税債務の消滅等を理由として差押処分そのものの取消を求める再調査請求書を被告に提出してきたのであつて、被告がこれを却下したことは前記のとおりである。
(本案についての陳述)
1(一) 原告会社が戦補税を支払わないで解散したので、被告が原告主張のような理由により原告を連帯納付義務者と認めて原告主張のような差押処分をしたこと、原告がその主張の物件について昭和二六年一一月二九日所有権取得登記をしたこと、原告が原告会社の戦補税債務につき負担部分を有しないこと、被告が本件差押処分にあたり原告に対し納税告知及び督促をしなかつたこと、
(二) 原告会社が原告主張のように政府に対し弁済期が昭和二〇年八月一五日以前である加工代金債権一、一四四、〇六四円を有していたが、同日までに決済を受けず、同月一七日小切手で支払を受けたこと、原告会社が同年九月一五日解散し原告川口弥重郎が清算人となつたこと、
はいずれも認める。
2 本件差押処分に至るまでの経過
(一) 原告会社は政府に対して弁済期が昭和二〇年八月一五日以前である加工代金債権一、一四四、〇六四円を有していたが、同日までに決済を受けなかつたので、戦補税法第一条一項一号により右債権相当額の戦補税を納付する義務を負うことになつた。ところが同会社は、法定申告期限である昭和二一年一二月一四日までに戦補税に関する申告書を提出しなかつたので、被告は、同法第二七条四項所定の期限内である昭和二六年二月二八日に、同条二項にもとづき、租税価格を一、一四四、〇六〇円と決定し、同時に、納期限を同年三月二八日と指定して、同会社に対し納税の告知をした。しかるに同会社は依然として右戦補税を納付しないので、被告は、同年四月六日付督促状をもつて納税の督促をしたが、同会社はなおも納税せず現在に至つている。
(二) 原告会社は昭和二〇年九月一五日解散し、その後原告川口弥重郎等が清算人となつて清算事務を行つていたが、同会社の清算人は、昭和二六年一一月二九日頃原告に対し、残余財産の分配として、原告主張の本件物件を交付した。そのため原告としては、残余財産の分配として受けた本件物件の価格の限度で、原告会社の負担する戦補税を納付する義務を負うことになるが、原告はその戦補税をまつたく納付しようとしないので、被告はやむをえず本件各差押処分をするに至つたのである。
3 本件差押処分には原告主張のような違法事由はない。
(一)(1) 原告は、本件物件は昭和二〇年一月一五日に原告会社から買受けたものであるから、その後に効力を生じた旧徴収法第四条の四の適用をうけることはないと主張する。なるほど同条は、昭和二六年法第七八号により加えられたもので、同年四月一日から効力を生じたものではあるが、原告が残余財産の分配として本件物件を取得した時期は、原告主張の時期ではなく、同条の効力発生後である昭和二六年一一月二九日頃であるから、右主張は理由がない。
(2) 原告は、戦補税法第四四条または第六条の規定を根拠として、同法施行後解散した法人の清算人だけが納税義務を負担し、残余財産の分配を受けた者は納税義務を負担しない旨主張するが、同法第四四条の規定は、解散法人の税金につき清算人に連帯納付義務があることを規定したにとどまり、清算人のみが納税義務を負担しそれ以外の者に納税義務がないこと又は納税義務を課することができないことを規定したものではなく、又かような趣旨を同条から読み取ることは文理上不可能である。原告は、同条に対する特別規定としての旧徴収法第四条の四により納税義務を負担するのであるから、右主張は失当である。
(3) 原告は、本件差押処分はあらかじめ原告に対し納税告知及び督促をしないでなされたものであるから違法であると主張する。被告が本件差押処分をするにあたり、原告に対し、旧徴収法第四条の四による連帯納付義務者として口頭で納税通知をしただけで、納税告知及び督促をしなかつたことは原告主張のとおりであるが、旧徴収法第四条の四の場合、残余財産の分配又は引渡を受けた者は本来の納税義務者と連帯して未納国税及び滞納処分費を納付する義務を有するものとされており、したがつてその義務は、同条所定の要件が客観的に備わる以上、なんら税務署長その他の者の行為又は手続をまつことなくして当然に発生するものであつてその履行期は本来の納税義務者のそれと同一であり、その強制徴収のための差押をなすについては、本来の納税義務者に対して当該未納国税について納税告知及び督促の手続が履践されていることを要するとともに右の手続さえ行われていれば、当該第二次納税義務者に対して別途納税の告知をなすことはもとより督促をすることも法律上必要な要件ではない。略言すれば、同法第四条の四の第二次納税義務者は、法律上当然連帯納税義務を負うのであつて、その義務の内容は本来の納税義務者について定まつたと同一であり、その点同じく第二次納税義務者といつても、同法第四条の六及び同条の七の定める第二次納税義務者の場合とは大いに趣を異にしている。すなわちこれら後二者の場合には(同法第四条の四の場合には、当該の第二次納税義務者が未納国税等につき無条件に「連帯してこれを納付する義務を有す」とされているのに対して)、当該の第二次納税義務者に対しては、一定の事由、要件のある場合に、一定の限度で「滞納にかかる国税及び滞納処分費を納付せしむ」るものとされており、この場合第二次納税義務者に対する徴税をするには、同法施行細則第七条によつて、とくに同人に対して納付通知書を発することを必要とするが、ひるがえつて同法第四条の四の第二次納税義務者に対する徴税については、なんら右のような規定がなく、この点からも租税債権の迅速かつ適確な徴収を第一義とした旧徴収法のもとにおいては、同法第四条の四の第二次納税義務者に対する差押については、納税告知、督促、納付通知その他何らの通知も法律上は必要でなく、したがつてかような通知なくしてなされた滞納処分もなんら違法でないといわなければならない。
(二)(1) 原告は、戦補税法は原告会社が解散した後である昭和二一年一一月三〇日に施行されたのであるから、原告会社には同法の適用がないと主張するが、原告会社は解散後清算手続に入り、現在までの間清算を結了しておらず、清算の目的の範囲内において存続しているから原告会社が同法の適用をうけることは当然のことである。また、同法第六条を根拠に、法人が解散しても合併や新規設立によりなおも営業を継続する法人だけが課税されるとの主張も、原告の挙示する規定その他同法の規定のどこからもそのような限定的な解釈の許される余地のないことが明らかであるから、失当である。
(2) 原告は、本件戦補税債務はすでに時効が完成し消滅している旨主張するが、以下に述べるとおり、この主張も理由がない。
イ、原告会社のように法定申告期限内に申告書を提出しなかつた者の戦補税債務の消滅時効は、原告主張のように法定申告期限たる昭和二一年一二月一四日(戦補税法施行規則第二五条第一項中の「一一月三〇日」を「一二月一四日」に改める勅令が昭和二一年一一月二九日に公布されたことにより、申告期限は延長されて同年一二月一四日となつたものである)の翌日から進行するものではない。戦補税法第二七条四項によれば、無申告者に対する課税決定は同法施行後五年間に限り行うことができるとされているから、同法施行の日(昭和二一年一〇月三〇日)から五年以内は有効に課税決定をなしうるわけで、従つてその間に無申告者の抽象的戦補税債務が時効により消滅すると解する余地がないばかりでなく、すでにして原告会社に対し右五年の期限内である昭和二六年二月二八日に有効に課税決定がなされた以上これによつて具体的戦補税債務が発生し、かくして発生した債務は、同法第二九条により同決定において定められた納期限から時効期間が進行することとなるのである。だから、時効が当初の申告期限から進行するものとし、さらに、法定の期限内に有効になされた課税決定が時効の進行になんら影響しないとする原告の主張は誤りである。
ロ、被告は、原告会社に対し昭和二六年四月六日頃納税の督促を行つているので、これにより時効は中断した(納税の督促が中断事由になることについては旧徴収法第九条一二項―昭和二六年法第七八号により同年四月一日から施行―参照なお原告は戦補税法第二一条第一項の規定を根拠に無申告者に対して旧国税徴収法第九条の適用ない旨主張するけれども戦補税法の趣旨より右主張の誤りであることは明かである)。
ハ、そこで原告会社の戦補税債務について消滅時効が完成するためには、右督促後五年の経過を要することになるが、被告は、右経過前である昭和三〇年七月二七日に、地方税滞納を理由として原告会社の財産につき滞納処分を行つた青梅市長に対し、旧徴収法施行規則第二九条にもとづき、滞納にかかる本件戦補税の交付を求めている。そしてこの交付要求は、強制徴収手続によつて租税債権の弁済を要求する行為であるから、民法第一四七条一号にいう請求に該る。しかも旧徴収法施行規則第二九条にもとづく交付要求は、民法第一五三条にいう単純な催告と同視すべきものではなく、むしろ同法第一五二条の破産手続参加と同等の効力を有するものと解するのが相当であるから、交付要求自体によって完全に時効中断の効力を有するものというべきである。そうだとすると、被告のなした右交付要求により、本件戦補税に関する時効はいつたん中断したことになる。
ニ、かりに、旧徴収法施行規則第二九条にもとづく交付要求が時効中断の効力を有するものと解することができないとしても、原告会社の代表清算人川口弥重郎は、前記納税告知後しばしば、本件戦補税について原告会社が納税義務を負うことを認めており、昭和三〇年八月二三日にも右納税義務があることを承認しているから、この承認によつても時効は中断している。
なお、原告はこの点につき、かりに清算人が債務承認をしたとしても、その時効中断の効力は、連帯納付義務者としての原告には及ばないと主張するが、第二次納税義務者が負う連帯納付義務の内容は本来の納税義務者について定まつたと同一であるという原告の納税義務の性質上、当然原告にも時効中断の効力は及ぶものと解すべきである。
ホ、その後被告は、右ハ、ニ、により時効が中断して五年以内である昭和三四年一〇月八日原告会社所有の別紙第二目録の物件に対し差押処分をなし(本件第二事件)、現在も差押中であるから、本件戦補税納付義務の消滅時効は現在も中断している。
4 よつて、本訴請求は棄却さるべきである。
第三、双方の主張及び答弁(第二事件につき)
一、原告らの陳述
1 被告は、原告会社が戦補税を滞納したことを理由に原告会社に対する滞納処分として昭和三四年一〇月八日別紙第二目録の物件を差押えた。しかしこの差押処分は違法であるから、原告らは同月三〇日被告に対し再調査の申立をしたところ、被告は同年一一月一三日請求を棄却したので、さらに同月二八日東京国税局長に対し審査の請求をしたのであるが、同局長は三ケ月を経過してもその裁決をしない。
2 本件差押処分が違法である理由は、以下に述べるほかは、第一事件に対する原告川口スギの陳述中、2の(一)、同(二)の(3)の後段、同(三)の(1)、同(三)の(2)と同趣旨である。
本件差押物件は、もともと原告会社の所有ではなく、原告川口弥重郎の所有に属するところ、青梅市吏員が、原告会社に対し青梅市税滞納処分をなす際、本件物件を原告会社の所有なりと誤認し、職権で原告会社のために所有権保存登記を嘱託したものにすぎず、したがつて該登記も無効であるから、結局被告は、原告会社に対する滞納処分として、第三者たる原告川口弥重郎の所有物件を差押えたわけであるから、本件差押処分は違法である。
3 以上の次第で、要するに、原告会社にとつては、同会社には結局戦補税を納付する義務がないし、原告川口弥重郎にとつては、本件差押物件が同原告の所有に属するものである(さらに、かりに同原告には清算人として原告会社の戦補税債務につき連帯納付義務があるものとしても、原告会社の右債務が時効消滅したことにより、負担部分のない原告弥重郎も右連帯債務を免れたものである)から、いずれにしても本件差押処分は違法である。よつて、その取消を求める。
二、被告の陳述
1 被告が、原告会社に対する滞納処分として原告ら主張のように差押処分をしたこと、これに対し原告らが、その主張のような不服申立方法を経、東京国税局長が審査請求に対し三ケ月を経過しても裁決をしなかつたこと、は認める。
2 本件差押処分が違法でないことについては、以下に述べるほかは、第一事件に対する被告の陳述中、1の(二)、2の(一)、3の(二)の(1)、3の(二)の(2)と同趣旨である。
本件差押物件は原告会社の所有であつて、そのことは次の事実からも推知できる。(一)本件物件たる家屋は、青梅市役所備付の家屋台帳に昭和一八年から原告会社の名義をもつて登載されており、しかも同年以降、家屋税(昭和二五年から固定資産税)は原告会社が納付している。(二)青梅市が昭和三〇年六月二五日原告会社の地方税滞納を理由に本件家屋を差押えたのに対し、原告会社及び原告弥重郎は、なんら異議申立をしていないのみか、原告会社は右滞納税金を昭和三二年五月二一日までの間に分割納付して同月二九日差押解除をうけている。したがつて被告が右家屋を原告会社の所有物であるとしてなした本件差押処分は、なんら違法でない。
3 よつて、本訴請求はいずれも棄却さるべきである。
第四、証拠<省略>
理由
一、原告会社が政府に対し弁済期が昭和二〇年八月一五日以前である加工代金債権一、一四四、〇六四円を有していたが、同日までに決済をうけず、同月一七日小切手で支払をうけたこと、原告会社は同年九月一五日解散し、原告弥重郎が清算人となつたこと、はいずれも当事者間に争がなく、原告会社が戦補税に関する申告書を提出しなかつたことは、原告らにおいて明らかに争わないところである。
二、原告スギの請求について。
被告が原告スギに対し、原告会社が別紙第一目録(一)ないし(三)の物件を残余財産の分配として原告スギに引渡したから、同原告には原告会社と連帯して原告会社の戦補税を納付する義務があるとして、昭和二六年一一月三〇日右(一)の物件を、昭和二七年七月三日同(二)及び(三)の物件を、それぞれ差押えたこと、原告スギが右(一)ないし(三)の物件について昭和二六年一一月二九日原告会社からの所有権取得登記を得たこと、はいずれも当事者間に争がない。
1、原告スギの本位的請求について。
原告は、原告が別紙第一目録(一)ないし(三)の物件の引渡をうけたのは残余財産の分配としてではないこと、あるいは、原告会社の戦補税債務が時効消滅したこと、その他を理由として、原告には原告会社の戦補税を納付する義務がないから右各差押処分は無効である旨主張し、無効であることの確認を求めているが、右差押処分に、かりに原告主張のような瑕疵があつたとしても、それだけでは、取消原因たる瑕疵とは言えても、いまだ右差押処分を当然無効たらしめるほどの明白な瑕疵と言うには足りないから、右差押処分が当然無効であるとする原告の主張は、それ自体で失当である(最判、昭三四、九、二二参照)。けだし、行政処分が違法であるから無効であるといつた程度の主張に等しい原告の主張をもつて、無効原因の主張として足りるということになれば、取消原因はすべて無効原因に言いかえて主張できることになり、このように言いかえて主張しさえすれば、裁判所は常に処分が無効であるかどうかにつき実体的審理をしなければならないこととなる。これでは、取消原因と無効原因とを区別したことの意義は実際上失われてしまうわけだからである。よつて原告の本位的請求は、すでにこの点において棄却すべきである。
2、原告スギの予備的請求について。
原告が、本件各差押処分につき被告に対し、昭和三一年一一月二二日再調査の請求をし、被告が同月二六日これを却下したこと、右決定に対し原告がさらに審査請求をすることなく本訴に及んだものであること、原告が、被告主張のように、当初本件各差押処分についてはなんら不服を述べず、前記再調査請求にあたつて初めて本件差押処分そのものの取消を求めるに至つたものであること、はいずれも当事者間に争がない。そうだとすれば、原告のなした前記再調査の請求は、法定の期限をはるかに経過して後なされた不適法な再調査請求であるとすべきものである以上、被告がこれに対する却下決定の理由として原処分の適否に関する判断を示していることは成立に争のない甲第三号証によつて認められるけれども、国税徴収法に規定する再調査請求に関しては訴願法の規定が適用されないこととされているから、被告が原告の再調査請求につき実質的判断をしているからといつて、適法に再調査決定を経たことにはならないというべきである。のみならず原告は、前記のとおり再調査決定に対して審査の請求をしておらず、かつ、審査の決定を経ないことにつき正当な事由があつたことに関してはこれを認めるに足る証拠がない(却て弁論の全趣旨及び再調査決定に対し不服を申立てることなく約三年を経過して本訴を提起した事実からすれば右正当な事由はないものと推認される。)から、いずれにしても、本訴はいわゆる訴願前置の要件を欠く不適法な訴といわねばならない。原告は、旧徴収法第一四条を根拠にして本訴が適法である旨主張するが、右同条は差押財産につき第三者が所有権を主張して取戻を請求しようとする場合のことであつて本件原告とは場合を異にし、また実際も、原告がなした前記再調査請求をもつて右財産取戻請求と解する余地がないことは、原告の主張の内容ないし成立に争のない甲第二号証(再調査の申立と題する書面)の記載内容に徴し明らかというべきであるから、原告の右主張は採用できない。よつて原告の予備的請求は、不適法として却下すべきものである。
三、原告会社及び原告弥重郎の各請求について。
被告が、原告会社が戦補税を滞納したことを理由に、原告会社に対する滞納処分として昭和三四年一〇月八日別紙第二目録の物件を差押えたこと、これに対し原告らがその主張のような不服申立方法をとつたこと、はいずれも当事者間に争がない。
1、原告弥重郎の請求について。
原告は、差押にかかる右物件は滞納者たる原告会社の所有ではなく、もともと自分の所有であるから、本件差押処分は物件所有者を誤認してなされたもので違法である旨主張するが成立に争ない乙第二号証、同第三号証、原告川口弥重郎の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、差押物件たる家屋は昭和一七、八年頃寄宿舎として建築され、以後ひきつづき家屋台帳上原告会社の所有とされていること、及び青梅市が昭和三〇年六月二三日原告会社に対する地方税滞納処分として本件家屋を差押えたのに対し、原告弥重郎ないし原告会社からなんら異議申立がなされず、かえつて、原告会社は右滞納税金を昭和三二年五月二一日までの間に分割納付して同月二九日差押解除をうけていること、が認められ、これらの事実からすれば本件家屋は原告会社の所有であることが推認できる。原告川口弥重郎の本人尋問の結果中には、原告の右主張にそうかに見える部分がないではないが、にわかに措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、原告弥重郎の請求は、理由がないから棄却すべきものである。
2、原告会社の請求について。
(一) 原告会社が政府に対し弁済期が昭和二〇年八月一五日以前である加工代金債権一、一四四、〇六四円を有していたが同日までに決済をうけなかつたことは、前記のとおり当事者間に争ないので、原告会社は、戦補税法第一条一項一号により、右債権相当額の戦補税を納付する義務を負うわけである。
原告会社は、戦補税法は原告会社が解散した後に施行されたものであるから原告会社には同法の適用がない旨主張するが、原告会社は解散後清算手続に入り未だ清算結了の登記がなされていない以上(右事実は弁論の全趣旨より認められる)戦補税法施行当時も清算の目的の範囲内において存続しているわけであるから、同法が原告会社解散後に施行されたということだけで、原告会社には適用がないとすることはできない。さらに、同法は、その施行後も営業を継続する法人にだけ課税する趣旨であつて、原告会社のように、同法施行前解散し、したがつてその後営業しない法人には課税しない趣旨に解すべきである旨の主張も、そのように限定的に解釈すべき根拠は、文理上も、同法の趣旨とするところからも見出しがたいから、右主張は採用できない。
(二) 原告会社は、本件戦補税債務はすでに時効により消滅しているから本件差押処分は違法であると主張する。
ところで、戦補税は申告納税を建前としているが、原告会社のように法定の一般申告期限までに申告書を提出しなかつた者に対しては、政府はその調査により課税価格を決定するものとされ(戦補税法第二七条二項)、右決定は同法施行後五年間に限り行うことができるとされている(同条四項)から、このような無申告者に対する具体的な租税債務は、法定期限内になされる右決定処分により初めて確定し、したがつて消滅時効は、同法第二九条により右決定において定められた納期限から進行するものと解すべきである。原告は、無申告者についても一般申告期限から時効が進行するものと解すべき旨主張するが、その段階では、抽象的には租税債務は、客観的にその内容が定まつているとしても、いまだ具体的な租税債務としての内容は明らかでなく、具体的内容を確定するためには、右決定処分を必要とすると解するのが相当であるから、右主張は採用できない。
そして、被告が、前記同法第二七条四項の期限内である昭和二六年二月二八日頃、同条二項にもとづき課税価格を一、一四四、〇六〇円と決定し、同時に、納期限を同年三月二八日と指定して原告会社に対し納税の告知をしたことは、成立に争のない乙第四号証、証人滝本清の証言によつて認めることができるから、本件戦補税債務の消滅時効は、右納期限からその進行を始めたというべきである。
ところで、被告が原告会社に対し、同年四月六日頃納税の督促をしたことは、前記乙第四号証及び証人滝本清の証言によつて認めることができるから、これにより消滅時効は中断したわけである。
さらに、被告が、原告会社の財産につき地方税の滞納処分を行つた青梅市長に対し、右督促後五年の経過前である昭和三〇年七月二七日、旧徴収法施行規則第二九条にもとづき本件戦補税の交付要求をしたことは原告も認める事実であるところ、旧徴収法施行規則第二九条にもとづく交付要求は、民事訴訟法による配当要求と同様、民法第一五二条の破産手続参加と同等の効力を有するものと解するのが相当であるから、それ自体で時効中断の効力があるというべきであり、そうだとすると、被告のなした右交付要求によつて、消滅時効は再び中断したことになる。
そして、右のように交付要求によつて中断した時効は、その後中断事由の終了した時(差押の解除)からさらにその進行を始めたわけであるが、右進行開始後五年以内である昭和三四年一〇月八日原告会社に対し本件差押処分がなされたから、これにより時効はさらに中断し、現在も中断されているわけである。
してみれば、本件戦補税債務が時効により消滅したとする原告会社の主張も採用できないから、その余の点について判断するまでもなく原告会社の請求は理由がないものとして棄却さるべきである。
四、以上のとおりであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)
(別紙目録省略)