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東京地方裁判所 昭和36年(ヨ)2181号 判決 1964年4月28日

申請人

末藤方啓

右申請人代理人弁護士

松岡浩

村井正義

被申請人

財団法人

日本国際連合協会

右代表者理事

佐藤尚武

右被申請人代理人弁護士

吉永多賀誠

右被申請人復代理人弁護士

大崎康博

主文

申請人仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

申請人代理人は、「申請人が被申請人の職員としての地位を有することを仮りに定める。被申請人は、申請人に対し、金五万八八〇〇円と昭和三六年一〇月一日から本案判決確定の日に至るまで、毎月二一日限り、月額一万九六〇〇円の割合による金員を支払え。」との裁判を求め、被申請協会代理人は、主文同旨の裁判を求めた。

第二  申請の理由

一  被申請協会(以下、単に協会ということもある。)は、国際連合の目的の実現に協力し、世界連帯観念の普及を通じて国際問題の解決に寄与するという公益の目的のために設立された財団法人であつて、その収入の過半を国庫補助金にたより、外務省の監督をうけているものである。(以下省略)

理由

一、被申請協会が、申請人主張のような公益の目的のために設立され、収入の過半を国庫補助金にたより、外務省の監督をうける財団法人であることは、当事者関に争いがない。そして、申請人が昭和三六年三月二三日被申請協会との間に雇傭契約を締結し、協会の肩書地所在の事務所に勤務するに至つたことも当事者間に争いがないが、その内容については争があるので、検討する。

申請人が昭和二九年三月慶応義塾大学法学研究科を、昭和三一年三月同大学大学院法学研究科を卒業し、更に同研究科研究生であつたが、同大学教授英修道博士の推薦により前記雇傭契約を締結するに至つたことは当事者間に争いがなく、この争いのない事実に、(証拠―省略)を合せ考えると、申請人は、主として、被申請協会の刊行物の編集事務を担当するため、そして、将来は幹部職員ないし理事にも、昇進して、協会の事業活働の中心的存在ともなることを期待されて、雇傭されるに至つたものであるが、従来協会における新規採用者については、当初の三箇月を試傭期間とすることが例となつていたので、申請人の場合もその例にならつて、協会は、申請人との間に、同年四月一日から当初三カ月間を試傭期間とし、その期間中は見習職員として、基本給を一万六〇〇〇円、交通費食費を一六〇〇円とする給与月額合計一万七六〇〇円を毎月二一日に支給する、試傭期間中は、当事者双方いつでも雇傭契約を解約することができるが、右期間中に解約されないときは、同年七月一日から申請人を正式職員として、基本給を一万八〇〇〇円とし、交通費食費を従前と同額とする給与月額合計一万九六〇〇円を毎月二一日に支給する旨の雇傭契約を締結したことを認めることができ、右認定に反する(疎明―省略)は信用することができない。

そうすると、昭和三六年三月二三日申請人と被申請協会との間に締結された本件雇傭契約の内容は、申請人の主張するとおりであつて、本件雇傭契約が同年六月末日までの試傭期間中に解約されたと認めるべき疎明がないから、申請人、同年七月一日以降は、協会の正式職員として、前記給与額一万九六〇〇円の支給を受け得ることとなつたことが明らかである。

二、ところで、被申請協会が同年九月二八日申請人に対し、申請人が協調性に欠けるところがあることを理由として、本件解雇の意志表示をしたことは、当事者間に争いがない。

よつて、本件解雇の意思表示の効力について、検討する。

1、申請人は、本件解雇は解雇予告手当の支払なくしてなされた即時解雇であるから、無効であると主張する。

(疎明―省略)によると、被申請協会は、本件解雇の意志表示をする際、申請人に対し、解雇予告手当二万〇八〇〇円(三〇日分の平均賃金の外に、外語学院手当一二〇〇円を含む。)の外に、申請人が当時受領を拒んでいた昭和三六年七月分から九月分までの給与合計五万三、二八〇円を加算した総額七万四〇八〇円を、被申請協会振出で、その取引銀行である株式会社三井銀行丸の内支払の小切手で、支払のため提供したが、申請人がその受領を拒んだことが認められる。ところで、労働基準法第二四条は賃金通貨払の原則を定めているので、労働協約に定があるなど特段の事情のある場合は格別、右のような小切手によつては、解雇予告手当を有効に支払のために提供したものと解することができず、従つて、本件解雇は、解雇予告手当の支給なくして、なされたものといわなければならない。しかしながら、解雇予告手当の支払なくしてなされた解雇の意思表示も、それが即時の発効を意図し、猶予を許さない趣旨のものと認められる場合は無効の意思表示と解すべきところ、本件解雇については、そのような即時発効の解雇を意図していたものと認めるに足る疎明がないから、同法第二〇条の規定の趣旨にかんがみ、本件解雇は、その意志表示のあつた昭和三六年九月二八日から、解雇予告期間である三〇日を経過した同年一〇月二八日に、効力を生じたものと解するを相当とする。従つて、解雇予告手当の支給なくしてなされた即時解雇であることを理由として、本件解雇を無効とする申請人の主張は理由がない。

2、次に申請人は、本件解雇は、解雇の濫用であるから、無効であると主張する。

(一)  (本件解雇の経緯)(疎明―省略)に、当事者間に争のない事実及び本件雇解契約の内容に関する前記認定の事実を合わせ考えると、本件解雇の経緯として、次のような事実が認められる。

(1) 申請人は、昭和三六年四月一日以降、直接の上司である被申請協会の事務局長藤野進、事業課長大島圭の指導監督の下に主として、協会の刊行物の編集事務を担当することとなり、三箇月の試傭期間中、協会刊行の月刊雑誌「国連」及び「国連ニユース」の外、昭和三五年「国際連合年報」の記事割振り、印刷の校正を行なつたが、その割振り、校正は必ずしも良好でなく、誤字、誤植も少なくなかつた。

(2) ところが、本件雇傭契約が解約されることなく試傭期間が経過したので、申請人は、同年七月一日以降、被申請協会の正式職員となり、基本給月額を一万八〇〇〇円とする給与の支給を受け得ることとなつたが、同月四日に至り、申請人の右直接の上司及び秘書課長楠見寿郎ら事務局幹部職員から理事に対し、申請人の試傭期間中の成績考査書が提出され、申請人は、編集事務に不向きであるなど、勤務成績が不良であつて、協会の正式職員としては不適格であるから、正式職員とすることを見合わせ、むしろ解雇すべきであるとの意見が進言された。被申請協会の常任理事新納克己(兼総務部長)及び同山形誠一(兼普及部長)らが協議の結果、協会としては、申請人を直ちに正式職員とすることは適当でないが、同人は、その指導監督の如何によつて、正式職員としての適格を備える可能性があると見込んだので、同人に対し解雇の措置をとることなく、むしろ本件雇傭契約における傭雇条件を変更して、申請人の基本給すえ置きのまま、その試傭期間を延長し、その間、右両部長が直接同人の指導監督に当たることを傭決定した。しかし、被申請協会が申請人に対し雇条件の変更を申入れないうちに、同月二一日の給与支給日となり、同日、協会は、申請人の承諾なく申請人の承諾なく、同月分の給与として、基本給を従来の一万六〇〇〇円とする額を支給しようとしたところ、申請人は、同月一日以降は、正式職員として、基本給を一万八〇〇〇円とする給与を支給すべきであるといつて、将来の額による給与の受領を拒絶した。

(3) 新納常務理事は、同月二四日、申請人を理事室に呼び、被申請協会の前記決定を伝え、申請人が基本給のすえ置きと試傭期間の延長を承諾して、勤務を続けるよう、申入れ、その後も、たびたび右申入れを繰返したが、申請人はこれに応じなかつた。

(4) 同年八月一七日、被申請協会の専務理事守島伍郎は、新納、山形の両常務理事外一名の理事と共に、申請人を理事室に招いて、説得したが、申請人は、本件雇傭契約に定められた雇傭条件の実施を迫り、申請人を正式職員とし、基本給を一万八〇〇〇円とする給与を支給すべきことを要求し、改めて、申請人の意見を聴取する機会を作るよう希望して、退室した。

そこで、被申請協会は、この際、申請人の勤務に励みを与えるため、雇傭条件変更の申入れを一部徹回し、申請人を同年七月一日にさかのぼつて正式職員とすることに決定し、同年八月一八日その旨の辞令を交付したが、基本給を一万八〇〇〇円とすることは、事務局幹部職員らの反対意見もあるので、困難であるとし、申請人に対し、基本給のすえ置きには応諾するよう求めたが、申請人は、同人に対する二〇〇〇円の減給制裁であるとして、依然これに応じなかつた。

(5) 守島専務理事及び新納、山形両常務理事は、申請人の希望もあつたので、同人の意見を聴取するため、同月二一日日本クラブにおいて事務局幹部職員らを避けて申請と会談することにしたところ、当日、申請人は、突然弁護士を同伴して、その立会に応ずるよう求めたので、理事らは、弁護士の立会を要する事応ではないと、これを拒絶した。席上、理事らは、重ねて、基本給のすえ置きを承諾して職務に精励するよう求めたが、申請人は、理事らに対し、申請人の勤務成績を不良とする事務局幹部職員らの意見を問い質して、弁解すると共に、むしろ幹部職員らには、数々の職務内外の非行、すなわち、執務中飲酒にふけり、理事らの悪口雑言を恣にし、協会関係機関の職員に対し暴行を加え、協会刊行物の印刷を競争入札に付さないで特定の業者に市価以上の額で請負わせ、出入り業者に対し金品を要求するなどの非行があると執拗に非難し、同人らは、これらの事実を察知した申請人を排斥するために、ことさら申請人に不利益な意見を進言したものであると攻撃し、基本給のすえ置きは減給制裁であるとして、とうていこれを承諾しようとしなかつた。

(6) 翌二二日、申請人は、弁護士を同伴して、所轄労働基準監督者に赴き、被申請協会が、申請人に対し契約上の雇傭条件を実施しないで、二〇〇〇円の減給制裁を強制するのは、給与につき差別的取扱をするものであると申告した。

(7) 申請人の慶応義塾大学大学院における研究の指導教授で、且つ、告申請協会への就職推薦者であつた同大学教授英修道が、申請人と協会の間の紛争を案じて、その斡旋を試みるため、同年八月二五日頃、申請人の意向を打診したところ、申請人は、同月二七日頃、英教授に対し、守島専務理事及び新納常務理事は不法に申請人に対し、二〇〇〇円の減給制裁を強制するものであり、藤野事務局長、大島事業課長及び楠見秘書課長は虚構によつて申請人に対する不当処遇を謀略するものであるとし、同教授の斡旋に応ずる前提条件として、同人らの責任を徹底的に糾明し、協会をして、同人らを解任又は解職させ、申請人に対する不当処遇による損害を賠償させることを申入れたので、同教授は、かくては、むしろ申請人が協会を退く外ないとの見解からやむなく斡旋の手を引き、その旨を協会に伝えた。

(8) 以上経過の間の、同年八月五日終業後、申請人は被申請協会の同僚職員であるタイピスト海口宣子、編集助手佐藤英子、事務補助笹原勉及び協会東京本部の職員である水谷れんを申請人の自宅に誇い、同人らと共に、それぞれ協会の処遇につき不平不満を述べ合つた末、守島専務理事及び大島事業課長の態度は横暴であり、特に大島事業課長には職務内外の非行があると非難し、同人らを協会から排斥するため、協会の会計帳簿を調査するなどして、その証拠資料を収集すること、一方、海口宣子が同人らの所行をひそかに協会代表者夫人に申出ることなどを打合せた。協会の新納常務理事は同年九月上旬頃右の事実を聞知した。

(9) 被申請協会は、以上の事実から、申請人が、その勤務成績が必ずしも良好でないのに、これを反省することなく、協会の理事らが、事務幹部職員の意見を押え、本件雇傭契約による雇傭条件を変更することによつて、申請人を正式職員とする機会を作ろうとした好意を無視して、協会の理事らとの会談の際弁護士を同伴し、労働基準監督署に申告するなど、自己の権利の主張のみに熱中し、あまつさえ、悪意ないし誤解によつて理事及び幹部職員に非難攻撃を加え、その排斥運動を画策し、紛争の斡旋者に対し斡旋の前提条件として同人らの解任又は解職を要求するのは、申請人がとうてい協会の理事び及び幹部職員と協調を遂げることのできない性格の者であり、協会の円滑な事業活動を阻害するものであつて、協会の職員として不適格であると認め、申請人の非協調性を理由として、本件解雇に及んだ。

本件解雇の経緯として、以上の事実が認められる。以上の認定に反する(疎明―省略)は信用することができない。

(二)  (本件解雇の申請人の所為)(疎明―省略)によると、次のような事実が認められる。

本件解雇後の昭和三七年三月二七日、申請人は、東京地方検察庁に、被申請協会代表者理事佐藤尚武が、昭和三六、七年度において協会の自己資金額を詐り国から補助金の交付を受け(補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律第二九条違反の罪)、不法に協会の補助金を他の用途に使用した(同法第一一条違反の罪)として、同人を告発し、翌二八日地方新聞数社の新聞にその旨の記事が掲載された。申請人は、会計検査院に、被申請協会の経理内容の検査を申入れた。更に、昭和三六年一〇月二三日及び昭和三七年四月一四日、申請人は、管轄裁判所に、被申請協会の佐藤、守島、山形、新納その他の理事が、理事の氏名住所変更の登記申請を懈怠し、理事就任の日時につき不実の登記申請をしたとして、同人らに対する過料の制裁を求める申立をした。

(三)  (当裁判所の判断)以上認定の事実関係に基いて、申請人の非協調性について結論すると、次のとおりである。

本件紛争は、被申請協会が、本件雇傭契約による試傭期間経過後に、申請人に対し契約上の雇傭条件の変更、すなわち基本給のすえ置きと試傭期間の延長を申入れたことに、端を発した。被申請協会は、事務局幹部職員から、申請人の試傭期間中における勤務成績にかんがみ、同人が協会の正式職員として不適格であるから、むしろ解雇すべきであるとの意見が進言されたが、これを押えて、直ちに申請人に対し解雇の措置に出ることなく(この場合における解雇が相当であつたかどうかは、論外とする。)、反面、幹部職員らの意記を斟酌して、雇傭条件の変更を申入れたのであつて、そのことは協会が幹部職員らの意見の尊重と申請人本人の将来を配慮した結果の無理からぬ置措であつたと認められるのであるが、試傭期間経過後は、申請人を正式職員とし、基本給を増額すべき契約上の義務があつたのであるから、申請人が協会に対し雇傭条件の変更を拒否して、その実施を求めたのは、契約上の権利を主張するものであり、また、試傭期間中担当した協会の刊行物の記事の割振りや印刷の校正が必しも上手でなかつたことを除けば、その他には、特に、事務局幹部職員が進言するような勤務成績不良の点があつたと認めるべき疎明の存しない申請人としては、当然であつたといえる。しかし、本件紛争の過程における申請人の言動については看過し得ないものがあつたのである。

すなわち、申請人は、昭和三六年八月二一日日本クラブにおいて被申請協会の理事らと雇傭条件の変更に関し会談した際、幹部職員らに数々の職務内外の非行があると非難し、同人らはこれらの事実を察知した申請人を排斥するために、ことさら申請人に不利益な意見を進言するものであると攻撃した。もつとも、(疎明―省略)によると、大島事業課長が協会神奈川本部その他の協会関係機関に勤務する一、二の職員に対し暴行に及んだ事実は認められるのであるが、その他には、申請人が挙示して非難するような幹部職員らの非行を事実として認めるに足りる疎明はなく(この点に関する(疎明―省略)は信用することができない。)、又、大島事業課長の右暴行も、前掲証拠によると、二年ないし五年前のことに属するのである。従つて、申請人の前記非難攻撃のほとんどは同人の悪意又は誤解に基づくものと認めざるを得ない。その悪意に基づく場合は論ずるまでもない。申請人が誤解に基づいて幹部職員らにこのような非行があると信じたとしたとしても、同人らの申請人に対する意見は、そのすべてが当を得たものではなかつたとはいえ、虚構に出たものと認められる疎明はなく、その指揮監督下にあつた職員の勤務成績に関する職務上の意見に外ならないのである。しかるに、申請人が直接の上司を含む幹部職員らの職務上の意見に対する弁解を越えて、これと関係のない同人らの非行を非難することは、申請人の同人らに対する当を得ない反抗的非協調的態度として、申請人が非難を受けるに足りる。

更に、申請人は、同月二七日頃、慶応義塾大学英教授の本件紛争の斡旋に応ずる前提条件として、被申請協会の理事及び幹部職員らの解任又は解職を申入れた。本件紛争の発端となつた申請人の雇傭条件変更の申入れは、協会理事らが幹部職員らの意見の尊重と申請人本人の将来を配慮し、事を穏やかに収めるためにとつた措置であつて、申請人のいうように、申請人に対する制裁的措置を企図したものではなかつた。又、幹部職員らの意見は、その指揮監督下にあつた職員の勤務成績に関する他意のない職務上の意見であつて、申請人のいうように、申請人に対する不当処遇を謀略したためのものではなかつた。たとい、協会の理事らが本件雇傭契約上の雇傭条件を実施すべき義務があり、幹部職員らの意見がそのすべてが当を得たものでなかつたとしても、理事及び幹部職員らが協会から解任又は解雇を受けるべき責任を負わなければならない筋合ではない。しかも、申請人の指導教授で、且つ、協会への就職推薦者であつた英教授も、むしろ申請人が協会から退く外ないとの見解から、やむなく斡旋の手を引いたのである。このような申請人の行為は、申請人がとうてい協会の理事及び幹部職員との間に穏健協調を保つことのできない性格を現わすものと認めざるを得ない。

更に、これより先、同年五日、申請人は、被申請協会の同僚職員を自宅に誘い、協会の守島専務理事及び大島事業課長の排斥運動を打合せた。申請人がいうように、終業後の同僚職員との私的会合であつたといえ、単に理事及び幹部職員に対するひごろの不平不満を漏らし、その悪口を述べ合つたのとは異り、その度を越えて、同人らの排斥運動の打合せにまで入つたことは、これも申請人の理事及び幹部職員に対する背信的、非協調的性格の現われであると評価されるのである。

なお、本件解雇後の事であるが、申請人は、検察庁に、被申請協会代表者の佐藤理事を、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律に規定された国庫補助金の詐欺及び不正使用の罪で、告発し、会計検査院に協会の経理内容の検査を申入れ、更に、裁判所に、協会の理事らの登記申請の懈怠等を理由に、同人らに対する過料の制裁を求めた。しかし、協会代表者に告発に係る犯罪事実があると疑うに足りるなんらの疎明もなく、協会の経理内容に会計検査院の検査の対象となる不正不当な事実があると認められる疎明もない。仮に、協会代表者に犯罪の嫌疑があり、協会の経理内容に不正不当があつたとしても、又、たとい、協会の理事らが法律上の義務である登記申請の懈怠などをしたとしても、あくまで協会に復職を求める申請人としては、直ちに公の機関に告発又は申告に出ることなく、協会の理事らに対し注意ないし勧告を行うなど、他の適切な手段に訴えて、協会に対する誠実を尽し、理事らに対する信義を守るべきであつた。申請人が直ちに告発又は申告に出たことは、申請人がいうように、公益を守るためとはいえ、明らかに、本件解雇の理由となつた申請人の非協調的性格を裏書するものということができる。

以上によると、その他の点について判断するまでもなく、申請人は、とうてい被申請協会の理事及び幹部職員らと協調を遂けることのできない性格の持主であると認定せざるを得ないのである。そして、被申請協会は、国連の目的の実現に協力し、国際問題の平和的解決に寄与することを事業目的とする公益法人であり、その職員数は、前掲乙第一〇号証によると、幹部職員を含めて僅かに十数名に過ぎない。申請人には、反面、その学歴が示すように、権利意識と正義感に強い性格をうかがうことができるのであるが、その非協調的性格の故に、申請人は、特に前記のような事業を目的とし、職員数のきわめて少ない被申請協会の職員としては不適格であり、このような申請人を協会内にとどめることは、その円滑な事業活動を阻害することは明らかである。申請人の非協調性は本件解雇に価するものといわなければならない。

なお、申請人は、本件解雇は、被申請協会の幹部職員らの不正不当な行為を隠蔽する手段として、遂行されたものであると主張するが、そのような事実を認めるべきなんらの疎明もない。

してみると、本件解雇を、解雇理由に該当する事実がなく、又は他の不当な目的を遂行する手段として、なされたものとして、懈雇権の濫用であるとする申請人の主張は理由がない。

3  更に、申請人は、本件解雇は、申請人を特定の信条思想の持主であることを理由になされたものであるから、労働基準法第三条に違反して無効であると主張する。

しかし、そのような事実を認めるべきなんらの疎明もなく、本件解雇の理由は、以上述べたことによつて既に明らかであるから、申請人の右主張も理由がない。

三、以上のとおりであるから、本件仮処分申請中、本件解雇の無効を前提として、申請人が引き続き被申請協会の職員としての地位を有することを仮に定める部分については、結局被保全債権の存在につき疎明がないことに帰し、さりとて、疎明に代えて保証を立てさせることも、その仮処分の性質上、相当でないと認められるので、右申請部分は失当である。

次に、申請人は昭和三六年七月一日以降同年九月末日までの給与合計金五万八八〇〇円と同年一〇月一日以降本案判決確定の日に至るまで毎月二一日限り月額一万九千六〇〇円の割合による給与の仮払いを求めるのであるが、本件解雇が効力を生じた同年一〇月二八日の翌二九日以降の給与債権が存在しないことは、既に明らかである。また、同年七月一日以降同年九月末日の給与債権については、(疎明―省略)によると、申請人が右給与の受領を拒め拒んでいたため、被申請協会が、同年九月末頃申請人に対しその支払を準備して受領を催告したうえ、同年一一月一日東京法務局に右給与を(解雇予告手当二万八〇〇円と共に、)供託したことが認められるから、右給与債権も存在しないものといわなければならない。なお、同年一〇月一日以降同月二八日までの給与債権が存在することは認められるが、その額は、申請人の給与の一箇月分に満たない額であり、申請人がその仮払を受けなければ、著しい損害を被る虞れがあると認められないばかりでなく、被申請協会が解雇原予手当としてではあるが、右給与額以上の金額を供託していることと弁論の全趣旨からすれば、被申請協会は申請人に対しいつにてもこれが支払をなす用意及び能力があるものと認められるので、あえてその仮払を命じる必要はないということができる。従つて、本件仮処分申請中、給与の仮払を求める部分もまた失当である。

よつて、本件仮処分申請は、全部失当として却下することとし、申請費用について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。(裁判長裁判官吉岡豊 裁判官西岡悌次 松野嘉貞)

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