東京地方裁判所 昭和36年(レ)313号 判決 1962年5月28日
控訴人 鈴木博行
被控訴人 富田紀一 外一一名
主文
原判決を取消す。
被控訴人等の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。
事実
一、控訴代理人は主文同旨の判決を求め、控訴の理由として、仮に原判決添附の物件目録ならびに図面表示の本件部屋について控訴人の所有権が認められないとしても、控訴人は、その父鈴木栄治が同目録記載の建物(本件建物と略称)について一五分の一の持分権を有するので、父の右持分権を本件部屋の占有権原として援用する。また本件部屋の損害金を被控訴人等は一ケ月金四、五〇〇円と主張するけれども、同部屋の評価額は金三七、二二五円であるから、その公定賃料額は遥に低額でなければならないと述べた。<証拠省略>
二、被控訴代理人は、本件控訴を棄却し控訴費用は控訴人の負担とする旨の判決を求めた。<証拠省略>
三、以上当審において新に附加したもののほかは、当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、認否、援用は原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。(ただし、原判決第三丁(記録第一七二丁)表四行目の所有権移転登記の日時を「昭和三十年三月三十一日」と訂正する)
理由
一、被控訴人等一二名および訴外鈴木栄治、同高山長松の一四名が昭和二八年九月一〇日国(大蔵省)から本件建物を買受ける契約を締結したこと、同建物の所有者であつた大蔵省は建物の居住者に買取らせる方針で折衝を進めていたもので、本件建物には当時右一四名のほか訴外山口仙太郎が本件部屋に居住していたので買受人となる資格(いわゆる「払下」をうける資格)があつたことおよび控訴人は被控訴人等主張の時から本件部屋を占有していることはいずれも当事者間に争いがない。
二、そこでまず山口仙太郎の本件部屋に関する占有権原について控訴人の主張を判断すると、
(一)、原審及び当審証人鈴木恵知子の証言により真正に成立したと認める乙第一号証の一、同被控訴人能化満佐喜尋問の結果(原審第一、二回とも)により真正に成立したと認める乙第一号証の二、成立に争いがない甲第二号証、乙第三号証の一、二ならびに上掲証人鈴木恵知子、同被控訴人能化満佐喜の各供述(ただし当審における同被控訴本人尋問の結果についてはその一部)、原審証人山口仙太郎(第一、二回とも)、原審証人高山長松(原審第一、二回とも)の各証言、原審および当審における被控訴人富田紀一尋問の結果(ただしいずれもその一部)を総合すれば
(1)、大蔵省から本件建物のいわゆる払下(実質は売買にほかならない)をうける交渉が始つた最初の頃は前示本件建物の居住者一五名のうち山口のみが主として経済的実情から払下(買受)に加わることを渋つていたこと、しかしながら大蔵省としては一括払下にのみ応じ、本件建物を区分して各部屋を個別に売却するような煩鎖な手続には応じない方針であつたので、他の居住者が交々山口の説得勧誘にあたつた結果、山口もようやく払下に加わることを承諾したこと、ところが、山口の買受代金の調達を待つている間に本件建物の払下予定価格が引き上げられ、これ以上買受が遅延するときは、ますます払下価格が騰貴するおそれが生じたので、山口を除く一四名の居住者で一応本件建物の払下をうけることにしたこと、もつともこのことは右一四名が山口を排斥したわけではなく、山口の資金の調達を待つていては払下が遅延しその間に建物の評価額が騰貴することをおそれたからにすぎなかつたので、後日山口に金銭の調達ができたときは同人を払下の仲間に加え本件部屋を引き続き使用できるように取り計つてやることに右居住者の間で了解がついたこと(したがつて原審および当審において証人鈴木恵知子の供述するように当初から山口も払下をうける一員に加え、その負担すべき払下代金や費用等を他の一四名で立替えていたものとは認められないけれども山口が後日これらに相当する金員を一四名に対し支払つたときは、一四名との関係では当初から払下に加つていたものと同様に取り扱う趣旨の合意が明示もしくは黙示に成立していたと認められること)
(2)、そこで山口は昭和三〇年七月一三日、当時本件払下に要する負担金の徴集、保管、納入手続を担当していた前記居住者の一人である高山長松の計算に基きすでに大蔵省に納入済の第一、二回払込金のうち山口の負担すべき金額および同時に払下をうけた敷地の測量費、登記料、家屋税等の負担金(昭和二八年三月一五日から同三〇年五月三一日までの負担金)に利子を加算した合計二五、四四六円を高山に手渡し、本件払下に加わる意思を表明したこと、そこで高山は直ちに右金員の支払をうけた旨を被控訴人等(ただし二、三の居住者はその時の集りに欠席した)に告げ、その処分方法を諮つたところ、山口を除く一四名で分配する意見も出たが、第三回の払込金の一部に充当するため払込期限まで預金することに意見が一致し高山はこの趣旨に従つて処理したので、右一四名の次回払込に際しての負担額はこれまでよりもかなり少なくなつたこと、なお右の話合の席上山口が支払つた金員のうち登記料に相当する部分だけは返却することになつたけれども、それは前記一四名による本件建物の共有登記がすでに昭和三〇年三月三一日付でなされており、それには山口の登記名義はないので、山口が右登記費用を分担する理由がなかつたからであつて、山口の加入を拒んだからではなく、むしろ後日山口を共有者の一人に加えた登記をなす時に負担させれば足りるとの考えに基いたものであること
(3)、被控訴人能化満佐喜は当時前示金員等の出納の記帳を引き受けていたが、高山の指示により山口が支払つた前記第一、二回払込金、土地測量代等の分担金の明細書を作成し、金銭出納帳に山口仙太郎の口座を設けこれら金員の出納明細を記帳し、その後も昭和三〇年度、三一年度払込金を含めて昭和三二年七月頃まで山口の各種負担金の出納を当然のこととして記帳していること、したがつて同被控訴人は勿論のこと、被控訴人富田紀一もまた昭和三一、二年までこのように山口が買受代金を負担することを知つてはいたがこれに何等の疑念もさしはさまず認容していたこと(なおこの点は各被控訴本人尋問の結果によつても明らかである)
(4)、このようなわけで、山口は本件払下の手続の始まる頃から昭和三三年一月頃まで本件部屋を継続して占有使用してきたけれども他の居住者から賃料を要求されもしくは退去を促されたことはなく、むしろ山口が転出し、代つて控訴人が本件部屋に入居した時から本件当事者間に紛争を生じ山口の権原が論議されるに至つたこと
がそれぞれ認定できる。原審および当審における被控訴人能化満佐喜、同富田紀一各尋問の結果をもつてしても未だこれらの認定を左右するに至らず、成立に争いない甲第五号証の一、二はこれに抵触するものではないし、他に以上の認定に反する証拠はない。
(二)、右に認定したところから明らかなように、大蔵省(国)との関係では本件建物の払下手続に加つた者は山口を除く前記一四名にほかならないけれども、これらの者と山口との間では、山口が自己の負担すべき払下代金、費用等を支払つた時から同人を払下の仲間に加え本件建物について共有持分を取得させる合意が存在していたものとみるべきところ、山口はこの金員を支払つたことにより昭和三〇年七月一三日以降前記一四名の者と共に本件建物の共有者の一員となつた(もつとも第三者に対抗できる要件を具備したかどうかは別個である)ものと解するのが相当である。
三、控訴人の父である鈴木栄治が昭和三〇年七月一三日山口から同人の取得する本件建物の共有持分を代金八八、〇〇〇円余で買受けたことは原審証人鈴木恵知子、同鈴木栄治、同山口仙太郎(第一回)の各証言およびこれらにより真正に成立したと認める乙第二号証(もつとも公証人の作成部分については成立に争いがない)により明らかであり、他にこれに反する証拠はない。しかも前記二に認定した事実によれば、被控訴人等は右持分の譲受けについて登記の欠缺を主張できる第三者に該当しないから、鈴木栄治がその持分の譲受について登記を欠くことも少くも被控訴人等との間では何等その効果の主張を妨げるものではない。
四、(一)、而して成立に争いがない甲第二号証、当審証人高山長松の証言ならびに前記二に認定した本件建物払下の経緯を合せ考えれば、本件建物は前記一四名に山口を加えた一五名の共有となり正規の分割はしていないものの、本件建物は一六室からなるアパートでその間に多少の広狭はあつてもこれまで一室一世帯の割合で居住してきた関係から、払下代金を負担した者すなわち共有者各自が当時居住使用していた部屋を払下後も引き続いて占有使用することに払下関係者間で了解されていたことが認められ、これに反する証拠はない。
(二)、また当審証人高山長松の証言によれば共有者の一人であつた訴外水野辰司はその持分を訴外高見沢某に譲渡し、同訴外人が水野の使用していた部屋に入居したが後にその持分と共に同部屋の占有をも訴外酒入某に譲渡したことが認められるが、これらの譲渡について他の共有者から格別異論が出た形跡も認められない。
(三)、以上(一)、(二)の諸点ならびに当審における証人高山長松の証言および被控訴人富田紀一尋問の結果(ただしその一部)を総合すれば、本件建物の共有者は各自その持分権に基いて少くも当初から占有使用していた部屋についての使用権を有しており、その投下資本を回収するため、任意にその持分と共にこの使用権を譲渡することが認められていたものと解するのが相当である。なんとなれば前示のとおり、本件建物の払下が大蔵省の便宜上一括払下をし各室毎にその居住者に個別的に払下げる方法をとらなかつたので、その結果として共有関係を生じたにすぎず、本来各室の居住者がその居住する部屋についての権利を確保するために払下を受けるに至つたものと推認するのがもつとも妥当だからである。これに反する当審における被控訴人能化満佐喜の供述は措信できないし、他に右の判断を左右する証拠はない。
五、以上の判断に基けば、鈴木栄治が山口からその持分と共に本件部屋の使用権をも譲り受けたことは明らかであり、他にその効力を争う格別の主張立証もない本件においては、控訴人が本件部屋の占有権原としてその父である鈴木栄治の右使用権を援用する以上、その占有は被控訴人等に対抗できる正当な権原に基くものというべく、不法占拠を理由とする被控訴人等の本訴請求はいずれも失当として棄却すべきものである。
よつてこれと見解を異にする原判決は民事訴訟法三八六条により取消し、訴訟費用の負担について同法九六条、八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 石田哲一 野口喜蔵 山本和敏)