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東京地方裁判所 昭和36年(レ)564号 判決 1962年12月25日

控訴人 根岸寿司 外一名

被控訴人 本間武

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人等代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は、請求原因として、別紙物件目録<省略>(一)記載の土地(以下本件土地という。)は被控訴人の所有であるが、控訴人根岸はその地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下本件建物という。)を所有して本件土地を占有し、控訴会社は右建物を使用して本件土地を占有しているから、被控訴人は土地所有権に基づき、控訴人根岸に対しては、本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきことを、控訴会社に対しては、本件建物から退去して本件土地を明け渡すべきことを求める、と述べ、控訴人等の抗弁に対し次のとおり述べた。

一、控訴人等主張の抗弁事実中控訴人根岸の本件土地の占有権原が、賃貸人の承諾を伴う借地権の譲り受けに基づくものであるとの点は否認するが、その余の事実関係はすべて認める。被控訴人は、控訴人等の主張するように、本件土地を目的とする抵当権の実行に基づく競落により本件土地の所有権を取得したものであるが、控訴人根岸は、競売開始決定があり、かつ競売申立の登記が経由された後に、抵当権設定者訴外内藤弥六から本件土地を新たに賃借した(賃料は一カ月金一、五〇〇円、毎月末日払い、期間の定めはなく、特約として従前の建物を取りこわし新たに二階建工場兼居宅を新築することを認める、との約束であつた。)ものであるから、控訴人等の占有権原は、競売申立人、したがつて競落人たる被控訴人に対抗し得ないものである。

二、仮りに、控訴人根岸の本件土地の占有権原が新たに借地権の設定を受けたことによるものではなく控訴人等の主張するように、控訴人根岸において、従前の賃借人である、訴外石川茂から借地権を譲り受け、これにつき、内藤弥六の承諾を得たことによるものであるとしても、この承諾は競売申立の登記後に行われたものであり、競売開始に基づく差押により禁止される処分行為に該当するから、その効力を競売申立人、したがつて競落人たる被控訴人に対抗することはできない。すなわち、賃貸借契約は、賃借権の無断譲渡が解除理由とされ、賃貸人に対抗できないものと定められていることからも明らかなとおり、賃貸人と賃借人との信頼関係に基礎をおくものであるから、賃貸人にとつて賃借人が誰であるかは重大な関心事である。もし、競売開始決定により目的不動産に対する差押の効力が生じた後でも、賃借権の譲渡の承諾が競落人に対抗できるとすれば、競落人は予期しない第三者の出現によつて不利益を受ける虞れがあるし、競買の申出に際しても、かような第三者の出現を予想して競買価額の申出をしなければならないこととなる結果、競落価格も下落し、競売申立人に不利益を与えることともなるので、競売開始決定後の賃借権の譲渡の承諾は、すべて、競売申立人、したがつて、競落人に対抗し得ないと解さねばならない。また、控訴人等の主張するように、競売開始決定の当時対抗力ある賃借権が存在する場合には、賃借権の譲渡及びその承諾によつて競落人は何らの不利益を受けないということが、承諾の効力を競落人に対抗しうると解することの根拠となるならば、もともと、賃借権の譲渡においては、譲受人は前賃借人と同一の条件で賃借権を承継するものであるから、競落人が不利益を受けないという点では、賃借権の譲渡につき承諾があつた場合とこれがなかつた場合とで区別を設ける理由がないこととなり、したがつて、承諾の有無にかかわらず競落人はつねに賃借権の譲渡をもつて対抗されるという結論をとらざるを得ず、これでは、競売開始決定前や競落後の賃借権の無断譲渡が賃貸人(競落人)に対抗できないのに、競売開始決定後競落前の無断譲渡に限り競落人に対抗できるという不合理を生ずることになるから、この点からも、控訴人等の主張するような解釈のとり得ないことは、明らかである。

よつて控訴人等の抗弁は理由がない。

被控訴代理人は以上のとおり主張した。<証拠省略>

控訴人等代理人は、被控訴人主張の請求原因事実はすべて認めると述べ、抗弁として、次のとおり主張した。

一、本件土地は、もと内藤弥六が所有し、石川茂に賃貸していたもので、石川は地上に本件建物を所有し、昭和三二年一一月一一日右建物につき所有権移転登記を経ていた。その後、昭和三四年一月二三日内藤が本件土地に訴外大洋物産株式会社のため根抵当権を設定し被控訴人は、この抵当権の実行による競売手続において、競落により本件土地の所有権を取得したものである。

二、右競売手続においては、昭和三五年二月二三日に競売開始決定があり、同月二五日に競売申立の登記が経由されたが、控訴人根岸は、同年七月二六日石川茂より本件建物と本件土地の賃借権とを譲り受け、建物については同月二七日所有権移転登記を経由し借地権の譲渡についても、その頃土地所有者内藤弥六の承諾を得ている。したがつて、内藤の承諾は、競売開始決定があり競売申立の登記あつた後になされたこととなるが、これを競落人である被控訴人に対抗できることは、次に述べるとおりである。

抵当権は、目的物の交換価値を抵当権設定当時の状態で把握することを目的とする権利で、抵当権設定登記後に創設された用益的権利が競落人に対抗し得ず、また競売開始決定に差押の効力が認められ処分禁止の効力が認められるのは、これが目的物の交換価値を減殺するからである。したがつて、抵当権設定後しかも競売開始決定後になされた行為であつても目的物の交換価値を減殺しないようなものは、その効果を、競落人に対抗できるものと解すべきである。本件のように、抵当権設定時にも、競売開始決定時にも、目的不動産について競落人に対抗し得る賃借権が存在する場合には、抵当権者は、この用益権の制限に服した目的物の交換価値を把握しているのであり、最低競売価格もこれによつて決定されているのであるから、その後に賃借権が譲渡され、抵当権設定者がこれを承諾しても、抵当権者は何らの不利益をも受けない。したがつて、目的物に対する賃借権の譲渡はむろん抵当権設定者によるその承諾も、抵当権の存在によつてその効力をさまたげられることはなく、その承諾が競売開始に基づく差押の効力が生じた後であつても、民訴法第六四四条第二項によつて抵当権設定者に許される利用ないし管理行為として、その効力を競落人に対抗できるものといわねばならない。

三、以上の次第で、控訴人根岸は、本件土地につき被控訴人に対抗し得る賃借権を有し、控訴会社は、控訴人根岸の許しを得て本件建物を使用しているのであるから、被控訴人の本訴請求は理由がない。

控訴人等代理人は、以上のとおり主張した。<証拠省略>

理由

本件の争点は、第一に、控訴人根岸の本件土地の占有権原が賃貸人の承諾を伴う借地権の譲り受けに基づくものであるか、それとも、新たな借地権の設定に基づくものであるかということ、第二に、借地権の譲り受けに基づくものであるとした場合に、抵当権の実行による競売申立の登記があつた後に行われた借地権の譲渡の承諾が競売開始に基づく差押によつて禁ぜられる処分行為に該当するかどうかということ、以上の二点である。

以下順次判断する。

当番における控訴会社代表者兼控訴本人の尋問の結果とこれによつて真正に成立したものと認められる乙第一、第二号証とによると、控訴人根岸は、本件土地の前賃借人である石川茂から本件建物とともにその敷地である本件土地の賃借権を譲り受け、昭和三五年七月二三日賃貸人である内藤弥六より、右借地権の譲り受けについて承諾を得たことを認めることができる。右認定を覆して控訴人根岸が内藤から本件土地を新たに賃借したとの被控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも、右本人尋問の結果によれば、控訴人根岸はこの承諾とともに本件建物の一階部分を倉庫から菓子製造のための工場に改造し、二階に六畳と四畳半の居室を増築することについても、内藤の承諾を受けたことが認められるが、これによつて、当然に賃貸借期間が延長されたこととなるものでないのはもとより、その他、賃貸期間その他の点で従前の賃貸借契約の内容が賃貸人の不利に改変されたことを認めるに足りる証拠は本件においては見当らない。したがつて、控訴人根岸の借地権の譲り受けに対する内藤の承諾は、要するに従前の賃貸借関係の承継を承認する趣旨において行われたものと認めねばならない。

次に、抵当権の実行による競売申立の登記後に行われた借地権の譲渡の承諾が競落人に対抗し得るかどうかを考察する。

強制競売においてもまた任意競売においても競売開始決定に差押の効力すなわち、目的物に対する処分禁止の効力が認められるのは、競売開始により国家が競売申立人のため、目的物の処分権を取得し、その交換価値を競売開始時の状態において保持し、この交換価値をもつて差押債権者の債権の満足を図ろうとする趣旨から出たものであることは明らかである。したがつて、競売開始による差押後に債務者が目的物についてした行為が民訴法第六四四条第二項により許される「利用及び管理」行為にあたるか、それとも、差押の効力により禁じられる処分行為にあたるかは、その行為が、競売開始決定当時における目的物の交換価値を減少するものと認められるかどうかにより決せられるものと解すべきである。ところで、同法第六四三条第一項第五号は、賃貸借の目的となつている不動産につき強制競売を申し立てるに当つて添付すべき賃貸借に関する証書に掲げられるべき事項として、「期限並ニ借賃及ヒ借賃ノ前払又ハ敷金ノ差入アルトキハ其額」を要求しているにとどまり、賃借人の表示を要求しておらず(したがつて、同条第三項に基づき執行吏の作成すべき賃貸借取り調べ調書にも賃貸人を表示することは法律上要求されていないものと解される。)また、同法第六五八条が競売期日の公告に掲ぐべき賃貸借契約の内容に関する事項として、同様の項目を要求しているに過ぎないこと等から推せば、民訴法は、賃貸借の目的となつている不動産の強制競売においては、賃貸借契約における主観的要素すなわち賃借人が何人であるかということを度外視して、もつぱら、客観的契約内容による賃貸借の負担のある不動産として評価される目的物件の交換価値を眼中におき、公売によつて現実化される、この交換価値をもつて差押債権者の債権の満足を図ろうとしているものと解さざるを得ない。してみると、競売開始による差押によつて、差押債権者のために保持される目的物件の交換価値とは、とりもなおさず、賃貸借契約における主観的要素を度外視した、契約の客観的内容による賃貸借の負担のある不動産としての交換価値にほかならないと解されるので、競売開始による差押後に債務者が目的物件につきした行為が、右の交換価値を減少するものでない限り、差押債権者、したがつて競落人にその効力を対抗し得るものというべきであり、任意競売についても、同様に解すべきである(競売法第二四条第五項、第二九条第一項参照)。この見地から考えれば、競売開始決定当時に目的不動産につき対抗力ある賃借権の負担が存在する場合には、競売開始による差押の効力が生じた後に右賃借権の譲渡につき承諾が与えられたとしても、この承諾は、競売開始決定当時における目的物件の交換価値を減少する行為とは目されないので、右承諾は差押によつて禁止される処分行為には当らないものと解するのが相当である。

被控訴人は、競売開始決定当時における目的物件の交換価値を減少させない行為は差押により禁ぜられる処分行為に当らないとの見解をとるときは、差押後になされた、賃借権の無断譲渡もまた競落人に対抗し得るとの結論をとらざるを得ないこととなつて不合理であると主張するが、競売開始による差押後に目的物件の賃借人が賃貸人(目的物件の所有者)の承諾を得ないで賃借権を譲渡した場合には、右譲渡は、民法第六一二条により賃貸人、したがつてその承継人たる競落人に対抗し得ないことは当然であつて、前判示のような見解をとつても、被控訴人主張のような不合理な結論をとらねばならないこととなるものではないから、この主張は採用の限りでない。

本件において、当事者間に争いのない事実関係と前認定の事実によれば、競売開始決定当時は、石川茂が本件土地につき建物保護法の適用上対抗力のある借地権を有しており、控訴人根岸は競売申立の登記後に石川から右地上に存在する建物の所有権の移転を受け、建物につき所有権移転登記を経由するとともに、本件土地の賃貸人(所有者)内藤弥六の承諾の下に、従前の借地契約の内容を(少くとも賃貸人に不利益に)変更することなく、借地権の譲渡を受けたというのであるから、内藤の右承諾は、差押によつて禁ぜられる処分行為には当らないことは明らかである。それ故、控訴人根岸は、借地権の取得をもつて競売申立人、したがつて競落人すなわち被控訴人に対抗し得るわけであり、同控訴人は、借地権に基づき本件土地を正当に占有するものといわねばならない。そして控訴会社が控訴人根岸の許しを得て本件建物を使用していることは弁論の全趣旨より明らかであるから、控訴人等の抗弁は理由があり、被控訴人の本訴請求は失当である。

よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるから、民訴法第三八六条によりこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用については、同法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

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