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東京地方裁判所 昭和36年(レ)625号 判決 1962年5月07日

控訴人 二宮ミヨシ 外二名

被控訴人 脇山兼誠

主文

1、原判決を取消す。

2、東京地方裁判所昭和三四年(レ)第四三七号建物収去土地明渡請求控訴事件の和解調書につき中野簡易裁判所書記官高津戸成美が昭和三五年一〇月五日被控訴人に附与した執行文はこれを取消す。

3、本件につき当裁判所がなした昭和三六年(モ)第一六、〇二一号執行停止決定はこれを認可する。

4、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は主文第一、二、四項同旨の判決を求め、当審における控訴人二宮ミヨシ、同二宮嘉市各尋問の結果を援用した。被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、昭和三五年一〇月一日の賃貸借解除前に、賃料支払の催告をしたことはないと述べた。

二、当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、認否、援用は右に附加したもののほか原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

一(一)、被控訴人と控訴人等との間の当裁判所昭和三四年(レ)第四三七号建物収去土地明渡請求控訴事件において被控訴人主張のような訴訟上の和解が成立したこと、それによれば、

(1)  控訴人二宮ミヨシ(以下ミヨシと略称)は被控訴人から東京都中野区江古田二丁目一〇番地の四所在家屋番号同町二八一番木造瓦葺二階建居宅一棟建坪一六坪四合六勺五才のうち階下全部(本件建物部分と略称)を引き続き賃料一ケ月金七、〇〇〇円毎月末日限り被控訴人方に持参または送付して支払う約束で期間の定めなく賃貸すること。

(2)  控訴人ミヨシは、昭和三三年五月から本件和解成立の日である昭和三五年七月二九日までの延滞賃料合計金一六一、六〇〇円の支払義務があることを認め、控訴人二宮嘉市(以下嘉市と略称)と連帯して、(イ)内金五〇、〇〇〇円は昭和三五年八月二日限り、(ロ)残金一一一、六〇〇円は同年八月から毎月末日限り金三、〇〇〇円宛それぞれ被控訴人方に持参または送付して支払うこと。

(3)  被控訴人は、右控訴人等が前項(イ)の金五〇、〇〇〇円の支払を遅滞したとき、または前記(1) の賃料もしくは前項(ロ)の割賦金の支払を遅滞し、その額二回分に達したときは、本件建物部分の賃貸借を解除することができる。その場合控訴人ミヨシ、同嘉市は右建物部分を明け渡しかつ控訴人ミヨシは同建物の北部に存在する木造トタン葺平家建作業場一棟建坪六坪および同建物上の物干場を収去し、控訴人高橋は本件建物部分から退去し、それぞれ被控訴人に対し同建物部分の敷地を明け渡すこと。

が定められていること、

(二)、被控訴人は昭和三五年一〇月一日到達の電報および内容証明郵便で控訴人ミヨシに対し、同年八月分および九月分の賃料および割賦金合計金二〇、〇〇〇円の支払を怠つたことを理由に、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、ついで控訴人ミヨシ、同嘉市が前記和解調書第三項に定める賃料、割賦金について、それぞれその二回分の支払を怠つたことを理由に、同月五日本件和解調書について主文第二項掲記の執行文の付与を受けたこと、

はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで右解除の効力について判断すると、成立に争いない甲第三、四号証ならびに原審証人藤友正敬の証言(その一切)原審および当審における控訴人ミヨシ、同嘉市各尋問の結果を総合すれば、

(一)、控訴人ミヨシは昭和三三年六月以前から本件建物部分を賃借していたところ、同年六月六日到達の書面で被控訴人から無断転貸および同建物敷地内に木造トタン葺平家建物一棟を無断で建築したとして賃貸借契約を解除する旨の通知を受けその頃から右賃貸借をめぐつて被控訴人との間に紛争を生じていたこと、

(二)、控訴人ミヨシは被控訴人との間の右紛争が表面化し、その賃料の受領を拒絶されるに至るまでは、毎月の賃料を近所に居住する被控訴人の女婿の藤友正敬の許に持参し支払つてきたこと、被控訴人は当時から富山県に住所を有し東京に常住していなかつたので、藤友が被控訴人所有の家作(本件家屋のほか、その近隣にも数軒ある)について賃借人の便宜のため自己に代つてその賃料を受領することを承諾していたこと、しかも藤友は現在なお控訴人を除くその余の賃借人(本件家屋の二階部分の賃借人も含む)からは、引続いて賃料を受領していること、

(三)、控訴人ミヨシは昭和三五年七月二九日本件和解が成立したので、これに定める金五〇、〇〇〇円を同年八月二日までに支払うべく工面した結果、八月分の割賦金三、〇〇〇円および賃料七、〇〇〇円を同月中に支払うことが難しくなつたので、控訴人等の代理人として右和解に関与した弁護士とも相談のうえ翌月中にその月の支払分をも含め一括して金二〇、〇〇〇円を支払う心算で、同年九月三〇日夕刻娘の持ち帰つた給料を合わせてようやく右二〇、〇〇〇円を調達し、従前どおり藤友の許に持参し受領を求めたところ、藤友は、被控訴人の指示によると称して、右金員の受領を拒んだので(同控訴人が同日藤友宅を訪れたことは当事者間に争いがなく、藤友において賃料等の受領を拒んだことは、原審証人藤友正敬の供述するところである)今度は夫の控訴人嘉市が翌朝早く、右金員を持参し藤友の許を訪れたけれども前日同様受領を拒まれたこと、しかしながら、藤友から、被控訴人の居所が新宿区淀橋にあることを聞き出したので、その足で右淀橋の居所を訪れなお同日夕刻および翌二日朝と前後三回にわたり弁済のため同所を訪問したがその都度戸締まりがしてあつたため面会できなかつたこと、しかし、その間同所に電話をかけてみたところ留守居と称する女性が電話口に出たので早速用件を伝えたところ、被控訴人の指示によるものの如く、面会できないと答え戸を開けることすら断わられたこと、そこで控訴人嘉市はやむなく翌三日現金書留で前記金員を右居所に宛て郵送したが、これまた返送されてきたこと

がそれぞれ認められる。原審における証人藤友正敬の証言および被控訴本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用できないし、他には右認定に反する証拠はない。

三(一)、すでに設示したとおり本件和解調書のうち賃料および割賦金の支払に関する条項には、控訴人ミヨシまたは同嘉市は右各金員を被控訴人方に持参または送付すべき旨が定められてはいるけれども、同条項によつて直ちに、被控訴人に代つて賃料等を受領する権限がある者が居た場合はこの者に対し右賃料等を弁済のため提供することを禁じたものとは解されず、本件各証拠に照らしても、本件和解の成立過程で、前示各金員は必ず被控訴人の許に持参または送付することを要求し、従前認められていた藤友の許に持参して支払うという弁済方法を禁じた形跡は認められない。また仮に被控訴人が本件和解後に支払われる控訴人関係の賃料等の金員についてのみ藤友の受領権限を撤回したとしても、控訴人夫婦が撤回の点について悪意であることを窺わしめる証拠は勿論撤回の事実を知らないことに過失があると認めさせるような証拠もない。(なお、本件和解の成立当時も被控訴人はその住所を富山県にあるものと表示していたことは、同和解調書、正本である甲第一号証により明らかであり、控訴人等が淀橋の居所を知つたのは前示のとおり昭和三五年一〇月に入つてからである)

(二)、したがつて右控訴人等が昭和三五年九月三〇日に同年八、九月分として本件賃料および割賦金合計金二〇、〇〇〇円を藤友に弁済のため提供したことにより被控訴人に対する関係で有効な弁済の提供があつたものと認めるのが相当であり、仮に準法律行為である弁済については民法一一二条の類推適用がないとしても、賃貸借関係を支配する信義誠実の原則に照らし右金員の提供は前示認定の事情の下では被控訴人との関係でなお有効な弁済の提供があつたものと解するのが相当である。

四  そうであれば右賃料および割賦金の支払を怠つたことを理由とする被控訴人の昭和三五年一〇月一日の賃貸借解除の意思表示はその効力を生ずるに由なく、右解除による本件和解調書の執行文の付与はその理由を欠き取り消しを免れないものというべきである。(なお被控訴人が昭和三六年三月一日および同年一〇月一六日にも本件賃貸借解除の意思表示をなしたことは当事者間に争いのないところではあるが、これらはいずれも本件執行文付与の理由となつていないのみならず、前者については、成立に争いない甲第七号証の一ないし四により明らかなように三六年一月分の賃料および割賦金は同年二月二八日、また同年二月分は翌三月二八日に各弁済のため供託していることが認められるし、後者は解除の原因とした当該二ケ月分の賃料および割賦金についてはすでに弁済供託がなされた後ほゞ一年も経てから解除の挙に出たものであることは主張自体から明らかであり結局右各主張も失当というのほかない。)

五  以上説示のとおり本件執行文の付与の取消を求める控訴人の異議の訴は理由があるからこれを認容すべきところこれと結論を異にした原判決に対する本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条により原判決を取消し、かつ本件和解調書についての執行文の付与を取消すこととし、訴訟費用の負担につき同法九五条八九条を、執行停止決定の認可につき同法第五四八条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 野口喜蔵 山本和敏)

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