東京地方裁判所 昭和36年(ワ)1468号 判決 1962年8月10日
原告 石川運吉
右訴訟代理人弁護士 大崎孝止
被告 瀬川すゑ
<外三名>
右被告三名訴訟代理人弁護士 土井永市
主文
被告らは原告に対し、千葉県市川市八幡町三丁目一七七六番地の一所在木造瓦葺二階建家屋一棟建坪二三坪六合二勺五才二階三坪、(家屋番号同町乙三二〇番の三、登記簿上建坪一八坪)を明け渡し、且つ、昭和三六年一月一日より右家屋明渡し済みまで一箇月金三千円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告による負担とする。
この判決は、原告において、被告らに対し金一〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
被告らにおいて、原告に対し、金六万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。
事実
≪省略≫
理由
原告が千葉県市川市八幡町三丁目一七七六番地の一所在木造瓦葺平家建家屋一棟建坪一八坪三合七勺五才を所有し、被告ら三名が右家屋賃料月三千円で、期間の定めなく賃借していること及び被告らが右家屋に附加して木造洋瓦葺二階建建坪五坪二合五勺二階三坪の建物の部分を増築し、その部分が附合によつて原告の所有に帰したことは当事者間に争いがない。
被告らは、被告らと原告間の東京簡易裁判所昭和三三年(イ)第四六三号和解事件において同年七月一〇日成立した裁判上の和解において、被告らが本件家屋に対する同日までの必要費、有益費等の一切の請求権を原告に対して放棄するとともに以後の改造費、修繕費等についても原告に対して一切の請求権を放棄することが定められた(和解条項第三項)が、右和解条項は被告らが賃借家屋を改造修繕しうることを前提としたものであるから、右増築についても改めて原告の承諾をうる必要はなかつたものであると主張し、成立に争のない乙第一号証によれば右被告ら主張の裁判上の和解には、その主張のような和解条項の定めのあつたことが認められるが、右和解条項の字句に成立に争のない甲第三号証証人石川栄子の証言及び原告本人の尋問の結果を綜合すれば、本件家屋は元来原告ら夫婦が自らの住家とするため建築したもので、戦時中戦災によつて家を失つた被告すえの依頼により同人に賃貸するに至つたものであるが原告らはその後自ら居住する必要を生ずるに至つたのでたびたび被告らに明渡しを要求したが応じないので、昭和二九年頃から被告らを相手として家屋明渡請求の調停事件や訴訟事件を提起したが、解決に至らなかつた結果、被告ら申立の前記の和解に応ずるに至つたのであるが、原告は右紛争の過程において、被告らから、同人らがすでに支出したという塀等の修繕費や、今後必要であるという土台の修繕費等の支払の請求を受けていたので、右和解によつて引き続き被告らに本件家屋を賃貸することになつたについて、それまでの右修繕等による必要費、有益費等の請求権を放棄させるとともに以後において右家屋を改造し又は修繕する場合においても被告らより原告に対しその費用の償還請求をしないことを右条項によつて約定させたものにすぎず、同条項はこれによつて将来被告らにおいて賃貸人たる原告に無断で自由に賃借家屋の改造、増築等をなしうることを認めたものではなく、少くとも本件におけるような建坪十八坪三合七勺の平家建家屋に一階五坪二合五勺二階三坪の増築をするという相当大規模な増築を家主に無断でなしうることを認める趣旨のものではなかつたことが認められる。この点について、被告神藤才次はその本人尋問において被告らの主張に沿う陳述をしているが、たやすく採用しがたく他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして被告らが右増築をするにつき他に原告の承諾を得たことはこれを認めるべき証拠はなく証人石川栄子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、その承諾がなかつたことが認められる。
次に被告らは、右増築は大学教授である被告瀬川行有が最低限度の文化的生活を営むために必要な程度のもので、建物の使用目的に反せず、且つ建物の経済的価値を増加したもので、しかも増築部分は附合により原告のものとなつたのであるから、背任行為にあたらないと主張するが、本来、建物の賃借人は、賃借物を契約又はその目的物の性質によつて定められた用法に従つてこれを使用収益し、賃借物を返還するまでは善良な管理者の注意をもつてこれを保管する義務を負うものであるからたとえ賃借人において生活上必要なもので、また住宅としての使用目的には支障を来たさないものとしても、賃貸人に無断で賃借家屋に改造を加え又は増築をするようなことは許されないものというべく、ことに本件においては、成立に争のない乙第五号証≪省略≫によれば本件増築については、増築部分をもとの賃借家屋と接合させるため、旧家屋の一部をとりこわさなければならなかつたのであり、またその復旧も容易でないこと、旧家屋が配置を考え良材を使用して建築されているのに対し、増築部分は旧家屋の南東側にあたるところに建てられて日当り等に悪影響があるのみならず、あまり上等でない材木を使つて書庫向きに建てられた中二階的な建物であるため、人によつてはこれを好まないようなものであり特に家屋の所有者たる原告の嫌つているところであることが認められるから、このような増築の行為は、仮に一般的に言えば建物の経済的価値を増加したものであり、且つ、その部分が附合により賃貸人たる原告の所有に帰したものであるとしても、これをもつて賃借人としての用法義務、保管義務に反せず、また背信行為に当らないものということはできない。のみならず、証人石川栄子の証言によりその成立を認めうる甲第四号証に同証人の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件建物の敷地所有者平岩米吉との間の賃貸借契約において賃貸人平岩の書面による承諾を受けることなく地上に工作物を新築し又は現存工作物の増築改築若しくは変更工事をしないことを約しており、原告としては、もし平岩が本件増築に気付いたならば右土地の賃貸借契約を解除されるかも知れないと苦慮していることが認められ、また被告神藤才次本人の供述によれば同被告らは本件家屋の敷地が借地であることを知つていたことが認められるから、被告らとしては、右増築によつて地主との間に問題が起りうることを当然予知し得たものというべく、かゝる事情をもあわせ考えると、被告らの本件増築の所為は賃貸借契約を継続することのできない背信行為であると判定されてもやむを得ないものといわなければならない。
そして、原告がその主張のような昭和三六年一月二四日着の内容証明郵便をもつて、被告らに対し、条件付契約解除の意思表示をしたことは被告らの認めるところであり、被告らがこれに応じなかつたことは本件弁論の全趣旨により明白である。
しからば、本件家屋の賃貸借契約は適法に解除されたものというべく、被告らは、原告に対し、右家屋を明け渡し、且つ、昭和三六年一月一日から同月三十一日まで一箇月金三千円の賃料及、同年二月一日から明渡し済みまでの賃料相当の損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。よつて原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九三条仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 位野木益雄)