東京地方裁判所 昭和36年(ワ)1593号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕原告は、被告の本件土地の売買代金の取扱が不当利得であるとし、その理由として本件土地が宅地に転用するため転売されたことによつて、買収処分当時予期された出捐の原因ないし目的は不到達に終つたかあるいは消滅したので、右土地の交換価値少なくとも農地としての価値をこえる部分については公平の理念からみてそれが原告から被告に移転することを正当視すべき実質的、相対的な理由がないとか、自創法による農地の買収処分は農地としての利用権を旧地主から奪つたものであり、宅地としての利用権を奪つたものではないから、買収農地が宅地となつた場合には、旧地主は宅地の顕在利用権者となり現地主は潜在利用権者として眠れる権利者になりあるいは現地主と旧地主の共有関係になると主張する。
なるほど、本件土地が自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進という公共目的達成のために買収されたものであり、その買収の対価として原告に交付された金額が農地としての価格を基準として算定されたことは原告主張のとおりであるが、これは本件土地が当時農地であり農地として買収されたものである以上当然のことであり、また本件土地の所有権が買収処分により原告から国へ、そして売渡処分によつて国から被告にそれぞれ無条件かつ完全に移転するものであることは前述のとおりであるから、買収対価が農地としての価格を基礎として算定されたものであるからといつて、買収処分は農地としての価値ないし利用権を原告から奪つたにすぎず、買収処分後も原告が本件土地の交換価値中農地としての価値をこえる部分ないし宅地としての利用権を保有すると解することはできない。買収農地の売渡しを受けた者が当該農地を宅地に転用するため転売し、高額の代金を取得するということは、被買収者たる旧地主の立場からいえば納得しがたいものがあるであろうが、かかる事態は、主として買収後の経済的、社会的事情の変化に伴つて生じたものであつて、買収処分当時予想しなかつたところというべきであり、被売渡人が転売によつて利得することがあつたとしても、それが旧地主の損失に基づくものということはできない。
よつて原告の右主張も独自の見解として採用しがたい。
原告は、さらに、原告には本件土地の優先買受権ないしその期待権があることを前提として、被告が本件土地の売買代金を取得したことを不当利得であると主張する。
そこで、原告がかかる優先買受権ないしその期待権を有するかどうかについて判断するに、前述したように、収用目的の消滅後収用財産の所有権を被収用者に回復する方途を講ずべきか否かはもつぱら立法政策の問題なのであるから、農地の買収及び売渡しの完了後被売渡人が当該農地について耕作の意思を放棄し、農地がその適格性を喪失し自作農創設等の目的に利用されないような状態が生じた場合に被買収者たる旧所有者が当該土地の優先買受権ないしその期待権を有するためには、法令上の根拠を必要とするものと解されるところ、原告の採用する諸規定その他自創法、農地法等の各規定を検討してみても、かかる優先買受権ないしその期待権を認めた規定はない。すなわち、農地法第八〇条は、買収後いまだ売渡しをせず農林大臣が保管している農地等について、農林大臣がこれを自作農創設等の目的に供しないことを相当と認めたときは、被買収者又はその一般承継人にこれを売り払うべきことを規定しているにとどまり、買収農地が耕作者等に売り渡され、さらにその者から第三者に転用の目的で転売された場合にまで、被買収者たる旧所有者に当該土地の売払請求権を与えた規定ではない。また、自創法第二八条及び農地法第一五条は、買収農地は売渡しを受けた者が当該農地についての自作をやめ、あるいはその者又はその世帯員以外の者がその農地等を耕作又は養畜の事業に供したときに、国がこれを買い取り又は買収することとしているにすぎない。そして、前述のように、農地法第四条、第五条は創設農地についても転用転売を禁止していないのであるから、いわゆる創設農地といえども都道府県知事又は農林大臣の許可を受ければ適法有効に転用転売しうるものというべきであり、また、一歩譲つて、仮に創設農地が転用転売された場合において国が農地法第一五条により右土地を再買収することができるとしても、本件土地はいまだ再買収されていないのであるから、原告は右土地の売払いを受けることができないものというべきである。
したがつて、土地収用法第一〇六条の類推適用のごときも考えられないところであつて、原告が本件土地の優先買受権ないしその期待権を有しないことは明らかである。原告は、右の点について、さらに、信義誠実の原則に照らしても、自創法により買収農地の売渡しを受けた者が耕作をやめ、当該農地が農地としての適格性を喪失した場合には、農地法第一五条、第一六条、第八〇条等の規定を類推解釈して、国は右土地を買い戻した上これを被買収者に返還すべきであると主張するが、信義誠実の原則が私法の分野ばかりでなく、公法殊に行政法の分野においてもその適用があることは原告主張のとおりであるとしても、前述のように、農地法第四条、第五条はいわゆる創設農地についても都道府県知事又は農林大臣の許可を条件として転用転売を認めており、また同法第一五条、第八〇条の規定の趣旨が前記のとおりであり、同法第一六条も単に農地等の所有者からの申出による買収を定めたものにすぎない以上、これらの規定を類推しても、原告主張のように、国が本件土地を被告から買い戻して原告に返還すべきものであるとは解しがたい。
よつて、原告が本件土地につき優先買受権ないしその期待権を有しないことは明らかであるから、かかる権利の存することを前提とする原告の右主張は、その前提を欠くものとして失当である。……
原告は、解放農地の売渡しを受けた旧小作人がこれを宅地に転用転売するには旧地主に相当額のはんこ料を支払つてその同意を得なければならず、旧地主の同意のない宅地への転用転売は慣習法ないし事実たる慣習に反し無効であると主張する。
<証拠>を綜合すると、本件土地の所在する小平市及びその周辺の東京都北多摩郡田無町、小金井市、三鷹市、武蔵野市等において、昭和三三、四年ころからいわゆる創設農地の宅地化が急速に進行しはじめ、創設農地が高額の対価で転用転売されるようになり、そのため、これらの土地の旧所有者の間に不満が生じ、転用転売に対し異議を述べることもあつたので、創設農地を転用転売しようとする者のなかには、かかる紛争を避けるため、事前又は事後にはんこ料等の名義でいくばくかの金銭を旧所有者に支払つてその同意を求めるものがあり、また、地元農業委員会としても、同満な農地行政の運用という面からみると転用転売について旧所有者の同意を得ておくことは、事前に紛争を防止することになり、望ましいことでもあつたのでこれを黙認するとともに、ときには創設農地を転用転売しようとする者に対し旧所有者の同意を得るように促したこともあつたが、他方旧所有者の同意のない場合でもこれを理由として創設農地の転用転売を禁止する法的根拠はなかつたので旧所有者の同意の得られないまま転用転売の許可申請が出されれば、これを受理し処理していたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定事実によると、小平市及びその周辺地域において、昭和三三、四年ごろから、創設農地の転用転売の場合に、事前又は事後にはんこ料等の名義で転売代金の一部を旧所有者に支払い、その同意を求める事例がかなりあつたものの、全体としてはいまだこのような傾向になかつたことがうかがえるから、結局原告主張のような慣習法ないし事実たる慣習があつたことは認められない。甲第七号証中には、原告主張のような慣習があるとする供述の記載があるが、採用しがたい。(位野木益雄 高林克己 石井健吾)