大判例

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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3973号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔要旨〕警察官はその職務執行中、必要があれば実力を行使し以つて任務の遂行を計ることは正当な職務の執行々為というべきであるが、その実力行使の方法、程度は職務の遂行に必要且つ最少限度においてなさるべきである。

〔事実と争点〕原告は営業用自動車(いわゆるタクシー)の運転手であり、被告補助参加人は警視庁中野警察署交通係巡査である。原告は昭和三六年三月二一日午前九時ころタクシーを運転し東京都中野区青梅街道を新宿方面に向い進行中、同町本町通二丁目の交叉点にさしかかつたところ、同所において交通整理をしていた被告補助参加人(以下軽見巡査という)は原告に停車を命じ、自動車運転免許証の提示を求め、原告に西南歩道上まで来るよう指示し、原告はこれに従つて西南角歩道へ赴いたところ、軽見巡査は同歩道角に置かれた交通整理台上へ原告の免許証をほうり投げ、右免許証は勢余つて地面に落下したので原告はこれを拾い上げ抗議したところ、軽見巡査は怒号して原告を数回コンクリート歩道上に投げ倒し全治三週間余の傷害を加えた。原告の右傷害は被告都の公権力の行使に当る公務員である軽見巡査がその職務を行うにつき、故意に原告に加えた不法行為の結果であるから、被告は原告に対し右傷害により原告が蒙つた損害を賠償する義務があると主張した。

被告都及び補助参加人は、かりに原告が軽見巡査の前記行為により、なんらかの傷害をうけたとして、同巡査の行為は正当な職務執行々為であるから違法性を阻却する。すなわち原告は都電の軌道敷内を、その後方から電車が接近してくるにもかかわらず進行して来るので、同巡査は再三軌道敷外へ出るよう指示したのにこれに従わないので、右交通違反(道路交通法第二一条)を取締るため、停車を命じ違反の旨を告げたところ、原告がこれを否認したので、軽見巡査は同法第一〇九条に基き、原告に対し免許証の提示を求め、これを受取り歩道へ来るよう指示した。ところが原告は右職務執行中の軽見巡査に暴力を振つて来たので同巡査は止むをえず右抵抗を制圧したに止ぎず、軽見巡査の右行為は正当な職務執行々為として違法性を阻却し、被告に賠償責任はない。また同巡査の右行為は正当防衛であるから違法性を阻却する、と抗争した。

判決は軽見巡査の正当な業務執行中原告が暴力を用いた事実を肯定し、同巡査がこれを制止し、取調べを遂行するため実力を行使したことはなんらの違法性はない、と認定したが、その実力行使の態様、程度が正当な職務執行々為の限界を逸脱した点において違法であるとし、正当防衛の抗弁についてもいわゆる過剰防衛で理由がないとして、原告の損害賠償請求を認容し、つぎのとおり説明している。(なお判決は被告の過失相殺の抗弁を容れ、物質上の損害額の六割を認容し、慰藉料については金五〇万円の請求にたいし金四万円を認容したのみであつた。)

〔判決理由〕(一)正当行為の点

思うに、警察官がその職務の執行中(特に、被疑者の取調の際)、他人(特に被疑者)から不法な有形力の行使を受け、右職務の執行を妨害された場合には、これを制止するため、必要があれば実力を行使し、以て任務の遂行を計ることは、警察官として正当な職務執行行為であつて、違法性を阻却するものというべきであるが、右実力行使(制止)の方法およびその程度は、具体的な場合に応じ、職務の遂行に必要且つ最少限度においてなさるべきで、右限度を越えた実力行使は違法であるというべきである。

そこで、これを本件についてみるに、まず前認定の事実よりすれば「軽見巡査が、本件中野坂上交叉点において、原告に対し停車を命じ免許証の提示を求め、これを受取り、更に同人の交通違反を取調べるため、同交叉点西南角の歩道まで来るようにと指示し、同所において右取調べをなさんとしたこと」が同巡査の適法なる職務の執行であること、および原告の同巡査に対する前記暴行が右職務の執行中になされたものであることは、全く疑いの余地がない。そして、右暴行の態様、およびその際の原告の気勢よりみて、本件は、軽見巡査が単なる説得により原告を制止すること能わざる場合であつたことの明らかである。したがつて、前記のように同巡査が原告を制止し、前記取調べを遂行するため実力を行使した、そのこと自体は、なんら違法なることではない。

しかしながら、他方、原告の暴行は、成程執拗なものではあつたが、軽見巡査の胸ぐらを掴み、同所を押す程度であつたこと、前認定のとおりである。しかも補助参加人の供述(第一回)および弁論の全趣旨によれば、本件における特殊事情として、軽見巡査は体格にすぐれ、そのうえ当時柔道三段の腕前であつたのに、原告は反対に普通以下の体格で、腕力も弱く、その体力の差は歴然としていたこと」を認めることができるから、以上のような事情のもとでは、軽見巡査は、実力行使をするとしても、せいぜい同人の胸ぐらから原告の両手をはずし、これを押さえて、その自由を奪い、同時に極力口頭で説得して、原告の興奮を鎮め、以て同人を制止すれば十分であつて、それ以上に、前認定のような実力行使、すなわち原告を歩道上に転倒させ、そのままこれを押さえつける等する必要は全くなかつたものというべきである。

そうとすれば、軽見巡査の右行為は正当な、職務執行々為の限界を逸脱した違法なもので被告らの前記主張は理由がない。

(二)正当防衛の点

まず前認定の事実よりすれば、軽見巡査の前記行為(すなわち、原告に対する実力行使)が同巡査に対する原告の不法行為(すなわち胸ぐらを掴んで同巡査を押す行為)に対し、自己の身体を防衛するため、原告に対する反撃としてなされたものであることは、疑の余地がない。

しかしながら、右反撃がいわゆる正当防衛に当るためは、右行為以外、他に自己の身体を防衛する適切な方法がなかつたことの特殊事情が必要であるところ、本件に顕れた全証拠を以ては、いまだ当時右事情が存在したことを認めるに足らず、かえつて前項認定の事実よりすれば、軽見巡査の右反撃は、防衛行為として必要以上のものであつたこと明らかである。

そうとすれば、軽見巡査の前記行為は、防衛の程度を越えた違法なもの(すなわち、過剰防衛)であつて、補助参加人の正当防衛の主張は理由がない。(古川純一 磯部喬 加藤和夫)

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