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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4609号 判決 1963年3月29日

原告 柏熊恒

訴訟代理人 岡部勇二

被告 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し二五五、〇〇〇円及びうち一八〇、〇〇〇円に対しては昭和三六年六月二九日以降、うち七五、〇〇〇円に対しては昭和三七年二月二三日以降支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、原告は、昭和三二年五月八日、田中清堯からその所有に係る東京都品川区大井南浜川町一、八四七番地の二および同町一、八四八番の二に跨る約一〇〇坪の土地を、木造の演芸場を建築所有する目的で期間昭和三二年六月一日から五年間賃料一ケ月一〇、〇〇〇円支払日毎月末日の約定で賃借し、同地上に木造トタン葺平家トタン張り一棟建坪四七坪二合五勺を建築所有し、昭和三四年一〇月初頃、田中幸夫こと金仁玉に対し同建物を演芸場として使用する約束で賃料一ケ月一〇、〇〇〇円支払期日毎月末日期間の定めなく賃貸した。

二、ところが、原告と田中清堯との間において右借地契約につき紛争が生じ、右清堯は昭和三三年一一月原告に対し東京地方裁判所(同庁昭和三三年(ワ)第一〇、二六八号)に右建物収去土地明渡の訴を提起するとともに、昭和三四年一一月九日、原告と金を債務者として建物の収去および退去による土地明渡請求権の執行保全のため同裁判所に右建物につきいわゆる占有移転禁止の仮処分命令を申請し、同月一〇日右申請どおり、「債務者らの右建物に対する各占有を解いて債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者らにその使用を許さなければならない。但しこの場合においては執行吏はその保管に係ることを公示するため適当な方法をとるべく、債務者らはこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない」との仮処分命令を得て同裁判所執行吏にその執行の委任をなした。

そこで同裁判所執行吏関信雄は、同月一一日、右委任に基いて右建物に対する金の占有を解いて執行吏の保管に委ねるとともに金にその使用を許し、もつて金に対し右仮処分の執行をなした(なお原告に対しては占有使用の事実がないとして執行不能とされた)。

ところが、同裁判所執行吏代理林芳助は、同年一二月一四日、金が右建物の現状を変更したものと認めて金を同建物から退去させてその内に存置してあつた金所有の動産を建物外に搬出して建物に封印をなし、もつて金の使用を排除して同建物を執行吏の直接保管にした。

三、そこで、金は建物の使用を回復するため右排除行為につき同裁判所に執行方法に関する異議を申立て、昭和三六年一〇月五日、同庁昭和三五年(ヲ)第三、八〇五号決定により右排除行為を許さない旨の裁判を得た。

もつとも、債権者田中は同決定に対し東京高等裁判所に即時抗告の申立をしたので直ちに右執行の取消を求め得なかつたが、同裁判所は昭和三七年一月二〇日、同庁昭和三六年(ラ)第七二七号決定をもつて右抗告を棄却したので、金は同月三一日右執行の取消をうけ漸く建物の使用を回復するに至つた。

四、林執行吏代理の執行々為は次の理由で違法である。

(一)  金がたとえ本件仮処分命令にいう「現状の変更」と認められる行為をしたとしても、執行吏がこれを理由として金を建物から退去させてその使用を全面的に排除できる権限を有する旨の法律上の根拠はなんら存しない。同代理は仮処分命令中の「現状を変更しないことを条件として債務者に使用を許さなければならない」との記載を根拠として使用を禁止したものと推察されるが、同記載もそのような強制力行使の授権をなしているものではない。

(二)  仮に現状変更と認められる行為があるときには執行吏は債務者の使用を排除できると考えられるにしても、そして金が被告主張(答弁二、(二)の(1) )のとおり建物に手を加えたことは認めるが、未だこれをもつて本件仮処分命令にいう現状変更とまでは認められないから、同代理はその認定を誤り、もつて違法行為をなしたというべきである。

五、右の次第で、原告は林執行吏代理の違法行為によつて次の損害を蒙つた。

(一)  原告は右違法行為開始の昭和三四年一二月一四日よりその取り消された昭和三七年一月三一日までの間同代理の違法行為によつて金に対し建物を使用収益させることが不可能になつたところ、建物の賃貸人原告のこれを使用収益させる債務は賃借人金の賃料債務に対し先給付の関係にあるから、原告が右期間中違法行為を受けたため金に建物を使用させられなかつた以上、その期間中の賃料債務も発生しないため、原告は同期間中一ケ月一〇、〇〇〇円の割合による賃料相当の利益を喪失し同額の損害を蒙つた。

また原告が同執行吏代理の違法行為により右期間中金に建物を使用収益させられないことは、建物賃貸借の当事者である金と原告双方の責に帰すべからざる事由によつて原告の使用収益をさせる債務が同期間中履行不能になつたものと考えられるから、いわゆる危険負担の原則上、原告は金に同期間中の賃料を請求できない筋合であり、従つて右と同額の損害を受けたともいえるわけである。

(二)  さらに、原告は前記のとおり建物の敷地に借地権を有していながら、同執行吏代理の違法行為によつて結果的には同敷地を使用収益できない状態に陥つた反面、原告はその賃料債務を免れないから、右期間中一ケ月一〇、〇〇〇円の割合による敷地賃料相当の損害を受けたことになるとも考える。

六、よつて、原告は被告に対し、国家賠償法第一条第一項に基き、昭和三四年一二月一四より昭和三六年六月一三日まで第一次には右五の(一)によりこれが認められないときは同(二)による一ケ月一〇、〇〇〇円の割合の賃料相当損害金一八ケ月分合計一八〇、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三六年六月二九日以降右支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金並びに昭和三六年六月一四日より昭和三七年一月三一日までの七ケ月一七日間のうち七ケ月一五日間分の右同様の七五、〇〇〇円の賃料相当の損害金及びこれに対するその支払催告が被告に到達した日の翌日である昭和三七年二月二三日以降右支払ずみまで前同様の遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の答弁二、(二)(1) の記載の事実につき、原告が本来の使用用途である演芸小屋としての使用をやめて改造に当つたとの点を除きその他は認める。従来どおり演芸小屋として使用するため被告主張のような改造をなしたのであると答えた。<証拠省略>

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因一記載の事実は不知。

同二及び三記載の事実は認める。

同四及び同五記載の事実は否認する。

同六記載の事実中昭和三七年二月二二日その主張の七五、〇〇〇円の催告があつたことは認める。

二、執行吏代理林芳助は正当な職務を遂行したものであり、その執行々為になんら責むべきところはない。すなわち、

(一)  本件仮処分命令の「現状を変更しないことを条件として債務者の使用を許す」条項の趣旨は、債務者に対し目的不動産の現状を変更してはならない旨不作為を命じ、もしこれに違反するときは、目的物保全の必要上将来の使用が禁止され債務者の占有が排除されることのあるべき旨を命じたものである。すなわち右主文は債務者の現状変更が目的物の明渡ないし引渡の執行の条件をなす債務名義である。従つて、執行吏は債務者が右禁止に違反して現状変更を敢えてするときは、他に別段の債務名義を要せず右命令の執行として当然に債務者の使用を禁じその退去を強制できるものといわなくてはならない。

(二)  そして債務者田中幸夫こと金仁玉には右不作為義務の違反があつた。

(1)  金は本件建物を演芸小屋として使用していたが、(イ)昭和三四年一一月一八日の点検の時には本来の使用用途である演芸小屋としての使用をやめて演芸をする舞台の約三分の二を取り毀し、松本執行吏より取毀の中止を命ぜられたが、(ロ)同月二一日の点検の時には右警告を無視して残存舞台を全部取り毀してあつて、再度関信雄執行吏より原状に回復するように警告を受けたのに、(ハ)同年一二月一一日の点検の時には、かねての手順により、右取り毀したあとに、(A)約一坪の四部屋の間仕切りをなし、(B)約一坪半の四部屋と約三坪の一部屋はほゞ間仕切りを完成して一部に畳を入れ、(C)本件建物の外部に約一坪半の四部屋を建増しして一部に畳を入れて完成せしめる等住居用の小部屋を作つていた。そこで、該点検に当つた関執行吏は、金が第三者をこれに入居させようとしているものであつて、このままに推移すれば本件仮処分の実は失われ、被保全権利の将来の執行を甚しく困難にするおそれがあると判断したので、この判断に基き金に対し右は本件仮処分命令違反であるから建物使用の許容を取り消して執行吏の直接保管に移すことがある旨を警告し原状回復を期待したが、同月一四日の点検の時にも依然原状回復はなされていなかつたので、該点検に当つた林芳助執行吏代理は金に原状回復の意思が全くないものと認め、やむなくその使用を禁じ、建物内部にあつた金の所有又は占有する動産を戸外に搬出して同人に引き渡し、建物に対する金の占有を解き、その外廻り等すべての部分を釘付け封印し、もつて本件建物を執行吏の直接保管に置いたのである。

(2)  しかして現状変更があつたかどうかは執行吏の認定すべきことであるが、要は仮処分によつて遂げんとする目的に照らし債務者の状況その他を勘案し社会通念に従つてこれを決すべきところ、右事実関係のもとでは本件仮処分命令の禁止する現状変更があつたものというべく、従つて林執行吏代理の認定は正当でありなんら責むべきところはない。

三、原告には損害の発生はない。すなわち、

(一)  原告は林執行吏代理の違法処分によつて建物の賃料債権を喪失したと主張するが、田中清堯は原告に対して仮処分命令の執行をしたものではなく、執行吏も原告に対しその執行をしていないし、また、金が右建物を使用できなくなつたのは上述のとおり同人が自ら招来したものであつて同執行吏代理の責任によるのではない。従つて、同執行吏代理は右賃料債権を侵害してはおらず、原告としては、金に対し建物賃貸借契約の約定賃料を請求すればたりる筈である。

(二)  なお、原告は田中清堯に対し昭和三四年一二月一四日以降も本件敷地賃料支払債務を負つていると主張しているけれども、東京地方裁判所昭和三三年(ワ)第一〇、二六八号判決(甲第八号証)で明らかなとおり、原告と清堯との借地契約は昭和三二年一〇月末日限り終了しており、その後は原告自らの不法占拠により損害賠償債務を負担しているにすぎない。従つて右負担の責任を被告に転嫁するのは誤りである。

四、よつて、原告の主張はすべての点で失当であり本件請求は理由がないからこれに応じられない。

と述べた。<証拠省略>

理由

請求原因一記載の事実(但し借地権の存続期間の点は除く)は成立に争いがない甲第八号証と証人田中幸夫こと金仁玉の証言によつて認められ、同二および三記載の事実は当事者間に争いがない。

しかして、原告は、林芳助執行吏代理が田中幸夫こと金仁玉において本件仮処分命令でいう現状変更をなしたことを理由としてその使用を禁止し金を本件建物から退去させてこれを執行吏の直接保管に移した行為は違法であり、この違法行為を原因として、原告において金との右建物賃貸借ないし田中清堯との土地賃貸借に基く賃料相当の損害を蒙つたと主張する。

よつて、まず、同執行吏代理の現状変更の認定の当否は、さし置き、現状変更を理由として金の本件建物使用を禁止し本件建物から退去させた執行吏代理の行為自体が違法であるとの主張を判断する。

本件仮処分命令の趣旨とするところは、本件土地明渡請求権を保全するため、地上建物の占有を執行吏に移してその保管に入れると共に、従前の占有者に対して右建物の使用を許容したこと、したがつて従前の占有者がその使用をなす以上建物の現状を変更して土地明渡請求権の実現を困難にするおそれがないとは限られないので、その使用の方法態様につき「現状を変更しないことを条件とし、」、これにより従前の占有者に対し、その使用する建物の現状変更をしないこと及びその建物の占有を他人に移転したり占有名義を変更してはならない旨の不作為義務を命じたものであつて、この限度において仮処分の必要性を認め、明渡断行については明言していないので、即時の明渡については仮処分の必要性を認めず、不作為義務の違反の場合は後の問題として残しているものと解するのが相当である。

ところで、本件建物の保管を命ぜられた執行吏の地位であるが、単に民事訴訟法第七五八条第二項の直接予定する一般個人としての保管人が保管に該る場合とは異つて、債務者が右不作為義務に違背したときは仮処分命令の目的を達するために適当な措置をとり得る権限を授権されたものとしてこれが執行に当る執行機関としての地位をも有するものとみるべきである。すなわち、私人としての保管人は債務者の使用状態を随時監視し仮処分命令に違反しないよう諭告しまた原状回復を促すほか一般の自力救済が許される限度では自ら原状回復的措置を講ずることができるにすぎないけれども、保管を命ぜられた執行吏は右のような保管人の職務を有するのは勿論、すすんで自ら現状変更のおそれ又は現状変更があると判断するかぎり当然に強制的にこれが回復の措置をなす職責にあると考えられる。

しかしながら債務者が右不作為義務に違反して現状変更をなしその継続使用を許容するにおいては義務違反を繰返し、その結果執行保全の目的が達せられないおそれがあるときは、債権者は民法第四一四条第三項民事訴訟法第七三三条に基き裁判所の授権決定を得て債務者の使用を禁じその退去を強制できる途があると解し得るけれども、右のような授権決定によらずに執行吏が現状変更を理由に当然に債務者の使用を禁止しその退去を強制できる権限まで付与されているものと解するのは相当ではない。何となれば、実務上債務者の使用を禁止するいわゆる断行的仮処分の命令は本案請求権の存在と明渡断行の必要性について厳重な疎明に加えるに比較的高額な保証金のもとにようやく発せられる性質のものであるのに反し、現状不変更を条件として債務者に使用を許す本件のような仮処分命令はより軽易な疎明とより低額な保証金で発せられるのが常識であることは当裁判所に顕著である。そして本件の仮処分命令に見るように明渡について明言するところがないのに拘らずに使用許容が現状不変更を条件とするとみてそれ故に現状変更があれば使用排除の執行ができるものとの解釈が許されるとすれば、現状変更に関する執行吏の認定如何により右断行的仮処分命令と同様の結果を招来するわけであるが、その前提となる現状変更の有無それ自体の認定が先づ微妙な問題であるばかりではなく、債務者の使用を禁止するにはさらに現状変更の程度、債務者の態度如何による違反反覆のおそれ等を考慮する必要があると解しなければならないから、その認定は更に困難であるというべきである。

これを要するに本件仮処分命令の発令の際には明渡の断行を命ずるものと同様の手続上の配慮がなされていないこと、使用者の仮処分命令違反を理由として明渡の断行が予定されていても違反の有無の認定については困難な問題があるので、その違反という条件成就の認定を挙げて執行吏に委ねたものと解釈するのは相当でないこと及び仮処分命令自体に明渡の執行力あることを明言していないこと等の理由から本件のような仮処分命令において不作為義務の違反のあるときは執行吏に占有者の使用を排除し、その退去を強制できる権限までも授権しているとは解し難いところといわなければならない。

右に反する被告の見解は適用しない。

してみれば、林執行吏代理が現状変更を理由として債務者金の使用を禁止した行為は、現状変更の有無の認定の当否如何にかかわらず、本件仮処分命令の執行に関する限りその権限を越えたものという外はない。

しかしながら右権限踰越の故に執行吏のいわゆる点検排除が不法行為を構成するかどうかは更に検討を要する問題である。

本件において執行吏代理が右権限踰越を知つて、右の措置に出たと認めるべき証拠はない。また次に述べるところから右踰越を知りながら敢て右の措置に出たと認めるのは相当ではない。そして右のような権限踰越を知らないことについて相当の理由があるときは不法行為の責任はないものと解すべきである。

ところで本判示のような権限踰越の見解は支配的確定的のものではなく、被告が主張するように前記の措置は執行吏の権限に属するとする有力な反対説があるし、その根拠にも相当な理由があるところであり、ことに林執行吏代理の所属する当庁管内においては一般に常識として執行吏は積極説が正当のものと信じて多年にわたり慣行的に右の措置に出ていたばかりでなく、当庁においてもこれを支持する趣旨の判決例の存することは当裁判所に顕著なところである。

それ故その任用資格、法律的素養その他現在の執行吏制度のもとにおいては、執行吏が積極的見解をとる学説、判例、慣行に準拠して本件排除措置をなしたことは相当の根拠があるというべきであるから、右措置をもつて直ちに過失があるとかその他社会通念上許されない行為であるとして責めるのは当らない。

次に原告は同執行吏代理は現状変更の認定を誤つた旨主張する。右現状変更の有無に関する被告主張二、(二)の(1) 記載の事実はその増改造が演芸小屋としての本来の用途を変更するためになされたかどうかの点を除いて原告の認めて争わないところであり、この事実と前出甲第八号証、成立に争いがない甲第七、第九号各証、同乙第一号証、乙第二号証の一、同号証の二の一ないし八、乙第三号証の一、同号証の二の一ないし四、被告説明のとおりの写真であることが争ない検乙第一号証および証人田中こと金仁玉(但し後記措信しない部分は除く)、同関信雄、同林芳助の各証言を総合すると、次の事実が認められる。

本件建物は、土台はなく柱を直接地面に立て、屋根および外廻りはトタン張りとし居住用に供することを予定しない芝居小屋用の仮設建物であつたところ、債務者金はその使用目的を変更して、ばたや等の入居を予定する簡易な宿泊所等に当てるために改造に取り掛り、本件仮処分執行当時は観客席の床を既に取り外してあつたこと、そして、仮処分執行後(イ)昭和三四年一一月一八日の松本執行吏の点検の際には演芸をする舞台の約三分の二を取り毀してあつたのでその中止を命じられたこと、しかし(ロ)同月二一日関信雄執行吏の点検の際は右警告を無視して残存舞台およびその奥に隣接する大部屋となつていた楽屋を全部取り毀してありその材料を全部その場に存置していたので再度原状に復するよう警告を受けたこと、ところが(ハ)同年一二月一一日の同執行吏の点検のときには、なんら回復的措置を採つていないことは勿論、(A)右舞台を取り毀したあとに約一坪の四部屋を作るため各部屋の四隅の箇所に柱を立て骨組程度の間仕切りをなし、(B)この各部屋の裏側にベニヤ板程度のものを境として右楽屋を取り毀したあとにいずれも各部屋の四隅に柱を入れ、梁、敷居を設け、境はベニヤ板を張り、下記の通路から出入するために開戸を取り付けるようにした約一坪半の四部屋と約三坪の一部屋を作りこの一部にはすでに畳を敷き殆んど完成し、さらに(C)右(B)の部分に接続して約二、三尺の床のない通路を作り、この通路に面して同じく各部屋の四隅に柱を入れ、梁、敷居等をつけ各部屋の境にはベニヤ板を張つて、その出入口として右のような戸の設備を設けた約一坪半の四部屋を建増してその一部には畳を入れて完成してあつたこと、もつともこの増築部分の屋根は従前の屋根をトタンで継ぎ足したものであること、その他便所を整備していたこと、そこで同執行吏は、右変更の状況から判断して客観的(目的物自体の変更)にも主観的(占有移転のおそれ)にも本件仮処分命令の禁止する現状変更に該当すると判断し、金にその趣旨を伝え建物使用の許容を取り消し執行吏の直接保管に移すことのある旨警告し原状回復を期待したこと、しかるに、(二)同月一四日林芳助執行吏代理が点検に当つたが、右点検当時の状態のままなんら回復がされていなかつたので、金には警告に従つて原状に復する意思が全くないものと認め、動産類を戸外に搬出し若干の古材板切れ等のほかなんらの遺留品のない状態として本件建物に対する金の占有を解き建物の外廻り等すべての部分に釘付け封印を施し、もつて金の使用を排除したものである。

証人金の証言中右認定に反する部分は前示各証拠に対比して措信できず、他にこれを覆すにたりる証拠はない。

ところで、本件のような仮処分命令で禁止する現状変更とはどの程度の変更をいうかについては見解も分かれ、かつ前記のようにその認定はかなり困難であるが、一応の基準としては被保全権利の強制的実現をより困難とする程度の変更を加えた状態をいい、かつその具体的認定については、右変更は段階的なものであるから、その変更の程度が軽微ではあつてもこれに債務者の態度如何等を総合して右程度の現状変更の蓋然性が認められるときは、仮処分命令で禁止する現状変更に該当すると解するのが相当である。そして右認定事実より考えると、本件建物自体に加えられた変更の程度は仮処分執行当時に比し本件建物収去をさ程困難にしたものとはいえないけれども、その用途を変更し、一部は直ちに第三者を入居せしめる程度の状態にしており、執行吏の再三の警告を無視している金の態度からみると、このまま放置するにおいては本件建物にさらに改造等をなしその執行をより困難にするおそれが充分であるのみならず、第三者をも入居させてその占有関係にまで影響を及ぼす危惧が多分に存する状況に至つており、客観的にも主観的にも執行を困難にする蓋然性の存することは明らかというべく、従つてかかる状態は本件仮処分命令で禁止している現状変更に当るとみるのが妥当である。

従つて、林執行吏代理が本件変更の状況をもつて現状変更をなしたものと判断したことは正当であるといわなければならない。

仮に未だ現状変更には該当しないとしても、現状変更の有無につき一般的に正当とされる具体的基準が確立しているわけではなく、仮処分命令正本のほか事実上債権者債務者等から事情を聴取して的確迅速な執行をしなければならない執行吏の役割、その他法律的能力、任用資格等を斟酌するときは、同執行吏代理が右のような状況をもつて現状変更があると認定したことは無理からぬところであるから、その認定の誤りにつき過失があるということはできない。

なお仮処分命令で禁止した現状変更があつても、債務者の使用を排除するためには、そうしなければ仮処分の目的を達し得ないときに限るか否かの問題があるわけであるが、この点をどちらに解するにしても、執行吏にその正当な解釈を期し難いことは前説示によつて明らかであるし、本件使用排除に至つた前記経緯のもとにおいては、仮に同執行吏代理に右の点についての認定に欠けるところがあつたとしても、その認定にはやむを得ないものがあるとみられるから、これに関してもその過失の責を問い難いといわなければならない。

以上のとおりであるから、林執行吏代理が債務者金の使用を排除して本件建物を執行吏の直接保管に付した行為は違法であるけれども、かかる行為をなすにつき過失があつたとは断じ難いところである。

してみれば同執行吏代理に責に帰すべき違法行為があることを前提とする原告の本件請求はその余の点を判断するまでもなく失当であるのでこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 園田治 山之内一夫)

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