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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5021号 判決 1962年4月24日

原告 川島一男

右訴訟代理人弁護士 原長一

同 半田和朗

被告 株式会社池袋明治屋

右代表者代表取締役 加藤専二郎

右訴訟代理人弁護士 一松定吉

同 柏木薫

主文

一、原告の第一次的請求を棄却する。

二、被告は原告に対し、二〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年九月一六日から支払ずみに至る迄年五分の割合による金銭の支払をせよ。

原告の第二次的請求のうち、その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分しその四を被告の、その一を原告の負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

(第一次請求に対する判断)

原告が、被告会社振出名義の原告主張のとおりの本件約束手形一通を現に所持すること、原告が満期に支払場所に右約束手形を呈示したところ、被告は取引解約後及び印鑑相違の理由により支払を拒絶したことは、原告が提出した甲第一号証の一、二の存在及び成立に争のない甲一号証貼付の符箋によつて明らかである。しかしながら、証人多田治美の証言≪省略≫の各振出人名義の印影を照合すると、本件約束手形は、当時被告会社の被用者で主として経理事務を担当していた多田治美が同人の那染である喫茶店グリーンの経営者西川富美から依頼されその金融のために振出したものであるが、多田治美は、被告会社代表者に代つて被告会社名義の約束手形等を振出す権限を与えられておらず、ほしいままに被告会社代表者加藤専二郎の記名印を押捺し、その名下にかねて購入し所持していた「加藤」なる認印を押捺し、なお被告会社の旧商号である「明治食品株式会社」なる社印を押捺し以て被告会社振出名義の本件約束手形を偽造したものであることを認めることができる。証人西川富美の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠資料はない。

してみると、被告会社は右偽造手形により手形上の責任を負うものでないから、被告会社に対し、右約束手形金の支払を求める原告の第一次請求は理由がない。

(第二次請求に対する判断)

一、多田治美が、本件約束手形偽造当時、被告会社の被用者であつて、主として経理事務を担当しその職務としては、被告名義の約束手形等を振出す権限を有していなかつたことは前判示のとおりである。しかしながら、証人多田治美、同西川富美の各証言によると、被告会社の経理担当社員は多田の外には、二、三名の女事務員がいるだけで主として多田が経理事務一切を担当し、当座預金出納帳の記帳、毎月一五日及び月末における被告会社の支払予定表を作成し、その支払を充てるべき、当座預金の有無、を報告し支払のための預金が不足する場合被告会社代表者の承認を得て、加藤専二郎個人名義で資金を借入れること、小切手帳又は約束手形帳を会社のロツカーに保管し被告会社代表者がその職印を押捺して直ちに完成するばかりに小切手の他の要件の記載及び捺印することの事務を取扱い、なお本件約束手形に押捺してある被告会社代表取締役加藤専二郎の記名印及び社印等は印箱に保管して同人又は加藤の机上に置き、多田は常時これを使用して必要書類に押捺していたことを認めることができる。この認定に反する被告会社代表者本人尋問の結果は採用し難く、他に以上の認定を覆えして、多田が、単に記帳等の経理事務を取扱つていたにすぎない事実を認めるべき証拠資料はない。

ところで、民法七一五条に規定する「被用者が事業の執行につきなした」とは被用者の行為が、外形的に使用者の事業の範囲に属することを要するのは勿論、被用者の行為がいちおうその職務権限に基くものであることを要し、担当職務の如何にかかわらず単に被用者であるというだけで、その行為を、事業の執行につきなしたものというを得ないことは被告主張のとおりであるが他方職務行為そのものに限定されるべきではなく、一般人からみてその職務に関連して生ずることあると考えられる行為も、いわゆる、行為の外形的標準に照らしてそれが、使用者の事業の範囲に属するかどうかを判定し、使用者の責任の有無を定めるのが相当である。この観点から、前記認定の事実について考えると、多田が本件約束手形を振出したことは、同人の職務行為そのものではないが、一般人の信頼を標準とするときなお、その職務に密接に関連する行為であるということができ、かつそれが被告会社の事業の執行に属することは多言を要しない。

従つて、被告会社は、多田の本件約束手形偽造行為によつて、発生した損害を賠償すべき義務がある。被告は、多田の右加害行為と、原告が蒙つた損害と間には因果関係がないと主張するけれども、前掲甲第二号証の存在及び原告本人尋問(第一二回)の各結果によると、原告は、西川富美から、本件約束手形の割引を依頼される際、これより前昭和三五年八月初旬項被告会社振出名義の小切手を同様割引いてその対価を同人に支払い、原告において右小切手を支払呈示したところ被告会社により決済されたことがあつたため今回も専ら振出人である被告会社の資産信用を引当にして同年九月一五日、同日から満期迄一ヵ月五分の割合による割引料一二、七〇〇円を控除し、二四一、三八〇円を同会社に交付したものであり、かつ、原告は、裏書人である西川富美に、右割引金を交付した外にその当時合計一六万円を貸付けたが、同人は殆んど無資産で、多額の借財を有していてこれを回収することが出来ないことが認められ、本件約束手形の償還に応ずべき資力もないことが推認される。従つて多田の右加害行為によつて、原告は右割引金相当の損害金を蒙つたものといわねばならない。

二、被告の仮定抗弁(一)の主張について。

証人多田治美の証言及び被告会社代表者本人尋問の結果によると、同人が、被告振出名義の本件約束手形外一連の手形小切手を偽造し、これを被告会社に探知されないように、各偽造約束手形の満期に、自ら又は西川富美をして、支払場所である株式会社三菱銀行池袋支店の窓口に現金を持参していわゆる店頭買戻をなし、又、同銀行から被告会社に印鑑相違等の問い合わせがある場合には、自らこれに応待して一時を取り繕い直ちに店頭買戻をしていたこと、一方原告は被告会社に本件約束手形の振出の真否について調査したこともなく、従つて、被告としては、多田の手形偽造及び偽造手形の所在について容易に知る由もなかつたことが認められる。けれども、そうだからといつて、被告が多田の行為につき相当の注意をしても同人の不法行為によつてまさに生ずべくして損害を生じた場合に該る言い換えれば、被告の不注意と損害の発生との間に因果関係がないとは到底解し得られない。従つて、右免責の抗弁は理由がない。

三、仮定抗弁(二)の主張について。

原告が、本件約束手形割引当時被告会社につきその振出の真否を調査しなかつたことは、前記二に判示したとおりである。しかしながら、手形は典型的な流通証券であるから、原則として、割引に当り、いちいち前者ことに振出人にその真否を照会すべき義務があるということはできない。ただ、本件の場合原告が昭和三五年八月初旬頃西川富美から依頼をされて被告会社振出名義の小切手一通(前掲甲第二号証)を割引いたことは、前記一、に判示したとおりであるが、右小切手の被告会社代表者名下の印影が代表取締役の職印であるのに、その後凡そ一ヵ月を経て同人から依頼されて割引いた本件約束手形の被告代表者名下の印影は「加藤」なる認印にすぎないのであつて一見して相違していることは甲第一号証の一、と同第二号証を対照すれば明らかである。その上、原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は主として貸家業を営み、傍ら昭和三〇年九月頃から昭和三六年一〇月迄不動産金融を営み、たまには、手形小切手の割引をすることもあつて手形について、多少の知識を有していたことが推認され、かつ前記小切手が被告会社により首尾よく決済されたために同じく被告会社が振出した本件約束手形をもたやすく割引に応じたものであることが認められる。この事実によつてみれば、原告は、少くともその不注意によつて、損害の発生を助長したということができる。

従つて、当裁判所は、原告の右不注意を考慮し原告が蒙つた割引金二四一、三八〇円相当の損害のうち、被告が賠償すべき金額を二〇万円と決定するのを相当と認める。

四、以上の次第であるから、原告の第一次請求を棄却し、第二次請求のうち、被告に対し二〇万円及びこれに対する割引の日の翌日である昭和三六年九月一六日から、支払ずみに至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容しその余を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条本文を仮執行宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三枝信義)

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