東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5972号 判決 1962年6月29日
原告 脇丸勲
被告 飯田清太 外一名
主文
鉄道工業株式会社(以下更生会社という。)及び被告小田島は、各自原告に対し一、一〇七、九五一円及びこれに対する昭和三六年二月二六日から支払ずみに至る迄年六分の割合による金銭の支払をせよ。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は、被告小田島に対し仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決及び仮執行宣言を求め、その請求原因として、
一、原告は、更生会社が振出し被告小田島が保証した、金額一、一〇七、九五一円満期昭和三六年二月二五日支払地及び振出地東京都中央区支払場所株式会社伊予銀行東京支店振出日昭和三五年一二月一日受取人第一裏書裏書人並木文雄、第二裏書裏書人川崎泰右、同裏書の日昭和三六年一月七日と記載してある約束手形一通を現に所持するものである。
二、そこで、原告は右約束手形を満期に支払場所に支払のため呈示したところ、更生会社は支払を拒絶した。
よつて、原告は更生会社及び被告小田島に対して、各自右約束手形金一、一〇七、九五一円及びこれに対する満期の翌日である昭和三六年二月二六日から支払ずみに至る迄手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。
三、仮りに、更生会社管財人飯田清太が振出したものでないとしても、被告小田島が、更生会社管財人の機関として、又は、同人から付与された代理権に基いて、右約束手形を振出したものであるから、その支払義務を免れない。
四、被告更生管財人の抗弁一の前段の事実を認める。その後段の事実及び同二、の各事実を否認する。
再抗弁として、仮りに、被告管財人において、裁判所の許可を得なければならないのに、これを受けずに右約束手形を振出したものとしても、右事実について善意である原告に対し、被告管財人は右手形振出行為の無効を主張することを得ない。
と述べた。<証拠省略>
被告等訴訟代理人等は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、被告管財人代理人は、
一、請求原因第一項事実のうち、更生会社が原告主張の約束手形一通を振出したことを否認し、その裏書の各記載は知らない。
二、同第二項事実を争う。
三、同第三項事実及び再抗弁事実を否認する。仮りに、被告小田島が、右約束手形を振出したものとしても、手形行為その他更生会社の財産の管理処分権は管財人に専属し、被告管財人は、被告小田島に、更生管財人の代理人として手形振出権限を与えたこともなく、又、その手形行為を追認したこともない。
抗弁として、
一、鉄道工業は、昭和三〇年四月一五日午前一〇時東京地方裁判所民事第八部法廷において更生手続開始決定の宣告を受け、現に更生手続中である。従つて、右更生会社が、債務を負担する場合には、更生管財人において、裁判所の許可を得なければならないのに、これを得ていないのであるから、仮りに、更生会社が本件約束手形を振出したとしても右振出行為は無効であるから、更生会社は、その支払義務を有しない。
二、仮りに右一、のとおりでないとしても、原告及び右約束手形の第一裏書裏書人並木文雄は、有名な高利貸であり、且つ右約束手形の第二裏書、裏書人川崎泰右こと武次の乾分であつて、真実、相互に何らの債務を負担していないのに、恰も並木は川崎に対し、川崎は原告に対し、夫々債務を負担しているように装つて、原告主張のとおり右約束手形を順次裏書譲渡し、川崎は右約束手形の取立訴訟を提起することを目的として原告に裏書譲渡したものであるから、右裏書譲渡は信託法第一一条に違反して無効である。更生会社は、右一、又は二の理由により、右約束手形の支払義務を有しない。
と述べ、証拠<省略>
一、請求原因第一項事実中、被告小田島が、原告主張の約束手形の表面に署名したことを認め、その他の事実を否認する。
二、同第二、三項事実を争う。
と述べ、
甲第一号証の表面のうち被告小田島の署名の成立を認め、その他の記載を否認すると、述べた。
理由
一、鉄道工業株式会社代表取締役飯田清太振出名義、被告小田島保証名義の原告主張のように記載してある(従つて、裏書が連続する)、約束手形一通を原告が現に所持しているところ、原告が満期に右約束手形を支払場所に支払のため呈示したところ、同会社が支払を拒絶したことは、本件約束手形(甲第一号証)が原告の手中にあること及び当裁判所が真正に成立したと認める同号証貼付の符箋の記載によつて明らかである。
二、被告管財人は、更生会社が本件約束手形を振出したことを否認するので、検討すると、証人並木文雄の証言並びに被告管財人飯田清太本人尋問の結果、同小田島与吉本人尋問の各結果(後記措信しない部分を除く)によると、飯田清太は、鉄道工業株式会社の代表取締役であり、同会社が昭和三〇年四月一五日午前一〇時東京地方裁判所民事第八部法廷において更生手続開始決定を受け、同時に右同人が更生管財人として選任された(上記事実は原告と被告管財人との間で争がない。)が、高令のため、殆んど本務に携わらず、同会社取締役一柳博志に右更生会社のための金策及びこれに伴う手形振出権限などを、一任し、一柳は、主としてこれを同会社取締役経理部長の被告小田島に委任した。そこで被告小田島は、昭和三三年七、八月頃、金融業者並木文雄に、鉄道工業振出、被告小田島保証名義の手形を割引く方法により、更生会社のため融資を依頼し、その頃から、右のような名義の手形を振出して一カ月最高三〇〇万円位迄融通を受けることができた。けれども、並木自身は、多額の資金を保有していないため、更生会社に対し交付すべき手形割引金額が増加するにつれて、予ねて出入りしていた金融業者川崎泰右こと川崎武次に、鉄道工業からの割引依頼手形を、裏書譲渡して、その割引を依頼し、同人からその対価を取得して、これを、自己の割引の対価として更生会社に交付していた。このように、更生会社が、鉄道工業株式会社振出、被告小田島保証名義で、割引のため、株式会社日興社、及び井原建設株式会社に宛てて振出し、その各裏書を得て、並木に、同人が川崎に夫々裏書譲渡した約束手形五通金額凡そ三〇二万円が、昭和三四年一二月一五日を第一回として、同月二五日及び昭和三五年一月一五日の三回に互り不渡になり、川崎の督促により、日興社及び井原建設は、同年七月末日、右約束手形合計金額を川崎に弁済した。これより先、被告小田島は昭和三四年一二月から昭和三五年一月迄の間に右約束手形五通の各金額に対する満期以後の下の約束手形振出日迄の各利息の支払のために、右各利息を金額とする鉄道工業振出、同被告保証にかかる約束手形五通を振出したが、同年三月末日、右各約束手形金合計額に、前記約束手形金三〇二万円に対するその後、昭和三五年七月末日迄の利息を加算し、その支払のため、これを金額として、並木に宛て、前同様の振出保証名義の約束手形一通を振出し、並木はこれを川崎に裏書譲渡した。同被告はその満期の頃、右約束手形金に対しその支払遅滞に伴う利息を加算しその合計金額一、〇七七、九〇〇円を金額とする満期同年一二月二五日とする、前同様の振出、保証名義の約束手形一通に書替したところ、これも不渡になつたため、更に延滞利息を加算し、本件約束手形に書替し振出したものであることを、それぞれ認めることができる。この認定に反する被告小田島本人尋問の結果を措信し難い。
以上認定のとおりとすると、被告小田島が鉄道工業更生管財人飯田清太から、同会社取締役一柳博志を通じて、更生会社のために手形振出の代理権を与えられ、同被告はこれに基いて、直接鉄道工業株式会社代表取締役飯田清太の署名判及びその職印を本件約束手形に押捺してこれを振出したものというべきである。
尤も、甲第一号証を看ると、右のとおり、その振出名義は、「鉄道工業株式会社代表取締役飯田清太」と記載され、その名下に同会社代表取締役の職印が押捺されており、鉄道工業株式会社更生管財人飯田清太振出名義ではないのであるから、更生会社の手形振出行為として違式であることが明らかである。けれども、被告小田島本人尋問の結果によると、更生会社の取引銀行の当座名義が、更生手続が開始されながら、鉄道工業代表取締役飯田清太名義のままになつていて、鉄道工業管財人飯田清太名義に変更されていないこと、それは、更生手続開始決定の際、同時に従前の同会社代表取締役が更生管財人に選任されたためと、更生会社であることを、表て立てたくないという同会社の配慮のためとによつて、そのようにしたものであること、従つて更生会社は、その手形の振出名義を、凡て本件約束手形と同様にしていたことが認められる。この認定に反する証人並木文雄の証言は採用できない。そうすると、本件約束手形の振出名義が「鉄道工業株式会社代表取締役飯田清太」と記載されていて「鉄道工業株式会社更生管財人飯田清太」と記載されていないとはいえ、同会社は、本件約束手形の振出人としてその支払義務を有するといわねばならない。
又被告小田島が本件約束手形の表面に自署したことは同被告が自白するところであり、上来認定した事実によれば、同被告が、保証人としてこれに署名したこと明らかである。従つて、同被告は、本件約束手形の、保証人として、振出人と同じ支払義務がある。
四、被告管財人の抗弁一、について。
被告小田島本人尋問の結果によれば、被告管財人が、本件約束手形の振出について、裁判所の許可を得ていないことを認めることができる。会社更生法第五四条第五五条本文の規定によると、裁判所は、更生手続開始決定後に、必要があると認めるときは、管財人が会社財産の処分及び借財等の行為をするには、裁判所の許可を得なければならない旨定めることが出来、これを定めた場合に、その該当行為であつて、裁判所の許可がない行為を無効とすると、定められている。けれども、本件の更生手続開始決定に当つて、又はその後、裁判所が管財人のどのような行為を、その許可にかからしめる旨定めたか同被告は何も主張しない。ただ、通常の場合、裁判所が、更生手続開始決定後に、管財人が更生会社のためにする借財等の行為を、要許可行為と定めるであろうと思われるので、仮りに本件の場合その定めがあつたとすると、本件約束手形は、前記二、に認定したとおり、更生会社振出名義の約束手形五通(株式会社日興社及び井原建設株式会社宛)合計約三〇二万円に対する満期後の利息の支払のために振出したものである。被告小田島本人尋問結果によると、更生会社としては、右基本手形が商業手形であるから、その派生手形である本件約束手形の振出についても裁判所の許可を要しないと解釈していたというのであるが、同時に、更生会社は、右基本手形を、割引の対価を取得するために振出したもので、代金債務支払のため振出した商業手形ではなく、かつその宛名を、前記日興社及び井原建設にしたのは、かようにして商業手形の形式をとれば手形振出行為について裁判所の監督を受けなくて済むと、考えたことに出たものと推認される。
以上のように、本件約束手形の基本手形が、借財のため振出されたものであり、その利息の支払のために本件約束手形が振出されたものであるからには、裁判所の許可がない以上、前記条項により無効といわねばならない。
そこで、原告の再抗弁について考えるのに、原告本人尋問(第二回)の結果によれば、原告が、更生会社が振出した手形(その振出名義は前記のとおりのもの)を、川崎の依頼を受けて、割引いたのは、本件約束手形の外には、これより先一カ月前頃に一通あるばかりで、それも鉄道工業代表取締役飯田清太名義であつて、原告は、鉄道工業が更生会社であることを知らず、それ故、右無許可の事実についても善意であることを認めることができる。この認定を左右するに足りる証拠資料はない。とすると、被告管財人は、右無効を以て、善意の原告に対抗することができない。従つて、右、抗弁は理由がない。
六、被告管財人の抗弁二について
全証拠を以てしてもこれを認め得ず、却つて、証人川崎武次及び原告本人尋問(第一回)の結果によれば、川崎は更生会社が振出した前記金額一、〇七七、九〇〇円満期昭和三五年一二月二五日の約束手形一通を所持していた同年一二月始め頃、自己の資金繰りが著るしく困難になつたため、かねて懇意の仲で、金融を受けたことのある原告に、右約束手形を裏書譲渡して、その割引の対価を取得したところ、満期に右約束手形が不渡になつたので、並木を通じ、或いは自ら被告小田島及び飯田清太等を強く難詰し、その支払のために、利息約四万円を加算して本件約束手形を並木宛に振出させ(並木宛にしたのは、前記二に認定したとおり、川崎が、並木の紹介でかつ同人の裏書を得て前記基本手形を割引いたいきさつがあつたからである。)前記一、判示のとおりの連続する裏書の記載を経て、原告に対し、右金額一、〇七七、九〇〇円の約束手形の支払延期のためにこれを裏書譲渡したものであることを認めることができる。右抗弁は理由がない。
してみれば、更生会社及び被告小田島は、各自原告に対し、本件約束手形金一、一〇七、九五一円及びこれに対する満期の翌日である昭和三六年二月二六日から支払ずみに至る迄手形法所定の年六分の割合による利息を支払うべき義務がある。
よつて、これを求める原告の本件請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を仮執行宣言について同法第一九六条第一項を適用し、更生会社に対する請求については仮執行宣言を附さないこととし主文のとおり判決する。
(裁判官 三枝信義)