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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)6587号 判決 1963年7月17日

判   決

横浜市西区北幸町二丁目百二十番地

原告

株式会社岡村製作所

右代表者代表取締役

吉原譲二郎

東京都港区芝田町四丁目一番地

原告

アンドカード工業株式会社

右代表者代表取締役

使藤一男

同都目黒区中根町千七百九十五番地

原告

深沢虎男

原告三名訴訟代理人弁護士

鈴木半次郎

右訴訟代理人輔佐人弁理士

竹沢荘一

同都中央区築地三丁目十番地

被告

ネコス株式会社

右代表者代表取締役

根上耕一

右訴訟代理人弁護士

加藤真

右当事者間の昭和三六年(ワ)第六、五八七号実用新案権侵害排除、損害賠償並びに謝罪広告請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一、被告は、別紙(一)記載の背当部を有する椅子(名称二〇五号型、二二五型、三三五型の三種類)を製造し、販売し、販売のために展示してはならない。

二、被告は、原告らに対し、各金十七万九千六百円及びこれに対する昭和三十六年九月二日から右支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告らのその余の請求は、棄却する。

四、訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告ら訴訟代理人は、主文第一、第二項同旨、及び「被告は、別紙(二)記載の謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞及び産業経済新聞の各全国版に各一回ずつ掲載せよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに主文第一、第二項について仮執行の宣言を求めた。

被告訴訟代理人は、「原告らの請求は、いずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

(請求の原因等)

原告ら訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一、原告らの実用新案権

原告らは、次の実用新案権の持分三分の一ずつの共有者である。

登録番号 第四五九、五二〇号

考案の名称 椅子用座席

出   願 昭和三十年五月二十五日

出願公告 昭和三十一年八月二十九日

登   録 昭和三十二年三月二十六日

二、登録請求の範囲

本件実用新案登録出願の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載は、別紙(三)の該当欄記載のとおりである。

三、本件登録実用新案の要旨及び効果

(一)  本件登録実用新案の要旨は、次の(1)から(4)までの要件からなる椅子用座席の構造である。

(1) 緩衝体(番号は、別紙(三)の図面に附されているものを示す。以下本件登録実用新案について同じ。)の上面及び側面を被覆して、なお、若干の余裕を有するように截断してなる被布4を有すること。

(2) 被布4の周縁を環状に縁取り、該環状部2内に紐条3または金属線条を挿通すること。

(3) 右被布4をもつて、緩衝体1の上面及び側面を被覆成形したのち、被布4の周縁部を緩衝体底面内方に折り曲げること。

(4) 紐条3または金属線条端同士を互に結縛するか、あるいは、座席枠体5の一部穿設した孔6等に結着すること。

(二)  本件登録実用新案の効果

本件登録実用新案は、あらかじめ被布を所要寸度に截断し、周縁部に設けた環内に紐条または金属線条を挿通しておき、緩衝体を被蓋したのち、単に紐条または金属線条端同士を結縛するか、あるいは、座席枠体の一部に穿設した孔等に結着することにより、次の効果を生ずる。

(1) 椅子張作業に格別の熟練を要せず、容易に大量の椅子の張作業ができること。

(2) 製品の均一性は優れ、しかも、簡単に被布の取り外し、取り換えができること。

四、被告椅子の背当部の構造

被告が製造、販売及び販売のために展示している椅子(名称二〇五型、二二五型、三三五型の三種類、以下被告椅子という。)の背当部の構造は、別紙(一)記載のとおりである。

五、被告椅子の背当部の構造上の特徴及び効果

(一)  被告椅子の背当部の構造上の特徴は、次の(1)から(8)にある。

(1) 背当裏板1(番号は、別紙(一)の図面に附されているものを示す。以下被告椅子の背当部について同じ。)の前面に緩衝体2を当接したこと。

(2) 周縁に環状部3を有する被布4をもつて、前面から緩衝体2の上面及び側面を被覆したこと。

(3) 被布4の周縁部を背当裏板1の背面に折り曲げたこと。

(4) 被布4の環状部3内に金属線条5を挿通したこと。

(5) 金属線条5の遊端5′、5′同士をたがいに結縛したこと。

(6) 背当裏板1を背当取付板6の前面に当接したこと。

(7) ビス7、7をもつて、背当裏板1背当取付板6を締着したこと。

(8) 背当取付板6を背当支持杆に枢着9、9したこと。

(二)  被告椅子の背当部の効果上の特徴は、本件登録実用新案の有する効果と同一である。

六、本件登録実用新案と被告椅子の背当部との比較

(一)  本件登録実用新案は、椅子用座席の構造に関するものであり、被告椅子は、背当部の構造に関するものである。しかし、本件登録実用新案にいう「椅子用座席」とは、椅子の「座面部」のみでなく、「背当部」をも含むものである。すなわち、

(1) 休息、応接または作業等のための腰掛け用家具を総称して「椅子」といい、その構成は、人体を直接支承する「座席部」と座席部を床面上に支持するための「脚部」とからなる。

(2) 「座席部」において人体を直接支承する態称としては、障部のみを支承するのもあるが、多くは臀部以外に頭部、頸部、背部、肘部等を支承するようになつている。これら人体各部を支承する椅子の各部分の総称が「椅子用座席」であり、その支承する部位に応じて、座面(または座、若しくは尻当)、頭受け、頸当、背当(または背もたれ)、肘掛け等と呼ばれる。

(3) 「椅子用座席」の用語を、右の意味に使用している最も顕著な例は、自動車、鉄道、航空機等いわゆる輸送機関であり、この場合においては、座席の用語を座面だけでなく、背当、頭受け、肘掛等を含む意味に解されている。

(二)  被告椅子の背当部における前記五の(一)の(1)から(5)の構造は、本件登録実用新案の要旨を構成する各要件を充足するものである。なお、被告椅子の背当部における前記五の(一)の(6)から(8)の構造は、附加的なものに過ぎない、また、被告椅子の背当部の効果上の特徴も、本件登録実用新案の有する効果と同一である。したがつて、被告椅子の背当部は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する。

七、差止請求

被告は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子を製造、販売及び販売のために展示することにより、原告らの有する本件実用新案権を侵害している。よつて、原告らは、被告に対し、侵害の停止を求める。

八、損害賠償請求

(一)  不法行為の成立

(1) 被告は、昭和三十五年四月一日ごろから、同年五月三十一日ごろまでの間に、青森県に対し、別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子千脚を金二百六十七万円で販売し、また、昭和三十六年一月一日から同年五月三十一日までの間に、右椅子を四千脚製造して、金千五百三十万円で販売した。

(2) 被告は椅子の製造、販売業者として、別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子を製造、販売することが、本件実用新案権を侵害するものであることを知り、もしくは、これを知ることができたのに、過失によりこれを知らないで、右のとおり、別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子を製造、販売したものであるから、本件実用新案権の侵害によつて原告らがこうむつた損害を賠償すべき義務がある。

(二)  損害額

原告らは、いずれも、被告の本件実用新案権侵害行為により、少なくとも、本件登録実用新用の実施に対し通常受けるべき実施料相当額金十七万九千六百円の損害をこうむつたものである。すなわち、原告らは、本件登録実用新案の実施に対して、少なくと椅子の販売価額三パーセントの実施料を得るのが相当であり、被告が原告らの許諾を得て別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子を製造、販売したとすると、販売価額合計金千七百九十六万円の三パーセントに当る金五十三万八千八百円の実施料の支払いを得られたはずであるにかかわらず、被告が原告の許諾を得ないで別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子を製造、販売したため、金五十三万八千八百円相当の実施料の支払いを得られず、したがつて、原告らは、いずれも本件実用新案権について各三分の一の持分を有するものであるから、右実施料額の三分の一に当る金十七万九千六百円の損害をこうむつたものである。

よつて、原告らは、各自、被告に対し、金十七万九千六百円及びこれに対する不法行為ののちである昭和三十六年九月二〇日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

九、謝罪広告の請求

被告は、前記のとおり、故意または過失により、本件実用新案権を侵害したことにより、原告らの業務上の信用を害した。すなわち、原告ら及び被告は、いずれも椅子の製造、販売を業とし、日本全国の主要都市に販売店を有するものであるところ、被告が、原告らの許諾なしに本件登録実用新案を実施して別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子の製造、販売をしたため、日本全国の椅子製造業者に対し、原告らが本件実用新案権を実施する権利を専有するものでなく、何人でも自由に本件登録実用新案を実施して、椅子の製造、販売をなし得るものと誤認させるに至り、原告らが被告の本件実用新案権侵害前に、日本全国の椅子製造業者等から受けていた椅子製造業者としての信用を著しく害された。よつて、原告らは、被告に対し、業務上の信用を回復するに必要な措置として、実用新案法第三十条により準用する特許法第百六条の規定により、別紙(二)記載の謝罪広告を求める。

十、被告の本件実用新案登録の無効の主張について

昭和一一年実用新案出願公告第六、九〇四号の出願公告があつたこと、昭和二九年実用新案登録願第四四、五七八号の考案の内容が被告主張のとおりであり、右実用新案登録出願について、被告主張のとおりの理由で拒絶をすべき旨の査定がされたこと、登録第四四一、五九〇号実用新案権及び同第四五〇、四一五号実用新案権が存在したこと、右各実用新案公報に被告主張のとおりの記載がなされていること、以上の各公知例が本件実用新案登録出願前に存在していたこと、並びに、本件実用新案登録出願についての審査の経緯が、被告主張のとおりであることは認めるが、被告主張のその余の事実は否認する。

十一、被告の権利濫用の主張について

被告の主張事実は、否認する。

(答弁等)

被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一、請求の原因一について、

原告主張の実用新案権につき原告らを持分三分の一ずつの共有者とする登録があることは認めるが、この登録は後記七に詳述するように無効であるから、原告らは、本件実用新案権の権利者とはいえない。

二、同二から五の事実は、いずれも認める。

三、同六について

(一)のうち、休息、応接または作業等のための腰掛け用家具を総称して椅子ということは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)の事実は否認する。

(三)  本件登録実用新案にいう椅子用座席には、椅子の背当部を含むものではない。すなわち、

(1) 本件実用新案公報の図面の略解欄に、「第一図は本案椅子用座席の下方斜視図で」あり、「第三図は紐条を座席枠体の一部に結着した場合の本案品の下方斜視図を示す。」と記載されている。したがつて、「座席」は下方から見た際に、本件実用新案公報の第一図及び第三図のように図示されるものでなければならない。背当部は、下方から見た場合に、右第一図及び第三図のように図示されるということはありえないことである。しかも、本件実用新案公報の登録請求の範囲欄記載の座席枠体5は、第三図に図示されているが、同図によると、背当部を示すものでないこと明らかである。したがつて、本件登録実用新案は、椅子の背当部を含むものではない。

(2) なお、研究社発行新英和大辞典によると、Seatとは、(いす、腰掛けの)座、座部と説明されているから、本件登録実用新案の座席の語義をシート(Seat)の意味に解しても、椅子の座部に限定され、背当部を含まないこと明らかである。

四、請求の原因七のうち、被告が別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子を製造、販売及び販売のために展示していることは認めるが、その余の事実は否認する。

五、同八のうち(一)の(1)の事実及び被告が椅子の製造、販売業者であることは認めるが、その余は否認する。

六、同九の事実は否認する。

七、本件実用新案登録の無効

審査官が昭和三十二年二月十八日にした本件実用新案登録出願について登録をすべき旨の査定は、重大かつ明白な瑕疵を有するものであるから、右査定処分は無効であり、したがつて本件実用新案登録も無効である。すなわち、本件実用新案登録出願は、その登録出願前に、次の(一)に述べる各公知例が存在していたものであるから、考案の新規性を欠き、拒絶をすべき旨の査定がされるべきものであつた。しかるに、審査官岡本重文は、右公知例を無視、または看過し、とくに、次の(二)に述べる審査の経緯ののち、本件実用新案登録出願について登録をすべき旨の査定をした。したがつて、右査定処分は、重大かつ明白な瑕疵を有し無効であるから、本件実用新案登録も無効である。

(一)  本件実用新案登録出願前に、次の公知例が存在する。

(1) 昭和一一年実用新案出願公告第六、九〇四号。この考案は、椅子座部に緩衝体があり、その上面及び側面を被覆している被布には、周縁に紐孔が形成され、その紐孔にゴム紐又は各種のテープを挿通し、ゴム紐又は各種のテープ端同士を結縛してなる理髪用枠子カバーの構造にある。この構造は本件登録実用新案にかかる椅子用座席の構造と同一である。

(2) 昭和二九年実用新案登録願第四四、五七八号(出願人安藤弥一)。この考案は、シートの内周縁を環状に形成して針金を挿通し、その両端を開口部から突き出させ、座部基板上のクツシヨンにシートを被覆したのち、その針金を緊締して両端を連結してなる椅子のシート張り装置の構造にある。この考案の構成要件は、本件登録実用新案の構成要件と同一であるから、両者は同一の考案ということができる。なお、この実用新案登録出願については、昭和一一年実用新案出願公告第六、九〇四号の実用新案公報に示された理髪用椅子カバーの考案から、当業者がなんら考案力を要することなく、必要に応じて容易になし得るものであるとの理由をもつて、昭和三十年七月五日、拒絶をすべき旨の査定がされた。

(3) 登録第四四一、五九〇号実用新案権(出願昭和二十九年十二月十五日)及び登録第四五〇、四一五号実用新案権(出願昭和三十年二月二十三日)。右各実用新案公報の登録請求の範囲欄には、いずれも、「図面に示すようにクツシヨンを有する座部基板に対して環状周縁に針金または紐を挿通せるシートを被覆してなる椅子において、……シート張り緊締装置の構造。」と記載され、緩衝体付座部に対して、環状周縁に紐又は針金を挿通した被布を冠着した椅子が、各実用新案登録前に、公知になつていた事実の前提のもとに、各考案の要旨が、紐または針金をゆるまないように緊締する特殊の構造であることを明らかにしている。したがつて、右緊締装置によらないで、本件登録実用新案におけるように、紐または針金の両端相互を結縛する方法は、右各実用新案登録出願前に公知に属していたこと明らかである。

(二)  本件実用新案登録出願についての審査の経緯。

安藤弥一は、本件実用新案登録出願に対し、昭和三十一年十月十五日次の理由で登録異議の申立をした。しかして、その理由とするところは、「安藤弥一の出願にかかる昭和二九年実用新案登録願第四四、五七八号の考案と本件実用新案登録出願にかかる考案とは、各構成要素を同じくするものであるから、両者は互に類似の考案からなるものである。ゆえに、本件実用新案登録出願は、先願である昭和二九年実用新案登録願第四四、五七八号の後願であるから、大正十年四月三十日法律第九十七号実用新案法第四条の規定により登録されるべきではなく、当然拒絶されるべきものである。」というにあつた。しかるに、本件実用新案登録出願人である原告株式会社岡村製作所は、昭和三十一年十二月二十四日異議申立人である安藤弥一が代表者であつた原告安藤機器株式会社(昭和三十二年六月十六日商号をアンドカード工業株式会社と変更。)に、本件実用新案登録を受ける権利の一部を譲渡し、昭和三十二年一月十六日出願人名義変更届がされた。安藤弥一は、同日右登録異議の申立を取り下げ、昭和三十二年二月十八日、本件実用新案登録出願について登録をすべき旨の査定がされた。

七、 権利の濫用

前記六の本件実用新案登録の無効の主張が理由がないとしても、原告らの本訴各請求は、少くとも、権利の濫用として許されないものである。すなわち、本件実用新案登録出願について登録をすべき旨の査定は、前記六のとおり、重大かつ明白な瑕疵を有するものであるから、この査定処分を基礎とする設定の登録により発生した本件実用新案権に基く、原告らの本訴各請求に、権利の濫用として許されないものである。

(証拠関係)<省略>

理由

第一  原告らの実用新案権。

原告らが、その主張する実用新案権につき持分三分の一ずつの共有者として登録されていることは被告の認めて争わないところであるが、被告は、本件実用新案登録出願は、その考案が出願前に公知であつたから、新規性を欠き、拒絶すべき旨の査定がされるべきものであつたにかかわらず、審査官が誤つて登録をすべき旨の査定をしたものであるから、右査定処分は重大かつ明白な瑕疵を有し、無効であり、したがつて、本件実用新案登録も無効である旨主張する。

しかしながら、右査定処分に明白かつ重大な瑕疵があつたものとは認めえないこと、後記第三の二に説示するとおりであるから、被告の右主張は、本件実用新案登録がこのような瑕疵があつた場合に、それが無効に帰するかどうかについて論ずるまでもなく、理由がないものとして排斥を免れない。したがつて、他に前掲登録を無効とすべき何らの主張も立証もない本件においては、原告らは、その主張するとおり本件実用新案権を共有するものということができる。

第二  被告椅子の背当部の構造は、本件登録実用新案権の技術的範囲に属するか。

(争いのない事実)

一、本件実用新案登録出願の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載が別紙(三)の該当欄記載のとおりであること及び被告が製造、販売及び販売のために展示している被告椅子の背当部の構造が、別紙(一)記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件実用新案の要旨)

二、前記当事間に争いのない登録請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第二号証(実用新案公報)及び鑑定人(省略)の鑑定の結果を参酌して考察すると、本件登録実用新案の要旨は、

(一)  緩衝体1の上面並びに側面を被覆して、なお若干の余裕を有するように截断して、その周縁を環状に縁取り、

(二)  該環状部2内に紐条3または金属線条を挿通してなる被布4をもつて、緩衝体1の上面並びに側面を被覆成形したのち、周縁部を緩衝体底面内方に折り曲げ、

(三)  紐条3または金属線条端同士を結縛するか、あるいは、座席枠体5の一部に穿設した孔6等に結着してなる椅子用座席の構造にあるものと認めうべく、これを覆えすに足りる証拠はない。

(被告椅子の背当部の構造上の特徴)

三、前記当事者間に争いのない被告椅子の背当部の構造及び鑑定人<省略>の鑑定の結果によると、被告椅子の背当部の構造上の特徴は、

(一)  背当裏板1の前面に緩衝体2を当接し

(二)  周縁に環状部を有する被布4をもつて、前面から緩衝体2の上面並びに側面を被覆し、

(三)  被布4の周縁部を背当板1の背面に折り曲げ、

(四)  被広4の環状部3内は金属線条5を挿通し、

(五)  金属線条5の遊端5′、5′同士をたがいに結縛し、

(六)  背当裏板1を背当取付板6の前面に当接し、

(七)  ビス7、7をもつて、背当裏板1 背当取付板6を締着し

(八)  背当取付板6を背当支持杆8に枢着9、9した

ものであることを認めうべく、これを左右すべき証拠はない。

(本件登録実用新案と被告椅子の背当部との比較)

四、以上の事実によれば、本件登録実用新案は、椅子用座席の構造に関するものであり、被告椅子は、背当部の構造に関するものであること明らかである。

しかして、前記当事者間に争いのない登録請求の範囲の記載に、前掲甲第二号証及び鑑定人<省略>の鑑定の結果を参酌して考察すると、本件登録実用新案の「椅子用座席」には、「椅子の背当部」をも含むものということができる。

すなわち、

(1) 椅子用座席の「座席」とは、本来「座わる所」を意味するものであることは、社会通念上明らかなところであるが、いま、これを本件登録実用新案の名称及び登録請求の範囲の記載における用語として、その意味を探求するに、まず本件明細書の実用新案の性質、作用及び効果の要領欄に、「従来椅子張作業に於ては緩衝体を押圧しつつ被布をもつて緩衝体を被蓋し、しかるのち被布の周縁部を座席枠体に釘着、縲着するか又は締付金具等をもつて固着するのを通常としたが、このような方法によると高度の技術と手間を要する上、製品の均一性を欠き、しかも作業者の疲労も多く大量生産には極めて不適当であつた。しかし、本実用新案によるときには」前記二の構造とすることにより、「作業に格別の熟練を要せず、容易に大量に椅子の表張作業が遂行できる上に製品の均一性は優れ、しかも簡単に被布の取り外し、取り換えができるので実用上の効果は極めて大きいものである。」と記載されている。しかして、従来の椅子において、枠体に対し緩衝体を押圧しつつ、被布をもつて緩衝体を被蓋して椅子張作業をする箇所は、椅子の座部分、背当部分及び肘当部分であり、一般に椅子のクツシヨン部分となる箇所である。したがつて、本件明細書の前掲記載によると、本件登録実用新案の前記二の構造は、椅子のクツシヨン部分である座部分、背当部分及び肘当部分に適用される構造と見るべく、椅子の座部分に限定されるものと解することはできない。

(2)  本件明細書の図面は、枠体に緩衝体を取り付けたもの及び緩衝体にそれぞれ被布を被覆したものであり、独立した椅子のクツシヨン部分を図示しているにすぎない。被告は第一図及び第三図は、椅子の背当部分を下方からみた斜視図でないと主張するけれども、同図の記載からは、下方から独立してクツシヨン部分をみた斜視図であるとみるのがむしろ自然であり、したがつて、本件明細書の図面からは、これが椅子の座部分のみを図示しているものとは、みることができない。

(3)  以上のとおり、本件登録実用新案の椅子用座席は、椅子のクツシヨン部分に使われているものであるから、椅子のクツシヨン部分である背当部をも含むものといわなければならない。これに反する乙第五号証(鑑定書)及び乙第八号証(所見書)に記載された弁護士<省略>の「明細書の全体の記載からみて、本件登録実用新案における椅子用座席とは、椅子の座部分にのみ限定され、背当部分を含まないものである。」との意見は、当裁判所の賛同しえないところであり、他に、右結論を覆えすに足りる証拠はない。

しかして、前記当事者間に争いのない本件登録請求の範囲の記載に、前掲甲第二号証及び鑑定人<省略>の鑑定の結果を参酌すると、被告椅子の背当部の構造は、本件登録実用新案の要旨を構成する各構造を具備しているものということができる。すなわち、

(1) 本件登録実用新案においては、緩衝体1は、前記二の(三)の記載から、当然座席枠体5の前面に当接されているものと認められ、また、前記二の(一)及び(二)の記載から、緩衝体1と座席枠体5とは、周縁に環状部2を有する被布4をもつて、緩衝体1の上面並びに側面から被覆され、被布4の周縁部は座席枠体5の背面に折り曲げられ、被布4の環状部2内に金属線条が挿通されていることが明らかである。被告椅子の背当部における背当裏板1は、一種の枠体であると理解される。したがつて、被告椅子の背当部の前記三の(一)から(四)の構造は、本件登録実用新案における前記二の(一)及び(二)の構造に相当し、これらと同一のものと認められる。

(2) 金属線条端同士を互に結縛する点において、被告椅子の背当部の前記三の(五)の構造は、本件登録実用新案における前記二の(三)の構造と同一のものと認められる。

(3) したがつて、被告椅子の背当部における前記三の(一)から(五)の構造は、本件登録実用新案の要旨を構成する各構造と同一であると認められる。なお、被告椅子の背当部は、枠体である背当裏板1を背当取付板6に国り付け、さらに、これを背当支持杆8に取り付けるため、前記三の(六)から(八)の構造を有しているが、これは前記三の(一)から(五)の構造に附加されたものにすぎないと認められる。

以上のとおりであるから、被告椅子の背当部は、本件登録実用新案の要旨を構成する各構造を具備し、ただ、これに取付部分の構造が附加されているものにすぎないものというべく、したがつて、被告椅子の背当部は、本件登録実用新案の技術的範囲に属するものといわざるをえない。この結論に反する乙第八号証(所見書)に記載された弁理士<省略>の「被告椅子の背当部においては、前記取付部分の構造を有するものであるから、本件登録実用新案の技術的範囲に属しない。」旨の意見は、当裁判所のにわかに賛成しがたいところであり、他に右結論を覆すに足りる証拠はない。

第三  差止請求について。

一、前説示のとおり、被告は、本件登録実用新案の技術的範囲に属する別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子を製造、販売及び販売のために展示することにより、原告らの有する本件実用新案権を侵害しているものである。したがつて、被告に対し、侵害の停止を求める原告らの請求は、理由があるものということができる。

(差止請求は権利の濫用か)

二、被告は本件実用新案登録出願は、新規性を欠き、拒絶をすべき旨の査定がされるべきものであつたにかかわらず、審査官が誤つて登録をすべき旨の査定をしたものであるから、右査定処分には重大かつ明白な瑕疵があり、この査定処分を基礎とする設定の登録により発生した本件実用新案権に基く、原告らの差止請求権の行使は、権利の濫用として許されないものである、と主張する。

しかして、本件実用新案登録出願前に、被告主張のとおり、

(い)  昭和一一年実用新案出願公告第六、九〇四号の実用新案出願公告があつたこと(乙第一号証は、その実用新案公報である。)。

(ろ)  登録第四四一、五九〇号実用新案権及び同第四五〇、四一五号実用新案権が存在し、右各実用新案公報(乙第三、第四号証)に被告主張のとおりの記載がされていること。

(は)  昭和二九年実用新案登録願第四四、五七八号の考案の内容が被告主張のとおりであること。

の三つの公知例が存在していたことは、当事間間に争いのないところであるが、これら公知例と当事者間に争いのない本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載及び成立に争いのない甲第二号証とを比較考察すると本件実用新案登録出願の内容は、椅子用座席についての構造よりなる型において、前記各公知例の内容と同一又は類似するものとは、必ずしもたやすく断定しがたいものがあるから本件実用新案登録出願について登録をすべき旨の査定処分には、被告主張のような重大かつ明白な瑕疵があるものとは、いうことができない。したがつて、右査定処分に重大かつ明白な瑕疵があることを前提とする被告の右主張は、自余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

第四  損害賠償請求について、

(不法行為の成立)

一、被告が椅子の製造、販売業者であり、昭和三十五年四月一日ごろから同年五月三十一日ごろまでの間に、青森県に対し別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子千脚を金二百七十六万円で販売し、また、昭和三十六年一月一日から同年五月三十一日までの間に、右椅子四千脚を金千五百二十万円で販売したことは、当事者間に争いがない。

しかして、被告が別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子の構造が本件登録実用新案の技術的範囲に属すること前認定のとおりであるから、被告がこれを販売したことは、原告らの有する本件実用新案権を侵害したものというべく、しかも、被告の右侵害行為については、被告に過失があつたものと推定されるところ、この推定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、被告は、本件実用新案権の侵害によつて原告らがこうむつた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

(原告らのこうむつた損害金)

二、成立に争いのない甲第十四号証及び証人<省略>の証言によれば、本件登録実用新案を椅子の背当部に実施したときの通常実施料の額は、椅子の販売価額の三・一パーセントを相当するものと、認められ、これに反する証拠はない。原告らは右金額の範囲内である椅子の販売価額の三パーセントを通常実施料の額として請求するものであり、被告の前記被告椅子五千脚の販売価額合計金千七百九十六万円の三パーセントが金五十三万八千八百円であることは計数上明らかなところである。もし被告が原告らの許諾を得て、別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子を販売したとすれば、原告らは、右金五十三万八千八百円の実施料の支払いを得られたはずであるにかかわらず、被告が原告の許諾を得ることなく別紙(一)記載の背当部を有する被告椅子を販売したため、原告らは、同額の実施料の支払いを得ることができなかつたとみるべきところ、原告らは、本件実用新案権について各三分の一ずつの持分を有すること冒頭掲記のとおりであるから、原告らは、各自右金五十三万八千八百円の三分の一に当る金十七万九千六百円ずつの損害をこうむつたものというべきである。

よつて、被告に対し、各金十七万九千六百円及びこれに対する不法行為ののちである昭和三十六年九月二日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告らの各請求は、理由があるものということができる。

(損害賠償請求は権利の濫用か)

三、被告は、原告らの損害賠償請求権の行使は、権利の濫用として許されないものである、と主張するが、前記第三の二に記載したと同一の理由から、被告の右主張を採用することができない。

第五  謝罪広告の請求について。

原告らは、被告の本件実用新案権侵害行為により、業務上の信用を著しく害されたと主張する。しかし、被告の本件実用新案権侵害行為により、原告らの業務上の信用を害されたと認めるに足りる証拠はない。

したがつて、被告に対し、その回復措置として、謝罪広告を、求める原告らの請求は、理由がないものといわざるをえない。

第六  むすび

以上説示のとおりであるから、原告らの請求は、主文第一、第二項掲記の範囲内においては、正当として認容すべきも、その余は失当として棄却するほかはない。なお、仮執行の宣言は、本件事案の性質上相当でないから、これを附さない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 白 川 芳 澄

裁判官 竹 田 国 雄

別紙(一)

被告椅子背当部

図面は、被告椅子の背当部の構造を示すものである。すなわち、

(一) 背当裏板1の前面の緩衝体2を当接し、

(二) 周縁に環状部3を有する被布4をもつて、前面から緩衝体2の上面及び側面を被覆し、

(三) 被布4の周縁部を背当裏板1の背面に折り曲げ、

(四) 被布4の環状部3内に金属線条5を挿通し、

(五) 金属線条5の遊端5′、5′同士をたがいに結縛し、

(六) 背当裏板1を背当取付板6の前面に当接し、

(七) ビス7、7をもつて、背当裏板1背当取付板6を締着し、

(八) 背当取付板6を背当支持杆8に枢着9、9してなる背当部の構造である。

別紙(二)

謝 罪 広 告

当会社が貴殿らの共有に係る登録実用新案第四五九五二〇号実用新案権に抵触する張構造の椅子を製造販売することにより、貴殿らの権利を侵害したことは、甚だ申訳ない次第であります。

つきましては、今後、貴殿らの権利に抵触する椅子の製造、販売を致さないことはもちろんその侵害となるようなことは一切致しません。

ここに陳謝致します。

昭和三十 年  月  日

東京都中央区築地三丁目十番地

ネコス株式会社

取締役社長 根上 耕一

株式会社岡村製作所 殿

深  沢  虎  男 殿

アンドカード工業株式会社 殿

但し、広告寸法は縦三段、横十糎以上

活字の大きさは、次のとおりとすること。

(1) 標題 一八ポイント

(2) 本文 一〇ポイント、但登録番号はゴジツク

(3) 宛名及び会社名 一二ポイント、但しゴジツク

(4) その他 一〇ポイント

別紙(三)

特許庁実用新案公報

実用新案公報昭三一―一四一五二

公告昭三一、八、二九

出願昭三〇、五、二五

実願昭三〇、二二四六四

椅子用座席

登録請求の範囲

図面に示すように緩衝体1の上面並に側面を被覆して尚若干の余裕を有するように截断してその周縁を環状に縁取り、該環状部2内に紐条3又は金属線条を挿通して成る被布4をもつて緩衝体1の上面並に側面を被覆成形した後、周縁部を緩衝体底面内方に押曲げ、紐条3又は金属線条端同士を互に結縛するか、或は座席枠体5の一部に穿設した孔6等に結着して成る椅子用座席の構造

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