大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)6791号 判決 1964年12月02日

主文

1、被告和光商事株式会社は原告に対し、別紙目録(一)記載の建物につき、東京法務局文京出張所昭和三五年一二月七日受付第一八、四五七号所有権移転請求権保全の仮登記にもとずき、昭和三六年六月八日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2、被告小杉栄次は原告に対し、別紙目録(二)記載の土地にずき、東京法務局文京出張所昭和三五年一二月七日受付第一八、四五九号所有権移転請求権保全の仮登記にもとずき、昭和三六年六月八日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3、被告晃和興業株式会社は原告に対し、別紙目録(一)記載の建物中、主文第四項表示の部分を除く建物部分を明渡し、昭和三六年六月九日以降右明渡ずみまで一月金四〇万円の割合による金員を支払え。

4、被告小杉武免代は原告に対し、別紙目録(一)記載の建物中、一階約一坪及び中二階約一坪五合の各売店部分を明渡せ。

5、被告神田信用金庫は原告に対し、別紙目録(一)記載の建物につき、原告が被告和光商事株式会社との間で、主文第一項記載の所有権移転登記手続をすること及び別紙目録(二)記載の土地につき、原告が被告小杉栄次との間で、主文第二項記載の所有権移転登記手続をすることを承諾せよ。

6、被告晃和興業株式会社、被告小杉正作両名は原告に対し、別紙目録(一)記載の建物につき、原告が被告和光商事株式会社との間で、主文第一項記載の所有権移転登記手続をすることを承諾せよ。

7、原告の被告小杉栄次及び被告和光商事株式会社に対するその余の請求はいずれも棄却する。

8、訴訟費用中、原告と被告小杉栄次との間で生じたものはこれを三分し、その一を原告の負担としその余を被告小杉栄次の負担とし、原告とその余の被告らとの間で生じたものはすべてその余の被告らの負担とする。

事実

第一、申立

一、原告訴訟代理人は、「1、主文第一項同旨、2、主文第二項同旨及び被告小杉栄次は原告に対し、別紙目録(二)記載の土地を引渡せ。3、主文第三項前段同旨及び被告晃和興業株式会社は原告に対し、昭和三六年六月九日以降右明渡ずみまで一月金五〇万円の割合による金員を支払え。4、主文第四項同旨、5、主文第五項同旨、6、主文第六項同旨、7、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに第二項土地引渡の部分、第三項、第四項につき仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、(1) 原告は被告和光商事株式会社(旧商号晃和実業株式会社)に対し、昭和三五年一二月六日金三、五〇〇万円を弁済期昭和三六年一月五日、利息日歩四銭一厘、遅延損害金日歩八銭二厘(但し、右利率はいずれも表面的のもので、実際は月四分の割合によつて支払う旨の特約があつた)の約定で貸付け、一月分の利息として金一四〇万円を天引して現金三、三六〇万円を交付し、被告小杉栄次は右返還債務を保証した。

(2) 原告は右貸付にあたつて、被告和光商事株式会社所有にかかる別紙目録(一)記載の建物(以下本件建物という。)及び被告小杉栄次所有にかかる別紙目録(二)記載の土地(以下本件土地という。)につき、右被告両名との間で、被告和光商事株式会社が右弁済期に右債務を弁済しないときは、原告の予約完結の意思表示によつて本件土地、建物の所有権を右弁済にかえて原告に移転する旨の代物弁済一方の予約をそれぞれ締結し、翌一二月七日東京法務局文京出張所において、右代物弁済予約を原因として、本件建物につき同出張所昭和三五年一二月七日受付第一八、四五七号、本件土地につき同出張所前同日受付第一八、四五九号の各所有権移転請求権保全の仮登記をなした。

(3) 原告は右被告両名に対し、昭和三六年六月八日到達の書面で、本件土地、建物につき代物弁済の予約完結の意思表示をした。

(4) したがつて原告は、右同日本件土地、建物の所有権を取得したものである。

二、(1) 被告晃和興業株式会社は、後記小杉武免代の占有部分を除く本件建物全部を占有している。

(2) 被告小杉武免代は本件建物中、一階約一坪中二階約一坪五合の各売店部分を占有している。

(3) 被告神田信用金庫は、本件建物につき昭和三六年二月二二日東京法務局文京出張所受付第二、四六〇号所有権移転請求権保全の仮登記、同日同出張所受付第二、四五八号根抵当権設定登記、同日同出張所受付第二、四五九号根抵当権変更登記を、本件土地につき同日同出張所受付第二、四六一号所有権移転請求権保全の仮登記、同日同出張所受付第二、四五八号根抵当権設定登記をしている。

(4) 被告晃和興業株式会社は、本件建物につき昭和三六年四月二八日同出張所受付第六、四三一号所有権移転請求権保全の仮登記、同日同出張所受付第六、四三〇号根抵当権設定登記、同日同出張所受付第六、四三二号賃借権設定仮登記をしている。

(5) 被告小杉正作は、本件建物につき昭和三六年五月二二日同出張所受付第七、六三六号所有権移転請求権保全の仮登記、同日同出張所受付第七、六三五号根抵当権設定登記、同日同出張所受付第七、六三七号賃借権設定仮登記をなしている。

三、(1) よつて原告は、本件土地、建物の所有権にもとずき、被告和光商事株式会社に対し、本件建物につき前記所有権移転請求権保全の仮登記にもとずく昭和三六年六月八日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をすること、被告小杉栄次に対し、本件土地につき前記所有権移転請求権保全の仮登記にもとずく昭和三六年六月八日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をなしかつ本件土地を引渡すこと、被告晃和興業株式会社及び被告小杉武免代はいずれも前記本件建物占有部分を明渡すことならびに本件建物の殆んど重要部分全部を占有する被告晃和興業株式会社に対し、原告がその所有権を取得した日の翌日である昭和三六年六月九日以降右明渡ずみまで一月金五〇万円の割合による賃料相当の損害金を支払うことを求める。

(2) 被告神田信用金庫、同晃和興業株式会社、同小杉正作の前記各登記はいずれもその順位が原告の取得した前記仮登記よりおくれるから原告の本登記手続がなされたときは原告に対抗できない地位にあり、右被告らは原告のなす本登記について登記上利害関係を有する。よつて原告は右被告らに対し、原告が右本登記手続をなすことの承諾を求める。

第三、被告らの答弁と抗弁

一、答弁

(1)  原告主張の請求原因第一項(1)の事実中、被告和光商事株式会社が原告から交付された金額の点を否認するが、その余の事実は認める。原告は金三、五〇〇万円を貸渡す約束であつたところ、一月間の利息として金一四〇万円、調査費として金二〇万円、書類作成費として金一〇万円、紹介料として金一六〇万円合計金三三〇万円を天引し、結局被告和光商事株式会社に交付された金員は金三、一七〇万円である。同項(2)(3)の事実はいずれも認める。

(2)  同第二項の事実はいずれも認める。

(3)  同第三項の主張は争う。

二、抗弁

(1)  原告は、被告和光商事株式会社の窮迫に乗じ、月四分の割合による高利息とわずか一月間の短い弁済期を約さしめ、前述の如く利息等合計金三三〇万円を天引した上、約定した貸金額金三、五〇〇万円と比較して著しく権衡を失する高価な本件土地、建物を目的として代物弁済の予約をなしたものであつて、原告主張の金銭消費貸借契約及び代物弁済の予約はいずれも暴利行為として公序良俗に反し無効である。

(2)  仮にそうでないとしても、その後被告和光商事株式会社は原告に対し、右貸金の弁済として、右契約にあたつて天引された一月分の利息金一四〇万円の外に昭和三六年一月一六日金一四〇万円、同年二月六日金四〇万円、同年三月二〇日金八〇万円を支払済であり、更にいずれも弁済にかえて昭和三六年三月頃乗用車トヨペツト一台(金七五万円相当)、同年四月頃乗用車セドリツク一台(金八〇万円相当)、同年六月頃電話加入権六個(八二一局一、二二四番時価金一七八、〇〇〇円相当、九八二局五五五九番時価金一二万円相当、いずれも五六一局〇六九〇番、一二四八番、六六一三番、六六一四番いずれも時価金四六、〇〇〇円相当)を給付した。しかして原告主張の代物弁済予約完結の意思表示がなされた当時、本件建物の時価は一億四、七〇〇万円、本件土地の時価は金五、〇〇〇万円であつたから、右弁済による貸金残金と比較して著しく権衡を失する高価な本件土地、建物を代物弁済として取得する旨の予約完結権の行使は暴利行為として公序良俗に反し無効である。

(3)  仮にそうでないとしても、被告晃和興業株式会社は被告和光商事株式会社から昭和三五年九月三〇日本件建物を賃借期間一〇年、賃料一月金四〇万円の約で賃借し、昭和三五年九月下旬本件建物の引渡を受けて占有を始め、又被告小杉武免代は被告晃和興業株式会社から昭和三五年二月一日本件建物中、一階約一坪、中二階約一坪五合の各売店部分を賃借期間五年、賃料月間売店売上高の五パーセントを支払う約で転借し、直ちに右部分の引渡を受けて占有を始め、いずれも同年一二月三一日映画館及び売店として営業を始めたものである。よつて右被告両名は、本件建物の占有を開始したのがいずれも原告のなした代物弁済予約を原因とする本件建物所有権移転請求権保全の仮登記に先立つものであるから、右賃借権をもつて原告に対抗することができるものである。

(4)  仮にそうでないとしても、被告晃和興業株式会社は昭和三四年六月頃自ら施工主として本件建物の建設に着手し、建築費用として金三、〇〇〇万円を支出したものであるところ、昭和三五年一月頃被告和光商事株式会社が新たに施工主の地位を引き継ぎ本件建物を完成しこれを所有するにいたつたものであるから、被告和光商事株式会社は法律上の原因なく右被告晃和興業株式会社が支出した建築費用金三、〇〇〇万円を不当に利得し、これにより被告晃和興業株式会社に同額の損失を及ぼしたものというべく、したがつて被告晃和興業株式会社は被告和光商事株式会社に対し、右金三、〇〇〇万円の現存利益につき不当利得返還請求権を有するものである。しかして右請求権が本件建物に関して生じたものであることは明らかであるから、被告晃和興業株式会社は右債権の支払を受けるまで本件建物につき留置権を行使する。

第四、原告の答弁

一、被告ら主張の抗弁第一項の事実はいずれも否認する。原告は被告晃和商事株式会社から本件建物建築代金の一部支払に充てるべく、近日中に松竹映画株式会社から補助金が支払われ又銀行関係から融資を受ける予定もあることを理由として短期間の融資を求められた結果、原告は右被告会社に対し、金三、五〇〇万円を融資することとし、右被告会社が約定利息金を損害金として支払う限り若干の支払猶予は認めることを特約してとくに一月間の弁済期を定め、右一月分の利息として金一四〇万円を天引して金三、三六〇万円を交付したものであつて、何ら右消費貸借契約が暴利行為として公序良俗に反することにはならない。又本件建物は映画館として特殊の構造の下に建築されたものであつて、他の目的のために使用することはできず、映画館経営が近時テレビの進出などのために斜陽産業化していることは公知の事実であるから、その担保価値は大きく減額して考えるべきであつて、しかも原告には右被告会社の無知、軽率、窮迫につけこんで暴利を得ようとした事実はないのであるから、本件代物弁済の予約が暴利行為として公序良俗に反するものということはできない。

二、同第二項の事実中、被告ら主張の金員、乗用車、電話加入権が原告に対し給付されたことは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。被告ら主張の電話加入権のうち五六一局〇六九〇番、同局一二四八番は被告和光商事株式会社に返却したものであり、その他の原告が給付を受けた金員、乗用車、電話加入権などはいずれも約定の遅延損害金又はそれにかわるものとして給付されたものである。

三、同第三項の事実はいずれも否認する。

四、同第四項の事実はいずれも否認する。

第五、証拠(省略)

理由

一、原告主張の請求原因第一項(1)の事実中、被告和光商事株式会社が原告から交付された金額の点を除いてその余の事実はすべて当事者間に争がなく、証人清水忠次、同池野秋嘉の各証言及び原告会社代表者山根三雄尋問の結果によると、被告和光商事株式会社が原告から交付された金額は原告主張のとおりであることが認められ、右認定に反する被告小杉栄次本人尋問の結果は前顕各証に照らしてこれを信用せず、外にこれを左右するに足る証拠はない。してみると、右は認定した金銭消費貸借契約のうち年一割五分の割合をこえる利息の約定は利息制限法第一条第一項によつて無効とされ、さらに同法第二条によつて、被告和光商事株式会社が受領した金三、三六〇万円を元本として右制限利率によつて計算した一月分の利息金四二万円を超える天引部分である金九八万円は元本の支払に充てたものとみなされるのであるから、結局原告は右被告会社に対し、金三、四〇二万円の貸金請求権を有するにいたつたものというべきである。

二、同第一項(2)(3)及び同第二項の事実はいずれも当事者間に争がない。

三、よつて被告らの抗弁事実を順次検討する。

1、まず被告らは、本件金銭消費貸借契約及び代物弁済の予約が暴利行為として公序良俗に反しいずれも無効である旨主張するので検討する。

イ、最初に右各契約がなされた経緯についてみるに、証人清水忠次の証言、原告会社代表者山根三雄、被告小杉栄次の各尋問の結果によると、被告小杉栄次は右契約当時被告和光商事株式会社の代表者として、本件建物を映画館として建築中であつたところ、自己の債務の支払と本件建物建築資金の一部を調達するため、原告会社代表者山根三雄に対し右金員の貸与方を申し入れ、借用金員は右被告会社自ら期限一月で返済する見込であるが、仮に自ら返済することができない場合には、東宝、松竹などの映画会社あるいは銀行関係、親戚から融資を受けて返済する見込が十分にあることを説明した結果、山根三雄は右期限到来後二月間は右被告会社が約定の利息金を損害金として支払う限りその返済を猶予することを特約して金三、五〇〇万円を融資することを承諾し、右消費貸借、代物弁済の予約を締結するに至つたことが認められ、右事実関係の下においては、先に認定した如く右契約にあたつて月四分の利息を約定し一月分の利息として金一四〇万円を天引したことを考えあわせても、外に原告が借主である被告和光商事株式会社の窮迫、無知などに乗じて右契約に及んだ旨の証拠が認められない本件においてはいまだ右契約が暴利行為として公序良俗に反するものと解することはできない。

ロ、つぎに右契約締結当時における本件土地、建物の状況についてみるに、被告小杉栄次、被告晃和興業株式会社代表者高橋三郎各尋問の結果によると、本件建物は当初被告晃和興業株式会社が施工主としてその建築に着手したが、その後被告和光商事株式会社が右施工主の地位を引き継ぐこととし、その際右両被告会社の間で本件建物の出来高を金三、〇〇〇万円と査定したこと、その後被告和光商事株式会社は本件代物弁済の予約を締結するにいたるまでに、本件建物の施工主として金六、五〇〇万円ないし金七、〇〇〇万円の建物費用を支出したこと、本件土地の時価は右契約締結時において更地として計算して坪約二五万円合計金五、〇〇〇万円であつたこと以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。そうだとすれば、本件建物の建築費用と本件土地の価額を加えると前記債務額に比しかなり高額であることは否定することはできないが、しかしながら、証人清水忠次の証言及び原告会社代表者山根三雄尋問の結果によると、本件建物は映画館として建築されたものであるところ、右契約締結当時すでに映画産業は斜陽化し、全般的に映画館の需要は縮少の傾向にあり、しかも本件建物はその特殊の構造のため映画館の外に転用して使用することは不可能であるところから、本件建物の時価を算定するにあたつては、総建築費用より更に低く評価せざるをえないこと、又その地上に鉄筋コンクリート造の本件建物が築造されたことによつて本件土地の時価は更地の場合と比較して格段の減価がなされたものとして考えざるをえないことが認められ、以上の事実関係の下においては、外に原告が借主である被告和光商事株式会社及び担保提供者である被告小杉栄次の窮迫、無知などに乗じて本件代物弁済の予約を締結させた旨の証拠が認められない本件においては、いまだ右契約が暴利を目的とし公序良俗に反するものであると解することはできない。

2、つぎに被告らは、原告の代物弁済予約完結権の行使が暴利行為として公序良俗に反し無効である旨主張するので検討する。

被告ら主張の金員、乗用車及び電話加入権が被告和光商事株式会社から原告に対し給付されたことは当事者間に争がなく(なお原告は、給付された五六一局〇六九〇番、一二四八番の電話加入権は被告和光商事株式会社に返却した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。)証人清水忠次の証言及び原告会社代表者山根三雄本人尋問の結果によると、前記金銭消費貸借契約締結にあたつて天引された一月分の利息金一四〇万円の外に被告和光商事株式会社が原告に対して給付した右金員及び乗用車、電話加入権はいずれも約定の遅延損害金又はこれにかわるものとして任意に給付されたものであることが認められる。そして仮にそれが利息制限法所定の制限利率を超えて支払われたものであつたとしても、天引利息の場合を除いて、その超過部分が元本に充当されたものと解することはできないけれども、右超過支払の事実および前項で認定した本件土地建物の状況に、さらに被告小杉栄次本人尋問の結果によつて、本件代物弁済予約完結権行使にいたるまでに、本件建物を完成させるため約金一、〇〇〇万円の建築費用を投入したことが認められることを考えあわせても、前記認定の事実関係のもとにおいては、外に原告が被告和光商事株式会社及び被告小杉栄次の窮迫、無知などに乗じて右予約完結権行使に及んだ旨の証拠が認められない本件においては、いまだ右予約完結権行使が暴利を目的した公序良俗に反するものであると解することはできない。

3、第三に被告晃和興業株式会社、被告小杉武免代両名は、本件建物の賃借権をもつて原告に対抗できる旨主張するので検討する。

原告が本件建物につき昭和三五年一二月七日所有権移転請求権保全の仮登記をなしたことは当事者間に争がないところであるが、右仮登記当時における本件建物の占有状況についてみるに、証人吉羽喜三郎の証言、被告小杉栄次、被告晃和興業株式会社代表者高橋三郎各尋問の結果中には、被告晃和興業株式会社は昭和三五年九月中旬頃には、本件建物中二階映写室の隣室に机、椅子などを持ち込み、社員四、五名が映画興業の準備にあたつていた旨及び被告小杉武免代も同年一〇月ないし一一月には本件建物売店部分にケースを持ち込んで売店開業の準備を始めた旨の各供述があるが、これはいずれも証人清水忠次、同高橋信義、同池野秋嘉の各証言及び原告会社代表者山根三雄尋問の結果に照らして信用することができず、外に右仮登記当時すでに被告晃和興業株式会社及び被告小杉武免代が本件建物の引渡を受けて占有していたことを認めるに足る証拠はない。してみれば、仮に被告晃和興業株式会社及び被告小杉武免代が本件建物につき賃借権を有していたとしても、原告に対抗することはできないものというべきである。

4、第四に被告晃和興業株式会社は、本件建物につき留置権の行使を主張するので検討する。

仮に被告晃和興業株式会社主張の如く、同被告が被告和光商事株式会社に対し、金三、〇〇〇万円の不当利得返還請求権を有するとしても、右債権は被告和光商事株式会社が被告晃和興業株式会社から本件建物の施工主の地位を引き継いだ結果生じたものであつて本件建物自体から生じたものではなく又被告晃和興業株式会社が被告和光商事株式会社から本件建物を賃借して占有していることは被告晃和興業株式会社代表者高橋三郎の尋問の結果によつてその成立を認める乙第二号証によつて明らかであつて、してみると、右債権と被告晃和興業株式会社の本件建物の占有とも各別に生じたものというべく民法第二九五条にいわゆる其物に関して生じた債権であるということはできず、したがつて被告晃和興業株式会社が本件建物につき留置権を有する旨の主張は採用することができない。

四、1、以上のとおりであつて、原告が本件土地、建物の所有権にもとずき、被告和光商事株式会社に対し、前記所有権移転請求権保全の仮登記にもとずく昭和三六年六月八日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をすること、被告小杉栄次に対し、前記仮登記にもとずく右と同じ登記原因による所有権移転登記手続をすること、被告晃和興業株式会社及び被告小杉武免代に対しいずれも前記本件建物占有部分を明渡すことを求める請求部分はいずれも理由があるのでこれを認容すべきであるが、被告小杉栄次に対し、本件土地の引渡を求める部分は被告小杉栄次が本件土地を占有する旨の主張、立証がないのでこれを棄却することとし、又被告晃和興業株式会社代表者高橋三郎尋問の結果によりその成立を認める乙第二号証によると、本件建物の賃料が一月金四〇万円であることが認められるから、被告晃和興業株式会社は原告に対し、前記本件建物の明渡と併せて、原告が本件建物所有権を取得した日の翌日である昭和三六年六月九日以降右明渡まで一月金四〇万円の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務を負担するものというべきである。従つて原告の同被告に対する損害金の請求はこの限度で認容しその余の部分は理由なきものとして棄却する。

2、先に認定した事実によると、被告神田信用金庫が本件土地、建物につき、又被告晃和興業株式会社及び同小杉正作が本件建物につきそれぞれ有する前記各登記は、いずれも原告が本件土地、建物につき取得した前記仮登記よりおくれたものであることは明らかであるから、原告の本登記手続がなされたときは原告に対抗できない地位にあり、したがつて、右被告らは原告が右本登記手続をなすことを承諾する義務を有するものというべく、この点に関する原告の請求は理由があるのでこれを認容する。

3、よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言の申立については、相当でないからこれを却下する。

別紙

目録

(一)東京都文京区駒込神明町一五七番地一

家屋番号同町一五七番六

一、鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根中二階中三階地階屋階付

二階建映画館

一階  一〇六坪三合八勺

中二階 七三坪四合二勺

二階  一〇六坪七合四勺

中三階 六六坪三合八勺

地階  二九坪二合六勺

屋階  二〇坪三合

(二)東京都文京区駒込神明町一五三番地一号

一、宅地二〇〇坪

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例