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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)7747号 判決 1965年12月22日

原告 川端まさ子

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 栂野泰二

東城守一

小池貞夫

被告 泉商工株式会社

右代表者代表取締役 泉清

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 山本栄則

榊原卓郎

小林俊明

主文

被告らは各自原告川端まさ子に対し金百六十一万九千二百二十円、原告川端実雄、川端茂に対しそれぞれ金二十九万二千三百五円、原告石川朝雄、生田智巳に対しそれぞれ金十二万円及び右各金額に対する昭和三十六年十月十三日から右各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

この判決は、原告ら勝訴部分に限り、被告らに対し原告川端まさ子において各金六十万円、原告川端実雄、川端茂においてそれぞれ各金十万円、原告石川朝雄、生田智巳においてそれぞれ各金四万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告らは各自原告まさ子に対し金二百五十七万八千三百九円、原告実雄、茂に対し各金四十万三千四百九十三円、原告石川に対し金五十四万三千五百九十四円、原告生田に対し金七十七万千百二十五円及び右各金額に対する昭和三十六年十月十三日から右各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び被告らの抗弁に対する答弁として次のように述べた。

「一、被告泉はその所有の東京都目黒区中目黒二丁目三百四十九番一、木造モルタル塗厚型スレート葺二階建居宅兼倉庫一棟、建坪四十三坪一合、二階四十七坪八合の二階をアパートとして賃貸または被告会社に賃貸させ、一階を被告会社に工場として使用させていた。原告まさ子夫婦、原告石川、生田はそれぞれ本件アパートの一室を賃借、居住していたが、本件建物は昭和三十五年九月十六日火災により焼失し、その際原告まさ子の夫末美は逃げおくれて焼死した。

二、本件火災は午前五時四十分ごろ本件工場から出火し、本件建物は約二十分間で全部焼失してしまったが、その際、末美所有の別表(一)、末美及び原告まさ子共有の同(二)、同原告所有の同(三)、原告石川所有の同(四)、原告生田所有の同(五)記載の各物件はいずれも焼失し、原告まさ子は、逃場を失って二階から飛降りたため、腰椎を骨折した。

右物件焼失により原告石川はその時価相当の四十四万三千五百九十四円、原告生田は六十七万千百二十五円、末美は二十五万三千六百六十七円(別表(一)全部と別表(二)の二分の一)、原告まさ子は三十七万四千三百三十七円の損害を被り、また、末美は死亡当時三十三才十ヵ月であったから、今後少なくともその平均余命である三十五、三十六年は生存し得たはずであるし、当時陸上自衛隊中央基地通信隊に勤務する二等陸曹で、死亡前一年間の給与所得は二十八万九千六百五十四円、その生活費は年十二万であったから、その生命侵害によるうべかりし利益の喪失はホフマン式計算法により中間利息を控除すると、二百千六万七千二百九十二円になる。

原告まさ子は本件火災により最愛の夫と全財産とを失い、自分もまた前記負傷により不具となり、火災当日から昭和三十八年四月二十一日まできわめて苦痛の多い入院生活を強いられ、その後も今日まで全治の見込のない病人として通院、療養を続けており、就職不能のため社会保障によって前途に全く希望のない孤独の日々を送っている状態で、その精神的苦病は測ることができない。原告石川、生田も、本件火災により全財産と生活の本拠とを奪われ、焼失財産中には金銭に見積り得ない貴重な品もあり、財産的損害の賠償では償い得ない精神的損害を受けた。

三、ところが、本件火災は本件建物の設置、保存の欠陥から生じたものであるから、被告らに右損害を賠償すべき義務がある。

(一)  本件工場東端更衣室前に設置されていた七・五馬力モーターに接続していた、更衣室内の手元スイッチ電源側の動力線がそのスイッチボックスに接していた上、スイッチボックスからのアース線配線パイプがコンクリートに埋没されていただけで接地が完全でなかったため、電流が地絡してアース線から、同室入口側壁によせて右配管パイプに接着して積んであった鉄パイプを経て、同室内にこれに近接して露出工事で配管してあったガス管に流れ、その際電流がガス管にスパークしてこれに穴を開け、その穴から噴出した都市ガスにスパークの火花が引火し、その火が同室ベニヤ板壁とこれに掛けてあった作業衣に燃え移り、本件建物全体に燃えひろがったものである。

(二)  なお、本件工場はガス、水道管の継ぎ手の製造工場であり、常時多量の電気、ガスを使用し、工場内には常時営業用の油類が相当量置いてあったが、本件アパートの出入口は出火点となった一階工場更衣室真上の階段だけしかなく、その各室の間仕切もベニヤ板張りで、一階工場には天井もなく、直接二階床板となっており、なんら見るべき防消火、避難設備がなかったから、出火と同時に火が建物全体にひろがり、被害が大きくなったものである。

四、従って、本件火災による前記各損害は本件建物の一階と二階の設置、保存の欠陥の競合に基くものであり、仮に本件失火ノ責任ニ関スル法律(以下失火責任法という。)の適用があるとしても、本件損害は被告らの重大な過失に基くものであるから、被告らはこれを連帯して賠償する義務があるが、末美の相続人として原告まさ子が同人の債権の三分の二、兄である原告実雄、茂がその各六分の一を承継取得した。

よって、原告石川、生田は前記各損害額と慰藉料各十万円、原告まさ子は前記自分の損害額、右承継による債権、慰藉料八十万円の合計額から被告会社から受領した二十一万円を控除した二百五十七万八千三百九円、原告実雄、茂は右承継による債権各四十万三千四百九十三円及びこれに対する損害発生以後の日から右各完済に至るまで法定の損害金の支払を求める。

五、被告ら主張二の事実中原告まさ子が被告会社から見舞金等二十一万円を受領したことは認めるが、その他の事実は否認する」

被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

「一、原告ら主張一の事実は認める。二の事実中原告石川、生田が各五万円相当、原告まさ子及び末美が二人で五万円相当の各所有物件を本件火災で失ったことは認めるが、その余の事実及び三の(一)の事実は否認する。本件火災の原因は不明である。

仮に本件火災の原因が原告ら主張の通りであったとしても、本件については失火責任法の適用があるところ、被告泉は防火のため本件建物の階上、階下に一個ずつ二十ミリの水道管で水道の本管に直結していた消火せんを設置し、さらに、二階廊下北端になわばしごや避難ロープを備え付け、かつ、アパート居住者に月当番をさせて火気取締をするよう常に注意していた。また、被告会社では代表者の泉または工場長が電気、機械、ガス等の点検を行っており、従業員に対しては毎日終業後徹底した火気の取締をさせ、防火、防災に対する指導、監督を徹底してきたものである。このように被告らは本件工場内の諸施設の設置、保存について善良な管理者の注意を怠らなかったし、また、末美は一番早く火事を発見しており、至急退避すれば死亡することもなかったのに、これを怠ったのであるから、原告らの請求は失当である。

二、仮に本件火災について被告らに責任があったとしても、被告会社は昭和三十五年九月二十二日原告らとの間で、本件火災に基く損害について原告川端三名に対し二十一万円、原告石川、生田に対し各四万円を支払うこととして一切を解決する旨の示談が成立し、その後、被告会社は原告川端三名に対し二十一万円を支払ったから、同原告らの請求は全部、原告石川、生田の各請求のうち各四万円を越える部分は失当である。」

証拠≪省略≫

理由

原告ら主張一の事実は、本件アパートの経営者の点を除き、当事者間に争いなく、三の(二)の事実は防消火、避難設備の点を除き被告らが明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、≪証拠省略≫によれば、原告ら主張三の(一)の事実、本件アパートの経営者は被告会社であったこと、本件建物には階段附近に消火せんが一個設けられていたが、水圧が低くて常時使用できる状態になく、本件火災当日も本件アパートに居住していた訴外朝倉茂作、末美、原告石川らがこれを使用しようとしたが、水がなかなか出なくて役に立たず、本件アパートにはなわばしごも一個置いてあったが、その所在もはっきり居住者全員には知らされていなかったこと、被告らは右以外に防消火について特別の処置をとっておらず、消防署の署員から消火器の備付や非常階段の設置を勧告されながら、これをしなかったことが認められ、≪証拠認否省略≫右事実によれば、本件火災が被告会社が占有していた土地の工作物の設置、保存に欠陥があったことによって生じ、拡大したものであり、被告会社が損害の発生を防止するのに必要な注意をしなかったことが明白であるが、失火責任法が特に失火の責任を軽減しているのはわが国に木造家屋が多く、延焼の虞が多いためであることと、土地の工作物の占有者等の責任についても同法を適用して通常の失火の場合と同様に責任を軽減することは特に右占有者等の責任を加重した民法第七百十七条制定の趣旨に沿わないこととを考え合わせると、少なくとも工作物の設置、保存の欠陥から直接生じた火災については失火責任法の適用はないものと解するのが相当である。また被告泉は、十分な防消火、避難設備のないまま、被告会社に本件建物の一階を火災の発生し易い工場として、二階をアパートとして使用させていたのであるから、本件火災によって本件アパートの居住者が被った損害は同被告の重大な過失に基くものと解するのが相当である。

次に、≪証拠省略≫によれば、本件火災により末美、原告石川、まさ子がその財産をほとんど全部、原告生田は家財道具、衣類、業務用の書籍、機械、書類等の大部分を失ったこと、原告石川は当時三十二歳、工員で妻と七ヵ月の子と暮しており、原告生田は三十歳、電気指示計器製造業者であったこと、原告まさ子は本件火災の際、逃場を失って二階から飛降りたため、第一腰椎を骨折、直ちに入院、療養したが、まもなく肺結核を併発し、ことに入院後三日目位から昭和三十六年三月まではギブスベットに入って治療を受け、昭和三十八年四月二十一日退院したが、その後も通院療養を続けており、昭和三十九年十月当時も腰に圧迫されるような痛みがあり、堅いいすには腰掛けることができず、夜になると足が突っ張って動かなくなるような状態で、就職することもできず、生活保護を受けて生活していること、末美は昭和三十二年五月原告まさ子と結婚、円満に暮していたが、死亡当時三十三歳十ヵ月、陸上自衛隊中央基地通信隊に勤務していた二等陸曹で、死亡前一年間の給与所得は二十八万九千六百五十四円であり、その生活費は年十二万円以内であったことが認められるけれども、末美、原告まさ子、石川、生田が原告ら主張の物件を失ったことについては、≪証拠省略≫だけではこれを認めるに足りないし、他にこれを認めうるに足りる証拠はない。ところで、昭和三十五年当時三十三歳の男子の平均余命が三十五、三十六年であったことは当裁判所に顕著であり、従って、末美が少なくとも今後二十年以上働いて前記給与所得から生活費を控除した年平均十六万九千六百五十四円以上の利益をあげうるであろうことは十分推認できるところ、右二十年間のうべかりし利益から一年ごとに年五分の割合による法定利息を控除すると、二百二十万円以上になることは計数上明らかであるから、末美が本件火災により原告ら主張の二百十六万七千二百九十二円のうべかりし利益を失ったことは明白である。また、所有物件焼失により原告石川、生田が各五万円、末美、原告まさ子が二人で五万円の損害を受けたことは被告らの認めるところであり、後記右原告三名及び末美の過失を考慮の外に置くと、本件火災により被った精神的損害に対する慰藉料の額は、原告まさ子については八十万円、原告石川、生田については各十万円とするのが相当である。しかし、末美、原告まさ子、石川、生田が本件アパートが火災に対して危険な状態にあったことを知ってこれに居住していたことは明らかであるから、この点について過失ありといわざるを得ないけれども、原告まさ子の本人尋問の結果によれば、末美は朝倉の声で割合早く火事に気が付いたが、消火せんを使用して消火しようとしたり、他の人を起こしたりしていたところ、火のまわりが非常に早かったため、同人だけが逃げおくれて焼死したことが認められ、かかる非常の場合、右のような行動をしても逃げる余裕があると判断するのも、あながち無理はないと考えられるから、割合早く火事に気の付いた同人だけが逃げおくれて焼死したことのみから、同人の焼死がその過失によるものと推定することはできないし、まして、同人の死が被告らの責任の範囲外にあるものと解することはできない。他に同人が逃げおくれたことについて同人に過失ありと判断させるに十分な事実を認めるに足る証拠はない。前記過失を考慮に入れると、本件損害賠償債権の額は末美については百七十五万三千八百三十円、原告まさ子については六十六万円、原告石川、生田については各十二万円とするのが相当である。

被告らは、被告会社と原告らとの間に示談が成立した旨主張し、原告まさ子が被告会社から二十一万円を受領したことは当事者間に争いがないけれども、≪証拠省略≫によれば、右金員は当座の見舞金、治療費、生活費として受取ったに過ぎないことが認められ、≪証拠省略≫と対比すると、まだ右被告ら主張事実を認めるに足りないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。

従って、≪証拠省略≫によれば、原告実雄、茂が末美の実兄で原告まさ子と共にその相続をしたことが認められるから、被告らは各自原告まさ子に対し前記その債権額と末美の債権額の三分の二との合計額から受領済の二十一万円を控除した百六十一万九千二百二十円、原告実雄、茂に対しそれぞれ末美の債権額の六分の一である二十九万二千三百五円、原告石川、生田に対しそれぞれ前記十二万円及び右各金額に対する損害発生以後の日である昭和三十六年十月十三日から右各完済に至るまで、法定の年五分の割合による損害金を支払う義務を有するものというべく、原告らの請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言について、同法第百九十六条を適用し、主文のように判決する。

(裁判官 田嶋重徳)

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