東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8111号 判決 1962年4月16日
原告 加納鉄鋼株式会社
右代表者代表取締役 加納庄太郎
右訴訟代理人弁護士 入江正男
被告 隅田電機株式会社
右代表者代表取締役 安村吉之助
右訴訟代理人弁護士 増田彦一
主文
一、被告は原告に対し一〇二六五五円およびこれに対する昭和三六年七月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二、原告その余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
四、この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、被告が本件手形を振出したことおよび本件手形には受取人兼第一裏書たる直井電気の白地式裏書の記載のあることは当事者間に争がなく、甲第一号証(振出日付の点を除きその余の成立について争がない)証人渡辺清同直井秀一の各証言および弁論の全趣旨によれば、原告は昭和三六年二月二四日ごろ直井電気から電線管等の売掛代金の内払として、本件手形を右裏書によつて受得し、訴外株式会社大三商会に対し白地式裏書によつて譲渡し、右会社は訴外株式会社住友銀行に隠れた取立委任裏書としたこと、右銀行は本件手形を満期に支払のため支払場所に呈示したが支払を拒絶されたこと(ただしこの点は当事者間に争がない)、右大三商会は支払拒絶後右銀行から本件手形の返還を受け、原告は同年七月二日右大三商会に対し一〇二、六五五円を支払つて本件手形を受戻し、現にその所持人であることが認められる。
右認定に反する被告代表者尋問の供述部分は信用しがたく、その他右認定を動かすにたる証拠はない。
二、ところで被告主張の二の1と2は直井電気から原告への白地式裏書が本件手形金の隠れた取立委任裏書であることを前提としているが、これを認めるにたる証拠はなく、かえつて前記認定のとおり原告は本件手形を売掛代金の支払の方法として裏書を受けたのであるから、被告の右主張はその余の判断をまつまでもなく失当である。
三、そこで同二の3の相殺の抗弁について検討する。
債務者が反対債権(自働債権)を有する場合、債権者の有する債権(受働債権)の譲渡当時相殺の適状になくても自働債権の弁済期が受働債権のそれより先に到来するときは、相殺されることを期待しているから、その相殺を認めることが公平の原則にそうものであり、債務者はかかる受働債権の譲受人に対し相殺の適状を生じたとき、相殺を主張できるものと解せられるが、右両債権が手形債権であるときは、右要件以外に手形の譲受人が右のような相殺の原因のあることおよび手形債務者において反対の手形債権をもつて確実に相殺をする意思を有していることを認識し、手形債務者を害することを知りながら取得した場合において、手形債務者は手形の譲受人に対し相殺をもつて対抗できるものと解する。
ところで乙第一号証(成立について争がない。)および証人直井秀一同渡辺清の各証言によれば、原告は直井電気に対し電線管等を売渡していたこと、直井電気は昭和三五年一一月三〇日ごろ訴外芝浦電設株式会社からの受取手形五〇万円が不渡となり、そのため七百万円の焦付債権を生じ、経営がかなり困難となつてきたこと、しかし同年一二月ごろ大口の仕入先の訴外株式会社東京パイプ製造所、同千代田鋼管株式会社および原告らが直井電気に対し、その経営規模を縮小することを条件とし、従来の取引数量の七〇パーセントの材料を売渡して援助する旨を約束し、右東京パイプ製造所と原告はこれを実行し、毎月約一二〇万円相当の電線管等を売渡したこと、直井電気は約五〇箇所の取引先を有し、被告との間にも電線管等の売買取引があり、昭和三五年一二月一五日仕入代金の支払のため被告にあてて約束手形一通(金額一〇八、九〇〇円、満期・昭和三六年三月三一日、支払地振出地・東京都港区)を振出した外、昭和三六年一月二一日から同年二月二二日までの間に買受けた電線管附属品等等の残代金三、二三〇円(弁済期同年四月一五日)の債務を負担していたが、他方被告に対し電線管附属品等を売渡し、同年一月二一日から同年二月二〇日までの間の売掛代金の弁済期が同年三月一日であつたが、同年二月中の運転資金に窮し繰り上げて同年二月二四日ごろ右期間の取引の売掛代金の支払のため本件手形の振出を受けたこと、直井電気はその直後ごろ前記のとおり原告に本件手形を裏書譲渡したこと、直井電気は右千代田鋼管の全面的な協力が得られなかつたため訴外大栄電気株式会社から運転資金を導入することができず、同年同月二八日手形の支払ができないため倒産したことが認められる。しかしながら原告が直井電気から本件手形を取得した当時、被告が右の直井電気振出の手形の所持人であつたことならびに原告が右手形および右の三、二三〇円の売掛代金債権の存在を知つていたことを認めるにたる証拠がないのみならず、かえつて前掲の乙第一号証および弁論の全趣旨によれば、当時右手形は被告の手許を離れ、訴外保坂勝人または同小林良男らの第三者に譲渡されていたことが認められ、これによると当時両手形債権の相殺の原因が存在せず、かつ被告はその相殺の意思を有していなかつたものと推認することができる。
右認定に反する原告本人尋問の結果は信用できない。
したがつて被告の右抗弁は失当であるから採用しない。
四、そうすると、被告は原告に対し(原告において遡求義務を果たすために支払つた)一〇二、六五五円およびこれに対するその支払をした日たる昭和三六年七月二日から支払ずみまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払う義務がある。
よつて原告の本訴請求は右の限度内で正当と認められるから、これを認容し、その余(昭和三六年六月三〇日と翌月一日分の利息の請求)は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鹿山春男)