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東京地方裁判所 昭和36年(合わ)75号 判決 1961年3月30日

被告人 A

大二・三・一生 草履製造

主文

被告人を懲役五年に処する。

未決勾留日数中二十日を右本刑に算入する。

訴訟費用は被告人に負担させない。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和七年頃上京して工員となり、戦後は飲食店、パチンコ屋等を始めたが、いずれも商売に失敗してバタヤ等をした後、現在は草履造りの内職をしている者であるが、昭和十六年頃B女と結婚し、同女との間に、一男二女をもうけたところ、被告人の日頃の粗暴な性格、振舞がわざわいして、約七年前に同女が家出してしまうや、当時漸く小学校四年生の年令にあつた長女Cに性欲のはけ口を求めるに至り、爾来同女の無知に乗じ、長じては暴行脅迫により口外を禁じながら、しばしば卑劣な振舞を続けていたものであるところ、昭和三十六年二月三日午後零時頃、東京都足立区○○町○番地○○荘アパート内六号室の自宅三畳間において、勤務先から帰つて被告人のため昼食の準備中の右C(当十五年)に対し劣情を催し、同女を強いて姦淫しようと企て、当時臥床中の布団の中から手を伸してやにわに同女の毛髪を掴み右布団の中に仰向けに引き倒し、同女の着用していたズボン下着を強引に外して乗り掛り、その反抗を抑圧したうえ、強いて同女を姦淫したものである。

(証拠)(略)

(累犯となるべき前科)

なお被告人は昭和三十一年五月四日墨田簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年に処する旨の判決言渡を受け、(同月十九日確定)右刑の執行は同三十二年四月三日終了したものであり、この事実は、検察事務官作成の前科調書により認められる。

(法令の適用)

法律に照らすと被告人の判示所為は、刑法第百七十七条前段に該当するが、被告人には右前科があるので同法第五十六条第一項第五十七条により、同法第十四条の制限に従つて再犯の加重をした刑期範囲内で処断すべきところ、その犯情についてみるに、いやしくも血肉を分けた親子の間柄にありながら、父親たる地位を悪用し、判示の如くその愛する子女を自己の獣欲の犠牲に供して汚辱蹂りん憚るところなく、なお恬然として恥じないのは、まさに畜生にも劣る人非人の所業とさえ極言しうるところであつて、さらに被害者の被告人を憎悪呪咀して止まない当公廷の悲痛な供述に想到するときは、その所為の陰惨醜悪言語に絶し、もはや評すべき言葉もない。

被告人のため斟酌すべき一点の有利なる事情をも見出しえない本件犯情に鑑み、前記刑期の範囲内で被告人を懲役五年に処し、刑法第二十一条により未決勾留日数中二十日を右本刑に算入し、なお訴訟費用については、被告人が貧困のため納付することのできないことが明らかであるから刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

なお弁護人は、被告人方では妻が家を出てからは、Cが妻に準ずる立場にあつたもので、本件も暴行を加えて姦淫した事実はなく、証人Cの当公判廷における供述も、同女は未だ姦淫行為の実際を知らずになす供述であつてそのまま信用するに由ないものであるから、いわゆる近親相姦を罰する規定がないわが刑法の下においては、被告人に対する道徳的非難は別として法律上は罪とならないものである旨主張するところ、証人Cの当公判廷における供述によれば同女は単なる猥褻的行為と姦淫行為との区分を明らかに認識して証言していること同供述自体により明白であり、他にその信憑性を疑わしめるものなく、これと前記各証拠を綜合すれば、被告人が判示の如くいやがる同女の毛髪を掴んで寝床に引入れる等の暴行を加えて姦淫した事実は明白であり被害者が母に代つて日常の家事を処理していたからといつて、性交の合意まで推論して以てこれを和姦であると主張するのは全くいわれなき不通の論といわなければならず、いやしくも暴行をもつて婦女を姦淫した以上、強姦罪の成立することは明白であつて、その婦女の近親であるか否かによつて左右されるものでないから弁護人の主張は採用しえない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺五三九 金隆史 中谷敬吉)

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